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救世主を召喚します

世界が違えば常識も変わる

作者: まこと

少しだけ大人向けな話も出てきますが直接描写とかはありません。



「な、なんなんだ、ここは……」

「おお聖人様が! 聖人様がきてくださったぞ!」

「ありがたや、ありがたや!! これで世界は救われる!!」


真っ白いヨーロッパの城を思わせる大広間に座り込み、いつもの小劇場の舞台袖で出待ちをしていた筈のコメディアン、タカシは大混乱に陥っていた。


周囲でホトケサマでも拝むように膝をついて静かに騒いでいる人達は、壁や広間と同じような白くて踝まで隠すズルズルした袈裟というか法服のようなものを着ている。

それだけなら自分は喫驚な方法で、今話題の新興宗教辺りに誘拐でもされたのかと、タカシは思っただろう。

しかし彼らのベールのようなモノから溢れた髪が、赤、或いは青や緑と、目がチカチカするような派手な色ばかり。しかもあんまりに自然な髪色なのだから、ライトノベルや漫画という文化に慣らされた現代日本人ならだいたい考える。


あ、これ、異世界召喚ってやつだと。


パニック気味なタカシの頭の片隅が、冷静にそんな言葉を叩き出して来る中で、すたすたと彼に歩み寄って来たのは、異世界人の中でも割と偉そうなキラキラした金色の刺繍が為されたベールの老人だった。

こんな時は絶世の美女やお姫様がお迎えしてくれるもんやないのか――そんな失礼なツッコミを、流石にタカシも空気を読んで飲み込む。


「初めまして、聖人様。我らの世界へようこそ。ワシは正教の大司祭を務めております」

「こ、此処はやっぱり異世界とか言うところなのか、えっと、爺さん?」

「はい、やはりここ数代の聖人様方は理解がお早いようで。ありがたやありがたや」

「いやあの拝まんでください……多分俺みたいにラノベオタクをしていたら、連想くらいはするからなあ……」

「ああ、先代聖女であったカスミ様がお言葉を残してくださっておりました。らのべという、聖人様のお国の常識だそうですね」


しみじみと天井を眺める大司祭という老人が、なんとなく京都のお山で貰ってきた坊主の経典をありがたがっていた生前のばあちゃん(享年米寿)を思い出しそうで、タカシはちょっと遠い目をした。

カスミちゃんという子は、きっとなんでもない一言を逐一書き留められて困惑していただろうなあとか、こっちの聖書にもしかしたら全部残されてるかも、なんて思いもしないだろうなあと。


何はともあれ、とりあえず情報収集だ。

少しはラノベオタクとして耐性がある男は、回らない頭を回して、目の前の白髪の爺さんに尋ね続ける。


「常識ではありませんが……それはさておき。えっと聖人ってのは魔王でも倒せと? それともなんか特別なお仕事しろってことなんですかね?」

「ああ、これは失礼しました、聖人様。こちらにおいで頂きましたのは、一年間この世界に滞在していただきたい……たったそれだけでございます」

「それだけ? 仕事らしい仕事もしなくていいと?」

「はい。何もしなくて大丈夫ですよ。聖人様の身から漂う聖なるオーラが、世界の淀んだ空気を浄化してくださるのです。自動的に」

「聖人てのは、空気清浄機かなんかなのか!?」

「くうきせーじょーき、ああ、先々代聖人ナカヒト様の聖なる呟きでございますな!」

「……さようですか。つまり此処で一年過ごしたら、あっちの世界には帰れるんですね?」

「はい、勿論でございます! こちらへ残りたいとご希望されない限り、ご来訪くださった聖なる方々には来ていただきましたお時間ぴったりに、元の場所へとお返ししておりますよ」


何処かのナカヒト君もきっと役割の説明を聞いて、今の自分と同じく遠い目をしてたんだろうなあ。

頭の中ではそんなことをタカシは考えつつも、帰れると聞いて少しだけ安心した。

ずっと長いこと下積みをしてきた劇場をクビになるのは、職業人としてタカシだって切ないものがあるのだ。

なんとなく胸を撫で下ろしていると、ああいかんいかんと、大司祭がずるずると裾を引きずってタカシへと頭を下げる。


「ワシの名前はダッブと申します。聖人様のお名前を伺ってもよろしいですかのう?」

「ダッブってホトケさんの名前逆にしてるだけじゃないかっ ……ごほん、ああ、自己紹介は大事ですな。元の世界でコメディアンをしてます、タカシと言います。宜しく」

「タカシ様。こめでぃあん、ですか?」


周囲の静かなのに騒がしいという、変な雰囲気に、なんとなくタカシは冷静になってくる。

まるで老人ホームへソロ公演しにいった時の、のーんびりしたお爺ちゃんお婆ちゃん達の歓声みたいだなあと思い出したのだ。


目の前で白い髭を蓄えた大司祭という老人は、おだやかな青い目で、タカシの名を反芻して手を差し出した。

だがコメディアンという単語は聞いたことがなかったようで、こてんと何処となく愛らしくサンタクロースみたいな爺さんが首を捻って来る。


「ああ、コメディアンって職業が、こっちには無いんですか。簡単に言うと、劇場で語って人を楽しませる職業のことですね」

「ほう。タカシ様は舞台役者さんなのですが、なるほど」

「役者、ではないんですが……うーん。ここで説明がてら、一芸披露しても?」

「おお、タカシ様の舞台を拝見させて頂けるのですか! それは是非とも!」

「聖人タカシ様の舞台とは!」

「ありがたや、ありがたや!!」


周囲のお年を召した皆さんを含めて、皆んなして手を合わせて拝んでくるのが、一般人としてはあまりに怖い。

やっぱり、どこぞの新興宗教ではあるまいか。

そんな考えを振り切って、タカシはコメディアン魂を震わせてずばっと決めポーズを彼らへと見せた。


「布団が、ふっとんだど!!」

「「「「「!!!!!」」」」」


しーん。

広間を、絶対零度の冷たい空気が包み込む。

タカシは一瞬で一変した広間の空気にぎぎっと首を捻って、円陣を組んでいた司祭とか助祭らしき老人達を眺めた。


滑ったか?

冷え切った頭でタカシはそう思いつつ、ふるふると震えている老人が皆、痙攣でも起こしてやしないかと心配になるほどに、顔を真っ赤にしていた。

くわっとホトケさまみたいな名前の大司祭が顔を持ち上げると、明らかにキレた表情をしてタカシを指差した。


「なっ ななななっなんという破廉恥な!!!」

「は、い?」

「そうじゃっ こんなたくさんの人間が居る公共の場で、皆を纏めて笑わせようとはっっ!!」

「しかもこの召喚の広間は閉鎖空間だぞ! 女性の助祭達が孕んでしまうではないか!!」

「こめでぃあんとは強姦魔なのか!!」

「ちょい待てえええっっ 強姦魔ってなんで!?  何言い出すんだ爺さん達!?」


いきなりどっかからぶっとい縄を持ち出して、矍鑠(かくしゃく)とした法服の爺さん達が、警戒を露にタカシに迫る。

訳がわからないのは当然異世界人であるタカシで、さっきまで拝み倒していた聖職者達が一転鬼の形相で迫って来るのだ。

何が悪かったのかと必死になって叫べば、はたと集団のリーダーが立ち止まり、両腕を大きく広げた。


「待て皆の衆。そういえばこの方は異世界の方だ。まだ我らの事をご存じないのだ。落ち着きなさい」

「……ああ、そうでしたね、大司祭さま。戒律の壱、お招きした聖人様には丁寧に、まずは理性をもって対話を試みるべし」

「我らが迂闊でございました、聖人タカシ様」

「あ……いえ……」


尻で後退り、何処かに逃げようかと真っ青になっていたタカシに、再びダッブがシワシワな手を差し伸べてくる。

だが初対面の敬虔さとは違い、少しだけ警戒心がじりじりと伝わって来る。

本当に自分が何をしたのかと彼は涙目になりながら、恐る恐る大司祭の手を借りて立ち上がった。


「先ほどは突然のことに混乱して騒ぎ立てて大変失礼致しました。タカシ様」

「い、いや……それで、なんで俺はいきなりあんな罵られたんですか?」


タカシからすれば当然の疑問を口にすると、しかし目の前のダッブは少しだけ顔を顰めながら、ごほんと咳払いする。


「その前にひとつお尋ねします。タカシ様。貴方の世界ではその……子作りとはどう行うものなんですかの?」

「ぐふっ ……な、なんちゅう質問いきなりするんですか! ……って」


そういえば彼を罵った言葉に、強姦魔だの孕ませられるだのがあったなと、押し黙った。


「ええと……男と女が基本は密室で抱き合って……だと伝わらないか。裸でこう……いちゃくつくとでも言えば?」

「それは具体的には、どのような?」

「……お、男のそれを女の内緒のところに挿れる……というか」

「なるほど、具体的には理解できませぬが体を物理的に繋ぐのか。それでは我々を理解頂けなくともおかしくないですなあ」

「はあ……それが先ほどの話とどう繋がって……」

「我らの子作りとは、密室に夫婦の二人が入り、笑わせ合うことなのです。全力で」

「…………は?」


いきなり告げられた言葉が全く理解できず、タカシはきょとんとして聖職者の老人達を眺めた。

どことなく顔を赤らめているサンタクロースや、お婆さん達を見ると居心地が悪くて敵わない。だが、話を聞かずには終われそうもなく、タカシはどうにか平静を装ってダッブの言葉を促した。


「夫婦が至近距離でお互いを思いっきり笑わせ合うのです。そうすると互いの肉体のパルスが重なり子ができる。全力で笑わせられれば、笑うだけその確率が跳ね上がるという訳ですよ。物理的な接触は一切致しません」

「ちょっと待って…………本気で意味がわからん」

「まあ、聖人様達と生物として違いすぎるところはあると以前から申し送りされてきましたが。ここまで違うとは思いませんでしたなあ。新しい見識が得られて興味深い」


しみじみと頷くダッブと、周囲の聖職者達の顔がようやく赤みを減らしていき、落ち着いてくる。

ちんぷんかんぷんになっているタカシを置いてけぼりにして、良かったよかったと彼らが笑みだけを交わしているのを眺めて、本当に違う世界にきたのだなと実感した。

宇宙人に攫われた気分にもなったが。


こほんと咳払いをして、大司祭が苦笑いを溢した。

どうも笑うにせよ、大声で思いっきり笑うのでなければタブーという訳ではないようだ。


「まあつまり、タカシ様がしたこと……こめでぃあんの芸とおっしゃるモノは、こちらではいわば猥褻(わいせつ)罪にあたるのですな……」

「わいせつ、ざい…………うう、俺の誇りが、わいせつざいって……」

「すみませんが一年間、人を笑わせようとはなさらないでくださいね。タカシ様。最高の待遇はお約束しますので」

「……すぐに帰りてえ……」


一年は帰ることも逃げることも出来ないとダッブに諭され、数日はぐったりとしてしまった聖人タカシ。


それでもあっちの世界でいうなら、最高級グレードのホテル並みな部屋を与えられ、それなりに観光や異世界ならではの楽しみもさせて貰えたので、帰還するまでの一年間は穏やかに過ごせたんだとか。








ちなみに彼が落ち着いた頃。

タカシは興味本位からこちらの世界の、良い子は読んじゃいけない本を一冊見せてもらったのだが。


「コメディー小説じゃねえか!!」


世界が違うと常識まで思いっきり違う。

そう思いっきり知らされたタカシは、カルチャーショックに再び数日引きこもったそうである。




お読み頂きありがとうございました。

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