ブレイザブリク⑦
ゴルゴンの青い魔眼が細くなる。
眼の前の異端者――立花陽太に注意が注がれる。
まるで見たことも無い珍妙なものを見るような訝しんだ瞳で
「あなたは、何者ですか?」
「お前こそ誰だよ、なんでこんな場所に魔獣がいるんだ?」
陽太は横にいるフレンに囁きかける。
「フレン、一旦、こいつの相手は僕がする。あいつの石化能力も僕には効かないらしいし問題はない。その間にフレンはあいつを倒せる術を編纂してくれ」
「駄目よ。さっきの攻撃がアタシの最大火力の術。あれでダメージを与えられないなら、勝ち目はないわ」
「スノトラと協力しても無理か?」
「無理よ」
「……じゃああいつを倒せるくらいの実力者を探してきてくれ」
「そんな奴がどこにいるのよ」
「シグルドがここに来てるらしい。あいつならこの魔獣もなんとかできるはずだ」
陽太がシグルドという名を出す時に彼の顔が少し曇る。
殺されかけた時の確執がまだ心の中に残っているためだ。
「……分かったわ。だけどアンタはそれまでに死なないことね」
「大丈夫だ」
陽太の自信の込められた返答に押され、フレンはその場から立ち去り、廃墟の上に登り、街を一望し始めた。
フレンがシグルドを探しに行ったのを見て陽太は
「さてと、じゃあ、時間稼ぎでもするか」
(外界樹素を使ってる分には平気だ。だが問題は相手が内包樹素のみの術式を使ってくる可能性……弱点を看破されたら、僕は一巻の終わりだ)
すると僕の身体がほのかに白色に光り始める。
後方を見るとこちらに杖を向けているスノトラの姿がある。
「今、陽太に保護術式と身体強化の術式を付与したのよ。これで戦いやすくなるかしら。陽太は取り敢えず、回避不可能な魔眼の攻撃から私を守って欲しいのだわ。私は陽太が対処できない術に対応するかしら」
「分かった。ありがとう」
陽太はポケットから古紙を取り出し詠唱を始める。
〔『式』系統は魔素――フォルテ・フレア〕
火球がゴルゴンめがけて発射される。
ゴルゴンは避けること無く、陽太の放ったフレアを直に浴びるが、火傷の一つもできない。
(魔術師としては三流もよいところでしょう。あの黒髪の少年が異質なのは……その体質のせいでしょうね。周囲の外界樹素をかき乱しているため、私の術が撹乱される。しかも魔眼も効かないとなると。ふむ、どうしましょうかね)
思考し続けるゴルゴンに向かって、スノトラは追撃を加える。
〔『式』系統は魔素――大瀑布 プレスト〕
凄まじい勢いでスノトラの杖の先端から射出されるは水圧のビーム。
その初動の速度はゴルゴンですらも対応できない速度であり、ゴルゴンの右腕にビー玉ほどの穴が空き、紫色の血が溢れ出す。
(あの紫髪の小娘は、やはり凄まじい才覚の持ち主ですね。今の魔術は、水属性術の最大物量を誇る術。それを超高速度で凝縮して打ち込むために、付与記号まで付与して放つとは)
【付与記号】
【それは術の出力や威力の多寡を簡易的に操作するための式の一種】
【詠唱に組み入れることで、簡単に術の出力の多寡を任意に決定でき、その利便性、習得難易度の低さから、一般人でも使用することが多い】
【付与記号には、多くの種類が存在する】
【まず強弱記号。これは術の名の前に付与することで術の出力を操作できる記号】
【種類としては、最強化記号、強化記号、準強化記号、準弱化記号、弱化記号、最弱化記号の基本記号が6つ。他にも時間経過と共に術の出力を増加させるクレッシェンド、逆に出力を減少させるデクレッシェンド。瞬間最大出力を叩き出すスフォルツァンドなどが存在する】
【次に反復記号。これは術の効果を中断せず継続化し反復して用いる際に使用される記号】
【術の効果を最初からやり直し反復させるダ・カーポ。反復させる範囲を任意に限定できるダルセーニョなどがその代表格である】
【更に速度記号。これは術の出力速度を向上、又は低下させる記号】
【種類としては、最低速記号、低速記号、準低速記号、準高速記号、高速記号、最高速記号、超速記号が存在する】
【最後に接合記号。これは術の出力、又は出力速度(外界樹素吸収速度、内包樹素変換速度などを含める)をある一定値に定め、継続して術を用いるために使用される記号】
【術の出力を人体に破損を与えないレベルにまで落とし、長時間継続させるテヌート。術と術を切り替える際、より滑らかにつなぎ合わせることで、樹素の変換効率を向上させ、消費を抑えるスラー、これは主に、術を複数同時併用する時に用いられることが多い。術の継続時間がテヌートよりも短い変わりに、術の出力量を上昇させ継続使用するためのフェルマータ などが存在する】
【これらの付与記号は、予めプログラミングされ、式の内部に術が組み込まれているため、術者が意識せずとも出力の多寡や速度などを決定できるため、極めて便利であり、重宝されている】
【つまり付与記号を用いれば、術をより正確により詳細に、より簡易に扱うことが可能なのである】
【しかし付与記号を用いれるのは、炎術式や土術式などの基礎属性術式や、保護術式などの人類が模倣できている術の領域内に限った話】
【ゴルゴンやブードゥーが用いる原生魔術、人類が模倣できていない最善なる天則や殃禍、大瀑布などの原型魔術に付与し制御することは不可能である】
【それらの強力な術に付与記号を用いれるのは、術を完全にコントロールできる到達者のみ】
(原型魔術を用い、しかもそれに付与記号で制御するとは……たった十数年生きただけの人間の小娘が、これだけの偉業を成し遂げている事実……フフ、これだけ胸が踊るのは久方ぶりか)
「素直に感服いたします。同じ魔術師として。ええ、相手しましょう」
丁寧にお辞儀をするゴルゴンの視線は、常にスノトラのみに向けられている。
そのため、横に回っていた陽太に気づいていなかった。
陽太は思い切り右拳を振りかざす。
ゴルゴンの頬骨にクリーンヒットし、ゴルゴンはその鈍い衝撃でよろける。
「ッ……〔魔眼〕」
すかさずゴルゴンは額の目を蒼く光らせるが、陽太には通用しない。
陽太はそのままゴルゴンの元に走り、彼の腕を掴み固定する。
束縛され動けなくなったゴルゴンの胸元に射出されるは、水の高圧指向砲。
ゴルゴンは紫色の血を吐きながら、胸に大きな風穴を開けられる。
(魔眼も通用せず、内包樹素量もゼロ! そのため気配の察知が難しい。それにこの速度……限定的ながら下級剣士ほどの高速移動を可能にしている! この立花陽太という男……闘素を用いているな? 剣術か!!)
樹素の流れから陽太の異変に気づいたゴルゴン。
巫女の社で鍛錬を積んでいた陽太は。
シグムンドから剣術の流派 居合流の基礎部分を習い見事モノにしていた。
居合流の奥義である「神速」を習得するまでは至らなかったが。
大気中の外界樹素を身体に取り込み、崩し、闘素に変換するコツを習得。
そのため部分的なドーピングのような芸当が可能になり、僅かながらに身体能力が向上していた。
「見くびってもらっちゃ困るよ。魔獣」陽太は得意げに語る。
すると胸元の傷を治癒術式で修復させながら、ゴルゴンは丁寧な口調で、しかし激情のこもった口調で話し出す。
「……小賢しく集る蝿が。そちらの紫髪の少女との至高の戦闘に、邪魔を入れるな、小僧」
「じゃあ、対応してみろよ、魔獣」
煽り返す陽太だったが内心は穏やかではなかった。
内包樹素を100%用いられた術に対しては無力も同然。
その弱点に気づかれず、いつまで戦えるか…。
内心では動揺しつつ、冷静を保つ陽太とは裏腹に。
シグルドの気配を頼りに、彼の元に辿り着いたフレンは。
思わず絶望の声を吐いた。
シグルドが、胸を巨大な槍で貫かれながら石化している。
そう、その偶像はまさしく。
人類最強のシグルドが無力化されているという重い事実のみを、フレンに告げる。
どうしようもない。
つまり、今いる兵力のみで、ゴルゴンを相手にしなければならない。
その事実を悟り、フレンの頬に冷や汗が垂れる。




