第1話
桜の季節、新たな制服に身を包み、俺は家を出る。
「いってらっしゃい、健人くん。」
「はい、いってきます、実里さん。」
「ほら、咲良も早くしなさい?」
「...うん。」
2人並んで、駅に向かう。春とはいえ、まだ風が肌寒い。
ふと横を見ると、咲良も少し鼻の頭を赤くしていた。
「大丈夫?寒くない?」
「...えと、平気、です。」
「そうか、ならよかった。」
特に大した会話はしないまま駅に到着。
電車では各々スマホを触り、駅から学校までは何を言うでもなく2人並んで歩いた。
10分ほどで学校に到着。私立黎明学園高等学校。学業、部活動共に県内では中の上くらいの高校である。
校門をくぐると、掲示板にクラス分けが貼りだされていた。
「あ、俺は2組みたいだな。咲良ちゃんは?」
「私は、4組、でした。」
「そっか。帰りはどうする?道は覚えられた?」
「あ、はい。1人で帰れます、ありがとうございました...。」
「うん、それじゃあまた家でね。」
靴を履き替えて自分のクラス、2組の教室に入ると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「やあ、健人。同じクラスだね、よろしく。」
「おお、よろしく。」
穏やかな声の主は足立恭弥、中学からの親友である。
「そういえば健人、今朝女の子と一緒じゃなかった?同じ中学の人じゃないよね?」
「ああ、あの子は新しくできた義妹だよ。ついこないだ親父が再婚して、昨日から一緒に暮らし始めた。4組だとさ。」
「ええっ、いつの間に!?」
「俺も聞かされたのは中学卒業した後でさ、恭弥には改めて話そうと思ってた。」
「そっか...、それにしても、ずいぶん可愛い義妹さんができたじゃないか。」
「まあ、そうだな。」
「可愛い」、確かにそう思う。長くて綺麗な黒髪、メガネの向こうには大きな目、長いまつ毛、白い肌。あれが俗に言う「美少女」というものなのだろう。
しかしその美少女は緊張しているのか、それともまだ心を開いていないのか、どことなく余所余所しい。
まあかく言う俺も、どう接していいか分からないでいるわけだが。
それでも嫌われているというわけでもなさそうだったし、自然と慣れていくものなのだろうか。
その日は初日ということで、入学式の後に新入生歓迎会、教室で簡単な自己紹介等のオリエンテーションがあり、放課後は部活動見学といったぐあいに1日が過ぎていった。
家に帰ると、朝俺たちを見送ってくれた、父さんの再婚相手である実里さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、健人くん。高校1日目お疲れ様。」
「ただいまです、実里さん。ありがとうございます。」
改めて見るとなるほど、とても40代には見えない綺麗な人だ。30代、下手したら20代と言われても信じる人はいるかもしれない。母娘のDNAの強さを感じる。
「咲良も20分くらい前に帰ってきたの、ケーキ買ってあるから3人でお茶にしましょう。」
「ええ、すみません、ありがとうございます。」
「いいのいいの、というか私が食べたくなっちゃったの。和彦さんには内緒ね?」
「親父は甘い物得意じゃないんで大丈夫ですよ。」
「でもほら、和彦さんやきもち焼きでしょ?」
「えっ。」
「えっ?」
親父、実里さんの前だとそんな感じなのか。あまり聞きたくなかったな。
「あっ、お、お義兄ちゃん。お帰りなさい...。」
「ただいま咲良ちゃん。同い年なんだし、無理して『お義兄ちゃん』呼びしなくて大丈夫だよ?」
「っ、いえっ!無理してるわけじゃない、です...。」
赤くなっている娘を見て、実里さんがニヤニヤしながらケーキと紅茶を運んできた。
「咲良照れちゃって、可愛い~!」
「ママっ、じゃなくて!お母さん!馬鹿にしないでよ!」
『ママ』って呼んでいるんだな...。しかし、やはり実の母親がいる前だと少し明るく見える。今朝は会話が上手く続かなくて不安だったが、時間が経てば上手く接することができるようになるだろうか。
「健人くん、ケーキどれがいい?」
「あ、じゃあショートケー...」
「っ!!」
「...じゃなくて、やっぱりチーズケーキをお願いします。」
嬉しそうにショートケーキを食べる義妹は、目をキラキラさせて幸せそうだった。
なんとか上手くやっていけそう、かな。
予想できないこれからの生活に思いを馳せつつ、俺はチーズケーキを口に運んだ。