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リンカーネーション  作者: 鹿十
第一章 異世界転移編
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異世界転移

 急激な速度で低下する自分の体。

 四肢に力を籠め、何とか動かそうとするも自分の意思の通りには動かない。

 およそ高度は地上から三万キロほどだろうか。

 

 スカイダイビングを行う時に飛行機が到達する高度は、平均して千から四千キロほどらしい。

 その倍以上もある距離を、絶賛降下中であった。

 

 体は重力で引っ張られ、時を経るごとにさらに加速していく。


(流星ってこんな気分なんだろうな)

 

 なんて下らない走馬灯に似た想像をした。

 せっかく異世界に転移をしたのに、このまま落下死して終了、だなんて。


 (そんな理不尽なことがあるか!) 

 

 と現状を脳内で否定していると、雲の中から朱色の体表が見えた。

 それは翼を羽ばたかせ、周囲の蒸気露を払い、屈強なその姿を顕現する。

 竜だ。その生物を一言で表すとするならばそれ以外に適した言葉を僕は思いつけない。


「おおおおおおおお」

 

 竜と相対したという事実に感極まって、俺は思わず上空で叫んだ。

 竜は、猫の瞳のような眼をこちらに向けた後、もう僕には興味を失ったのか、船の帆のような大きさを誇る翼を数回羽ばたかせ、遠くの空へと消えていった。

 

 その翼が生み出す風圧はとてつもなく、降下中の僕はその風を真っ向から受けて、北東の方角へと吹っ飛ばされた。

 大型の台風に巻き込まれた気分だ。

 もうどこが前で、どこが後ろで、どこが上で、どこが下なのかもわからない。自分がどの地点にいるのかも分からず、成す術無く気流に乗って、花粉のように吹き飛ばされていくのみ。


  瞬間、僕の真下を途轍もない速度で、「円筒形の細長い物体」が通り過ぎた。

 その速度は、竜が滑空を行うそれよりも数十倍速い。

 その物体が降下中の僕の、寸前の位置を通り過ぎたことに気づいたのは、数秒後に遅れてやってきた音が原因であった。

 

 つまり、目視では確認できないような速度で、「何らか」の物体が僕の真下を貫いたのだ。

 それも遅れて到達した音が表すように、その物体が出す速度は音速を優に超えている。

 

 今度は、音と共に放たれた衝撃波が遅れて僕を襲った。

 竜の羽ばたきよりも更に大きな風圧を直で受け、そのまま北東の方向へさらに吹っ飛ばされていく。

 

 もう何が何だかわからない。

 

 竜の生み出した風圧により、降下する位置がややズレていなければ、僕はそのまま、飛んできた「円形状の細長い物体」に直撃し死んでいたことであろう。

 

 転移した瞬間から死にかける異世界。

 

 巨大な世界樹。九つの大陸。四つの恒星。飛翔する竜。空を貫く円筒形の未確認飛行物体。

 そのなにもかもが、常識の範疇を逸脱している。

 ここでは今まで僕が獲得してきた「当たり前」や「常識」は通用しない。

 

 これこそが、異世界。

 万事休す。そんな状況下で、僕は内から溢れ出る好奇心を抑えきれずにいた。

 急降下する体。死にかける命。

 その全てが、僕にとっては新鮮で、面白い。

 絶体絶命なこんな事態でも、恐怖より、湧き出てくる好奇心が勝っていた。



 第十二回目の人類活動領域外の大陸横断を終えた。

 九回目、十一回目と過去の二度の使節を含め、これで三回目となる。

 

 他種族との関係性がある程度改善してからというもの、ミッドガルド外の大陸への渡航は以前よりは数倍は楽になった。

 未だ他種族から蔑視を受けている人類も、その立場の改善が如実に感じられる旅となったが、依然として、私達に対する差別はまかり通っている。

 全ての種族が平和に、そして平等に暮らすことができるという目標はもはや稚拙で子供じみた理想と化してしまっている。それでも私はまだそれを諦めきれない。

 

 今回の渡航による成果は二つ。

獣人種ビースターズとの対談の実現。

② 七帝協和の実現可能性


 一番成果が大きかったことは①の獣人種ビースターズとの対談であろう。

 過去敵対していた獣人と、正式な場を設けて対談を実施できたことは大きな成果である。武器や爪を交えることなく、血を一滴も流すことない無血、非暴力の形での対話。

 これは歴史的に見ても前例がないことだ。

 

 当初こちらが望んでいたいくつかの条約は見送りという形で留保されたが、それでも対談という形に持っていけただけ大きな進歩である。

 

 しかし相変わらず、魔種イフリートは人類に対して友好的な姿勢は見せず、ついぞ敵対心を解かない。

 それは文化的な側面や大陸問題など、様々な諸事情が背後に絡んでいるため、彼らとの関係性は一概に表記できはしないし、今まで折り重ねられてきたその問題が一夜にして解決するはずはないことは十分承知してはいるが、それでも、今回の渡航で魔種イフリートとの関係性に対し、小さな一歩でもよいから前進できなかったことが悔やまれる。

 

 次回の渡航では彼らとの関係の改善が課題となるだろう。

 

 それと最後に、渡航を終えミッドガルドへと帰還している最中、上空に大きなエネルギーの乱れを感じた。それは飛竜が飛び立ち、その場から逃げ去るほどの大きな力だ。

 

 おそらく()の誰かが、力を酷使したのだと推測する。

 私の予想では、あの魔狂徒のいつもの遊戯に過ぎないと思うのだが……そうでなければ大問題だ。一刻も早く正式な調査を要求する。

  

 そして、最後に……これも調査書に記載すべき情報かどうか迷ったのだが、上空に神力の一部を垣間見たのと同時刻。空から一人の少年が落下してきた。

 

 私の仲間の一人が保護術式をかけたことで、怪我はしているものの、少年の命に別状はない。

 どのような経緯で空から落下してきたのかは、彼の意識が判明してから聞くことにする。

 

 おそらく、ふざけて眠っている飛竜の背中にでも乗ろうとしたのだろう。

 その飛竜がいきなり起き上がり空を勢いよく飛んだのだから、振り落とされて落下してきたのだと推測する。まあ、かなりの……度胸がある少年、とでもいうべきか、それともただの阿呆なのか。

 とりあえず、第九ギルドで管理、保護することにする。

 

 別にこんなこと書かなくてもよかったけど、奇妙で面白い事件だったので記載した。

 何か異常事態があれば別途の方法で連絡を取る。

 第九区ギルド 受付および管理人。 ナンナ=ルーアより。



 目が覚めた。ここはどこだ。

 何故かベッドの上に寝かされている。

 年期の入った古い木造建築の小屋の屋根裏部屋だろうか。

 小窓だけが設置されていて、そこから日の光が差し込んでいた。

 息を吸うと少しだけ埃臭い匂いが鼻腔に広がった。

 日差しが空気中に漂う埃を鮮明に移し出している。

 ここはどこだ? もしかして天国か? 天国にしては少し質素な風景だ。

 

 ベッドから起き上がり、素足のまま汚れた木の床を歩いた。

 どうやら五体満足であるようだ。

 体の節々が軋み、全身に仄かな痛みと倦怠感を感じるが、それらを加味しても、正常体だと断言できる範疇に収まっている。

 

 あの高度から地面やら水やらのどこかの落下地点に落ち、体を打ち付けられたとしたら、僕の体は原形が無いぐちゃぐちゃの肉片と化しているところだっただろう。

 どうやらそんな大惨事には至っていないようなので、やはりここは天国なのかと疑う。

 

 僕は眠い目をこする。

 床に降り積もった埃を足の裏に付着させながら進み、木造の階段を下る。踏板を足で踏みつけるごとに、ギシリと音が鳴り響く。

 

 起きたばかりで先ほどまでは気が付かなかったが、こことは隣接した場所に酒場があるのか、朝方だというのに男たちの叫び声が聞こえる。血気盛んな奴らが近くにいるようだ。

 すごく賑やかな街の中にある。


(近くに大通りでもあるのかな。それとも街中で祭りでもしているのか?)

 

 そう思ってしまうほどに、老若男女入り乱れた沢山の声が聞こえた。

 

 一階に降りると、ビンテージ感あふれる雑貨とインテリアの数々が配置されていた。

 冷蔵庫や掃除機、エアコンといった文明の利器はそこに一つも存在せず、家具らしい家具や備品には全て、中世の洋風のような趣がある。

 映画などに出てきそうな洒落たリビングだ。人によっては懐古的に感じられてしまうかもしれないが、僕にとってはとても目新しく、優雅に見える。

 まるでどこかのおとぎ話の中に、うっかり侵入してしまった気分だ。

 

 部屋の内装に見惚れながらも僕は歩き、入り口と思われるドアを見つけ、ゆっくりと開いた。

 日差しと共に、大量の人と、西洋の街並みの一角をジオラマのように切り取って持ってきたみたいな、そんな風景が目に飛び込んできた。

 

 正確に言語化するとなると、産業革命が始まる遥か以前の西洋がその情景に相応しい。

 ナポレオンが英雄化する前の、自由主義が広まる以前の、人々が文明や科学に頼り切る時代のずっと昔。

 

 人類が、農畜と密接に繋がり、大地を大地のままに受け入れていた時代の風貌。

 資本主義の届かぬ領域。

 

 そんな一昔前の西洋に、少し独自の色を加えたような、そんな風景が目の前に広がっていた。

 庶民たちは基本質素な格好をしている。

 頭にターバンを巻いた男もいれば、ネックレスをつけ着飾っている婦人もいた。

 商店街で見たことも無い食べ物を売る商人もいれば、身振り手振りをして、会話に没頭する叔母様方も。そして石畳の道を元気よく走り回る子供たちも。

 

 そこは、まさしく異相の世界である。 緑化と緑花の二冊が記述していた様と酷似していた。


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