忙し過ぎて婚約を破棄してる暇がない
忙しい。
メチャクチャ忙しい。
両親である国王陛下夫妻が外遊中なので、王族の承認や決済が必要な仕事が全部第一王子である僕ジョシュアの元に回されてくるのだ。
僕はまだ学生なのにな。
本当は王弟である叔父上が政務を執る予定だった。
僕は手伝いに過ぎなかったんだ。
ところが予定外の事態が発生した。
叔父上が倒れてしまい、回復がいつになるかわからないのだと。
ムリはさせられないしなあ。
僕の弟妹はまだ政務に参加できる年齢じゃない。
大体僕だって手伝いとして参加が許されたばかりだ。
ソミディア王国の政権運営は僕の双肩に託された!
と、ムリヤリテンションを上げてみた。
ともかく陛下夫妻が帰国するまで、石に齧りついてでも何とかしないと。
……実は僕の他にもう一人、政務を執る権限を持つ者がいることはいる。
僕の婚約者サーザ・アークロイス辺境伯令嬢だ。
しかしサーザは遠隔地の領で育ち、陛下夫妻の外遊直前に僕の婚約者になったばかり。
辺境伯の実力と辺境伯領の地理的重要性を鑑みた、完全な政略婚約ではある。
僕だってまだ数回しか会ったことがないから、サーザがどんな人間か測りかねているくらい。
まあいきなりでは難しいだろう。
サーザに状況を伝えたこともあった。
じーっと書類を見ていたが、慌てた様子でムリですと言っていた。
だろうな、期待はしていなかった。
でも僕の婚約者なら、慌てた様子を見せて欲しくないのだが。
僕の従者で乳兄弟のカリムが話しかけてくる。
「王子、疲れてる?」
「まあな。しかし疲れてるように見えるか」
よろしくないな。
僕も将来ソミディア王国の王たる身なのに、傍からそう見えるようでは。
「あと一〇日頑張ってくれる?」
「一〇日? 日数に意味があるのか? あっ、叔父上が政務に復帰するという連絡が入ったんだな?」
「というわけではないんだけどさ。書類が効率化されるんだって。オレもよくわかんないけど」
「ふうん?」
文官どもが僕の負担を減らすように何か処置してくれるらしい?
文官の裁量を大きくすることは僕も考えなくはないんだが、僕ですらまだ全てを把握しきれていないからな。
一杯一杯の段階でそうすることは、不正の温床になる気がする。
「いや、王子が承認・決済する仕事量は変わんないんだけどさ」
「……今一つどういうことかわからんな」
「だからオレもわかんないんだってば」
まあいい。
話半分程度でも、効率化して楽になるという希望があれば。
とにかく陛下夫妻の帰国までは、何としてでも現状を維持してみせる。
僕の忍耐力が試されているのだ。
「じゃあ上がった書類は持っていくね」
「待て、もう少し付き合え」
「休憩かな? お茶にしようか。こぼして書類を汚すといけないから、あっちのテーブルで」
「うむ」
てきぱきと物事を決め処理していくカリム。
こうした忠実で有能な側近が増え、僕の仕事を分担してくれるくらいになれば格段に楽になるんだが……。
鈴の音を鳴らすと侍女が入室し、お茶を淹れてくれる。
「……カリムはどう思う? サーザのことを」
「王子の婚約者のサーザ嬢? いいんじゃないの? 可愛いし」
「うむ」
見てくれはいい。
しかしポンコツ臭がプンプンするというか。
ちゃんとした受け答えができない。
話しているとイライラするので、婚約を破棄したいくらい。
「ソワソワして挙動不審だし、喋っていても語尾が間延びするし。淑女らしくない」
「ああ、王子といる時はそうだよねえ。照れてるだけだと思うけど」
「そんなことでは困るではないか。将来の王妃だぞ」
「時間が解決すると思うよ」
意外だな?
カリムほどの者がサーザを認める派か。
「カリムは他人に対する採点が辛いだろう? だからサーザに不満があるかと思っていた」
「あれ、王子はサーザちゃんに文句があるんだ?」
「全然役に立ってないじゃないか。田舎貴族で人脈があるわけでもなし。話していて知性を感じない。賢いって本当なのか?」
「人脈は勘弁してやりなよ。王都に来たばかりなんだから。空き時間を利用して積極的に交友を広げてるのは本当」
「ふうん?」
やるべきことはやっているのか。
「頭はいいんでしょ? 一番の成績って聞いたけど」
「田舎の学校の成績が当てになるか」
「まあ、そうだねえ。サーザちゃんの王都の学院に編入してからの成績って、まだ発表されてないか」
僕も政務で忙しかったから、今回の定期考査の成績は自信がない。
「父上母上が帰国したら、婚約の解消を提案したいくらいだ。今は忙しいこともあって動けんが」
「ええ?」
カリムのやつ、不平そうじゃないか。
何故だ?
「王子は忙し過ぎて見えてない部分があるんだって」
「サーザについてか? 正直辺境伯令嬢であることと外見以外にいいところあるか?」
「外見って大事だと思うけどね。やる気もあるよ。一生懸命王子をサポートしようとしてくれてるって」
まあ僕が政務に手を取られている間、社交に力を注いでくれているだけでありがたいという考え方もあるか。
元々辺境伯重視でまとまった婚約だ。
多くを望んでも仕方ない。
「さて、政務の続きを始めるか」
◇
――――――――――一〇日後。
カリムの言う通り、状況が変わった。
仕事量は変わらないのに楽になった。
僕が慣れたということだけでなく、書類が付箋で色分けされるようになったのだ。
ほぼほぼ僕の考える重要度の通りに。
実にスムーズにこなせるようになった。
まずは重畳。
そして王立学院の前回の定期考査の成績が発表された。
僕は二位だ。
政務があった割にはよかったとホッとしている。
驚くことに一位はサーザだったのだ。
「サーザってこんなに頭がよかったのか」
「点数からすると、王子が万全の状態だったとしてもいい勝負だったね」
というかサーザは学院に編入したばかりだろう?
辺境伯領の学校とは教わっている範囲も違うだろうし。
大したものじゃないか。
「学力があることは認めよう」
「ええ? もっと認めてあげなよ。王子サーザちゃんと全然会ってないでしょ?」
「学院で顔を合わせるだけだな」
相変わらずヘラヘラしているというか、挙動不審なところは変わらない。
もうちょっと何とかならんものか。
「王子の意識を変えるにはどうしたらいいのかなあ?」
「カリムこそサーザに対する評価が高いのは何故だ?」
「オレは王子よりサーザちゃんと会う機会が多いからかもしれない」
「む? 何故僕よりサーザと会う機会が多い?」
「その前に。ここ二、三日の政務のこなし具合はどう? オレが見る限り随分スムーズになったように思えるけど」
「色分け付箋がありがたいな」
そう、付箋には『チーム側』の簡潔な注釈がついているのだ。
重要度で分けられているだけでなく。
おかげで重要度の低いものでも注意喚起してくれて、見落とすことがない。
「つまり付箋のおかげで王子の仕事が効率化しているっていう理解でいい?」
「うむ」
そうだ、以前カリムは効率化と言っていたな。
なるほど、効率的になった。
「じゃあ言ってもいいかな」
「む? 特別なことがあるのか?」
「サーザちゃん、お妃教育の時に高位貴族の令息を侍らせてるんだよ」
「何だと!」
サーザは僕の婚約者だろうが!
ちょっと構ってやれないからって、何をしているんだあいつは!
絶対に婚約破棄してやる!
「今は妃教育の最中だな?」
「そうだよ」
「乗り込む。カリムもついて来い」
「あいあいさー。でも政務は?」
「あらかた片付いてる」
ムカムカしてしょうがない。
僕が忙しく働いているというのに。
確かにサーザは愛らしさがあるから、チヤホヤされるんだろうが。
「どこだ?」
「ロビーだよ」
「ロビー?」
いや、王宮の中でも広い場所だが、通る者も多い。
外部から人を呼びやすい利点はあっても丸見えだ。
チヤホヤされる場所にしては不向きじゃないか?
「あそこだよ」
確かにサーザと令息が数人。
頭がカッとなる。
「サーザ!」
「ジョシュア殿下!」
振り向いたサーザの顔が理知的に見えた……のはほんの一瞬で、真っ赤になってすぐいつもの挙動不審状態になった。
何なんだ。
「どういうことだ、これは!」
説明すべきはサーザなのだが、手足をバタバタさせてアワアワしてる。
そんなんで王妃が務まるか!
「じゃあオレから説明しようか?」
「カリムが?」
全員が頷いてるな。
特にサーザはものすごい勢いでカクカクしてる。
脳が揺れて傷むぞ。
「サーザちゃんは王子の政務面で手足になる、側近候補を育成しようとしていたんだ」
「……は?」
「サーザちゃん、頭の良さそうな高位貴族の、嫡男でない令息に声かけてたんだよね?」
「は、はい」
なるほど、家を継ぐことがないなら、そのまま僕の下で働くのは都合がいいということか。
「実際に活動を始めたのは定期考査が終わってからだから、まだ半月にもならないんだけど」
「……ではあの付箋は?」
「サーザちゃん率いる側近候補軍団の成果。付箋に『チーム側』っていう署名があったでしょ? チーム側近候補ってことだよ」
「何故僕に言わないんだ!」
完全に誤解してたじゃないか。
カリムもサーザが高位貴族の令息を侍らせてるなんて言うから。
「そりゃうまく行かないことだって考えられるからだよ。王子が知っててやらせてた、でも失敗したなんてことになると、王子の実績に傷がつくでしょ?」
「だからって……」
サーザが主導していたなら特に問題ないということか。
仮にうまく機能しなかったとしても、人脈を広げたというプラス面があるから。
「まあお妃教育の政治学や経済学等の先生がお目付け役でついてるんで、そう的外れなことにはならないと思ってたけどね」
「そうだったのか……。本当にサーザが主導していたんだな?」
普段のポンコツっぷりからすると信じられないんだが」
「そこなんだけどさ。普段サーザちゃんもっとしっかりしてるんだよ。リーダーシップあって」
「何だと?」
あれ?
側近候補連中が皆頷いてるな。
「多分サーザちゃんは王子のことが好きだから、王子の前だと落ち着かないということだと思うんだ」
「サーザ、そうなのか?」
真っ赤になった顔を手で覆いながら首を縦に振るサーザ。
うわ、メッチャ可愛いな。
「というわけで、陛下御夫妻が帰国されるか王弟殿下が政務に復帰されるかするまでは、今の体制でやってくべきだと思うんだ。お妃教育の進行度合いに偏りは出るけど、大したことないって。王弟殿下が療養中の今、教師陣も政務の非常事態だってことはわかってるし」
「よし、頼む」
「これはオレからの提案なんだけど、王子もちょっと時間に余裕できたでしょ?」
「うむ」
「サーザちゃんとお茶会してやってよ。いや、最初は側近候補連中込みでもいいから。王子と顔合わせるたびにサーザちゃんがぷしゅーっと頭が沸騰して使い物にならなくなるんじゃ、こっちの業務にも差し支えるんだ。少しでもサーザちゃんが王子慣れしてくれないと」
「ハハッ、わかった。今から三〇分、休憩がてらティータイムにするか」
◇
――――――――――その後。サーザ視点。
アークロイス辺境伯家はソミディア王国の大貴族でありますし、領地も重要なところにあります。
だから故、またたまたま第一王子ジョシュア殿下とわたしが同い年ということもあって、婚約したのだと思っていました。
完全な政略ですね。
縁談が来た時も特に意外とは思わず。
お父様が言いました。
「ガハハ、サーザは王都に行ったことはなかったろう?」
「ありませんね」
「ジョシュア殿下はなかなか覇気のある男だぞ」
覇気があると言っても、わたしと同い年の少年ではありませんか。
お父様も大げさな、と思っていたのです。
顔合わせの日。
「僕がジョシュアだ。貴女がサーザ嬢か。よろしく」
「はわわわわ……」
どうしたことでしょう!
あまりにも好み過ぎる顔面が目の前にあるものですから、全然言葉が出てこないのです。
ポーッとなってしまって。
これが一目惚れかと、頭のごくごく一部だけが冷静な判断を下していて。
無事婚約が成立し、わたしも王都の王立学院に編入しました。
ジョシュア殿下は格好よろしいですわあ。
この方がわたしの婚約者だなんて。
何と素敵なことでしょう。
毎日が色付いて見えますの。
しかしすぐに国王御夫妻が数ヶ月かけて外遊に出ることになったのですよ。
といいますか不測の事態も起こり得るからこそ、次代の王たるジョシュア殿下の婚約が急がれたという側面があったのでしょうね。
王弟殿下が政務を執り、ジョシュア殿下が補佐をするという体制が取れる今こそ外遊のチャンスだということだったようです。
しかし王弟殿下が倒れ、政務がジョシュア殿下の肩にのしかかるという異常事態となりました。
法制上ジョシュア殿下の婚約者たるわたしにも決裁権があるそうなのです。
内容も理解はできますし、少しコツを掴めば問題ない、殿下のお手伝いができると最初は思いましたが……。
……殿下と長時間同じ部屋にいるなんてムリ。
心臓が破裂してしまう、ということで辞退させてもらいました。
ではわたしは何をなすべきか。
文官に裁量権を委譲するという考え方はあるのでしょうが、時期尚早ですね。
それよりもあれほどカリスマ性に溢れたジョシュア殿下なのです。
必ず熱烈な信奉者がいるはずと目星をつけると……いますいます。
その中で優秀な者を数人誘って、定期考査終了後にチームを作りました。
ジョシュア殿下の処理した書類に全部目を通しているわたしは、あらかた殿下の考えを理解できたと思います。
それをお妃教育の先生を加えたチームに伝え、殿下が処理しやすいように付箋をつけるというアイデアを編み出しました。
これなら殿下のお手伝いができます!
ジョシュア殿下にも大変喜んでいただけました。
今は王弟殿下も帰国した国王御夫妻も政務に参加しておりますので、ジョシュア殿下の役割は補佐程度になりました。
が、わたしが選定した側近候補はそのままジョシュア殿下の正式な側近となり、時々政治・経済・外交その他についてのディスカッションを行って、意見を交換しているようです。
ジョシュア殿下が王となった暁には、王の考えを知悉しており、また忠誠の篤い側近達が目を通した書類が決裁者に回されるというシステムが確立するでしょう。
いいことですね。
そして現在ですが……。
「はわわわわ……」
お茶会です。
ジョシュア殿下に後ろから抱きしめられています。
カリム様はニヤニヤしているだけで止めようとしないのですから。
「サーザ」
「は、はい」
「そなたの本質を理解していなかったのだ。婚約破棄まで考えていた僕が愚かだった。許してくれ」
「そ、その件につきましては何度も謝罪いただきましたので……」
「詫びと反省を込めて、十分に抱きしめよう」
「あ、ありがとう存じます」
「優秀なそなたが好きだ。愛しているぞ」
「はわわわわ……」
全然慣れないのですけれど!
辺境伯領にはジョシュア殿下のような都会的に洗練された殿方はいないのです。
大体領主であるお父様も野蛮人ですし。
殿下は本当に素敵で凛々しくて。
「わ、わたし胸がドキドキしてしまって、全く落ち着かないのです。ジョシュア殿下の婚約者らしくなれるのか、心配で心配で……」
「いいぞ。いつもドキドキしていれば」
「ええ?」
「王子前はそんなこと言ってなかったけどなあ。王子がサーザちゃんに慣らされちゃったね」
「ええ?」
よ、よくわかりませんけれど、今のところわたしは合格点のようです。
もっともっと精進しなければいけませんね。
頑張ります。
わたしの首の下に回された殿下の腕をぎゅっとして気合いを入れました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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