夜襲②
「我らが何故、魔種と自称しないかを知っているか?」
倒れ、体を痙攣させるシグルドに詰め寄り、語るアルガード。
「魔種とは群としての他種族からの呼び名であるからだ。九種族の一つでしかないからだ。馬鹿らしいことこの上ないとは思わないのか? あろうことか、魔族が他種族から付けられた呼び名を自らで語るとは。我らは単体で完結している。だから種族の名など必要ない。我らは魔族であり、それ以上でも以下でもないとは思わんか?」
「……馬鹿らしいのは貴様のプライドの方だ。魔獣」
剣を支えにして立ち上がるシグルド。
顔は青ざめており、心なしか痩せこけているようにも見える。
変わっていないのは、その凍てつく蒼色の眼光だけだ。
「これは驚いた。我の闇を喰らい、立ち上がったのは貴様が初めてだ。大体の者たちは精神が汚染され、まともに言葉も発せられない廃人と化す。その様は見ていて気分が良いものなのだが」
「撹乱? 幻覚? 精神汚染? 魔獣、貴様は先程までずっと自らが原生魔族であるだとか、下らないことばかりにこだわっていたようだが、大したことのない魔術だったぞ。アザミの言葉のほうが我の精神には効いた」
「強がってられるのも今のうちだけだ。俺の内包樹素が尽きるまで、貴様を深淵に陥れてやろう。そしてどんどんと次第に衰弱し、意識が薄れ、廃人化していく『龍殺し』の愚かな様を見物するのも面白そうだ」
[『式』系統は魔素――黒曜を吐く鏡]
笑いながら右手を前に伸ばし、シグルドを握りつぶすような仕草をするアルガード。
だが、術は不発に終わる。
「‼ ……外界樹素が我に従わない!?」
「悪いな。樹素は貴様より我を優先しているようだ」
ヨレヨレの状態のまま、シグルドはなんとか体勢を立て直し、動揺しているアルガードに近づく。
そして両手で剣を握りしめ、剣を空高くに掲げて
「はは、力と樹素を籠めただけの一振りか、くだらない。そんな力技が我に通用するはずがn」
大地が振動するほどの衝撃が、アルガードの頭頂部に直撃する。
シグルドはただ、剣に力と樹素を籠め、思い切りアルガードの頭に叩きつけただけだ。
もはや剣術や魔術などを使わない力技のシンプルな一撃。
王宮の屋根を貫通し、そのまま地下深くにまで埋め込まれるアルガード。
「がああああ」
頭部は潰れ、大量の紫色の血を噴出させながら痛み悶えるアルガード。
屋根から王宮の内部を貫通する大きな穴が開けられる。
そんな彼の様子を、王宮の屋根の上の高みから見物していたシグルドは
「こうゆう力頼りの技は、宮殿に被害が出るからやりたくなかったのだ。しかも何より……剣士らしくない、恥だ」
アルガードは地下深くから一蹴りで屋根の上まで上がり、王宮の塔にそのまま避難する。
自分の潰れた頭を右手で触り、紫色の血が付着した右掌を見つめ震えるアルガード。
(何故だ? 何が起こった? 意味が理解できない?! 今のは、力と樹素に任せた、ただの剣の一振りであったはずだ‼ それがここまでの威力を発揮するはずがない。第一、先程の攻撃はただ剣を力を籠めて振っただけだった。特殊な術式を用いたわけでもない‼ そんな一撃が、これほどの威力……あり得ない……)
「『龍殺し』貴様、先程の術式、まさか手加減していたのか?」
「手加減していたわけではない。剣術の流派の一つ、居合は速度に特化した術だから力が入れづらかった。しかもここは王宮、これほど見事な建造物を破壊するのは少々気が引けた、それだけだ」
唇を噛み締め怒りをあらわにするアルガード。
手加減をされていたという事実に。
(あろうことか、この「龍殺し」という男は、我と戦う間に、周りの被害が及ばぬことを最優先で考えていたというのか? ずっと力を抜いていたというわけか? 舐めてやがる)
「さて、そろそろ夜が開ける。魔獣、貴様との争いも、そろそろ決着を付けなければならない。明日は師匠との特訓の予定があるのでな。だから、少々力ずくでいくぞ」
〔『略式』居合 クレッシェンド〕
〔対立術式‼〕
居合の速度に対応するために、アルガードは再び対立術式を付与する。
(今更、剣術を用いても意味がない‼ その術への対立術の編纂はもうすでに済んでいる!)
アルガードは避けることなく、塔の上で立ち止まっている。
何故ならば、居合の術は対立術式により、もうすでにアルガードへの有効打とはならないから、避けるまでもないためである。
だがしかし、それを予期していた、シグルドは。
アルガードに攻撃を加える瞬間だけ、敢えて〔居合〕の術を解き。
渾身の一撃を食らわせる。
「ガハッ」
シグルドの剣の一撃が入るごとに、口から血を吐き苦しむアルガード。
(こやつ……居合とやらの術を「移動手段」として用い、我に攻撃を加える瞬間のみ術の使用を解除している‼)
シグルドが用いた策の種に気づいた時にはもうすでに遅く。
アルガードが反応できない速度で、大量の攻撃が襲う。
ただ殴られ、切られ、なすすべなく攻撃の的とされている中、アルガードは
(ありえない! ありえない! 居合とやらの術の速度を保ちながら術の使用のオンオフを的確に切り替えている! ありえない! ありえない!)
シグルドが当たり前のように行っている芸当に対し、驚愕を隠せないでいた。
最後の一撃を喰らい、血反吐を吐きながら吹き飛ばされ、地面へと衝突するアルガード。
彼の体はすでにボロボロで、紫色の血で染まっており、死にかけた虫のようにピクピクと痙攣している。
そんな彼に近づくシグルド。
「はあ……はあ……がっ……」
動悸を乱し、血を吐きながら、匍匐前進で逃走を図ろうとするアルガード。
だが、そんな彼の左足を強く踏みしめ、見下ろしながら剣をつきたて
「逃げられると思うな、魔族」
冷徹な言葉を吐くシグルド。
「みっともないぞ、原生魔獣。プライドはどこにいった? 貴様は孤高なのだろう? あれほど偉そうな言葉を並べておいて、自分が劣勢に立たされれば、逃げおおせるつもりか?」
シグルドの煽りを受け、眉間に皺を寄せたアルガードは右手の平をシグルドの方に向け、術式を使おうとするが
「術が……使えん。何故だ」
「貴様の外界樹素のコントロール能力が我より劣っているだけだ」
「あり得ない。我は、原生の……魔族。樹素に愛され、祝福を一心に受ける者である……はず」
「そう思っていたのは、貴様だけだったようだな。ただの片思いだ」
シグルドは剣を空高くに掲げる。
紫色の血で染まった刀身が、月明かりを背景にして輝く。
「待て、待ってくれ! 話を! 分かった! もう、貴様を襲うのはやめよう! 謝罪する! 魔界に帰り、人間には危害を加えないと約束しよう!」
プライドを捨て、情けなく命をこうアルガードに対し、シグルドは。
躊躇なく、剣の刃をアルガードの首元に振った。
刀身が、アルガードの胴体と頭を泣き別れにする。
ピクリ、とアルガードの体が動いたかと思うと、そのまま静止し、もう二度と起き上がることはなかった。
「魔獣の討伐、遂行した」
とシグルドはつぶやき、血で染められた刀身を、取り出したハンカチで拭き取る。
そんな一連の様子を、王宮の中庭から観察していたのは一人のロン毛の男、フィマフェング。
オペラグラスを両目から外し、ため息を吐いて
「やっぱり、『龍殺し』の討伐は一筋縄ではいかないか」
と、結果が分かっていたかのような呟きを吐き、強襲は失敗に終わった。
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