異世界では
もはやそれを防ぎきる余力も体力も残っていなかったアマルネは。
安易に。雑に。粗末に。叩き殺される蠅のように――その命を粗末に奪われ、終わる。
と、思いきや。
突然、アマルネの前に頑丈な防御術式が現れ、迫りくるフレアから彼を救う。
「……スノトラ、まだ生きているの、しぶといわね」
フレンのフレアを正面から防御するレベルの術式を到底組めないであろうアマルネ。
勿論、魔術を防いだのはスノトラだった。
杖を支えにして立ち上がり吐息を荒げながら、衰運の一途を辿るしかない彼女は、それでも力を振り絞り、フレンと戦う姿勢を崩さない。
スノトラの眼は、フレンを強く捉えている。
力を使い果たしたといえど、それでも立ち上がる彼女に興味を惹かれ、近寄るフレン。
そして鼻の先がくっつくほど接近し
「内包樹素を使い切ったくせに、もう立ち上がれるほど回復してるの? アンタ、化け物ね」
「私は……賢い、負けない……地面に寝ない……そんなみっともないことしない」
啖呵を切るスノトラ。
しかし疲労困憊と炎症の傷により、今すぐ昏睡状態に陥ってもおかしくない状態なのは、傍から見ても明らか。
それでもスノトラは杖の先をコツンとフレンの胸に当て、ゼロ距離で魔術を放とうとする。
「敵といえども、才能ある魔術師を殺すのは、アタシの胸が痛むわ。だから、死なない程度で再起不能にしてあげる」
だが、歯向かうように、フレンもスノトラの額を人差し指で押しながら
「知ってる? 魔術師の一番簡単な無力化方法を。結局これが一番魔術師には効くのよね」
〔『式』系統は魔素――稚拙な律動〕
スノトラの視界が回転する。
あっという間に彼女は倒れ、発狂に似た呻き声を発しながらもがき苦しみ始めた。
フレンだけが平然とした様子で彼女を見下し
「内包樹素を故意的に乱す技よ。体内の樹素をかき混ぜるの。そうすると、大抵の魔術師は樹素操作制度が格段に低下する。この技は、アンタみたいに内包樹素量が多い術者ほど効果てきめんなの。アタシの見立て通り、立ってもいられないようね、キシシ」
もがき苦しんだ後、気を失うスノトラ。残るは、火傷を負った手負いのアマルネだけだ。
「うーん。やっぱつまらない。アタシが二十秒ここで何もせず待っててあげるから、逃げるなり、策を講じるなり、なんなりしなさいよ。はい、いくよ? 二十、十九……」
(僕は、一体何がしたかったんだろうか)
アマルネは逃避することも戦うこともせず、ただその場に膝をついて下を俯いていた。
(ギルド隊員になれば、か……なれば、どうなるというのか。僕はヒーローになりたかったのか。
民衆から喝采を浴び、矮小な自己肯定感を満たしたかったのか。いや……分かっている。ただの罪滅ぼしに過ぎない)
アマルネは逃げることもせず、与えられた二十秒という猶予を噛みしめるように、天井を見つめながら己の信条と向き合い続けていた。
*
「二,一……0! ってアンタ、何で逃げも隠れもしないのよ」
フレンは二十秒数え終えた後、満面の笑みで両手をパチンと合わせ、終了の合図を送った。
その間、アマルネはただ過去を回想し、情けなく膝を地につけているのみ。
何か対抗策を練ることもなく、そして逃走する姿勢も見せないアマルネの態度に、フレンは相当ご立腹であるらしい。
興が覚めたといいたげな態度でフレンは
「はあ、本当につまらないわね、アンタ。弱いなら弱いなりに何かやりなさいよ、まあいいわ、どうせニンゲンが何をしたところで、魔種(私達)には敵わないものね。ちゃんと実力差を弁えていて偉いわね。潔い奴は嫌いじゃないわ、まあ、かといって好きでも無いけど」
しかしアマルネは、突然笑ったかと思うと、弓を構え、至近距離にいるフレンに目掛け
〔『式』系統は魔素。器は『弓』――メゾフォルテ・フレーム〕
洗練された素早い動作で、三本の矢を轢き、目の前にいるフレンめがけて発射した。
が、放たれた弓矢はフレンの体を反れるような軌道をたどり彼女の遥か後方で小爆発を起こす。
フレンはアマルネの決死の悪あがきを見て、ため息を吐いて、失望を露わにした。
「ナニソレ……準強化の光魔術でアタシが傷一つでも負うと思ったの?」
「僕はまだ、誰も助けていない。もっと人を助けなくては死ねない」
フレンは痺れを切らしたのか、アマルネのこめかみを片手で掴み。
極めて無機質な、血も涙も同情すらも皆無な、感情の籠っていない言葉で
「あのね、そうゆうカッコつけた言葉は、実力のある人間しか吐いちゃいけないから。口だけ、綺麗事だけ。今際の際で、キザな言葉を語って死んでいくのは結構だけどさ、癇に障るのよね。弱い奴が、実現不可能な願望を口に出すのは」
〔『式』系統は魔素――拙劣な律動〕
フレンの詠唱が終わると、アマルネは完全に気を失い、白目で口から泡を吹きながらその場に倒れた。
無残に成す術無く気絶するアマルネを見つめているフレンは、彼を侮辱するように鼻息を吐いてから、中央の玉座へと戻ろうとする。
「馬鹿ね。流石ニンゲン、口だけは達者。何も出来ない劣等種が」
そう独り言を呟いてから。
終座には、気絶したスノトラとアマルネ、そして焼け焦げ、微かな呼吸のみを行えるガルム。
圧倒的な実力者が悉く返り討ちにされた。
フレンは連戦に継ぐ連戦で流石に疲労を感じたのか、幾分か足取りが重く、不機嫌そうな物調面をしている。
種族には、抗い様の無い「差」が存在する。
だからこそ、人間相手に勝利をした自分を、ことさらに褒めることもしないフレン。
彼女にとっては、当たり前だからだ。
単純な魔術勝負で自分に勝てる人間など存在するはずが無いことを熟知していたからだ。
樹素が万物の源であるこの異世界で、樹素を司る魔種は神に愛された特権者であると断言しても何ら間違いは無い。
異世界では――彼女に魔術で敵う者は極めてごく少数だろう。
異世界の「範囲内」であるならば――
突然、地面の一部が影のように黒く染まり、液体のように流動的になる。
その暗闇の中から手を出して、這い上がろうとするのは、一人の男。
この世界では、異質な見た目をした青年だ。
黒くて少し癖毛な重たい髪に。少し黄色い肌。真っ黒の瞳。
彼の名は、立花陽太という。
彼は――転移者だった。




