イレギュラー
闇に飲まれていたのも束の間、突然浮力のような力が生じて、今度は体が浮き上がっていく。
何が生じているのかも分からず、ただ水を掻くようにひたすら手足を動かしていると、いつのまにか元の空間に戻っていた。
薄汚れた体を何とか起き上がらせ、終座の領域へと戻ると、僕の目の前には、金髪と赤眼の少女が偉そうに仁王立ちをしている。
僕を見下すような、侮蔑するような視線を送る少女。
年齢は僕と同じか一、二歳ほど下と言った所だろうか。
見てくれは普通の少女のように見えるが、この領域にいるということは十中八九只者ではないだろう。
彼女は、一瞬僕を警戒するような態度を取った後、前髪を右手の人差し指で巻き取り、余裕綽々な表情と態度を見せて
「ああ、あれ? まだ誰かいたのか……」と他人行儀に語る。
「なんだ、君は……人か?」
「丁度良かった。スノトラとかいう小娘と……あの糸目の男を背負って帰ってくれる?」
「は?」
彼女に言われ、辺りを見回す。
するとそこには、倒れている二つの影と、焼け焦げて黒く染まっている誰かが。
その三人が他ならぬスノトラとアマルネ、そしてガルムであることに僕が気づくには、少々の時間を有した。
「お、おい……どうゆうことだよ」
「見て分からない? 負けたのよ、アンタのお仲間たち。まだ息はあると思うから、早く彼らを担いで外に出てくれない?」
「……あり得ねえよ」思わず冷や汗を垂らす。
「あり得ないって言われても、困るんだけど。早くしてくれない? 邪魔だから」
フレンは冷たい態度でそう告げながら、陽太のことを観察して違和感を抱いた。
(この男……何者? 見たところ、私が仕掛けたトラップに引っかかったニンゲンみたいだけど……なんかおかしいわね、なんか……おかしい)
フレンは訝しげな視線で陽太を上から下まで舐めるように注視する。
(大気中の樹素が、コイツを無視……いやコイツから逃げ回るような旋律を描いている。何よ、コイツ。しかも内包樹素が全く感じ取れない? どうゆうこと?)
「流石に魔術を使いすぎて疲れたのかな」
フレンは首を回して軽くストレッチを取りながら呟く。
何はともあれ早く休みたい気分だった。
王都の軍隊やシグルド、スノトラたちとの連戦により、流石のフレンといえど、疲労困憊状態であるようだ。
もはや陽太を相手にする気力すら残っていないようであり、もたもたしている陽太に向かって噛みつくような威圧を掛け
「ホラ、早く消えろと言ってんだろ、ニンゲン。燃やされたいのか?」
フレンは陽太を脅す。
陽太は体をびくりと恐怖で震わせ、そそくさとフレンから離れようと駆け足をした。
が、道中にあった、焼け焦げた無残な姿のガルムを目にし、足を止めた。
拳を握り、鋭い視線をフレンに向け直し
「おい、これやったの、お前かよ」と問う。
「うん。だからアタシがやったって言ってるじゃん」
フレンは中央の玉座に腰を落とし、足を組みながら偉そうに語った。
陽太は胸の内に渦巻く恐怖よりも怒りが勝っている。
陽太はその場にしゃがみ、焼けたガルムの頭に腕を添えた後、胸に手を置いた。
まだ鼓動がある、息をしている。まだガルムは死んでいない。
彼の安否を確認し、ひとまずほっと胸をなでおろした後、再び立ち上がり
「お前、魔獣か? それにしちゃ話が通じるよな、なんでガルムたちをこうした?」
「何で? 特に理由もないけど。強いて言うなら目障りだったから、ね。アンタみたいに」
「ふざけるな」
強い口調、憎悪の籠った言葉が、意図せず陽太の口から飛び出していた。
「ふざけてんのはアンタでしょ。もしかしてアタシの見た目がニンゲンの雌と似ているからって、強い口調で喋って威圧してる? 実力差が分からない馬鹿は、痛い目を見るしかないわね」
〔『式』系統は魔素――フレア〕
テキトーに詠唱をして、テキトーに発生させた炎の魔術は、陽太に向かって放たれる。
内包樹素量は無防備時の防御力に直結する。
その量がゼロの陽太が防ぐことのできない威力。
しかし、フレンの放った炎魔術は陽太の前方に落下し、彼に命中しなかった。
「え? あれ?」
「はあ? ……何だ。ビックリした」
陽太は鼓動を早める胸に手を当てながら驚いている。
(ハア、連戦ばかりで疲労が溜まりに溜まっているみたいね。基礎的な魔術すらまともに酷使できないみたい。アタシとしたことが、恥ずかしい。次はよく狙って……)
〔『式』系統は魔素――フレア〕
再び、フレンの立てた人差し指の先に炎が生成され、陽太めがけて飛んでいった。
今度は先ほどとは異なり、片手間ではなく、確実に陽太を狙い発射した。
今度こそは。
……と思われたたが、二度目のフレアは陽太からかなり離れた後方に着弾し火花を上げた。
陽太はただ驚いて両腕を目の前にかざしていた、が
「はあ? なんで? え? なんで着弾しないワケ?」
フレンはあり得ない物を見たといった驚き具合で、玉座から立ち上がり、騒ぎ立てる。
そんな彼女を疑いの視線で観察していた陽太は
「……お前、本当にガルムを倒したのか? 嘘っぽいな。フレアをこの距離で当てられないとか。俺ですらもっとまともな魔術を使うぞ」
拍子抜けであるフレンの実力に、陽太は冷静なままツッコミを入れ、落胆を見せる。
「は、はあ? あり得ないでしょ。いや、別に、本気じゃなかったし、それにアタシ、今スッゴイ疲れてるの、だからだわ、だから上手く使えないだけよ?」
必死に弁明するフレン。
「はあ、そうかよ」
対照的に、陽太のテンションはすっかり冷め切ってしまっている。
「つ、次こそは、本気を出して、その馬鹿みたいな面事吹き飛ばしてやるからッ」
〔『式』系統は魔素――最善なる天則〕〔自立を許可する〕
もう数え飽きたほど顕現された炎の大鷲は、フレンの命令を聞き取り、十数メートル先で立ち尽くす陽太に向かって放たれ、自立的に自らの意思で特攻を仕掛ける。
(やべえ、あれは……スノトラが使ってた大技だッ)
流石に命の危機を感じたのか、陽太はその場から逃げようとした。
が、炎の大鷲は彼の逃げ足を遥かに凌駕する速度で羽ばたいていった後、追突する……と思いきや。
陽太の目の前で、翼を羽ばたかせ滞空しながら、首をかしげる大鷲。
まるで――自立可動を許可されたはいいものの、向かう先が分からないといった様子。
炎の大鷲は、目と鼻の先にいる陽太の存在を認識出来ていなかった。
「ちょッ! おい! ねえ! 目の前のその地味~な男よッ。そいつに突進しなさい!」
フレンは地団駄を踏みながら命令をした。しかし大鷲は相変わらず首を傾げているのみ。
歯ぎしりをしながらみっともなく叫ぶフレンを遠目に、陽太は
「フッ……」と鼻で笑った。
「キ~~~~~~~~~~~~~~何? 何故? 何で? あり得ないんだけどッ」
次第に大鷲は形を崩し、自発的に消滅していく。傍観していた陽太は、腕まくりをして近づく
「もう宴会芸は飽きたよ。お前本当は魔術師じゃねえな?」
「いやいや、意味分からない。本当に、何で? え?」
動揺しまくりのフレンに一歩一歩近づいていく。
かつてない現象が多発して心を揺らがせているフレンは、無意識のうちに、一歩、また一歩と後ずさりをして、陽太から距離を取ろうとした。
彼女の顔は焦燥感と恐怖心で満ちている。
「やだ、やめて、気持ち悪い、近寄らないで、本当にッ」
フレンの本能が、陽太を拒絶している。こいつは危険だ、と告げていた。
「魔獣とはいえど、見てくれが女の子のモンスターにそう言われると、マジで傷つく。だけど……あり得ないよな? ガルムたちをこんな風にしたんだ。今更許されるとでも?」
「く、糞……」
(もう、コイツを完全に抹殺するには、最大火力の技をぶつけるしかないッ)
フレンは、空中で弧を描き、その場から跳躍して距離を取る。そして
〔『式』系統は魔素――煉獄〕
【煉獄は炎属性の術式の中で瞬間最高火力を叩き出す術である】
【フレンは終座内領域の全域にその熱量を放射するために、術式に流す樹素量を意図的に抑え、威力を低減、熱量を拡散することで、最強化魔術――フォルテシモ・フレアほどの火力で終座全範囲は余すことなく覆いつくした】
【広大な空間を地の利を生かして俊敏に動き回るガルムを討伐するために敢えて散らした威力を、今回は一点に集中して砲火する――その火力は、ダムの水量を一瞬で枯らせるほどの。炎の神を彷彿とさせる即死の切り札。直撃した者は灰すら残らない】
青色に染められた炎は、伸ばされたフレンの両手の中で極限にまで凝縮され。
一筋の光線となり、陽太を攻撃目標として放出される。
完全に陽太を標的にした必中の速攻。
眩い青色の閃光と衝撃波を発しながら地面ごと融解していく。
そこに慈悲はなく、その甚大なる被害と、破壊規模の大きさが彼女の本気と、殺意の高さを示している。
爆炎と砕片をまき散らしながら破砕していく終座。
フレンは目元に腕をかざして爆炎の中心を見つめた。
(直撃ね。確実に死んだわ。もう原型も残っていないでしょ)
術の発動が終了すると同時に、突然、フレンはよろけて地に膝をついた。
上級魔種であるフレンといえど、極致クラスの魔術の乱用に次ぐ乱用により、ついに、体力に限界が訪れようとしている。
もはや体は立っていられないほどの極限状態に陥り、四肢は細やかに震えている。
内包樹素も残り僅か。
外界樹素を取り込むほどの気力も体力も絶無だ。
しかし彼女は勝利を確信し、勝ち誇ったように笑う。
ところが、荒立つ煙の向こう側から姿を表したのは、全くの五体満足、体表がほんの僅かに焦げた程度の、ほぼ無傷な立花陽太だった。
「は……?」
陽太はゆっくりと立ち上がり、鋭い目つきでフレンを貫く。
「いや……」
フレンは後ずさりした。が、陽太は距離を詰めていった。
そして陽太は冷たくも力のこもった声でフレンに問う。
「お前はさ、昔からなんでも出来たのか? 魔術を使って、好きなように。だから他人を傷つけても、何も感じ無くなっちまうもんなのかよ。それだけ強けりゃ、今まで誰にも負けたことが無かったんだろうな、ご立派だよ。羨ましいもんさ」
「黙れ、ニンゲン。愚かな劣等種が。何も出来ないゴミは、死んで当然なんだよッ」
しかしフレンは歯ぎしりをしながら言い返す。
その瞳には敵意と憎悪、そして陽太という未知の存在に対する恐怖が詰められている。
「……魔族、お前、ちゃんと生きてるか?」
「は? ……どうゆう意味?」
「お前、生きていて楽しいと思ったことはあるか? 劣等種だとか、そうゆう下らない指標にばっかり拘って生きる奴は、酷く陳腐で、酷く可哀想に見える」
「アタシを、その目で、見るな。人類種ッ〔『式』系統は魔素――」
フレンは情緒を乱し、至近距離で陽太に魔術を発動する。
陽太は、血管が浮き上がるほど握り締めた拳を、何も術式を作動させることもなく、ただ、握ったその右拳を、フレンの顔面に向けて放った。
フレンが無意識のうちに体に張っている保護術式の幾重に重なる束は、単純な物理攻撃など通用せず、人間の拳など、難無くはじき返す「はず」――だが。
そのルールが、彼には通用しない。
立花陽太は、異世界転移者。
樹素で万物が作り出されるこの異世界において、唯一、樹素が全く関与していないイレギュラー的な存在。
故に樹素は、予定調和の「旋律」を演奏せず、陽太から逃避するように動き回る。
つまり彼には、この異世界の根本部分を構築する規則や法則が全く通用しなく。
故に、術式の才覚はゼロを示し、内包樹素量も皆無。
異世界の生物の体内に存在する内包樹素、生物が活動をすると必ずといっていいほど、その樹素の痕跡は残る。
魔獣などはこの痕跡を辿り、外部にいる生命体の情報を把握する。
しかし陽太はそれを持たない。
故に、どんな魔獣も彼を感知出来ず、術式の威力も著しく軽減する。
調和を崩し、均衡を揺るがし、前提を崩壊させる。
まさに彼は――世界の欠陥であった。
拳は、フレンの顔面に正面からぶつかり。
彼女は紫色の鼻血を垂らしながら、仰け反って、そのままパタンと、地面に倒れた。
青紫色の血で塗られた自分の右拳を、今なお硬く握り締めながら、陽太は
「一回くらい、這いつくばってみろよ。そうすりゃ、見えてくる景色も、幾分か、マシになるだろう」
とだけ吐き捨て、動悸を乱しながら、笑ってみせた。
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