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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

イタチの短編小説

転生したら、大酒飲みだったので

作者: 板近 代

 死因、行き過ぎた飲みニケーション。


 いつもの上司に散々飲まされた帰り道、紅葉浮かぶ晩秋の用水路に落ちて独りで死亡。私の三十四年の人生は幕を閉じた、完。


 と!


 思いきや! 


 女神様が現れて別の世界に転生しろとか言うんです。


「あなたに一つだけ力を授けましょう。どんな力でも構いません、すごく、すごいやつでも」


 もう一度生きるなんて、すごく嫌だ。


 絶対に嫌だ。


 大人になれば自らの力で運命を切り開けるようになるはず…………と信じて頑張って生きてきたけれど、結局飲めない酒を飲まされて、飲まされて、飲まされて、飲まされて、死。


 そんな私に、もう一度生きろと? すごい力もらっても、メンタルが同じなら同じ苦しみ感じちゃう可能性のほうが高いでしょう?


「酒()強くなりたかったな……」

「酒()強くなりたい。それがあなたの願いですね」

「ちが……」

「あなたが酔えば酔うほど強くなりますよーに! 新しい人生に幸あれ!」

「はい?」

「はい! 授けました! ばいばーい、がんばって生きるのよ~」

「は? え? いやぁああああああああああああ!」


 そんなこんなで、雑な女神にただのボヤキを願いと聞き間違えられた私は、飲めば飲むほど強くなる、肝臓を痛めながら戦う勇者になったというわけです。





 雑転生(あれ)から、四年くらい。


 一日に飲める量の限界が、異世界に来たばかりの三分の二くらいになったのに、倍以上飲まないと酔えなくなってきたころ。


「ごめんね……もう無理だ」

「そんなこと言ったらだめですにゃ勇者様! 子どもたちがさらわれたんですにゃ! 二日酔いごときで――」

「二日三日じゃないよこれ、五日酔い」


 もう倒れそうだ。変な汗が止まらん。これ絶対、寝たら寝起きに(・・・・・・・)地獄を見るやつだ。


「もう……本当に動けないんですかにゃ?」

「ごめんねぇ……さすがに……ね」


 魔族の死体の山を築くほどの連戦。飲んで吐いて飲んで吐いて飲んで吐いて戦ってきたけれど、もう限界だ。


 吐いても楽にならないラインを超えてから、時間が経ちすぎた。


「本当に……無理にゃのですにゃ?」

「うん、出直そう」


 目につく範囲の敵を全部ブチ殺しただけでも、良しとしなければ。ここでご新規様なんかに来られたら、絶対に負ける。


「お酒は、まだ体に残ってるんですにゃよね?」

「まぁ、残ってるけど酔いはさめちゃったよ」


 酔わなければ、強くあれない。

 残っているだけの酒(・・・・・・・・・)は、意味がないどころか足を重くする。


「勇者様が子どもたちを見捨てるにゃんて……」

「見捨ててなんて……いや、そういうことになるか」


 子どもたちがさらわれてから、もう一週間。時間が経てば経つほど、その生存率は下がっていく。


「勇者様が子どもたちを見捨てるにゃんて…………」

「勇者失格だよね。でも、ここで死ぬわけにはいかないんだ」

「勇者様が子どもたちを見捨てるにゃんて…………ふふ、あははは! 本当に、本当に限界にゃんですねぇ!」

「は?」


 今までともに旅をしてきた、獣人娘(パートナー)。土砂降りの雨の日に下劣な奴隷商から助け出してからずっとともに過ごしてきた君が、実は敵だったっていうパターンですか。


「あははは! 勇者様大ピンチですにゃあ!」

「そう見える?」


 残念ながら私は、前世で散々ひどい目にあったのでメンタルは強…………


「見えますにゃ! ねぇ、どんな気持ちぃ? 今から私にぶっ殺されるの、どんな気持ちにゃあ?」


 いや、ごめん。これよりつらい結婚詐欺(うらぎり)にあったことあるけど、やっぱきついわ。


「うっ……おえええっ!」


 飲みすぎで吐いたのか、ストレスで吐いたのか。ああ、ゲロが真っ黒だ。いや、黒いのはいつものことか……。


「あはは! 人助けをがんばりすぎちゃうところを褒めたら、がんばりすぎちゃう勇者様ぁ! 積もり積もって内臓ボーロボロにゃあ!」

「あー。そういえば君、めっちゃ私のこと褒めてくれたよねぇ」


 そうそう。勇者様すごーい、がこの子の口癖で。


「今日は私を褒めてくださいにゃあ! これで私は勇者殺し! 魔王軍の幹部なんですからにゃあ!」


 このお調子者の獣人を助けたのが……二年くらい前だっけ。あの日から、私に限界が来る日をずっとずっと待ってたんだなぁ。褒めて褒めて、飲ませて飲ませて、早く体壊せって願い続けてくれたんだね。


「なかなかひどいね、君も」

「はぁ? 弱肉強食の世界でそんなこと言う? さんざん魔族殺してきた勇者様がぁそんなこと言っちゃうんですかにゃあ?」 


 うん、君は死んだら、私がもともといた世界に転生して、私が働いていた会社に就職するといいと思う。君のメンタルなら、あの会社でも全然やっていけるだろうから。


 まぁ、ここで死ぬのは私のほうだろうけど。やばいな。勝てる方法が――――思いつかない。


「せめて、楽に殺してくれるかな」

「は? 無理。勇者様、今までさんざん魔族殺してきましたよね。あれ、私の同胞にゃんですけど」


 ですよねぇ。でもさ、誤解無いように説明しとくけど、この世界の魔族ってめっちゃくちゃ悪いんだよね。私も最初は理解しようとがんばったけど、悪辣非道すぎて……って、私は誰に言い訳してるのかな? 


 神様? 


 いや、この世界の神様って……あの雑女神だよね…………。


「子どもたちは、逃がしてあげてくれないかな?」

「にゃはは! さっき見捨てようとしたのによく言うにゃー!」

「こういうこと言うと、人間性疑われちゃうかもだけど……さっきは、ここで無理せず退避したほうが結果多くを救えると思ったんだよね。死んじゃったら、もう、誰も救えないからね」


 この世界に来て覚えた、割り切り。


「は? 勇者様は今から死ぬんですけどにゃあ」

「だからお願いしてるんだよ。私の命と引き換えに、さらった子どもたちはゆるしてあげて」

「にゃ、キモ」


 君にはわからないだろうけど、人生には、キモがられてもやらなければならないことがあるんだよ。


「子どもたちはどこ?」

「ここですにゃー!」


 ああ、やっぱり魔族はひどい奴らだ。その手のひらに載る程度の小さな水晶玉に、あの子たちを圧縮して全部…………。


「君はやっぱり、私の敵なんだね。仲間だと……思ってたんだけどなぁ」


 腰に下げたヒョウタンの封印を解いたのは、中に入っている酒を飲むため。いざという時のためにとっておいた、最高に酔いが回る一級品を。


「私は仲間だにゃんて思ったことにゃいですけどねぇ!」

「そう。じゃあごめ……げほっ! げほっ! なにこれ……」

「私の小便だばぁか! 入れ替えておいたんですにゃあ!」 


 なんてもん飲ませるんだ! 倫理観だけじゃなく羞恥心もないのか? 頭動物か? ああ、半分は動物でしたね。君、血抜きしてない生肉平気で食う子だもんね。


「子どもたち、なんか言ってた?」


 私が勇者業をこなして稼いだお金でつくった、複数の孤児院のうちの一つ。三十二人の子どもたちが、あの水晶玉の中でぐちゃぐちゃに圧縮されている。


「にゃぁ?」


 魔族は、闇に感染した生物だ。


 主食は、魔族化していない生物の恐怖心。


「子どもたち、死ぬ前になんて言ってた?」


 時間をかけてゆっくりやったんだろう? ゆっくり、子どもたちを怖がらせながら、一人ずつその水晶玉に食わせたんだろう?


「あー。はいはい。それね。たしか、死に際までおんなじこと言ってましたにゃんねー」

「教えてよ」

「冥途の土産ってやつですかにゃぁ?」

「そうだね、教えてくれるかな」

「勇者様に会えてよかった、勇者様に会えてよかった。だから死ぬのは怖くない。幸せだった……なんて言ってましたねぇ! にゃははは! ウケる!」


 嬉しそうに、語るね。


「みんな、がんばったね」

「にゃははは! 結局死んじゃいましたけどねぇ! もしかして、餓鬼んちょにゃりの精神攻撃だったんですかね? まったく、効いてませんけど!」


 ブチギレて覚醒して強くなる、そんな便利な機能は私には備わっていない。そもそも私は、こんな状況になってもどこか冷静で、淡々と現実を見てしまうのだ。


「そっか、効いてないか」


 私は前世でも、無駄に冷静になり、感情的になれず、たくさんの理不尽を受け入れてきた。


 受け入れた結果、酒を飲まされすぎて死ぬことになった。


 そんな寂しい人生。


「効くわけにゃいにゃい! 私ね、嫌いだったんですよぉ。あの子たちのお世話」

「でもさ、今の私の人生は、前の人生とは別の人生だと思うんだよね」


 だからもう、理不尽を受け入れるつもりはない。


「にゃ? にゃに言ってるんで――あ? あれ? にゃぎゃああっ!」


 獣人娘の手のひらごと真っ二つに斬った水晶玉の中から、血と肉が溢れ出す。三十二人分の血と、肉が。


「ううう……痛い。おまえっ……なんで力が増してるんだ! なんで私を斬れるんだぁ!」

「酔ってるからだよ」


 ねぇ、猫ちゃん。普通の口調になっちゃってるよ。ちゃんとキャラづくりしてにゃあ。


「酔ってるだと? 酒は吐きつくしたはずだ! 飲める酒ももうないはずだぁ!」


 指の本数を増やされたくらいで痛がらないでよ。君に殺された子どもたちは、もっともっと痛かったんだからさ。


 はぁ、いやだな。私はこんな時でも、淡々としてしまう。


「君の言う通り。体に残ってるのは酒気帯び程度だと思うよ。すんごいだるいけど、今の私は、酒に酔ってはいない」

「なら、何に酔っている! おまえは何に酔っている!」


 自分。


 と、いう真実を教える前に、私は剣で元仲間(・・・)を水晶玉と同じように真っ二つにした。


「嘘…………だ」

「嘘じゃないよ。君を一刀で斬れるくらい、強くなってるでしょう?」


 今、私は最大限に酔っている。子どもたちに信じてもらえた自分に。子どもたちに、愛される生き方をしていた(・・・・)自分に酔って、いるんだ……。


「ぐっぎ……」


 ああ、君けっこう上級な魔族だったんだね。両手で頭が分かれないように押さえて、命を維持できるだなんて。


「がんばるね」

「うぐっぎ」


 首、斬り落とさないとダメかぁ。魔族を斬るなら()に斬れ……ってね。


「弱い人間が自分の心を守ろうと思ったら、自分をだましてでも、自分に酔うしかないんだよ」


 懐かしい能力(スキル)だな。つらい毎日に耐えるために、眠れない夜を眠るために身に着けた、自分を壊さないための技術がこんなところで役に立つだなんて。


「ぐっぎ……勇者様の……くせに……弱い人間を語るな…………」

「さて、首をはねるよ。バイバイ」

「ちくしょう……」


 ごめんね。私はこんな状況でも「獣人であることと畜生(ちくしょう)を掛けてふざけてんのかなぁ」なんてことを考えちゃうくらいに、冷静でキモい女なんだよ。




 二週間後、ある酒場。


 ゴツン。


 分厚い木のカウンターの上に、雑に出されたのはぬるくて色の薄いビール。あれから私は、いつでも戦えるよう、酔った状態を維持するトレーニングを続けている。冷蔵庫がないこの世界で。


 たとえそれが、悪酔いだとしても。

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