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リンカーネーション  作者: 鹿十
第二章 ダンジョン編
30/203

英雄、その真価

「さて、では魔種イフリート、貴様は必ず殺すと、そう告げていたのだが……覚悟はいいか?」

 

 シグルドという美形の剣士は、眉間に皺を寄せながら大層ご立腹な様子で、腰に携帯している剣を鞘から抜き取る動作を見せる。

 冷静を気取っているが、三日間放置された挙句、極めつけには無視され存在を忘却されていたことに腹を立てているようだ。


 フレンが彼に組んだ呪術を解呪したので事なき事を得たが、あのまま放置されていたら死亡していたかも。

 人知れず忘れ去られて死にゆくとか、英雄にあってはならない死に方だろう。

 どうやら彼は、巷では『龍殺し』という何とも耳触りの良い男心をくすぐる異名で呼ばれているほど有名な人物らしい。


 この世界に来てまだ半年も立ってない俺は彼の存在とその凄さを全く実感出来ないが、現物を目の前にしたアマルネが興奮を抑えられないほどには、人気の高い人物のようだ。

 どうやらアマルネはシグルドの大ファンで、憧れの的であるらしい。  


 まあ、民衆から人気が高い理由は分かる。強くて凄腕の、しかも爽やかで銀髪の、王族の血が流れた階級の高い紳士な甘顔のイケメン剣士だ、これで女子供から人気が出ないわけがない。

 前世でどんな得を詰んだら「こう」なれるのかってくらいの完全形態。

 少しくらいは僕に分けて欲しいものだ。人間とはやはり不平等である。


 呪術を解かれ、元気を取り戻したシグルドは、剣の柄を握りながらフレンに詰め寄る。

 僕はその間に入って何とか彼の高ぶった感情を抑えた。


「まあ、その、ね。シグルドさんも落ち着いて。フレンはもう反省してますよ、それに彼女という戦力はこの先も必要です、僕らだけでは到底、ダンジョンを攻略出来ませんって」

「……君は……バナヨータ……という名前だったか?」

「陽太です」


 この世界では珍しい名前だろうから、いつも変な風に名前を間違えられる。


「……よりにもよって魔種イフリートに肩入れをするとは。見てくれはただの少女のように見えるかもしれないが、陽太が救いの手を差し伸べている相手は、正真正銘、魔族だ」


 彼の鋭い視線が僕に移る。思わず唾を飲み込んでしまうほどの緊迫感が走る。


「け、けれど、彼女もただの被害者ですよ、このダンジョンに巻き込まれた側です」

「ただの被害者にしては、はやけに楽しそうに軍兵を殺していたな」

「それは俺たちだって一緒です。魔族を人外のように扱って無下に殺すのだって人間も同じだ」

「……そうか、まあいい。特例だ。魔族、お前の処罰はダンジョンを出た後に留保しよう」


 俺の必死の説得が功を奏したのか、シグルドは鞘から手を外し、マントをなびかせ、ダンジョンの先へと歩いていく。

 しかしシグルドの眼は常に後方のフレンや俺に向けられ、その警戒を一切絶やしていない色が伺えた。


「陽太君、シグルドさんに『戦力がどうこう』という話をするのは藪蛇だよ」

「ヨウタァ、おめェさア、度胸あンのか、無ェのか分からねェよな、中級魔獣にはビビる癖に、あのシグルドとかいう剣士には正面から突っかかるってよォ、お前、ホント、意味不明」


 僕の両脇で立っていたアマルネとガルムが僕に忠告を告げるように、そう言い放ってからダンジョンの先を歩いていく。

 その言葉の真相も、意味も分からず、俺はただ首を傾げていた。


 第四層の最終エリア――フレンの鎮座していた終座を抜けた先には、長い螺旋階段が続いている。

 俺たちはシグルドと数段間隔を空けながら、その階段を下っていく。


 こつり、こつり、と疎らな足音がダンジョン内に鳴り響いている。

 ガルムだけは空気を読まず手すりに尻をついて寝そべりながら、驚異的なバランス感覚で螺旋を描きながら階段を下って行く。

 一連の光景を見ていたスノトラは、一歩早く階段を滑り降りていくガルムに向かって「はしたないわよ、ガルム」とまるで自分のペットを注意するような距離感で彼を叱りつけた。


 フレンは僕の後ろに隠れて、シグルドと距離を取っていた。どうやら彼が怖いみたいだ。

 彼女は後ろから僕の右肩を叩くと、耳元に小声で話しかけてきた。


「ねえねえ、あのシグルドとかいう男ってさ、本当にニンゲンなの?」

「そうだと思う。僕には人間にしか見えないよ」

「それにさ、アンタ気を付けた方がいいわよ」

 

 フレンはさらに声を小さくして釘を刺す。

 その言葉の意味がまたしても理解できなかった僕は、フレンに聞き返した。


「今、一番シグルドに目を付けられているの、アタシじゃなくてアンタだからね」

「僕に責任をぶつけんなよ。シグルドがキレてるのはフレンのせいだろ」

「当ったり前でしょそんなの。だってアンタ、内包樹素がゼロなのよ? しかも拳でアタシをぶん殴って倒したでしょ? そりゃ警戒されるに決まってるわよ。アンタ意味分かんない存在だもん。あとでちゃんと理由を教えてね♪」

「え……普通の人ってフレンを殴れないのか?」

「そりゃそうよ、アタシの内包樹素は莫大な量を誇るのよ。しかも外界樹素はアタシを中心に勝手に集まってきて壁となり、生半可な物理攻撃は全く通用しないの。普通は、ね。しかもアンタを中心に、外界樹素は集まる所か、逆に逃げるような旋律を描いている。樹素が集まる特異体質の者は稀に存在するけど、樹素から避けられる奴は生まれて初めて見たわ」

「え、ええ……ていうか何故フレンはそんなに好かれてんだ?」

「さあ? アタシが可愛いからじゃない?」

「……何だ、それ……意味不明だよ」


 内包樹素がゼロって、漫画やアニメで言う所の魔力がゼロって言われているようなものだからな。そりゃ、ナンナさんに術式の適正を計測してもらったときに、全術式の適正が皆無という悲惨な結果を叩き出すはずだ。


 しかもオマケに、外界樹素まで僕を嫌って避けるように動き回るらしい。

 なんでこんな不遇な扱いを受けているんだろう。


 僕って樹素から嫌われるような、変な異臭でも発しているのかな? 

 と思い、自分の腕の匂いを隠れて嗅いでみた。

 うん、二週間ほど風呂に入っていないためか香ばしい匂いがする。

 近所の猫をわしゃわしゃともみくちゃに撫でた後の手の匂いに似ている。


 すると突然、大扉が開く音が鳴った。

 螺旋階段の下、地上付近を見下ろすと、そこには第五層へと続く大扉を片手で開けるシグルドの姿があった。大扉は軋み、地面の隆起した岩とぶつかり、黒板にかぎ爪を立てるような不協和音が響いた。


「……凄く強烈な……魔物の匂い……」スノトラは目を細めながら呟いた。

「こりゃ、すげェな。何十体……いや何百体魔獣がいやがるンだァ? 途方が暮れそうだぜ」


 ガルムですら少し慄くほどの濃い魔獣の気配が漂う。

 ガルムはその後、渋々四足歩行になり、戦いの準備をしようとした。スノトラも次いで、手に持つ木の杖をさらに強く両手で握りしめる。


 シグルドは、至って冷静なまま、鞘に手を置き、ついにその刀身を露わにした。

 もはや刃先は脆く崩れ落ち、傍から見ても凹凸がはっきりとついている剣だった。

 今すぐ研磨し、研ぎ直さなければ、その本領を発揮しえないだろう武器。


 しかしシグルドはその剣を左手で握りしめ、小さく身を屈める。

 朱色のマントが地に這い、膝は深く曲げられている。

 それが、他ならぬ攻撃の予備動作だといち早く気づいたのはアマルネだった、彼は戦闘態勢に入ったスノトラとガルムに近寄ってから、穏やかな声で


「問題ないよ。全部シグルドさんに任せればいい……彼は『英雄』だ」


 アマルネの顔は、とても自信に満ち溢れていながらも、その瞳は少年のようで、シグルドを憧れの対象として輝かしく映し出す。頬は緩み、仄かに口角は上がり、唾を飲み込んでいる。

 アルネの羨望の眼差しの対象――シグルドは、爽やかな口調で、静かに、詠唱を呟いた。


〔『式』系統は闘素、器は『剣』――居合:神速 伍重奏クインテット


 瞬間、彼の体は、世界を置き去りにした。


【「座」の階級に位置するシグルドは、『龍殺し』の異名を持つ剣士である】


【彼は空想種カテゴリーエラーという九種族の一種に属する『龍』を単独で撃破した生粋の実力者であり、その潜在能力は、種族の境界線をも砕き、異世界全土に名を馳せる英傑】


【外界樹素は、彼を起点に全て収束し、彼が術式を使用する都度に、何者よりも優先して、喜んでその身を捧げる。まるで樹素に「意識」があるかのように。その吸収力、収束力は、最上位の魔種イフリート及び、あらゆる全種族を上回り、彼の術式使用は全てにおいて「最優先」される。まるで不可視の正体不明な莫大な力が背後に働いているかのように】


【そんな彼を、外から観察していた部外者たちは呟く】


【「彼は偶々、人間の形をしているだけだ」と】


 彼は、消え去った。

 地面を蹴りつけた足音すらも軽く。

 気づけば、そこにいない。


 僕を含め、アマルネもスノトラも同様だった。

 唯一ガルムのみが、眼球を目まぐるしく動かしている。

 どうにかシグルドの動きを目で追えているようだ。


 そして十数秒後、根元の部分のみを残し、刀身が綺麗さっぱり無くなった――ほぼ鍔のみの状態の壊れた剣を手にして立ち止まっているシグルドが現れる。

 何事も無かったように、そこに佇んでいる。


 突然、彼が姿を表したのとほぼ同じ瞬間に、第五層のフロア奥、その暗闇の中から大声の悲鳴が上がった。

 幾重に重なる苦しみの声音。その音が全てシグルドに斬られた魔獣から発されている断末魔だと気づくのに、僕らは数秒の時間を有したほど。


「……おィ、ンだこいつはァ……」ガルムはただただ衝撃を受けている。

「ガルム、見えたか? 今の動き……」

「目で追えたのは最初の数秒だけだぜ、意味が分からねェ」


 シグルドは鞘に剣を戻し、こちらに視線を移して


「では、引き続き攻略を進めるとするか。まあ、やることといえば、歩くだけだが、な」


 とだけ呟き、第五層にいる魔獣を単独で蹂躙し、先を歩いていく。


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