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Native/生来の

俺は間違っているのだろう。

 周囲の人間を見下して、利用して、傷付けて。一段上から高みの見物を決め込んで。ばれていないつもりになって、仮面を付け替えて。

「……ねえ、正喜」

 照れていることにして拒否を続けている呼び方で、カノジョが俺に声をかけた。

「矢島。島本って呼んでくれよ」

 正喜は、俺にとって特別な名前だ。家族だけが、姉だけが俺をそう呼ぶことを許されている。

「でも」

 女は面倒な生物だ。

「恥ずかしいからさ。な、頼む」

 適当な言葉を囁けば簡単に股を開くが、その分拘束しようとしやがる。

「良いじゃん付き合ってんだし」

 鬱陶しいほどに、干渉してくる。

「いやそういう問題じゃねえし」

 矢島は自分のことを真央と呼べと言うが、それも恥ずかしいからと言って断っている。自分は特別だとでも思いたいのだろう。

 俺にとって特別なのは、島本奈緒だけだ。

「矢島」

 黙らせる術は、知っている。

 どこか期待したような眼差しで俺を見上げる矢島の首筋に手を伸ばし、そっと撫でた。階段脇にある非常灯の淡い光が、矢島の髪に降り注ぐ。この女は姉だと自分に言い聞かせ、頬に手を添えた。

 幾度となく繰り返される、偽りの儀式。姉のものとは似ても似つかぬ唇に、俺はそっと口付けた。

 気分が悪い。しかし、俺が俺として踏み留まるには、罪を重ねた方が良い。罪が重ければ重いほど、俺は家族の仮面を手にし続けられるのだから。

 修学旅行の僅かな自由時間を、俺はこの女に拘束されている。ホテルの部屋から抜け出して、人影のない非常階段に二人きり。いかにも恋人同士といったシチュエーション。

 反吐が出る。

「でもさ、あたし知らなかった」

 何に対しても掛かっていない、でも、を頭に付け、矢島がくだらない言葉を紡ぐ。

「寺田って意外と気が付くタイプだったんだね」

 新幹線での出来事の話だろう。あれは、俺も意外だった。先生を呼びつけ介抱を任せるなんて、あいつに出来る芸当ではない。

 寺田は、あの久保に気があるのだろうか。頭の悪い寺田が賢い久保に惹かれるのは、生物として正しい。何も問題のない感情。自分の欠点を埋めるような存在に魅力を感じる。遺伝子のなせる業。普通ならば。

 俺は異常だから、近しい者に心を奪われているが。

「……島本、どうかしたの?」

 矢島が不思議そうな表情で俺を覗き込む。自分でも気付かぬうちに、俺は自嘲を滲ませていたらしい。

 とっさに俺は、仮面を被る。

「ああ、いや、何でもねえよ」

 恋人に優しい笑顔を見せる、普通の男のふりをして。

「つーかさ、意外ってことで思い出したんだけど」

 適当なことを口走る。

「俺さ、矢島に悪いことしてたよな、と思ってさ」

「何が?」

 全く思ってもいないことを、俺は平気で口にする。

「いなくなって初めて、矢島の存在の大きさに気付いたんだ」

 嘘を吐くのは罪。傷付けるのは罪。

「案外鈍いんだな、俺って」

 俺の存在は、罪。

「でも嬉しかったんだよ? まさか島本から告ってくれると思ってなかったんだから」

 産まれながらにして罪深い俺には、こうして普通のふりをし続けることが、与えられた罰なのだろう。

 枷に身動きを封じられ、常に仮面をつけ続けることが、俺に課せられた、刑罰。

「それは俺も意外だったよ」

 笑顔を浮かべ、愚かで優しい男のふりをする。欲望の捌け口でしかない女に、俺は心にもない愛の言葉を囁いた。

「いなくなって初めて気付いたんだ。俺、矢島のこと……」

 ――利用してやろうって。

「……好きなんだなって」

 はにかんだ笑顔を浮かべ、恋人を見詰める。俺が内面で何を考えているかなど、この女には判りようがない。誰にも、判りようがない。

「何か都合良いよな、俺」

 しかしこれだけは、本心。

 中学生なんて安っぽくて子供で、何ひとつ自由になることなどなくて。狭い世界で自由を求め、足掻きもがき苦しんでいる。

 俺も、矢島も。

「……そんなことないよ」

 方法が違うだけで、目的が違うだけで。きっと大した違いはない。

「あたしだって、何度も何度も島本に告ってたじゃん? だから、お互いさま」

 俺を手に入れたつもりの矢島は、裏のない笑顔を見せる。自分には真似の出来ない表情に、俺は、少しばかりの。

「お互いさま、か」

 罪悪を、感じた。

 俺には似つかわしくない感情に、なんとも形容し難い居心地の悪さを覚える。つけている仮面を砕かれるような。

「そ。今が幸せだから良いの」

 全ての価値観を打ち砕かれるような、奇妙な感覚。産まれながらに課せられた罪を、心底恐怖する感覚。

 俺が俺であり続けることを、俺自身が否定するように。

「……そう、だな」

 存在を否定するように。

「そうだよ、正喜」

 肩に頭を寄せてくる矢島を、目を細め見詰める。遠くから聞こえてくる長嶺の声で我に返るまで、俺はたぶん、矢島を愛しく思っていた。

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