プロローグ
初めまして、よろしくお願いします。
あらすじにも書きましたが、初執筆・初投稿の上お世辞にも文章力があるとは言えないです。ですが、コツコツ投稿を続けて読者の皆さんに楽しんでもらえる物を書いて行きたいと思います。
批判・批評・ご意見などありましたら気軽にコメント頂けたらと思います。
地面を削る轟音と共に、巨龍の尾が青年が掲げた大剣を薙ぐ。盾として使われた赤く輝く大剣は、おろし金の如き龍の皮甲の一撃を浴びながらも折れる事無く使い手の身を守り抜いた。
「グォォォォォォ!!」
尾の一撃を凌いで後ずさる青年に向け、龍が地を揺るがす咆哮を上げる。大剣が、武具が、そして青年自身の体がビリビリとその衝撃波に揺らぐ。常人ならばその圧力だけで失神するであろう雄叫びを受けてなお、彼は身の丈を越す大剣を振り上げ龍の前肢を切断せんと肉薄する。
「ッハァッ!」
肺腑から搾り出すような裂帛の気合と共に、龍の右前肢に大剣が激突する。彼が振るうこの大剣は、研ぎ澄まされた切れ味で切るといった類の物ではなく、その驚異的な重量を持って叩き潰す様に使う。人類が振るい得るとは到底信じがたい質量を持って、大剣は龍の分厚い装甲をも押し潰して確かにその脚を抉り、その巨躯を揺るがした。
「ギャォォオオオ…!」
四肢の1つを使い物にならない程に潰された龍が、苦悶の叫びを上げる。
その瞬間、龍の体1つ分ほど離れた位置に立つ、壮麗な翡翠色の鎧に身を包んだ女戦士がこれも巨大な弓を限界まで引き絞り、撃ち放つ。複雑かつ美しく組上げられた複合弓から放たれた矢は如何なる術理か、瞬時に4本に分身し次々と龍の頭部に吸い込まれて行く。鏃が埋没するまでしかと喰い込んだ4本の矢の1本は、数少ない弱点であろう龍の眼球を食い破っていた。
さしもの巨龍もこれには悶絶し、どう、と倒れこむ。左目を潰され悶え苦しむ龍のがら空きの頚部に向かって、青年剣士の振り上げた巨大剣が断頭台の刃の如く、振り下ろされた…。
◆◆◆
「あぶねー、ギリギリだったけど何とか死なずに倒せたな」
「翔が全体回復使ってくれて助かったわー。2ミリくらいしかライフ残ってなかったからな」
とある大学の講堂の隅で、2人の青年が携帯ゲーム機をつき合わせながら話している。2人の手元にあるゲーム機の画面では、大剣を背に下げた青年と、弓を折りたたんだ女戦士が龍の屍から武具の素材となる皮や爪、臓器を剥ぎ取っている。
「あそこで死なれると俺集中攻撃されるからなぁ。時間も押してたし。ほら後10分で講義始まるぞ」
翔と呼ばれた青年が一緒にプレイしていた友人に告げると、彼は腕時計を見た後、そそくさとゲーム機の電源を落とし鞄に仕舞い込んで言う。
「あれだな。大体このゲームも完全クリアに近いなぁ。お前とやってると殆ど死なないしな」
「まーな。初代からやりこんでるしな…。でもそろそろモンスター側になってプレイしたいわ。挑んで来るハンターと戦いながら自分を強化していくみたいなヤツ」
翔は苦笑して答える。やり込むタイプのゲーマーである翔は、殆どの敵モンスターの弱点や動きを知り独自の回避パターンを作り出しているためかなりの腕前を誇る。しかし、このシリーズももう息が長く、流石に最近は飽きが来てしまっていた。そんな彼は最近よく夢想する。
モンスター側になりたい。
彼は無類のモンスター好きである。しかもドラゴンや魔獣といった、到底人智の及ばぬような強大な、天災と呼んでもいい存在を好む。愛しているといってもいい。そんな彼は、強大な力を持つ魔獣となって、敵である人類と戦いながら自らの力を鍛え上げていく、そんなゲームを心から望んでいた。
だが、これが意外と無い。流行らないのか、海外産、所謂『洋ゲー』まで探しても殆ど見つからない。いっその事自分で作りたいと思うくらいに無かった。
「お前のその台詞は今回で17回目だわ。もういっその事ゲーム会社に就職しちまえ。そんで作れ。俺テストプレイヤーやったるから」
律儀にも数えていたらしく、友人は茶化しながら鞄を背負う。自身も相当なゲーマーである彼にしてみれば、翔がたまに思いつく奇想天外な発想―土木工事で魔王を倒すアクションゲームだとか、惑星を丸ごと改造するシュミレーションだとか―は十分斬新で面白いゲームに仕上がると思えるのだ。もっとも一人で作れる訳も無いから、企画立案としてゲーム会社に就職しなければならないが。
「そんな上手く行く訳無いだろ…。俺の思いつくのはニッチな物ばっかりだし。採算取れないよ。というかまず就職できない。…あ、俺もバイトがあるから、そろそろ行くわ。」
「今日もバイトかぁ。10時までやっけ?終わったら遊び行っていい?明日フリーやろ」
お互い大学の近くに下宿、しかも同じマンションである。日常的に部屋に上がりこんでは酒をちびちびやりながらゲームをする。そんな日々が続いていた。
「あいよ。んじゃまた夜に」
「おう。お疲れー」
気安く言葉を交わしながら、講堂を出て2人は分かれて歩いてゆく。
(酒もうすぐ無くなるんじゃないか?あいつペース速いからなぁ。まあ持ってくるだろ…)
などと考えながら翔はアルバイト先の小さな工具店に急ぐ。
彼の中では、明日の昼ごろまでだらだらとした時間を過ごす未来の予定が既に出来上がっていた。
彼の中では。
◆◆◆
アルバイトを終えて、翔はすぐ近くにある下宿先へと歩いでいた。
バイト先は個人経営の工具店で、元々は70をとうに超えた老人が一人で店主兼店員をやっていた。下宿に引っ越して近くでバイト先を探したところ、この辺りでは中々の給料で募集していたため扉を叩いたら即日採用となって早2年半。学生街、即ちバイト激戦区の中で好条件で雇ってもらえた事は、学費を奨学金とアルバイトの収入に頼る彼にとっては僥倖と言えた。
(あの爺さんの与太話は面白いし、為になる話も多いからな。雑学好きとしては暇する事も無いし、今日の話も面白かった)
ちなみに今日の老人の話題は、どこから持ってきたのか科学系の情報誌だった。特集が組まれていた、アメリカ軍のレーザー兵器が実験に成功したという話題を興奮気味に語る様子を見て、何歳になっても男という物はこういう話が好きなんだなと苦笑したものだ。
半ば話し相手を求めてのバイト募集だったかの様に、客が居ても居なくても常に雑談している店長の事を考えつつ階段を上り、自分の部屋の扉の前に立ってポケットを探った。
「あれ、鍵何処やったかな…」
ぶつぶつと独り言を言いながら鞄を開けようとする翔の背後。マンションの廊下と扉だけが続いているはずの空間で、奇妙な現象が起こっていた。虚空が正方形に切り取られた様にぽっかりと口を開け、その内部は無限遠の彼方まで落ち込むように遠ざかっている。50センチ四方の空間に開いたその先は、拡大を停止した瞬間、燐光を放ち始めた。
鞄の底、何故そこに入れたのか分からない場所に鍵の手触りを感じた瞬間、翔は体に異変を覚えた。全身が異様な脱力感を覚え、それと同時に背後に強く引き寄せられる。膝が、ガクリと落ちた。
「なっ…あぁ…!?」
眩暈か貧血か、そういう事は今まで無かったのに。焦りを覚えるその瞬間にも、強引に引き倒される様な感覚に何とか後ろを振り返る。既に自室の扉に肩を預ける程に体勢を崩した彼が何とか視界の端に捕らえたものは、虚空に広がる底なしの孔だった。
(何が…)
その疑問を最後に、体がその孔に引きずり込まれる感覚と共に翔の意識は消失した。
尤も彼自身がそう感じただけであり、実際に引き込まれたのは所謂『魂』に相当する部分だけであった。
最重要の原動力を抜き取られた空の肉体は、水気の多いものが入った袋を叩きつけた―ある意味その通りなのだが―様な音と共に廊下に倒れ伏し、地面に打ち付けられた頭部では、急速に瞳孔が開いて行った。
命が吸い出されてしまった翔の体は、今夜遊ぶ予定だった友人が酒の満載された袋を持って現れるまで、その場で急速に冷たくなっていった。
彼らがプレイしていたゲームはもちろん『モ○ハン』です(笑)