それぞれの旋律
「おォい、君イ、危ないぞォ、ブレイザブリクは今、内戦中だ。君もなかなか強そうだが……戦争地帯にお客を下ろせやしないよ」
「いいっていいってェ。ジジイ、サンキューな。これお駄賃だぜ」
鋭い銀色の剛毛で覆われた獣人は御者に銀貨を四枚ほど投げて渡す。
そして彼はあくびをしながら馬車から降り、煙と生物の燃える匂いが蔓延している「幽霊都市ブレイザブリク」に向かって歩いていく。
「お、おーい。君、やめたほうがいいぞ!!」
御者のおじさんは獣人に大声で注意喚起をするが。
獣人は木々を猿のように軽快な動きで渡り、あっという間に姿をくらます。
「やれやれ、全く。知らないぞほんと……」
おじさんは顔を手で抑え、汗を流す。
幽霊都市に向かって、木々を渡りながら進むは。
番犬 ガルム=ノストラード。
どんどん近づく爆発音と死臭。
ガルムは高速で移動しつつ、考えを巡らせていた。
(スノトラの野郎が消ェやがった。あいつ……根暗な野郎だから外出なんて滅多にしねェ。したとしてもせいぜい、近場の図書館が関の山だ……どこ探しても見つからねェ。きっと……王都かブレイザブリクのどっちかにいる。あいつが長期間に渡って消えやがる時は、大体、争い事やトラブルに巻き込まれている時だからな)
突如として消えたスノトラの行方。
ガルムにはあてがあった。
いつもそうだったのだ。
スノトラが消える時、いなくなる時は必ずと言っていいほど大きな争いやトラブルに巻き込まれている。
それは昔からの因縁であった。
いつも彼女は大きな運命の渦の中にいる。
それはガルムとて例外ではない。
よく争いや権力闘争、その他諸々の事象に決まって巻き込まれるのは、ガルムとスノトラのみだった。
だからこそ二人とも息があいコンビを組んでいたのだが。
ガルムは思考をし続ける。
きっと、いや、おそらく、いや間違いなく。
何か大きな流れがあることを、自分では逆らえない力場、そのような運命的な概念的な力が背後で働いており、自分たちはそれに突き動かされているのだ。
ガルムは本能的に、直感的にそう悟っていた。
(……運命か。くだらねェ。そンなもん、食えやしねェんだから、考えても無駄だ)
ガルムは単身で幽霊都市へ向かう。
そして運命的なことに、スノトラも丁度、幽霊都市へと向かう時間と一致していた。
何か手紙が届いたわけではない。
何か痕跡があったわけでもない。
しかし直感として、ガルムはスノトラの位置を悟っていたのだ。
二人の会合は近い。
因果が結びつけている。
*
アマルネ=マルカトーレ。
それは下民の身においてからの偽名である。
彼の本名はアマルネ=ネリネ。
あの有名な、裏切りの神使族。その末裔だ。
能力や品格が追いつかず、落ちこぼれと蔑まれ、ネリネ家の分家に置かれていたのが彼である。
彼には四人の兄弟がいた。中には顔も合わせたことのない弟もいた。
しかしネリネ家の総勢が、一二年前の火災事件で死亡してしまった。
放火事件だった。
そうしてただの落ちこぼれに過ぎなかったアマルネは唯一残されたネリネ家の末裔となってしまう。
放火事件を起こしたのは聖骸連盟。
下民が形勢した人類界に総本山を構える組織だった。
聖骸連盟は呪術によって家族や友を失い、呪術を恨み続けているメンバーで構成されている。
だからこそ、呪術を生み出したネリネ家に深い恨みを持っているのだろう。
アマルネは馬車の中で揺られながら夢を見ていた。
幼い頃の、まだ四歳ほどの記憶だろう。
(僕のお母さんが言っていた。僕らの血は汚れていると。大昔に人を恨み、人を妬み、権力闘争に明け暮れ、ついには目先の利益のために特定排斥種と手を組み、呪術で人を鏖殺した。だから生きていちゃいけないの、と)
お母さんだけはアマルネに愛を与えてくれた。
どれだけ不出来な息子であっても、愛おしかったらしい。
僕が迫害されるのを恐れ、ネリネの家名を捨て、マルカトーレにしてくれたのも母のおかげだ。
母はいつも言っていた。
「私達の先祖が呪術で殺してしまった以上の人々を僕の手で救え」と。
僕はそれまでは死ねない。
過去の被害者に詫びるために、そして自分自身を自分で許せるように。
焼け死んだ母、何も罪はなく、先祖の罪を着せられ加害者として扱われ続けた悲しき母。
それでも僕をこの世に生み出し、愛してくれた母の栄光のために。
多くの人を救い死ぬこと。それがアマルネの唯一の生きる目的だった。
「どうしたアマルネ?」
気弱で長身の男がアマルネの顔を覗きこんで声をかける。
アマルネは一重の細い目をさらに細め、微笑み。
「ああ、何もないよ、ヨゼフ。ただの独り言さ」
「そうか……」
ヨゼフはアマルネの様子を確認した後、そっと眠りについた。
アウストリはすでに登りかけており、朝を告げようとしている。
幽霊都市へと向かう馬車の中、アマルネは一人、問答を続ける。
(幽霊都市も、呪術を使い人を殺し、生業としている……つまり幽霊都市を潰したのも、僕たち、ネリネ家にほかならない……)
「僕だけしか残っていないんだ。アマルネ=ネリネ。ふんばれよ。オマエが救うんだろ?」
一人自分に語りかけるアマルネ。
ネリネの家名が重い罪として降りかかる。
その重圧に耐えきれない。しかし、耐えなければならない。
アマルネは己の運命を呪った。
しかしそれが神の定めた旋律だというのなら。
その旋律すらも乱して、自分の色に塗り替えてやろう。
そう心に決めて、アマルネパーティは幽霊都市へと向かう。
それぞれの因果が重なり紡ぎ合い、幽霊都市に収斂する。
終わりの時刻は刻一刻と迫っている。




