終点
―――――――間もなく発車します。閉まるドアにご注意してください―――――――
アナウンスの後ドアが閉まり、電車が動き出す。
まだ6時30分だというのに、すでに朝日がのぞき始めていて外は明るい。
俺はポケットからはタッチ式の携帯電話、スクールバッグからはイヤホンを取り出してバッグを地面に置いた。
イヤホンを携帯に挿し、耳につける。
携帯の画面をタッチしてパスワードを入力。
カチッ、という音と共にロックが外れてアプリが表示され、時計の絵のアプリをタップしてアラームをセットする。
次に音楽を選んでロックし、携帯をポケットに入れる。
その作業を終えると目を閉じて眠りに入った。
俺が通っている学校の最寄りの駅に着くまで小一時間かかる。
もちろんそれだけ時間がかかる分、学校の誰よりも早起きしなくてはならない。
朝が苦手な俺にとっては苦痛である。
たったの一時間ではあるが、電車の中で眠らないと授業なんて集中できないほど眠くなるくらいだ。
だから電車の中での睡眠は俺にとって大切なものだ。
・・・もう夏休みだというのに、補習があるなんてめんどくさい。
去年もそうだったが、めんどくさい以外に感想が出ない。
高校生でも夏休みくらいは休ませて欲しい。
そんなことを考えながら、眠りに落ちた。
不意に、目が覚めた。
ポケットから携帯を取り出して時間を確認する。
(まだ7時かよ・・・)
時間を確認するとポケットに戻し、再び目を閉じる。
自分が降りる駅に着くのは7時50分だ。
たまに変な時間に目が覚めてしまう自分が腹立たしい。
起きてしまったとはいえすぐに意識は遠くなり、眠りに落ちた。
―――――――終点ー、終点ー。―――――――
・・・終点?
終点!!?
まさか乗り過ごしちまった!?
アラームは!?
目を開けて急いで携帯を取り出す。
まさか故障したのだろうか。
(あれ?普通に電源入るし、まだ7時32分なんですけど・・・)
液晶画面には、確かに7時32分と表示されていた。
7時45分に鳴るようセットしたアラームも鳴るはずがないわけだ。
わけも分からず困っていると、プシューッという音がしてドアが開いた。
自分と同い年くらいの女子高生が乗ってくる。
なんだ、終点じゃないじゃないか。
駅員さんもドジっ子だな~。
って、ドジってんじゃねーよ!!
睡眠時間削るなや!!
イライラしながらポケットに携帯を入れていると、乗ってきた女子高生が近付いてきた。
・・・あれ?ナニコレ?
めっちゃ見られてるんだけど。
てか怖いんですけど。
そんな見下ろされると怖いんですけど。
「・・・ろ」
「へ?」
イヤホンのせいで聞こえなかったが、何か言った。
とりあえずイヤホンを外して聞く。
聞こえていなかったのがわかったのか、その女子高生は繰り返し言う。
「降りろ」
「・・・何を?」
「電車だ。他に何から降りる?」
駅員のドジのイライラと、女子高生の急な命令への驚きで、すっかり眠気はなくなっていた。
「い、いや、俺ここで降りたら困るんだけど。学校行かないといけないし」
極めて冷静を装いながら、女子高生を見上げて言う。
やっべぇよ、めっちゃ目が冷たいよ。
なんでそんな冷たい目で見るの!?
視線が痛い、いや怖い・・・
「学校は中止だ。とにかく降りろ」
おっとぉー、これってナンパってやつか?
逆ナン?
学校サボって俺とどっか行こうってか!!
めっちゃ嬉しい!!
これはついていくべきだろう!!
・・・いや、待て待て!!
冷静だ、coolになるんだ、俺。
こんなこと、もうないかもしれない。
かといって学校休んで親に怒られるのもめんどくさい。
よし!まず連絡先を聞いて、学校へ行く。
そうすれば俺は学校へ行けて怒られずに済むし、後で連絡して会えるじゃないか!!
うわぁ、今日の俺冴えてるなー。
これで高校生になった俺にも春が来る!!
「そうだなぁ、気持ちは嬉しいけど、学校行ってからでいいかな?無断で休むとめんどうなんだよねー。だからさ、後で連絡するから連絡先教えてくれないかな?」
満面の笑みを浮かべて言う
・・・これで完璧!!
「何言ってるんだ、お前は?」
「え?俺とどっか行きたいんでしょ?」
「まぁなんでもいいから降りろ。でないと困る」
そう言うと彼女は俺の腕を掴み、強引に電車から降ろそうとする
「ちょちょちょ、だからな!?学校g「いいから早く降りろ!!」
「はい、サーセン・・・」
めっちゃ怖いんですけどぉぉぉぉぉ!!?
あんな冷たい目で睨まれたら断れないだろ!?
荷物だけはなんとか手に持ち、腕を掴まれて引きずられながら電車から降ろされた
「まったく、世話を焼かせるな」
「はい、サーセン・・・」
なんでかわからないけど、怒ってらっしゃる。
俺たちが降りるとすぐ、電車は発進して行ってしまった。
これで俺はこれから学校へ行っても遅刻は免れられない。
「さて、まず始めに伝える事がある。お前は死んだ」
「は?」
「本当ならここへ止まることもなく地獄へ一直線なのだが、線路が壊れたのと、電車が壊れたので、ここで30日間過ごしてもらうことになった」
「え?」
「お前が住んでいた現実世界の数え方で言うと、一ヶ月ということだ。いや、現実世界というのは正しくないな。ここも十分現実世界だからな」
女子高生は笑みを浮かべ、俺は口を半開き
「さて、そろそろ行くぞ。あ、言い忘れたが、ここに滞在する30日間、お前は私の家で暮らす事になった」
「ちょ、え?待ってくれ。いきなり死んだとか言われても信じられないんですけど」
「じゃあどうやったら信じる?」
「それは・・・」
待て。わけがわからない。
死んだ?そんなわけあるはずがない。
現に今俺は汗を少しかいていて、それを感じることもできる。
少し腕をつねってみても、痛い。
痛みだって感じられる。
それに・・・
「・・・翔」
「っ!?・・・なんで名前知ってるんだ?」
「なんでも知っているぞ。これから30日間暮らすわけだからな。閻魔様に色々教えてもらった」
「閻魔・・・?」
「知っているだろう?」
「・・・そんな事はどうでもいい!!というかそんな嘘付いてからかって、何が楽しいんだ!?しかも死んだとか、そういう冗談が一番タチが悪い!!」
女子高生に怒鳴りつける。
だが表情をピクリとも変えることなく、持っていたカバンから紙を取り出して続けた。
「柳生 翔。妹と姉が居る、5人家族。自宅から小一時間かかる高校に通っていて、部活はサッカー部。そこまで強くない高校だが、頑張ってやっていたみたいだな。得意な科目は英語で、この高校に行くことにしたのも国際系があったら、だろう?」
「な、なんでそんな事知ってるんだよ・・・?」
「だから閻魔様に教えてもらったと言っただろう」
「・・・じゃあ本当に、俺は・・・」
「・・・気の毒だがあきらめろ。ほら、私の家に行くぞ」
女子高生は紙をカバンにしまうと、歩き出した。
俺は無言でついて行く。
・・・とにかく聞きたいこともたくさんあるし、今逃げてもどうすればいいかわからない。
もしかしたらここを抜ける方法だってあるかもしれない。
とりあえずこの女子高生の所へ行って色々聞いてみよう。
俺は女子高生について行きながら、そう決心した。
―――――暑い、蝉が鳴いているあの夏。
俺の、死と生との狭間での暮らしが、唐突に始まった。