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リンカーネーション  作者: 鹿十
第二章 ダンジョン編
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転移者

 それはとても小さな扉だった。

 今までの終座領域を区分する扉と比べると、とても見劣りするものだ。

 第五層の終座へ続く扉を目の前にして、僕は率直にそう思った。


 僕以外の仲間たちも感想は同じだったらしく、余りにも地味なその扉を見て、拍子抜けしている。

 普通、ダンジョンの最終エリアなんかは大層な装飾が施されていたり、無駄な分厚い大扉で隔てられているものだと思うのだが、終座へと続く扉はあまりにも簡素だ。


 腐っていそうな木で構築された押し扉だった。

 ドアノブすらもついておらず、畜舎についている扉のように脆く見える。

 少し押せば、そのまま倒れてしまいそうなくらい年期が入っていた。


「これが終座か?」アマルネは声を出す。

「ああ、そうみたいなのよ。しかし……何も不気味な感覚がしないのよ」

「フレンの時もそうだったろう? 油断はしない方がいい……まあ、シグルドさんがいる手前、しょうがないとは思うのだが」


 アマルネはまたもや羨望の視線をシグルドに向けた。

 見てくれなら、アマルネの方が歳上のように見えるが、彼はシグルドに敬語で話している。


 推しても引いても動かない扉を、シグルドは合図を送った後、躊躇なく蹴破った。

 煙が舞い、扉は空中に吹っ飛ぶ。扉の内側は暗闇で染まっていた。

 第四層の終座とは異なり、それほど広くはないようで、微かな密閉感を感じる。

 明らかな静寂。水一滴の滴る音すら無い。その深閑が逆に胸騒ぎさえ覚えさせる。


 シグルドの剣はボロボロだ。

 刀身の八割は削り取られ、もはや根本の部分しか刃が残っていない。

 それでも彼は、その剣を大切そうに握り締めている。


 一流の人間は武器の良し悪しに拘らないということだろう。

 彼が握れば、棒きれですら凶器に至るのだ。


 シグルドは歩みを止めず、茶色の気品のあるブーツをコツコツと鳴らしながら、一切恐れることなく、しかし、気を緩ますこともなく、その暗闇に足を踏み入れていく。


「フレン、変なトラップとかありそうか?」俺は一応聞いてみる。

「無いわ。いや……無い……何もかも」

「何もかも?」


 彼女の興味深い発言を耳にし、聞き返した。


「樹素が明らかに薄い、皆無に等しいわ、これじゃあ術式さえ満足に発動できない」

「……今頃、聞くのは間違っているかもしれないけどさ、第五層の相手って、フレンですら敗北した相手なんだろ? どうゆう力を使うんだ? 剣士なのか? 魔術師なのか?」

「……分からないわ。分からないの」

「分からないって……どうゆう意味だ」


 フレンの方を振り向いた。

 彼女の額からは一筋の冷や汗が流れている。

 その様子からは、彼女がふざけていたり、意味の無い戯言を吐いているわけではないということが見て取れる。


 戦った相手の能力が分からない、だと? 

 何だ、記憶操作でもされたのか?

 自分を負かした相手の実力が不明、その力の源、詳細も一切不明だと?

 そんなはずはないだろ。

 と思わずツッコミを入れる。


「それを言うなら、ヨータ、アンタの力だって意味が分からないわよ。自分の力の説明すらまともにできないのに、そんなこと言われても困るわよ

「た、確かに……それもそうだな」


 思わずフレンに論破され、苦汁を噛む思いで黙る。

 その通りだ。僕は自分が何故フレンに勝てたのか、何故彼女の魔術が効かなかったのかということにも正確な理由付けが出来ない。


 僕が思うに、おそらく僕が……転移者だということが理由になっているのだとは推測出来るが。


(……ん、待て、待てよ。)


 頭の中で状況と情報を整理していた僕は、何かに違和を覚えて、足を止めた。


「どうしたの、陽太」


 そんな僕を見て、フレンは疑問をぶつけた。

 が僕は一人思考にふける。


(フレンを倒した第五層の人物は……フレンですら理解不能な能力を手にしていた。その力は、フレンを真っ向勝負で打ち破れるほどに強力で、しかも彼女の魔術に対する深い知見を持ってしても、全く理解しがたい力で。そしてそんなフレンを倒せたのも、全く理解が出来ない謎の力を持つ……僕、立花陽太で……おそらくその理由は、僕が転移者だから、で)


 点と線が頭の中で繋がり、一つの大きな疑惑が頭の中を渦巻く。

 一瞬、否定した。

 否、否定したかった。

 しかし、辻褄が合ってしまう。

 フレンを倒した第五層の人物が、どのような人間なのか、が推測できてしまう。


 彼か彼女かは分からないが、おそらくそいつは……僕と同じ……


「気配がする、皆、止まれ」


 シグルドは右腕を伸ばし、後方にいる僕らに立ち止まるよう合図を送ってきた。

 ガルムは迫りくる敵の気配に鋭い。

 そんな彼ですら気づけない気配を漏らさずに察知するシグルド。

 彼の指摘が静寂な空間内に響いた数秒後、暗闇から一人の男の影が浮かび上がる。


 シグルドは、式を編纂することも無く、根元だけ刀身が残った不完全な武器を、一切の躊躇無くその影に向かって突き刺した。

 術式による能力ではなく、ただ地面を蹴って生み出した跳躍力と速度で、一瞬のうちに、正体不明な生命体を差し殺したシグルド。

 手ごたえはあったようだ。


「すまないな」


 奇襲のように一刺ししてから、謝罪をするシグルド。

 その声には心苦しさを含まない。

 敵を前にして一切冷徹な、シグルドの冷たくも容赦のない性格を示すようである。


「……急に刺してくる奴がいるか? この世界の人間はやはり野蛮だな」


 シグルドの空よりも蒼い目が、驚愕で大きく広がる。

 刺したはずの敵が、あろうことか何事も無かったかのように、喋る。

 その声は少しばかりの渋さと、年齢を重ねた落ち着きを内包していた。


 異世界では見慣れない姿。

 しかし、僕にとっては、とても馴染み深い姿だった。


 赤色のネクタイに、黒色の上下のスーツ。

 その下には第一ボタンまで絞められた白色のワイシャツが見えている。

 背は高く顔の頬肉は少し削がれている。

 病弱そうな男だった。

 年齢は三十代ほどだろうか。

 毎朝満員電車で嫌というほど見かけるような、社会に疲れきった早朝出勤するサラリーマンのようだ。

 口調は丁寧で中腰、謙虚な人物なのだろう。


 彼は突きつけられた剣の根元を右手で払い、シグルドを見下し。


「いや、訂正しよう。この世界『も』だな。どこの世界でも、人間というのは物騒で、血なまぐさい異臭を放つものだ、ずっと鼻に張り付くような、嫌な異臭を、な」


 彼は穏やかな動作で、ネクタイを正すため、結び目を片手で弄る。

 不意をついた一撃を完全に防がれたことに動揺を見せたシグルドは、その男と一旦距離を取り、今度は全力の一撃を加えようと、その場にしゃがむ。


 シグルドが第五階層で見せた「居合」の技を展開するための予備動作だろう。

 ガルムとスノトラは、シグルドに半歩遅れて臨戦態勢を取る。

 が、スーツ姿の男は、小さくため息を吐いた後


「剣士に獣人と魔法使い、悪くない世界だ。少年時代にハマっていたゲームを思い出すよ。あの頃は、楽しかった。何も気にせず、何も背負わず、ただ心行くままに現実世界を堪能できたのに。どうして私は、こうなってしまったのだろう……銀髪の剣士、屈強な獣人、可憐な魔術師少女、おとぎ話のような世界にいる君たちには、一体この世界が……」


 再びため息を吐いて一息置いた後、彼は


「どのように、見えているというのか」


〔隔離〕


 彼の詠唱に似た何らかの言葉を皮切りに、外界樹素はピタリと停止し、一切が消滅を遂げ。


 僕たちは完全に、世界の全てから――「隔離」される。


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