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第5話 異変

 読んでいただきありがとうございます。コメント頂けるのがこんなに嬉しい事だとは。

 はやくも当初と文体がズレて来ている気がします…。

(体が熱い。全身が苦しいし…息が詰まるようだ) 


 さらに半年程が経ったある日、ディラックは母の居ない巣の中でぐったりと横になっていた。数日前から何とはなしに気だるく熱っぽい状態が続いており、声音や身振りで気づいたアルヴィスも心配げな様子だったものの、今は居ない。魔の森の中に人間達が集団で入り込んでおりその様子を伺うとの事だった。手荒い真似は極力避けるように願ったところ『警告するだけだ。体調が優れぬのだから余計な気遣いをせずに休んでおれ。せぬとは思うが今日は鍛錬はやめよ。出来るだけ早く帰ってくる』と言って飛び立って行ってしまった。


(人間達が母様を怒らせるような事をしませんように…)


 そう願いながらディラックは弱々しく体を揺らす。


 猛暑が終わり、少し優しくなった太陽は天頂を少し回っている。少し前までは熱と湿気を孕んだ風が吹き込んでいた洞穴内も今は穏やかなものである。というのに、彼の体内は未だ夏のままが如くに火照っていた。


 龍は病にかかることはまず無い。風邪をひくことも無いし、既知の毒物はほぼ全て中和してしまう。アルヴィスも知らない強力な毒や病原体、龍の強靭な精神力と魔力をも退ける呪やもと思いもしたが、彼女が1500年以上生きて来た中でそんなものは一度も無い様だった。


 しかし彼は現に熱に浮かされている。午前中こそ微笑んで母を送り出せたものの、ここ数時間で熱は急上昇していた。


(なにか体中がミシミシ軋んでるぞ…これは本格的にまずいんじゃないか)


 既に生まれた当初より2倍近く成長した黄金の体躯は日に日にその輝きを増していたが、今は不調を反映してかくすんで色褪せているようだ。そればかりか彼の聴覚には全身が立てる不協和音が体内から聞こえていた。


(母様にも解らないなんて…何の病気なんだ?やっと魔力制御も上手く出来る様になってきたのに…。まさかこんなことで)


 かからないはずの病気に、ディラックの脳裏に死の影がよぎる。彼は野生動物が些細な病気でも死んでしまうと聞いたことがあった。薬も治療法も知らないのだから当然だろう。アルヴィスならば治癒術も当然扱えるが、治癒術では風邪や病にはさほど効果が無い。失った体組織や血液を再生し、魔力を体力に変換し、毒物を分解して重症のものを癒すことは出来る。母の力量を持ってすれば恐らくは死の淵に立つ程の傷すら癒せるだろう。だが風邪や病には直接的効果を与える術が存在しない。戦いを除けばこの時代、術能力を持つ種族の死因の大半が病であった。


(やっぱり龍の体に人間の魂は無理があったのか…?)


 アルヴィスが少しでも熱が治まるようにと残していった氷塊を力無く舐めながらディラックは思う。病を知らぬはずの龍の肉体が病に冒されるのは、内包する脆弱な人間の魂によるものでは無いかと朦朧しながらも考えて居ると、轟と大気を裂いて母龍が洞窟の入り口に降り立った。


『人間共は家畜を食い荒らした魔獣を追って迷い込んでしまっただけであった故、人里に続く沢を辿るよう教え追い返した。よく熟れた果実を取って来た、少しは食べ…そなた!?』


 たわわに実った桃色の果実を枝ごと咥えて帰って来たアルヴィスは、巣に横たわるディラックを一目見た途端、果実を放り出して駆け寄った。傍目にも解るほど、出立した時と比べディラックは衰弱しきっていたのだ。


『母様…お帰りなさい…』


『動くな!横になっておれ…!?』


 弱々しく震えながらも健気に半身をもたげた息子を彼女は慌てて止める。初めてディラックの前で焦りを見せた母の前で、それは起きた。


『え?』


 ぱきり、ぱきりとひび割れる微かな音を立てて、ディラックの右前脚から肩部にかけての鱗が、落ちた。


『うわっ…わっ…!』


 眼を見開いて静止するアルヴィスと驚愕と恐怖に身をよじるディラック。体を捻った衝撃に耐えられなかったのか右翼と首筋、左後脚の鱗までもがバラバラに剥離してゆく。悲鳴のような鳴き声を上げる本人をよそに無情にも残りの部位からも次々と表皮と鱗が剥げ落ちて行った。


『…!!』


 もはや悲鳴すらも漏れることは無かった。絶句した鋭角の顔面が真っ二つに割れ、左右に剥がれて巣の床に落ちる。その下から現れたのは――――真新しい、艶めく黄金の鱗だった。


『………脱皮だ』


『………え?』


 しばしの硬直の後ディラックが首を回して全身を眺めると、そこには褪せて落ちた鱗とはまったく違う、鮮やかに光を反射する全身があった。力を込めて体を伸ばせば、僅かに残ったくすんだ鱗が落ちてさらに輝きを増す。それだけでなく、今までは尖った鱗でしかなかった翼の付け根部分にはアルヴィスと同じように小さなもう一対の翼が生えており、力を込めてみると機敏に動いた。命の危機すら感じた熱は一切無く、嘘の様に体は軽かった。


『…驚かしおって、まったく手のかかる仔よ…!只の脱皮と知っていればこれほど心配せなんだものを…』


 ほっと脱力した念話を寄越す母を見れば、彼女はくたりと全身を横にしていた。息子の異常事態にそれほどまでに緊張したのだろう。初めての仔なのだからその心配もひとしおである。


『私も驚きましたよ…でも母様も当然、脱皮はなさったんですよね…?』


 とは言え、ディラックが責める様な半眼を送るのもせん無き事である。命の危険まで感じた不調が只の脱皮だったのだ。母龍から生まれた以上、同じ経験が無かった筈はない。


『…我の場合は僅かなむず痒さを感じただけだ。恐らく父祖もそうであったろう。そなたの場合は並外れて急激に成長したため、肉体が急ぎ脱皮の準備をした反動であろうな…その可能性には思い至らなかった』


 言われてディラックはさもありなんと納得した。アルヴィスが言うには、彼は明らかに自分の時よりも成長が早いという事だった。人一倍高い速度での成長に代謝サイクルが負い付こうとした為の発熱だったのだろう。正確には覚えてないものの、自分の初脱皮は生後2年はとうに過ぎていたと語っていたアルヴィスはあることに気がついた。


『おや、そなた少し趣きが変わったな。伸び往く者よ、体の端々が紅玉の様に輝いて居るぞ』


『え?』


 そう告げられるまで気が付かなかったディラックが全身を検分すると、脱皮する前は金一色だった筈だが、確かに尖った鱗の先端や一回り大きくなった様に感じる翼の端など何箇所かがルビーの様な鮮やかな紅に染まっていた。


『本当だ…これはこれで綺麗です。でも母様とは違ってしまいますね』


『そなたの父も黄金一色であったな。しかし、そなたから見て祖父母に当たる御方までそうかは知らぬからな、父には顕れ無かっただけなのかも知れぬよ』


 龍がつがいで暮らすという事はあまり無い。その上父は常に新しい見聞を広めに向かう性質の龍だったらしく、ディラックが生まれる前に別の大陸に渡ると言って飛び去ってしまったと教わっていた。遺伝子の仕組みこそ知らないが、先祖の特性が子に伝わる事は理解しているアルヴィスは気にする事は無いと教えてやる。彼女からすれば外見の色の変化など個性に過ぎない。人間の感覚にすれば鼻が高いとか眉が濃いと言う様な物である。肝要な事は魂である事を、母龍は正しく理解していた。


『安心するが良い、見た目が変わった所でそなたは我が仔だ。それに中々に美しい色合いぞ。…どれ、体も軽くなったのであろう。脱皮を終えたのだ、果実を食べ、その後存分に翼を伸ばしに行こう』


『はい、母様!』 


僅かに不安そうな表情を見せる我が仔にアルヴィスは微笑むと、先ほど取り落とした果実の枝を眼の前に置いてディラックの顔を舐めた。ぱっと不安の色も消え嬉しげに目を細めたディラックは瞬く間に大振りな実を平らげると、脱皮前よりも軽やかに洞穴を駆け抜け、山肌に飛び出して行く。


(…ふふ、そなたと我の仔は日を追う毎に強く美しく育っておる)


 アルヴィスは僅かに首をもたげ、今頃何処かの空を翔んで居るであろう雄々しきつがいの事に思いを馳せた後、我が仔の後を追い歩いていった。

 というわけで脱皮の話でした。

 落差や緩急をつけられる様今後とも研究して行きたいと思います。誤字、ご批判ご意見ありましたら気軽にコメント下さい。

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