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狼狂の女

〈春雪や滴ればなほいゝ男 涙次〉



【ⅰ】


 カンテラは一味の中で、特にテオとはミーティングを欠かさなかつた。と云ふのも、テオの優秀な頭脳、及び彼の優秀な右腕「PCテオ」とのお蔭で、新たに明らかになる事實が多い、それを見込んでの事だつた。

 ロボテオは大人しく、でゞこと丸くなりながら、テオの側に侍つてゐる。


 カンテラ「さて、ミーティングはこれでお仕舞ひ。今日は後は雑談つて事で」テオ「兄貴の昔の話が訊きたいな」カ「さうねえ、ぢや俺の愛刀についてでも話すか」

 漫画などでは、「斬鉄剣」「雷光剣」(故モンキー・パンチ先生、赤松健先生ご免なさい)などゝ、その剣のキャラクターを表はすネーミングのものが多くて便利だが、實際には、(江戸の武士たちの間で名刀と云へばポピュラーだつた)「胴田貫」とか、かの有名な妖刀・村正だとか、その剣の作工の名で呼ばれる剣が殆どだ。カンテラの太刀、傳・杜小路(もりのこうぢ)鉄燦(・てつあきら)、これは杜小路と云ふ刀工集團の作と、「傳へ」られてゐる刀、と云ふ意味で、實際、杜小路一族の造つた剣は、無銘のものが多いのである。


 杜小路家は、幕末薩摩の刀工である。薩摩、と云へば「お留(藩の外には門外不出である、と定められた、と云ふ事)刀術」は「示現流」。チェスト―と云ふ掛け声と共に、兎に角初手を狙ひ、相手に突進する、猪突猛進型の剣法である。それゆゑ、短い刀身の刀が愛用された。しかし、傳・鉄燦の刀身は長く、六尺以上の脊丈の使ひ手ではないと、拔刀出來ぬ(カンテラは身長は髙くないが、その拔群のテクニックで、鉄燦を拔く事が出來た)とされた。従つて薩摩の「お留鍛冶」には撰ばれず、半ば伝説の名刀とされ、カンテラ級の達人たちに愛された。



【ⅱ】


「この太刀には、ちと苦い思ひ出がある」-カンテラは問はず語りを續けた。「テオを貰ひ受ける前、丁度じろさんをヘッドハンティングして、一燈齋事務所を中野に立ち上げやうか、と云ふ頃に、只同然で入手した」

「じろさんのスカウトに、5千萬(圓)もの大金を積んだせゐで、俺は一文なしに近い身だつた」然し、その頃の差し料は、何と云ふ事のない凡庸な剣だつたので、カンテラの剣術遍歴の中で、刃毀れ、錆が酷くなつてゐた。

「そこで、俺は或る骨董商の暖簾をくゞつた」その店は一心堂(いつしんだう)と云ひ、主は、若い女だつた。俺は、「剣を見たい」とだけ云つたんだ。主は、重ねて云ふが、こんな者に、剣と云ふ癖物が扱へるのか、と云ふ、うら若き美しい女子(をなご)だつた- その女が云ふには「こんな業物(わざもの)、如何です、旦那」そして出して來たのが、この傳・鉄燦だつた。「雪川組のかの雪川正述も所望したと云ふ- ところがあたしはヤクザが嫌ひでね。貴方みたいな立派な武士(ものゝふ)に差して貰ひたくてさ」-テオはこゝで、日頃見知つた雪川の名が出てきたので、びつくりした...

 拔いてみて、一目で分かつた。これは「斬れる」剣だ、と。ところが俺は素寒貧だ。その旨正直に主の女に話すと、「よござんす、出世払ひで。但しあたしと寢て貰ひたい」正々堂々そんな事を口走るので、少々面食らつたが、「貴方みたいな本物の『侍』に、あたしや抱かれてみたかつたんだよう」と、一向に惡びれない。仕方なしに、俺は夜の(しとね)を共にした。



【ⅲ】


「貴方いゝ男なのに、(俺の女難は今に始まつた事ぢやないのさ・苦笑)随分不器用なのねえ」そんな事云ふ割りに、女主人は滿足さうだつた。その証拠に、事が終はると、直ぐにぐうぐう寢入つてしまつた- 俺はご存知の通り、外殻(=カンテラ)の外ぢや眠らない。まんじりともせず、女の傍らに寢そべつてゐた... 滿月の夜だつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈彌生椿事雪が貴女を待つてゐる 涙次〉



【ⅳ】


「その女は、氣付くと、美しい顔を毛むくぢやらにして、さうねえ、『スターウォーズ』のチューバッカみたいに、だ」寢ていた。「狼狂だ!」ところが、俺には全然、その時は斬る氣がなかつた。何惡さをするでもなく、当時の(「殺人マシーン」の)俺の基準に照らし合はせてもホンモノの【魔】とするには、余りに無垢過ぎた。それに、女自身、「狼狂」の事は気付いてゐなかつたに違ひない。



【ⅴ】


 明け方、後朝(きぬぎぬ)を迎へた。俺は晴れて新しい差し料をゲットして、腰にぶら下げた。すると、(これは後にも先にも、この一度だけの事だつたんだよ)傳・鉄燦が俺に囁いたんだ。「この女、斬つておしまひなさい」とね。俺は躊躇した。

 だが結局、俺は拔いたんだよ。「あ、な、何を、人殺しいつ!!」さうだ、俺は「斬つた」、と云ふより、「人殺しをした」と云ふ感覺だつたんだが、気付けば、女の首が拔き身の上に載つかつてゐた... 俺は正真正銘の「殺人鬼」になつてしまつたのだ... 自分の「しええええええいつ!!」と云ふ掛け聲だけが、今でも耳に谺してゐる。


 剣の聲は確かだつたのかも知れないし、さうぢやなく、俺の内心の聲だつたのかも知れない。だが俺は何食はぬ顔で、暖簾の外に出て行つた。出世払ひ、どころか、逆に女の命を(ないがし)ろにしてしまつたのさ。


 だけど、不思議に自分を責める氣にはならなかつた。これからも斬つて行く、俺の人生(?)なのだ、その一齣に相違ない、さう思へた。



【ⅵ】


 俺が追ひ剥ぎ同然で、手に入れた傳・鉄燦こそ、實は「妖刀」、「斬魔剣」と云ひながらも、【魔】そのものだつたのかもね-


 テオはそこで、「ほおつ」と溜め息を吐いた。「すれすれ人生ですねえ、兄貴」。カ「さうなんだよ。すれすれさ。今でも、あの『聲』だけは、不可思議極まるものだと、思つてゐる」



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈狼狂よ夜に吠ゆるを忘れたらそれ即ちに死だと思へよ 平手みき〉


 

 カンテラの差し料の不思議で、ちと殘酷なお話でした。お仕舞ひ。


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