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リンカーネーション  作者: 鹿十
第三章 王都編
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シグムンド

「あの、つかぬことをお聞きしますが、僕って罪人ですよね」

「そうだ」

「……なのに、日中に王城の綺麗な庭園の木陰で一休みしながら読みたい本を読んでていいんですか?」

「ああ、いいよ。地下の牢獄がいいって言うなら、そっちに行っててもいいぜ」

「いや、そんなことは無いんですけど……」


 そうなのだ。

 先程語った通り、僕は罪人であるというのに、昼間っから端正な庭園で優雅に本を読むことを許諾されている。

 シグムンドという初老の男は、両手を枕にして芝生に寝そべりながら日光浴に興じていた。

 なんだこれ……僕ってもしかして王都に招かれた客人なんだっけ?

 と勘違いしてしまうほど、優雅な暮らしが確約されている。


 庭園には僕らの他にも、貴族と思わしき二人の男が木刀で稽古をしていた。

 数秒置きに、木刀と木刀がぶつかる甲高い音が鳴り響く。


「フア~~~~~~~」その音を遮るほどの大きな欠伸をするシグムンド。

「……シグムンドさんって、剣士なんですよね、稽古とかしなくていいんですか?」

「あ~? 剣士は剣士だが、もう数年前に引退した身だ。今じゃただの飲んだくれ爺だ」

「そうなんですか。でも結構強そうですよね。なんせ貴族の人たちから推薦されて僕の監視を任されるくらいには」

「あ~? 何だお前……いちいち質問が多くて困るな。お前……えーっと名前は……」

「陽太です」

「あ~そう、陽太。お前はもしかして、男に興味があるのか? ソッチ系の男なのか? なんだ? 次は俺のパンツの色でも質問してくるのか? いちいち回答するのがめんどくさいから先に答えてやる。俺のパンツの色はグレーだ」

「……僕はノーマルな男ですよ」

「そうか、なら良かった。助かったぜ。老い先短い俺みたいな老人でも、純血や貞操は保ちたいもんだ。男に掘られて死ぬなんて、そんなことされたら神様にあの世で顔も合わせらんねえからな」

「人を勝手にホモ扱いしないでくださいよ……全く。剣士っつってもいろんな人がいるんですね。『龍殺し』のシグルドとは大違いだ」


 僕の何気ない発言を聞いたシグムンドは、目を点にした後「ガハハハ」と豪快に笑い出す。


「なんすか」

「いやいや、皆言うことは同じだなあと思ってよお」

「同じ?」

「『龍殺し』の野郎とは似ても似つかねえってな」

「そりゃそうでしょ。あっちは礼儀正しくて模範的な剣士、あなたは飲んだくれの爺だ」

「だが、陽太。お前、人を見かけで判断してるとそのうちとんでもねえ失敗をするぞ。例えば、表の部分だけ着飾ってるとんでもないビッチ女に惚れちまったりとかなあ」

「結局、人の内面ってのは外見に出ますからね」

「ああそうかい。そんなお前に朗報だ。『龍殺し』は俺の弟子だ。あいつは俺が育てた」

「……まさか」

「そのまさかだ」

「そんな嘘、誰も信じませんよ」

「誰もが最初に聞いた時にゃ、お前さんと同じような反応をする。が、そのうちに否が応でも確信するんだ。『龍殺し』は俺の弟子だってことをな」

「そうですかね。僕もその日が訪れるのを待ち望みますよ」


 と言い捨て、本を閉じ、僕は立ち上がった。

 芝生に寝そべりながら、そんな僕にシグムンドは視線を移す。


「どこに行くんだガキ」

「トイレっすよ」

「ああ、便所なら庭園を北に抜けたその先だ」

「ご指摘どうも」


 とだけ簡素に言い捨て、その場を後にしようとすると。

 シグムンドは何気なく呟く。


「あ~言っとくが、お前さんは一応罪人でもあるし、お前さんのお守りだって貴族の連中から命じられた立派なシゴトだ。今は自由にさせてやってるが、一応、シゴトはやらんといかん。その辺の線引は俺の中にちゃんとあるんだ」

「はい、そうですか、で、何が言いたいんです?」

「ん~。どうしよっかな。そうだな、北のトイレのすぐそばにバカでけえ門があるんだが……そこを線引にしようか。そこを超えたら、まあ……その、なんだ。俺もちっとばかりは気を入れ替えてシゴトをしなくちゃならなくなる。だからまあ、そうゆう線引を超えるような馬鹿げた真似はしないようにっつ~忠告だな」

「はいはい、要は『北門から逃げるな』ってことでしょ?」

「そうそう、ソユコト」

「分かってますよ」


 そう言って、僕はトイレに向かって駆け出す。

 わざとらしく膀胱を抑え、尿意を我慢できないフリ・・をして。

 そしてトイレに訪れると、周り誰もいないことを確認し、トイレに行くフリをしてそのまま北門へと直行した。

 周りには誰もいない。

 脱出するなら今しかない。

 

 北門にはすぐに到着出来た。

 大きな壁だった。

 門というには簡素すぎる、人が体を縮こませてようやく潜れるような出入り口が一つだけある。

 が、勿論、その出入り口には施錠術式が掛かっており、推しても引いてもびくともしない。


 しかし僕は焦らず、中腰になって茂みで隠れたまま。

 右手を壁に押し付け、式を唱える。


[『式』系統は魔素――ノーム・フェルマータ]


 土属性の術式である「ノーム」に「フェルマータ」という「十分に効果を伸ばす」作用のある記号を付与した高等術式だ。

 木陰で読んでいた本の中に書いてあった術式である。

 記号がついた高等術式であるため、習得にはそれなりの練度と鍛錬が必要ではあるのだが。

 ダンジョンを制覇し、魔術の実力が高まった今ならば、一発での成功も可能だと踏んだ。

 

 僕の予想通り、術の展開に成功。

 壁は土塊のように脆くなり、ボロボロと一部が瓦解し始める。

 かがめば人が一人通れるくらいのサイズに穴が広がった後に、その穴を匍匐前進で通り、王城から脱出しようとした。


 やはり、樹素の旋律を乱す僕が魔術を使えるなんてことは貴族の誰も知らなかったようだし、そのような発想に至ることもなかったようだ。

 僕を完全な無力な市民だと勘違いさせたのが功を奏した。

 ダンジョンを抜けた僕の実力は中級魔術師レベルにまで匹敵しており、これくらいの壁を溶かし、脱出する程度なら苦労しないで可能である。


 しかも、僕の監視をしているのは、何百名の剣士ではなく、たった一人の酒に溺れたやる気のない老人だ。

 目を盗んで逃げれるし、たとえ見つかって追いかけられたとしても逃げ切れる自信があった。


(よし、壁を抜けた。あとは……フレンと合流し、王都の民衆にまぎれてやり過ごしてグラズヘイムに帰ろう)


 と、楽観的な計画を立て、笑顔で門を超え、一歩歩いた。


 その瞬間だった。

 首元に冷たい感触を感じる。

 レイピアの刃先が、僕の首元を貫こうとしていて。

 横を見るとそこには。

 シグムンドの姿が。


「俺は言ったよな、陽太。線引を超えるな、と。早死してえのか? ボウズ」

 

 殺気の含まれた声が、僕の脳内を駆け巡る。

 動機が乱れ、胸の鼓動が早まった。

 反抗する気概など微塵も起きず、僕は両手を上げ降参の意を伝えたまま、ゆっくりと地べたに膝をついた。

 

「よし。偉いぞボウズ。こんないい天気に人殺しなんて俺もしたくねえ、お前は大人しく、お縄に縛られてろって話だな」


 シグムンドはレイピアを鞘に戻し、俺の肩を叩いて王城の中へと戻っていく。

 一人残された僕は、ただただシグムンドの見せた実力に圧倒され、立ち尽くしていた。


 全く気づけなかった。

 ありえない。

 もはや瞬間移動だ。

 シグムンドの刃先が僕の喉元に当てられるまで、全く。

 しかも、シグムンドのいた庭園と、この門までの距離は400メートルほど離れている。

 その距離を、たった一瞬で?

 ありえない。

 

 あのシグルドでさえも、予備動作含め、術の発動、身体の移動の痕跡が光の残像となって目に焼き付いた。

 つまり、実体を目で捉えることは不可能でも、シグルドが「動いた」という事実は僕でも確認できたというわけだ。

 しかし、シグムンドは違う。

 彼の移動には、全く気づけなかった。

 否、予備動作も前触れもなく、ただそこにいた。


 つまりだ。

 完全な僕の主観的な見立てに過ぎないのだが。

 シグムンド、この初老は、「速度」だけならば、あのシグルドをも上回っているということである。

 ガルムですら目で捉えるのがやっとなシグルドの動きを、更に超越する速度で動くこの初老は、一体何者なんだ。


 いや、何者であるかは、もう彼が語っていた。

 彼は「龍殺し」の「師匠」である。


【誰もが最初に聞いた時にゃ、お前さんと同じような反応をする。が、そのうちに否が応でも確信するんだ。『龍殺し』は俺の弟子だってことをな】


 シグムンドの何気ない一言を思い出し。

 僕も、例に漏れず、否が応でも、彼がシグルドの師匠であることをこの身をもって実感することとなった。

 

 

 

 

 



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