武闘派令嬢の恋?
煌びやかな大広間。
咲き乱れる花の如き、色とりどりのドレスを着た淑女。
笑顔と扇子の裏で交わされる、遠回しな貶し合い。
紳士は紳士で、相手の情報を入手しようと、腹の探り合い。
私には到底似合わない場だ。
母は麗しい微笑みで、社交界は戦場なのだと言うが、私は口の戦場よりも、物理的な戦場の方がよっぽど楽だ。
母に私の戦場から引き離されて、無理矢理連れてこられた。
確かに年齢も年齢だから、婚約者を決めないといけないことはわかっている。
だが武闘派の娘を婚約者に望む者など、いないと思う。
普通自分より強いどころか、この国で1番強い女と結婚したい男はいないだろう。
そこら辺の男よりも女に告白されることが多いのも、普通に嫌がると思う。
戦うことが日常だったが、これでも一応辺境伯家の娘なので、淑女教育は完了している。
と言うより、完了しなかったから、魔獣狩りに行かせてもらえないから頑張った。
ただ、お茶会や夜会には一切出ていない。
今まで社交をしてこなかったから知り合いもいないし、男どころか女すら寄ってこない。
寄ってこないくせに、視線だけはすごく集めている。
壁の蔦になっているが、場違い感がすごい。
やっぱり背の高い私に、ドレスなど似合わないのだろう。
もう少し背が小さければ、それも違ったかもしれないが。
私は早く夜会が終わることを願いつつ、そっと溜め息をついた。
まあ、辺境伯家は侯爵家と同等の地位なので、早くから来なくて済んだのはよかった。
男爵家や子爵家なら、かなり早く入場しなくてはいけないから。
自分の生まれに、短い人生で1番感謝したかもしれない。
そんな事を考えていると、王族の入室が告げられた。
音楽が止まり、一斉に礼をする紳士淑女。
もちろん、壁の蔦である私も例外ではない。
淑女の礼やダンスは、普段の魔獣狩りで使わない筋肉を使うので、良い訓練になるなと、どうでも良いことを考える。
国王陛下の許可で身体を起こすと、段上に視線を向けた。
国王夫妻、側妃、第一王子、第二王子、第三王子、第一王女。
彼らが、我が国のロイヤルファミリーだ。
母が言うには、王子たちはそれぞれ、派閥争いをしているのだとか。
辺境伯家の家族仲の良さとは、大違いらしい。
優勢なのは第二王子。
この国は、二つの大国に挟まれているため、常に侵略の危機に晒されている。
そのため、国王には武力も求められるのだが、第一王子はその点が弱い。
第二王子と比べると、気弱なんだとか。
本人たちの素質を覆せるような婚約者ができれば、また違うのだが。
国王陛下が夜会の開会宣言と、始まりのダンスを踊れば、本当の夜会が始まる。
婚約者がいない三人の王子の周りには、年頃のご令嬢と保護者が輪を作っている。
王子たちが誰を婚約者にするかで、この国の未来の情勢がわかるだろう。
第一王女は、婚約者と仲睦まじい。
私には誰も近づいてこないので、人間観察に徹することにした。
思っていたよりも、人間観察と食事が楽しめた。
夜会が始まって、そろそろ二時間くらい経つだろうか。
そろそろ帰っても、マナー違反にはならないだろうと考えていると、会場の窓際が騒がしくなった。
窓際に近い人から、壁際の奥の方へ逃げてくる。
私は人の波を避けながら、反対に窓際に近づく。
グォォォォ!
これは竜種の威圧の咆哮。
開いていた窓ガラスが、咆哮によって砕け散る。
「いやぁぁぁ!」
「ワ、ワイバーンだ!」
「誰か、助けて!」
闇夜に黒のワイバーンが浮かび上がる。
よく見ると、ワイバーンの上に人が乗っている。
「敵襲ーー!!ワイバーンは騎竜だ!」
私は反射的に叫んだ。
会場を守る騎士が、私の声に反応する。
これは敵国からの侵略。
ただの貴族が、ワイバーンを育てられるわけがない。
夜会は退屈だと思ったけど、良い余興じゃない。
それにしても、夜とはいえ国境侵犯するなんて、良い度胸しているのね。
私は満面の笑みを浮かべて、騎士の前に立った。
「な、何をしている!?危ないから、下がれ!」
「それはこちらのセリフ。私はレーヴェン辺境伯家のベアトリクス。邪魔はしないで頂戴ね。」
「殲滅姫……」
……その呼び名、恥ずかしいからやめて。
思わず、心の中で突っ込んだ。
辺境伯家の兵士が、いつの間にか呼び出した二つ名。
王都にまで、広がっていたらしい。
広がったのは嫌だけど、おかげで下がってくれたからよしとしよう。
私は髪につけた暗器を両手に取り、1番初めに踏み込んできた勇気ある侵入者に投げた。
喉を突き破った暗器は、そのまま後ろの侵入者の肩に刺さった。
「あと、6人。」
侵入者がそれに意識を逸らした隙に、気配なく背後に周り、首を掻っ切る。
「あと、5人。」
死体を侵入者に蹴飛ばし、一歩で近づく。
腹と脚に暗器を捩じ込む。
「ぐっ……」
「囲めっ!」
「遅いわよ?」
頭上を跳躍、そのまま壁を足場に接近。
身体に刺さったままの暗器を引き抜き、すれ違い様に、二人の目を潰す。
「あと、2人。」
「くそっ!」
「はああ!」
2人の剣を、暗器を滑らせて受け流す。
侵入者が姿勢を立て直す前に、太腿と腹に暗器を捩じ込む。
「あとは、ワイバーンね。」
テラスに出ると、威嚇するワイバーンが4頭。
《跪け》
最大の威圧と武神の祝福を用いて、命令する。
キュゥゥゥ……
魔獣は本能に従う生き物だ。
自分より強い群れの長には、絶対服従。
特にワイバーンは、群れで行動する魔獣だから、これがよく効く。
辺境伯家では、私が服従させた魔獣がそこそこの数存在する。
ここ数年は、そうして戦力を高めてきた。
もちろん、国王陛下には許可をいただいてやっている事だ。
調教がうまくいけば、王都の騎士団にも引き渡す予定をしている。
と、そんなことより報告をしなければ。
いつの間にか、会場内は静まり返っていた。
「陛下、制圧完了いたしました。」
「うむ、ご苦労だった。ベアトリクス嬢。」
このまま夜会継続が困難だと判断された国王陛下は、夜会の閉会を宣言した。
ワイバーンはこのまま預かってくれるとのことなので、言うことを聞くように、きちんと言い聞かせた。
短期間なら、これで大丈夫だ。
私も後日呼び出されるので、しばらく王都の別邸に滞在することになった。
―――――
「美しい……」
女性にしては高い身長、身体の線に沿った夜空のようなドレス、まるで蝶のように舞う姿。
どれもこれもが、目を惹きつけてやまない。
いつまでも舞う姿を見ていたい。
同時に、両手でそっと捕まえたい。
いや、捕まえてほしい。
そんな気持ちに囚われる。
今まで自分には、心がないのだと思っていた。
何を見ても、何をしても、心が動かない。
だから自分には、心がないのだと。
臣下たちの中にも、そう噂されているのを知っている。
噂されても、全く心に響かなかった。
でも本当は、違ったのだ。
今まで心を動かすほどの何かを、見たことがなかっただけ。
あれほど美しいものは、きっともう二度と現れないと、そんな予感がした。
ベアトリクス・レーヴェン。
手を伸ばしたら、繋いでくれるだろうか?
―――――
「ベアトリクス・レーヴェン嬢。どうか私の婚約者になっていただけませんか?」
「……え?」
そんな言葉を聞いたのは、人生で初めてだった。
夜会の事件から数日後。
国王陛下からの呼び出しがかかり、王城に赴いていた。
通された場所は、小さな会議室。
そこには三人の王子と宰相、騎士団長、他数名の文官と騎士がいた。
私は当時の状況を、端的に説明した。
状況の報告は、辺境でもよくやっていた。
過不足なく、説明はできたと思う。
まあ、私以外にも状況を確認しているだろうから、私が心配することは何もない。
今回の一番の問題は、侵入者がどこの国の者か。
それは騎士団の尋問で吐いてもらいたいところだ。
侵入を許したどこかの辺境は、お咎めなしと言うわけにはいかない。
それでは辺境を守る意味がない。
何らかの処罰はされるだろう。
辺境の入れ替えには、ならないでほしいが。
辺境が変われば、派閥すら変えかねない。
それほど重要な場所だからだ。
また、勢力争いが加速しなければいいのだけど。
争いが起きれば、民が被害を被る。
それだけは、避けてほしい。
宰相に退出を促されたので、さっさと帰宅しようとした時、第一王子から例のセリフが飛んできた。
第一王子は私に近づくと、膝をついて私の手を取った。
「あなたの戦う姿に惚れました。どうか私を夫にしてくれませんか?」
「リアム、何を言っている!?」
突然の暴挙に驚く国王陛下。
けれど私はそんな場合ではない。
私の鼓動が早くなるのを感じた。
な、何これ!?
なんで、なんで、こんなに可愛いの!?
可愛過ぎるのだけど!?
少し伏せた瞼から覗く、ウルウルとした目。
少し首を傾けているのも、計算したとしか思えない可愛さ。
第一王子の後ろに、耳の垂れたうさぎの幻影が見えた。
今にも、キューンと鳴いてきそうだ。
あまりの可愛さに、一瞬で胸を射抜かれた。
私は衝撃のあまり、石のように固まってしまった。
「ダメ、ですか?」
「お願いします!!」
あ……
反射的に、言葉が口から飛び出した。
そうじゃないから、私!
「えっと、やっぱり……」
「そうですか。では具体的な日取りを決めましょう!」
あ、だめだ、これ。
さっきまでのうさぎが、狼に変貌した瞬間だった。
あれやこれやと、気がついたら第一王子と婚約していた。
え?なんで……?
どうして、こうなったの?




