表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リンカーネーション  作者: 鹿十
第一章 異世界転移編
5/188

境界線

自殺方法というこの世の禁忌とされている概念に興味を惹かれ、実行した人物がいるだろうか? いるとしたら是非ご教授願いたいものである。

 

 僕は熱心に調べた。どのような方法が一番楽で、一番確実なのか。

 最も危惧すべきことは「自殺の失敗」である。

 楽ではなくとも死ねたら御の字。実際は失敗におわり後遺症が残ったまま生きていくケースが一番多いだろう。自らを死に追いやるほど傷つけ、そしてそれが失敗に終わり、残りの人生を生きていく……なんて最悪な事態が生じたら、親に謝罪してもしきれないだろう。

 

 まあ、自殺を選ぶ時点で親不孝者であることに間違いは無いが。

 ネットで「自殺 方法」などを調べたところで、相談窓口の電話番号へ案内されるだけであり、その詳細な内容はどこにも載っていない。

 

 一番オーソドックスなのは首を絞めることだろう。

 それかリストカットをして大量出血を起こす方法も捨てがたい。


「はあ……何やってんだ、僕」

 

 自室で朝っぱらから自殺方法などを考えている自分を客観的に見つめ、頭が狂ったのだと再確認した。よく分からない作り話の、見聞したこともない内容の創作物を信じて実行に移すなど馬鹿のやることに他ならない。

 某有名漫画を読んで、海賊王になりたがる人間がいたとしたら、そいつは、狂った異常者だと判断されるのと同じだ。

 

 そして例に漏れず、今現在の俺はまさに狂乱者と断言して差し支えない。


「実際……この本の記述が本当に正しいと仮定したら……この世の自殺者、全員異世界に転移してるってことになるよな。それはおかしいよな、そんなわけがあるか」

 

 自分で語った事に、心の中で同感した。

 この「緑花旋律」が示す通り、「この世に深く絶望を抱き、死を能動的に選ぶ人間」が異世界転移を遂げるのだとしたら、自殺者は死後、軒並み異世界に転移を遂げていることになる。

 

 それは余りにもあり得ない話だ。

 この本の記述から推測するに異世界に転移をする方法はあるにはあるらしい。が、それは一個人が容易に達成できることではなく、またオーソドックスな概念でもないのだ。

 自殺者が異世界に転移をするならば、異世界では転移者は物珍しい存在では無いはずなのだ。

 しかし、この本を読んだ感じ、向こうの世界でも転移は極めて希少な事柄のようだ。

 つまり、「自殺者が必ずしも転移をするはずではない」ということだ。

 

 転移者と自殺者はあくまでも同一ではない。

 だとするならば、自殺者と転移者を分ける境界線はどこにある?

 いったい、どの条件が作用をして異世界への転移という稀な出来事を発生させているのだ?

 

 そんなことを悶々と考え続けていたら、図書館で「緑化旋律」の本を読んでから、早くも一か月が経過していた。

 

 その間、僕は毎日欠かさず図書館に通い、「緑化旋律」と「緑花旋律」の二種の本を読み比べ、解読しようと勤しんでいた。苦労が実を結び、二冊の書物を並列して読み込むことで翻訳されていた箇所以外の情報も少しだけ齧ることが出来るようになっていた。

 

 何十時間もつぎ込んで、新たに得られた情報は以下の通り。


【異世界転移は異世界においても極めて稀な事象である】

【転移を行うには、自殺を選ぶだけでは飽き足らず、その他にも達成すべき条件がある】

【魔法のような概念である技術の一部を拝借する必要がある】


 どうやら、この魔法陣のようなものは「式」と呼ぶものらしい。

 この「式」が、異世界に一般的に広く流通している魔法のような力を酷使する際に不可欠なアイテムなのだろう。おそらく、緑の父はこれを用いて転移を行った……と推測される。

 

 自室の中央にあるテーブルの上に、「緑花旋律」に挟まれてあった古紙の数々をぶちまけた。

 式が記載された方の紙の肌触りは、おおよそ触れたことのない感触をしていた。 材料に使用されている木々は現実世界に存在しないものであろう。少し黄ばんだ色をしている。

 中央には大きな丸型が描かれており、上側と下側には演奏記号や符号に似た模様が。

 

 式が描かれている古紙の匂いを嗅いだ。鉄の香りが仄かに漂う。

 おそらく、血をインク代わりに用いているのだと思う。

 この古紙と一緒に挟まれてあった解説が示された書付に目を通した。幸いなことにそちらは日本語で書き留められていたため解読が可能だった。

 

【式。あちらの世界にのみ存在するエネルギーを取り込み、任意の形に変換するために用いる機構。異世界にのみ存在するエネルギーを用いない場合、大きな力を発現させるためには、それと同様の価値を提供しなくては発動しえない】

【式と成る媒体は必ずしも紙に限定されない。それは形態を問わない】

【式に関する概念は広義に及ぶ】

【異世界転移――正式名称を「異空間往来」と呼ぶのだが――を可能とするために用いる式は、一個人の人間が達成出来るほど安易なものではない。そのため別の方法を用いる】

【彼岸花を用いる方法がベストだ。特異な花である彼岸花の力を借りることが、安全性や確実性、そしてリスク、難易度などを考慮した場合、最善な転移方法であると思われる】

 

 彼岸花。緑が亡くなる前に見たがっていた花だ。

 偶然か必然か、その花こそが異世界転移を行うために必要な植物らしい。

 読み進めていくと、異世界転移を実行するための明確なチャートなど存在しないことに気づいた。どうやらこの書類の著者である緑の父――ですら、最後の最後までその具体的なやり方を模索し続けていたらしい。

 

 大切なのは魔法陣のような役割を有する「式」に必ず「彼岸花」の要素を混じ合わせること。

 彼岸花を絞って生み出した着色料で式を記載してもよいし。彼岸花で式となる紙を囲い、発動してもよい。どんな形であれ、彼岸花が関与していればよいようだ。

 

 想定していたものよりも、情報がアバウトで困った。もっと明確で分かりやすいフローチャートのような図式が乗っているものだと期待したが、その期待はあえなく外れることとなる。

 

 しかしよく考えればそれもそうである。

 異世界転移のような奇行を実現可能にさせるための手順が分かりやすく図式化されているはずなんてない。僕がこれから訪れようとしている場所は「現実世界」ではなく「異世界」である。こちらの常識が全く通用しない世界なのだ。自分の狭い知識や浅い経験で、異世界の事柄を断言するのは少しばかり傲慢が過ぎている。

 

 およそ誰にも達成されたことのない型破りな行動をしようとしているのだ。

 今までの知識や常識が通用すると考えない方が良い気がしてくる、と自分の浅はかな考えを修正、反省をした後、僕は伊織の父が緑花旋律に記載した文章に着目し直した。


【術が作動した古紙は黒く染まり灰のようなものと化す】

 

 そして再び、残された何枚もの「式」を見る。

 そのほとんどが不発に終わっているようだ。だが、たった一枚だけ、式が刻まれた古紙の隅が黒く染まっているものがあった。

 これが指し示す事実は、蘭の父は少なくとも一度は式の発動に成功している、ということだ。


【この転移方法には「己の死」が絡むが故に失敗は許されない。だからこそ、違法な手段を取ることで実験成功確率の安定性を向上させる。己が重要とするものをありったけ式に詰め込もう。そして大きな代償を払う。異世界転移という現実不可能な偉業を達成しえるくらい、大きな代償を。そして式はなるべくシンプルなものがいい。古紙を用いる方法は避けるべきだ】

【己の肉体。寿命。自分の大切な物を一つの式に組み込む。そして彼岸花の咲き誇る季節に、それを関与させて式を実用する。そこまでやって初めて、異世界転移の成功率は十五%といった所か。七十五%は単なる自殺で終わるか、最悪なケースは、魂が彼岸へと渡ることも無く、また怨念のように残留することもなく、儚く消えていくことだろう。そしてその確率は驚くほど高い。しかしやらずにはいられないだろう。そうでもしなければ……予言を覆せないのだ】


 緑の父親の書類に記載されていた「予言」という単語が頭の中を反芻する。

 はて、予言とは何のことだろうか。まあしかし、今はどうでもよいことだろう。

 

 情報は揃った、あとは……異世界転移を実行するか否かを判断し、決断しなければならない。

 彼岸花が枯れ始めるまでに、残り一か月もない。

 それまでに、実験段階の式を出来る限り何度も試行錯誤して作り出そう。

 そして一つでも完成することができたのならば、その時は。

 死を選ぶ。その覚悟を、抱かなければならない。

 



よろしければブックマーク、評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ