合流
ガルムと遭遇してから一週間とちょっとの月日が経過した。
彼がそばにいればダンジョンすらも、ただのお化け屋敷に化す。
僕は荒れて闘争を続ける彼を傍から見つめ、ダンジョンの分かれ道を虱潰しで辿って行った。
大変遠回りの方法を選んだが、ダンジョンに対して無知も同然な僕らがここから抜け出す策なんて、これ以上思いつかなかった。
このダンジョンは、確かにその時々によって順序や道が構築し直される。
しかしその構築方法は「一から」ではなく「シャッフル」の方法を用いられて為されていることに気づいた僕は、単純明快な突破方法を思いついた。
ただ単に、全ての分かれ道に記号となる印を掘り続ければいいだけだ、と。
誰でも思いつく簡単な方法だ。
このダンジョンは確かにその都度、姿形を変える迷宮ではあるが、その構築方法は極めて簡易である。
ただツギハギをしているだけだ。
つまりは予め、道A、道B、道Cとパーツ事にダンジョンが区分されており、そのパーツをシャッフルして乱数的にツギハギして迷宮を作り出しているに過ぎない。
ダンジョンは姿を変えるごとに、いちいち道や空間を一から作り直しているのではなく、予めパーツに分けられた、いくつかの部位を繋ぎ合わせることで構築されているわけである。
種さえ判明すれば、すぐさま解ける簡単な手品だ。
問題なのは、そのパーツ総量があまりに大きいこと。
おそらく階層ごとにパーツはリセットされている。
つまりは第一階層で使われたパーツが第二階層でも適応されることはない、階層を跨ぐごとにパーツはリセットされ別物となる。
解決方法は、虱潰し一択なのであるが……つまり理論的に考えるならば、総当たりをすれば、いずれは正解のルートを辿れるのだが……そのパーツは各階層で軽く五百は超え、一階層につき、連続して三つの正解のルートを辿らなければ、最初からやり直しという仕様になっている。
砂丘から一粒のダイヤモンドを見つけるかのごとき微小な確率を引き上げてくれたのは、ガルムの働きによるところが大きい。
彼は樹素の流れを肌で捉える能力を有しているらしい。
どうやら、正解のルートは「怪しい匂いがする」とのことだ。
根拠の乏しい推察であり、始めは全く信用していなかったが、彼の勘は結果として有益に働いた。
彼の樹素探知能力は百発百中の品物ではなかったが、十分の一位の確率で当たる。
五百分の一を三連続引当続ける確率と比べれば、極めて大きい。
彼の勘を頼りに探索を続け、終座にたどり着き、階層を下りること三回。
絶え間ない試行錯誤の末、僕らはついに第四階層の三ルート目に突入していた。
あと一つの正解のルートを選べば、第五層へと続く終座に辿りつく手前である。
四足歩行で湧いたモンスターをひたすらに狩りまくるガルムにも、流石に疲労の影が見え始めている。息は荒く、出会った当初の俊敏性は半減していた。
彼は今日もいつものように、遭遇した魔獣を手あたり次第に屠り終え
「はあッ……クソッ……二百三十体目……だっけかァ?」と息を吐くように呟いた。
「おつかれ。ガルム」
「ハア……こいつら、どこからでも湧いてきやがるッ! 何度殺しても埒が明かねェ」
今までガルムに頼り切りだった自分を少し不甲斐なく思いながらも、無敵の身体能力を有す獣人種の欠点に、僕は気づき始めていた。
御覧の通り、ガルムには「体力」がない。
つまり、瞬発力や促進力には長けているが、持久性に難がある。
ダンジョン攻略のような何十日も必要する状況では、彼の真価は発揮されないだろう。
(ガルムだけに頼るのも、いつか限界がくるな)と己を戒めるように内心で呟いた。
しかし中級魔獣と一対一で戦い、自分が勝てるビジョンを未だに僕は思い浮かべられない。
ガルムに頼りっぱなしだった自分に反省をすると同時に、彼の持久性について懸念を抱いていると、突然、そう遠くも無い場所から轟きが鳴り、大地を揺るがした。
数秒置いて、粉塵と化した岩石が宙を舞い、空間内は煙たく濁る。
「ッ……魔獣かよ。また……しかも」
(魔術ド素人の僕でも分かる……とんでもない破壊力だ)
思わず五臓六腑に恐怖が染み渡った。ダンジョンで一か月弱生活している僕の実体験から生じた確信。
間違いない、この魔術の使い主ひいては魔獣は……最上位に鎮座する強者だ。
「ガルム、逃げるぞ」
冷や汗を垂らしながら、足が強張りすくんだ体を何とか動かす。
「チッ……問題ねェよ、ヨォタ」
「無理だ。僕でも分かる。圧倒的な樹素量……ガルムといえど疲弊状態では無理だ」
「ヨータァ、お前は少しへっぴり腰すぎるぜ。ギルド隊員なら、もう少しは自信を持ちやがれェ。大丈夫だァ、あいつは敵じゃねーよ」
その存在の正体を熟知しているかのようなガルムの言い回しに違和感を覚えた。
数秒後、暗闇から姿を顕在したのは、ぱっつん前髪の小さな少女と、弓を手にした長身の糸目の男だった。彼らは僕らを見つけると同時に会話をしてきた。
「あらあら? ガルム、新しい飼い主様を見つけたのね。喜ばしいことだわ」
少女は口元に手をかざし、ガルムを煽り散らかすようにおちょくった。
「チッ……スノトラァ、テメエこそ、お気に入りのつがいの雄でも見つけたのかァ?」
「あら。残念ながら私は、アマルネのような男はタイプではないのだわ。すまないのよ、アマルネ、純粋な恋心を真っ向から打ち砕いてしまって、わざわざ私のために、このダンジョンに残って愛を伝えようとしてくれたのに……スノトラは罪な女なのよ」
「……僕は君にとってどう見えているんだ?」
少女の横にいた糸目の男は、唖然とした態度を取る。
「この子がスノトラ? ガルム、お前が言っていた同じパーティの……」
「あァ? 勘違いすンな、パーティじゃねェよ、コイツ、第九ギルドだと友達がいなくて、ぼっちだから、寂しくて俺に付きまとってくるだけだぜ」
「だ、ガ、ガルム、減らず口が多いわね! 私が孤独ですって? 孤独ではなく、孤高なのよ。ギルドは低俗の奴らばかりだから、じ、自分から関係を持たずにいるだけかしら」
「かァ~ご立派なこったァ、友達がいない人間の自己正当化は聞いていて悲しくなるぜ」
スノトラは顔を赤らめて、恥ずかしがり、地団駄を踏む。そしてやり返しとばかりに
「でもねえ~私、ガルムのすっごい恥ずかしい話知っているのよ?」
手で口を隠し、ウキウキとしながら語り出すスノトラ。
「オイッ! スノトラァッ! それ以上口を開きやがったら喉を引っ掻いて殺すぞッ」
今度はガルムが羞恥を覚え、動乱した。そんな彼らとは対比的に、僕と、アマルネと呼ばれた糸目の男は蚊帳の外に追い出されているままだった。
「……痴話喧嘩は後にして、まずは、君たちは誰かということを教えてくれないか?」
アマルネは、僕が今すぐにでも口に出したかった思いを吐露してくれた。
かくして――スノトラと、アマルネが僕らの仲間に加わることとなる。




