ブレイザブリク⑧
【契約儀式】
【魔術革命が生じる以前に結ばれていた契約】
【術式回路を体内に持たない人類は代償に何かを捧げる形でのみ術を行使していた】
【供物として捧げるのは、血液、金品類、肉片に臓器。そして核までも】
【世界樹イルミンスールに価値を提供することで代償に術を使用する禁忌】
【アグネ=ド・ノートルダムが魔術革命を成し遂げてから、契約儀式は廃れ、術式回路を持たない人類でも外部に『式』となる媒介物を通す形で術を行使可能となった】
【『式』は媒介である】
【それは樹素と生命を、否、世界樹と生命体を媒介する契約書のようなもの】
【世界樹とは何なのか】
【それは太古からそこに存在していた】
【異世界が生まれる遥か以前から、ずっとそこに存在していた】
【それが何であるかは分からない】
【異世界を司る中枢機関であり、全てのエネルギーの根源 樹素を配給することで万物を造化した神に等しい超次元存在】
【世界樹とは意思を有す根源そのもの。森羅万象がそこから生まれ、やがて帰る場所】
【故に、異世界で『神』とは世界樹そのものを指す】
【そのために、神である世界樹により創造された神種は『神』ではなく『神』という名を与えられた】
【13対の神種は、神の複製品に過ぎない】
【ではここで問う】
【世界樹イルミンスールのその正体とは】
【何を思い、何を願い、何を望み、何をするためにそこに存在するのか】
【我々は最終的にある結論に達した】
【世界樹イルミンスールは神などでは無かった】
【それを証明するためにまず、この世の理について語らなければならない】
【この世の構造。そしてこの世のあり方を理解しなくてはならない】
【長い長い、世界の三角関係。正弦と余弦そして正接。この永久から続く三角関係。その意思のベクトルにわかりやすくこのような名称を科そう】
【我々から言えることは一つしかない】
【『健全なる魂は健全なる肉体に宿る』】
【この警句をくれぐれも忘れないでほしい。我々は同じ過ちを犯してはならないからだ】
【著 西暦2111年。 此岸のとあるしがない学者より】
*
魔眼の死線からスノトラをかばいつつ、ゴルゴンに追撃を入れる。
しかし陽太の拳がゴルゴンに有効であると気づかれると、そう簡単には命中しない。
それもそのはず。
陽太が扱っているのは剣術の劣化版。
外界樹素を体内で崩し、身体強化の作用を持つ闘素に再構築。
それを式に組み入れることで剣術の初動の速さを再現。
しかし模造品に過ぎない。
元から身体能力に長けておらず、また術者としても3流の陽太では1ヶ月ほどの短期間で剣術の居合流を習得することは不可能だった。
そのため陽太の用いている剣術は戦力の補填に過ぎない。
ゴルゴン相手には無様な玩具にしか見えないだろう。
当然、攻撃が当たるはずもない。
(しかし、それでもいい。ゴルゴンの注意をなるべく僕に向けさせる。どうせゴルゴンは僕のことを見くびって、スノトラしか眼中に無いはず……それでいい。油断させた所に、『あの式』を叩きこむ!)
闘素で無理やり身体を動かしているためか節々が痛み悲鳴を挙げている。
成れない術式の使用。それも実戦でぶっつけ本番。
しかも相手はフレンをも超える魔獣。
適うはずなど無い。
しかし、起死回生の一手は存在していた。
その一手をゴルゴンに確実に当てるために。
陽太は我慢する。
〔『略式』プレスト〕
5つの風刀が超速でゴルゴンに放たれる。
そのうち2つがゴルゴンの腹部と左足に衝突し、紫の血しぶきが吹き出す。
(殃禍を5つも⁉ それも全てに超速記号を付与した上で⁉ フフ……嫉妬すら感じますよ。ここまでの術者は魔界にもそう多くはない)
「摘み取るのが惜しいほどの逸材。ああ、しかし。だからこそ愛おしい。私の術で葬ってやりましょう」
ゴルゴンの魔眼が空中で蒼く光る。
同時に陽太は身体に闘素を急速に流し込み、速度を上げ、ゴルゴンとスノトラの間に割って入った。が――
「残念ですね」
ゴルゴンの目の光はブラフだった。
ただ樹素で強化しただけの拳を二撃、陽太の腹に叩き込む。
陽太は血反吐を吐いて、そのまま後方へと吹っ飛ぶ。
「……さて、残るはアナタだけです」
ゴルゴンはスノトラに視線を移す。
ゴルゴンは高揚していた。
類まれなる素質を持つ術師ーースノトラを自分の手で命を刈り取る感覚。
その下衆な快楽に入り浸りながら、スノトラの返り血を浴びる自分を想像していた。
そしてスノトラの表情が暗く、絶望の色に染まる様も見どころ――と考えていたが。
「……何でしょうか、その目は」
ゴルゴンの期待に反し、スノトラのジト目に光るのは希望の灯火。
フレンはシグルドを探すために消え。
異質な陽太はダウン。
残されたのは自分だけだと言うのに。
(なぜこの小娘からは、希望の光が消えない?!)
ゴルゴンの胸の内にほのかな怒りが湧く。
その怒りに答えるように、スノトラは語る。
「何故かって? 教えてあげるのよ、真の貴女は、どんな危機的状況に陥っても、笑顔を絶やさないものかしら」
「強がるのはやめて、頭を垂れたらどうですか? 少しは手加減しますよ」
「あら。魔獣、いつの間にオマエは私に勝利したつもりなのかしら? 勝手に人の限界を定めるのは愚行に当たるのではなくて? 見せてあげるのよ、私の術を」
〔『式』系統は重力子――エウロパ〕
ズンっとゴルゴンに強力な重圧が加わる。
空間は歪み、地面はゴルゴンを中心に円形状に窪む。
ゴルゴンの怪力を持ってしても太刀打ちできない力。
(なんだこれはッ‼ 感じたことのない力‼ 身体が全く動かない?! ただ術式で力を加えているわけではない! 早く! 早く解析しなくては‼)
ゴルゴンはスノトラの用いた未知の術式を解明しようとする。
しかしできない。分からない。
ゴルゴンの圧倒的な術式の知識を総動員しても全く検討すらつかない。
【対立術式】
【術の作用、効力を打ち消す特別な式】
【用いるためには術がどのように樹素を系統変換させているかまで詳しく解析しなければならない】
【定形式(予め作られている式)の一種であり、術を解析し、樹素を流し込むことで、式が自動的に術を打ち消す反対の式を構築し中和する】
【原型魔術や原生魔術、他にも強力な呪術などに対しては完全に打ち消せず、効力をある程度中和し軽減することしかできない】
【単純な式ゆえに使い手の技量に大きく依存する術であるため、一般市民や一般魔術師はあまり多用せず保護術式や防御術式を極める】
【しかし真の実力者は保護術式などが上位の術に対しては無意味なことを理解しているため、対立術式を重要視するという】
【つまり対立術式のみが、上位の実力者の攻防に用いられる潜在能力を有した防御術なのである】
(全くわからない。なんだこの系統変換は? 樹素が見たことのない構造に変化している! およそこの世のモノではない力だ!)
スノトラの術で動きを制限されているゴルゴンを見下すようにして語りかけるスノトラ。
「賢いアナタなら気づいたのかしら? そう、その術はこの世界には存在しない架空の力場を構築するための術なのよ……そこまで威力は高くないけど、解析などできやしないのだわ。さて、隙は作ったのよ、陽太」
遥か後方から開いた右手をゴルゴンに向けるは、立花陽太。
顎を吐いた血で赤く染め、拳を握りしめ。
それでもニヤリと笑いながら
「ナイス。スノトラ!!」
と叫び詠唱を始める。
〔『契約儀式』立花陽太。代償として、炎を灯し示せ――
(今更、あの男の魔術など、通用するはずがない‼ それよりも早く、紫髪の小娘の術を解析しなくては!!)
と啖呵を切っているゴルゴンに向け、放たれるのは。
――フォルテシモ・フレア‼〕
最強化符号のついたフレア。
その程度の術が、ゴルゴンに通用するはずはない――が。
陽太の掌から射出された炎は、異質な術式をまとっていて。
(なんだ! あれは?!)
ゴルゴンに着弾し爆ぜる。
その炎が。
いつになっても消えない。
「対立術式!! 対立術式!!」
ゴルゴンは何度も何度もフレアの対立術式を編纂するも。
効果はない。
そして気づく。
「そうか、この炎は…………樹素を元に作られたものではない!!」
魂を消費した術式。
永久回帰。永遠のエネルギーを持つ魂で作られた術式。
射出された炎は、一生、消えることはなく。
劫火は、ゴルゴンの身体を焼き続けた。
しかし陽太たちは気づかなかった。
もうすでに、ジギリタスの計画は遂行し終わっていたことに。
とぐろを巻いた蛇の尾が。
幽霊都市を囲み、内部の生命体を幽閉しているなど。誰が想像できようか。




