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リンカーネーション  作者: 鹿十
第二章 ダンジョン編
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朝日

 夜明けと同時に始まったのは宴だった。

 治癒術式でも到底治らない傷、疲労の蓄積が酒の味とともに薄れていく。

 宴のお供に必要なのは酒とつまみと、そして英雄。

 僕たちは今宵、一晩限りの英雄と成った。

 

 シグルド、スノトラ、ガルム、アマルネ、フレン、そして僕。

 この6名は観測史上、最も巨大なダンジョンを攻略した英雄たち。

 祭られ、担がれ、祝われ、持て囃された。

 言うまでもなく、ここまで人に褒められたのは生まれた時以来だと思う。

 数キロにも渡る、この城郭都市グラズヘイムが一丸になり、十数万の人間が僕ら6人を祝う。


 スノトラは、相変わらず幼い顔でドヤ顔をしてみせながら、街中の人々に自身の偉業を声高らかに伝えていた。


 アマルネは最初は謙遜していたものの、酒が入ると豹変し広場に設置してあった舞台の上で、奇妙な踊りを披露し始めた。

 その様子を、アマルネのパーティメンバーはやれやれといった様子で微笑ましげに見守る。

 長身で気弱そうな男(彼はヨゼフという名らしい)が涙を流しながらアマルネの帰還を喜んでいたのが印象的だった。


 ガルムはいつもと変わらない。

 ダンジョン内部の話を聞きたい聴衆たちを「鬱陶しい」の一言で跳ね除け、巨大な骨付き肉を手に取り、家々の屋上に避難し、寝そべりながらそれを平らげた後、月夜を眺めながら眠り始めた。


 フレンは最初は人間から逃げ惑っていて、路地裏の片隅から顔を出して、捨て猫のようにこちらを伺っていた。

 が、数時間も経ち、警戒心が薄れたのか気づくとひょっこりと顔を出し、ダンジョンの話を年端も行かない少女に優しい声で語り出す。

 フレンの容貌は人間そのものなのだし、意図的に内包樹素の量を抑えていたようなので、彼女が魔族であるという事実には誰も気づいていないようだった。


 意外だったのはシグルドだ。

 わざわざ言うまでもないが、最も注目を浴びていたのはシグルドだ。

 どうやら街中の人々も、今回のダンジョン攻略が6名というかつて無いほどの少人数で達成できた理由は彼の存在によるところが大きいと考えているらしい。

 まあ、その通りっちゃその通りなんだけどさ。

 そりゃシグルドがいなきゃ僕らは全滅していただろうが……シグルドだけが活躍していたわけじゃない、今回のダンジョン攻略は誰一人欠けても達成不可能だっただろう。

 ……なんてことをシグルドに群がる大量の女性たちに内心で文句を言ってみる。

 まあ、いいや。別にモテたくってダンジョンを攻略したわけじゃないし……。


 シグルドはどうやら下戸であるようで、少しばかり酒が入ると、もうぐったりして、そのまま眠りについてしまっていた。

 どうやら天下無双たるシグルドの弱点はアルコールらしい。

 これは良い情報が手に入った。

 シグルドがあんまりにもモテすぎてムカついてきたら、彼の飲み物に酒を混入させればいいのか。

 機会があれば、試してみるか。


 そして僕、立花陽太。

 どうやら街中の皆さんは、僕のことをパーティメンバーではなく、救出された一般市民だと勘違いしていたようだ。

 その勘違いはずっと続き、僕だけ名を呼ばれないことが多々あった。

 「アマルネ、スノトラ、ガルム、フレン、シグルドの五名に多大なる拍手を‼」なんてことを舞台の上で言われた時には思わずやるせない気持ちになった。

 立花陽太という名前も入れておいて欲しかったんですけど。

 すると、そんな僕の思いを受け取ったのか、アマルネが「陽太の名を忘れてますよ」と訂正を入れてくれたおかげで、僕の名誉も守られたわけだが。

 まあ、守られるほどの名誉もへったくれも無いんだけどね。


 そうして、夜通し行われた祭りが次第に熱を冷ましていき、朝日が登り始めた午前6時頃。

 街中の人間たち、特にヒゲを生やしたむさ苦しい男たちが大の字になって冷たい路上の上で酒瓶を持ちながら眠りこけている時。

 僕と、そしてようやく酔を冷ましたシグルドの二名だけが、意識を保ち、その場にいた。

 僕が頬杖を付きながら、木のテーブルで、なんとなくその登ってくる朝日を眺めていると、シグルドがマントを棚引かせながら近寄ってきて


「ここ、座っていいか?」と訪ねてきた。

「いいよ」とだけ返す。


 暫しの沈黙が流れる。

 肌寒い風が体から熱を奪い、朝日だけが活発に動く。

 その場のあらゆる物体が停止し、僕とシグルドだけが存在することを許されているような、そんな奇妙な感覚に陥る。

 重い瞼を擦り、朝日とともに湧いてきた眠気をなんとか誤魔化していると


「寒いな」とだけシグルドが吐き捨てるように言う。

「ああ、そうだな。それより、朝日が綺麗だな」

「ハハ……そんなキザなセリフを吐いてどうする」シグルドが少しだけ笑う。

「眼の前に座ってる人間が可愛い女の子だったら完璧だったんだけどな」と皮肉を混じらせて返す。

「それは悪かったな。それよりも、あれは『アサヒ』ではなく『アウストリ』という天体術式だ」

「ああ、そうだったっけ。アウストリね、アウストリ。間違えた、いつもの癖で『アサヒ』って言っちまった。いつまで経っても慣れないよ、こっちの世界には」

「……ヨータの生まれた世界では、天体術式の名を『アサヒ』と呼ぶのか?」

「ああそうだよ。朝に昇る日は『朝日』、夕方に暮れる日は『夕日』っつーんだ…………‼」


 俺は驚いて、丸くした目をシグルドに向ける。

 シグルドは「やっぱり」と言いたげに笑う。


「シグルド……気づいてるか、そりゃ、僕がこの世界の住民では無いってことに」

「ああ。なんとなく、な。須田正義も立花陽太も、同郷出身の人間で、君たちはこちらの世界の人間ではないようだな。半信半疑だったが、今の反応で確信したよ」

「なんで分かった? って質問はやぶ蛇か」

「言うまでもない。須田しかりヨータしかり、君たちの周りを囲う樹素の流れは極めて歪な旋律を奏でている。それも人工的に『かき乱した』ものではなく、樹素自体が意識・・をもって、君たちの周りから逃げ回っているように、な」

「フレンも似たようなこと言ってたな、そういえば。そんなに珍しいか、僕みたいな人間が?」

「ああ、我ら万物は樹素の寵愛を絶えず与えられていることで存在が許されている。そこらに生えている草木も、大気を構成するいかなる物質も例外ではない。この世界の全てに樹素が、言い換えれば世界樹イルミンスールが携わっておるのだ。貴族の間で伝わる言葉に『まず大樹ありき』という格言があるのだが、その格言は、この世のすべてを端的に表している」

「『まず大樹ありき』……ねえ。それを自分流にアレンジするなら『樹素に嫌われている』だな」

「樹素に嫌われているとは、面白い表現だな。その通りだな……ハハ」


 シグルドは気さくに笑う。

 いつも張り詰めた表情をしている彼が、これほどまでに緩やかな笑みを浮かべるとは思わなかった。

 おそらく、今の彼が本来のシグルドの姿なのだろう。

 この時、初めて僕は英雄ではないシグルドを、垣間見た気がした。


「当人にとっちゃ笑い事じゃねーんだ」

「そうか。だが、しかし、その特殊な出で立ちと体質のおかげで今回、僕らは命を救われた。心の底から礼を言う。ありがとう立花陽太。そしてすまなかった、君のことを疑っていて。その無礼を許してほしい」


 シグルドはテーブルの上に置いていた両手を膝に置き換え、額がテーブルにくっつくほどのお辞儀を見せ、その体勢から微動だにしない。

 

「ああ、いいって。そんなに畏まらないで、気にしてね―よ」

「そうか……では、僕の肩の荷も下りるというものだ。スッキリしたよ」


 シグルドは僕の発言を聞くと、即座に顔を上げ、爽やかに笑う。

 その急な豹変ぶりに


「ちょっとは、申し訳無さそうな顔を続けろよ。言っとくけど貸し一つだからな。遠慮しろや」

「分かった分かった。貸しを一つ。覚えておくよ」

「いつか返せよ?」

「必ず返すよ。全く、ヨータ、君も遠慮が無いね。この『龍殺し』に借りをつけるなんて」

「『龍殺し』って言葉を、自分で自分に言うとダサいな。そうゆうかっこいい異名は、他人の口から発せられるべきものだろ? 自分で『龍殺し』なんて言ってる英雄を見たくなかったよ、僕は」

「友人以外の前では僕も言わないさ、そんなこと……ね」


 シグルドの口からふと発せられた「友人」という言葉。

 巷で「英雄」と持て囃され、自分とは隔離され、似ても似つかない英雄に「友人」と呼ばれた。

 ありえないことだ。

 現実世界で言ったら、アメリカ大統領に「友人だ」と公言されているようなものだ。

 ありえないことだ。

 だが、なぜだろうか。

 僕はシグルドの口から発せられた「友人」という言葉を、そのまま、何も違和感を感じることなく受け取ることが出来ていた。

 

 ああ、気づかなかった。

 いつからだろうか? 僕らは、ダンジョン攻略を経て、立派な友人になっていたみたいだ。

 異世界に来てからの初めての友人が「人類最強」の「龍殺し」で「英雄」だなんて、肩書だけで胃もたれするような厨二病満載の設定かもしれないけど。

 僕らは確かに友人同士だったのだ。

 その真実に嘘偽りはなかった。


 その後は、二人とも何を語るまでもなく、昇ってきた朝日を眺める。

 淀んだ空気が、色を失った世界が、アウストリの光で隅々まで着飾られていく。


 これからの旅路がどんな災難に襲われようとも。

 たとえ緑を救えずに、志半ばで力尽きてしまおうとも。

 きっと、この時見たアウストリの光を、片時も忘れないだろう。


 苦しいことがあっても、この光を思い出してこの世界で生きていこう。

 僕は、異世界に逃げたのではなく。

 異世界に夢を見たのだから。

 

 


 




 

 

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