Brave/勇敢な
両手で数えても足りないくらい、あたしは失恋を繰り返している。
「……で、昨日もまた振られたの?」
お昼休みの喧騒の中、あたしはまた、純ちゃんに愚痴をこぼしていた。理由は、いつもと同じだ。
純ちゃんのお弁当にいつも入っているタコさんウインナーを奪い取り、あたしは、目の前に座る親友を睨み付けた。
「またって言うな」
何度目だろうが、振られるのは辛い。純ちゃんには、そういう感情が判らないんだろうか。
「だって何度目よ?」
あたしのお弁当の卵焼きに手を伸ばしながら、呆れたように溜息を吐く。
こういうときの純ちゃんは、同性のあたしから見ても格好良いと思う。愁いを帯びた美少年といった感じで、後輩の女の子がキャーキャー言うのも判る気がする。
「えっと……」
一年のときから数えて、数えきれないほど。覚えていないくらい、たくさん。
「……何回、かな?」
お箸をくわえ、上目使いで純ちゃんを見る。この会話も、何度目なんだろう。
「毎月一回は聞く気がするけど?」
確かに。
「だってさあ」
あたしの中にくすぶる感情が溢れるから。自分でも抑えられないくらいに、好きだから。
「やっぱり好きなんだもん」
自分でもびっくりするくらい、あたしは、島本正喜のことが好きだ。
「だからって普通、何度も告る?」
純ちゃんはそう言うけれど、あたしにとって島本への告白は、季節の移り変わりと同じ。春には春の、夏には夏の魅力がある。
「最近さ、授業中だけ眼鏡かけてるんだよ?」
島本の魅力も移り変わる。きっかけは、ただの偶然だった。
一年の春。入学してすぐに、あたしたちは隣の席になった。割とすぐに仲良くなって、割とすぐに好きになって。
「はいはい」
言葉遣いは悪いけれど、島本と話していると楽しくて。顔は、まあ、格好良いと思う。勉強も出来る。スポーツも得意。
非の打ち所は。
「どこが良いんだか」
たぶん、ない。
「うーん。全部、かな?」
あたしにとって島本は、何度振られようと追いかけたくなる魅力に溢れているんだ。
恋に恋している。島本を好きなあたしに、恋している。島本に、恋している。
「真央にはさ、もっと良い人いると思うけど?」
純ちゃんはそう言うけれど、あたしにはそうは思えない。昨日だって『矢島のことは良い友達だと思うけど』って、しつこくぶつかり続けるあたしに優しい言葉を投げかけてくれた。
諦めさせてくれそうにない。島本の言葉は、時に凶器に変化する。優しい言葉が、あたしを踏み留まらせている。
「でもやっぱり好きなんだよねえ」
お弁当箱の蓋を閉めながら、あたしは島本の方をちらりと覗き見た。島本はいつも通り、長嶺たちとつるんで談笑している。
あの中に、入れるのなら。
「ねえ、純ちゃん」
男の子になりたい。男の子になれなくても、もしあたしが純ちゃんみたいに格好良い女の子だったら、島本たちの輪に入れたんだろうか。
「何?」
もう少し、男の子っぽかったら。
「純ちゃんは好きな人いないの?」
綺麗事ではなく、本心から。島本に友達扱いされたりするんだろうか。
「……な、何いきなり」
男女の友情なんて有り得ない。どうしたって、好きとか嫌いとかの感情が内在してしまう。
「だっていっつもあたししかそういうこと言ってないじゃん」
女の子同士なら生まれない感情に、友情の邪魔をされてしまう。だったらいっそのこと、同性のほうが良いのかもしれない。
あたしと純ちゃんみたいに。余計な何かに邪魔をされない、親友として。いつもずっと、一緒に居続けられるのかもしれない。
「ねえ? 教えてよ」
恋愛は、女の子の特権だと思う。
好きな人がいるだけで、幸せになる。好きな人がいるだけで、可愛くなれる。島本がいるだけで、あたしは幸せを感じる。
「……いないよ」
手元に視線を落とし耳を赤くして、純ちゃんが呟いた。嘘ばっかり。この態度は絶対に、好きな人がいるっていう証拠だ。
「あたしに隠そうったって無駄なんだから」
純ちゃんは、細くて背が高くて美人で格好良くて。
「嘘じゃないってば」
あたしと違って、その気になったらすぐに彼氏くらい作れそう。あたしと違って、結構モテているし。後輩の、女の子にだけれど。
それでも。連敗記録を伸ばし続けるよりはきっと良いはずだ。
「良いじゃん隠さなくったって」
純ちゃんの恋路は無条件で応援したい。もちろん、島本だけは譲れないけれど。
「ホントにいないってば」
「いるね。あたしの勘は鋭いのだ」
大好きな親友だから、幸せになって欲しい。一緒に好きな人の話で盛り上がったりしてみたい。
そういえば、あたしは純ちゃんの好きなタイプを知らない。たぶんきっと。純ちゃんに似合うのは、純ちゃんよりも背が高くて、純ちゃんみたいに爽やかな。
――島本。
違う。もしそうだとしたら、あたしはひどく無神経だっていうことになる。純ちゃんは島本には似合わない。純ちゃんには、もっとずっと。
「いないよ。私はそんな暇ないの」
ソフト部のキャプテンに似合うのは、体育会系爽やかスポーツマンとか、そういった類の。
「練習試合近いんだっけ?」
だから。島本は、違う。
「そ。三年だからね、頑張んないと」
運動神経が良くても、純ちゃんより背が高くても。
「応援、行こっかな」
絶対に、違う。違うに決まっている。
「良いって良いって。後輩が来るし」
島本は、あたしの好きな人で。だから純ちゃんは、違う。
きっとあたしの思い過ごしだ。島本を好きになったのは、純ちゃんと仲良くなったのと同じ頃。被っていたら、いくらあたしでも気付くに決まっている。
純ちゃんが優しくて、あたしが島本のことを好きだと知っていたから。
「良いじゃん行くってば」
自ら身を引いた、とは、考えられないだろうか。
「後輩たち、うるさいよ?」
考え、られるかもしれない。
あたしと純ちゃんと島本は、一年のときのクラスメイトだ。入学してすぐのあたしの前の席が純ちゃんで、隣の席が島本。五月に行われた初めての席替えで純ちゃんとは席が離れたけれど、その頃にはすっかり仲良くなっていて。
男子の制服の方が似合いそうな雰囲気で、けれど口調の優しさは女の子のそれでしかなく。同い年なのに、お姉さんみたいに頼れる存在。
純ちゃんは、あたしにないものを全部持っている。
「馴れちゃったよそんなの」
島本は誰とでも分け隔てなく仲良くしていた。けれど、そういえば。純ちゃんとはあまり会話をしていなかったような気がする。同じ小学校の出身だったはずだから、違和感は確かにあった。
すっかり、忘れていたけれど。
「また何か言われるかもよ?」
「平気平気。村井先輩に渡して下さいって色々預かるのも馴れてるし」
平然とした顔で、純ちゃんは会話を続けていた。あたしの心の中は、こんなに葛藤を続けているのに。
「いつも真央が帰るとき、すごい荷物だよね」
純ちゃんの本音が知りたい。笑顔で会話を続けている、あたしの心の内をぶちまけたい。
何であたしが島本を好きなことを否定するのかを、何で島本を避けているのかを。知りたい。
「ドリンク系は重いんだよ」
思いもよらないところから広がり始めた不安は、あたしの心を蝕んでいく。
「飲み物は止めるように言っとく?」
綺麗な笑顔を見せる、純ちゃん。
「でも、試合後って喉乾くんでしょ?」
不格好な笑顔を浮かべる、あたし。
尋ねた方が良い? 黙っていた方が良い?
恋愛は女の子の特権だ。同時に、友情を引き裂く刃にもなり得る。恋愛と友情を、天秤にかけたいなんて思わない。けれど。
「……ねえ?」
あたしは、勇気の要る方を選択する。
「純ちゃんさ」
壊れてしまうのは怖い。純ちゃんの優しさにすがり続けているあたしが、怖い。けれどこのまま黙っているのも、怖い。
傾いた天秤が示すのは、きっと。
「何?」
真摯な面持ちのあたしにつられるように、目の前に座る親友も真面目な顔をした。
「純ちゃんの好きな人って」
耳元に口を寄せ、他の誰にも聞かれないように。
「……島本?」
純ちゃんの顔を見ないように。あたしは、今ある全てを失うかもしれない、くすぶった不安を口にする。
親友の答えより先に、遠くから、やけにぼやけたチャイムの音が聞こえてきた。




