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リンカーネーション  作者: 鹿十
第三章 王都編
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救えなかった命のことを考えたことはある?

シグルドは気を許せる場面、つまり本来の自分で誰かと接する時は一人称を「僕」とし、剣士として行動している際には「我」と己を呼ぶことにしています。

だから何だって話ですが、まあ要は、語字では無いということが伝えたかったことです。

 「龍殺し」。

 人間界ミッドガルドにおいてこの名を知らぬ者はほぼ皆無と断言してもいい。

 その剣さばきは剣舞のように美しく、斬撃は一閃のように残像となり目に焼き付く。

 齢16にして名実共に最強の剣士と成り、その絶対的な地位は未来永劫揺らぐこともない。

  

 莫大な才能に胡座をかくこともなく、鍛錬を積み続け、到達した領域は。

 他種族を超越する次元。

 生きる英雄。

 人間の形を保っているだけの化け物と形容される男。

 それがシグルド。

 

 彼の存在そのものが世界の均衡を保つ上で一種の抑止力となっており。

 人間界ミッドガルドの治安維持にまで莫大な効力を与えていると言われている。

 出生や養育過程などの背景が一切の謎に包まれているため、『座』の階級に留まってはいるが。

 実力面だけを考慮すれば剣士の最高位である『』の階級を与えられてもおかしくはない。



「これで全部か……」


 王家の紋章が入れられた剣を握りしめ、呟くシグルド。

 その背後には魔物と思わしき残骸が大量に残されていた。

 屠られた魔物たちは蒸気を発しながら外界樹素へと姿を変え、消えていく。


「ありがとうございます。シグルドさん!!」


 子連れの母親がシグルドに向けて深くお辞儀をした。

 母のその行為を、指を舐めながら見つめていた1,2歳ほどの男の子は、母の真似をするように


「シルルドさん、ありがとー」


 と笑顔で呟いた。


「こら、駄目でしょ。シグルドさんの名前を間違えちゃ」母親は自分の息子を叱った。

「いいんですよ、そんなこと気にしなくて。それより、王都とはいえ、都心から離れた森には討伐されていない魔物がうろついていることが多いですから、ここらには近寄らないようにしてくださいね」

「分かりました。すみません」

「いえいえ、では、馬車を手配するので、暗くならない内に気をつけて帰ってください」


 シグルドは笑顔で言い、赤色のマントを棚引かせながら森の奥へと消えていく。

 そんなシグルドの姿を見て


「ダリアも大きくなったらシグルドさんみたいなカッコよくて強い男の子になるんだよ」


 と息子に啓蒙するように言って笑った。



 術式天体アウストリが落ち始める夕方。黄昏時。

 荘厳な大聖堂の中心には、一人の剣士が身をかがめていた。

 天井のステンドグラスを通り抜け、様々な色に変色された術式天体の光がその剣士を彩る。

 中央部は僅かな自然が残されており、木々や花、野原が広がっていた。

 その中心部には、墓石と思わしき一枚のモノリスが突き刺さっている。


 白髪の凛々しい剣士はモノリスに敬意を示し、右足を立膝にして顔をうつむかせ、静止している。

 数秒間の沈黙が流れた後、その沈黙を断ち切るように剣士の後ろから一人の少女が近づいてきた。

 その気配に気づいた剣士は立ち上がり、少女に慈愛の笑顔を向け


「ああ、アザミか、久しいな」と語りだす。


 アザミと呼ばれた少女は、びくりと縮こまった後、上目遣いで剣士を見る。

 アザミの見た目は10歳くらいのいたく貧相な子で、修道服に身を包んではいるものの、貧困地にいるような悲惨なオーラをまとわせる少女だった。

 ウィンプルと呼ばれる黒色の頭巾から、気弱そうな蒼色の瞳を覗かせている。

 アザミは両手の人差し指をくっつけてモジモジしながら


「久しぶりで……す。シグルド様」と頬を赤くして答えた。

「修道服を着てもアザミは変わらないな」

「シグルド様もお変わりない様子で……アザミ、感激です」

聖霊堂ここに何の用があったんだ?」

「いえ、聖霊堂せいれいどうには用はなくて……」

「? では何故ここに立ち寄った?」

「いえ、それはその……えーっと……えー……」


 両手を擦りつけながら顔を火照らせるアザミ。

 彼女から向けられる感情に気づいていない様子のシグルド。

 アザミはモジモジしながら無理やり話を変え


「それより、シグルド様。アザミ、ようやく修道服の着用が許されたんです」

「それは何よりだ。数年前は雑用しか任されていなかったアザミが、まさか巫女・・様の元で働くことが許されるとはな。素晴らしい躍進だな」

「えへへ……」


 褒められ、嬉しそうに笑うアザミ。


「巫女様には粗相の無いように接しているか?」

「アザミは……この前、巫女様の大事にしていた書物に涎を垂らしながら寝てしまい……怒られてしまいました」

「ははは、アザミのおっちょこちょいは相変わらずだな」

「えへへ……」


 アザミはモノリスの横に正座でポツリと座っている。

 そんな彼女の横に腰を下ろすシグルド。

 アザミは、シグルドが近くに来て緊張しているのか頬を赤くして体を小刻みに震わす。



「他にも聞きたいね。アザミの失敗談」

「え、そうですか? いっぱいありますよ。そりゃいっぱい、毎日ミスばかりしてます。でも、巫女様、すごく優しいんです。何してもアザミを叱らないし、いつもアザミに色々なことを教えてくれるんです。けど、巫女様は大の読書好きですから、お気に入りの本を涎で汚した時はそれはもう凄く怒られました……鬼のような形相で」

「ははは、巫女様の本好きは王宮でも話題だよ」

「ですです。でも、噂以上です。巫女様、気づけば何かしらの本を読んでるんです。こんなこと言ったら悪いんですけど……本の虫ってやつです」

「巫女様か……どんな人なんだろうな」


 シグルドが何気無く呟いた一言に、アザミは首を傾げて


「シグルド様は巫女様に出会ったことは無いんですか?」

「ああ。巫女様は別格の存在だからな。一剣士の僕がおいそれと出会うことは許されない」

「そうなんですか。でも巫女様、とてもお優しくて、フレンドリーな方ですよ」

「そうか、巫女様は、優しいお方なのか」

「はい、甘党で本好き。ちょっと不器用で臆病ですけど、とても優しい方です」

「その話を聞くと親近感が湧くな。僕もいつか、巫女様に会いたいね」


 冗談のようにシグルドの口から出た言葉。

 その言葉に大きな反応を見せたのはアザミだった。

 彼女はわざとらしくそっぽを向いて


「へえ~そうですか。シグルド様は巫女様に興味がお有りなんですね~」


 と皮肉たっぷりに言う。


「ああ、そうだ」シグルドはアザミの嫉妬と怒りに気づかず、肯定した。

「そうですか。へえ~ふーん……見損ないました。シグルド様」

「どうしてだ?」

「まあ、英雄色を好むって言いますしね。別にいいですよ。けっ」

「アザミ……もしかして君、今不機嫌か?」

「別に」

「……何か気に触るようなことをしたか? すまない」

「別にいいです。シグルド様も男なんですねって感じただけです」


 正座をしながら機嫌を斜めにするアザミ。

 突然のアザミの気の変わりように慌てるシグルド。

 そんな両者のやり取りの間に割って入るように、大きな鐘の鳴る音が響いた。

 

「ああ、もう戸締まりの時間です」

「また今度だな」


 アザミは鐘の音に気づき、修道服に付着した芝生を払い落としながら立ち上がる。

 シグルドも続いて立ち上がり、モノリスに一瞥くれてから聖霊堂を後にしようとする。

 そんなシグルドの、モノリスに向ける視線に、悲哀を感じ取ったアザミは、聞く。


「シグルド様は、どうしてこのモノリスを見る時、そんな悲しそうな顔をなさるのですか?」


 唇を噛み締め、言うか言わぬか迷いを見せた後、シグルドは語り始める。


「このモノリスは墓所だ。紛争や戦争、魔物との遭遇、災害、その他色々な不運に巻き込まれ、死んでいった者たちを祀る墓。何十、何百万にも及ぶそうした死人たちは、名も忘れられ、遺骨もなく、人々の記憶から忘却されていく。そんな不運な人々を哀れに思った王族が建てた墓が、このモノリスなのだ」

「……そう、なのですか」

「時折、我は考えるのだ。何故、我にはこのような、身に余る莫大な力を与えられたのか、ということを。きっと、我の役割は、こうした人々を救うことなのだ。そのための力を我は手にしている。にも関わらず、救えなかった命がある。このモノリスに刻まれた命は、いわば我が救えたはずの命だ。つまり……我が殺したも同然だ」

「……」アザミはただ黙ってシグルドを見つめる。

「だから、こうして、暇がある時には祈りを捧げに来ているのだ。その都度、不甲斐なさを感じる。無力さに打ちひしがれる。そして、我はより強くならねばならぬと、原点を思い出せるのだ」


 アザミがシグルドに向ける視線には、ある種の覚悟が眠っていた。

 アザミは、身に余る大きな責任を負うシグルドに対し、遠慮せず。

 審判を下すように、ただ、ただ問う。


「シグルド、あなたは、救えなかった命のことを考えたことはある?」


 アザミは先程の気弱な様子など全く見せず、ただただ問いた。

 彼女の眼には、貧相さなど無い。

 真実と覚悟のみが、アザミの眼球に反射して映る。


「……それは…………」シグルドは答えられず、どもる。

「答えられないなら、しょうがないです。戻りましょう、王宮に。突然、変なことを質問しちゃってすみませんです」


 アザミはいつもの気弱な様子に戻り、踵を返して聖霊堂を後にする。

 シグルドは、少しばかり遅れて、そんな彼女の後をついていった。


 シグルドの脳内には、アザミの、あの自分の芯を打ち砕くような、根本的な問が巡っていた。

 

【シグルド、あなたは、救えなかった命のことを考えたことはある?】


 呪いのようにこびり付いて離れない。

 アザミは、気弱で何も考えていないように見えて、時折、シグルドの一番深くを抉るような問いを浴びせてくる時があるのだ。

 その時の彼女は、一少女ではなく、審判を下す女神のような形相で、こちらを見つめる。

 そんな彼女の不気味さ故に、シグルドはアザミを気にかけていたのだが。


 深夜、王宮の一角の自身の部屋で。

 ベッドの中に隠れるように潜り。

 シグルドはアザミの問いから逃げ、眠りにつくことにした。



 

 

 


 

 

 






 

 

 


 

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