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リンカーネーション  作者: 鹿十
第二章 ダンジョン編
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稀代の魔術師

 擦れゆく意識の中、アマルネはふと、声を聞いた。

 舌足らずでありながらも、それは耳に残る声だった。

 確かに自分の名を呼んでいる。


「あれだけ啖呵を切っておいて、無残にやられているなんてどうしようもないわ」


 アマルネは力を振り絞って目を開いた。

 そこには、フリルがついた可愛らしい魔女の服装に身を包んだ少女――スノトラが軽蔑するような視線でアマルネとヨゼフを見つめていた。


「逃……げ……ろ……ス……ノト……ラ」


 アマルネは渾身の力を振り絞って口を動かす。


「賢い女性は弱い者を見捨てたりしないのよ」


 倒れたアマルネと会話をしているスノトラの背後に、デュラハンが忍び寄りその鎌で彼女のいたいけな体を切り刻まんとする。

 アマルネは目を閉じた。

 十四歳ほどの幼い少女が鎌で抉り殺される様など直視したく無かったからだ。

 そして同時に怒りに駆られた。

 

 その怒りの矛先は、スノトラを切り殺したデュラハンに向けてではなく、何も出来ない自分に対しての無力感から付随する激情であった。

 が、デュラハンは愕然として聞き取ることが不可能な言語を発する。


 目を開けると、そこには無傷の状態で自分の横にちょこんと身を屈めているスノトラの姿があった。

 彼女の体どころか、着用している服の繊維すら切断されておらず、代わりに振るわれたデュラハンの鎌の刃が破損している。


「は?」


 アマルネはあり得ない光景を目にしたため、口から疑問を漏らす。

 何が起こっているのか理解できていないのはデュラハンも同じだった。

 スノトラはゆっくりと立ち上がり、デュラハンの顎に、手にしている杖の先を向けた。


 すると詠唱も無く、予備動作の一つも必要とせず、杖の先からエネルギーの塊が出力される。

 その波動を受けデュラハンの甲冑は粉々に砕け、塵と化し一瞬で死に追いやられた。


「さて……あとはアナタだけなのよ」


 易々とデュラハンを屠ったスノトラは、今度はセイレーンに標的を移した。


 セイレーンは、スノトラの規格外の力を直で拝見し、怖気ついたのか、翼を羽ばたかせ凄まじい速度で暗闇の先に逃走を図った。

 しかしスノトラは至って冷静に


「魔術師相手に距離を取るなんて、愚行極まりない選択なのよ。賢明な女性ならば、そうはしないのだわ」

 

 杖を、セイレーンが逃げた先に向け


〔『式』系統は魔素――最善なる天則(アシャ・ワヒシュタ)


 刹那、大気中を夥しいほど芳醇に満たしていた外界樹素が、急速にスノトラに吸収されていく。 

 そして、杖の先には拳ほどの炎の球体が形成され、その大きさは加速度的に増していった後、四足歩行の――猫のような形相をした形に整えられていき、発射される。


【万物を構築しているエネルギーである樹素は、二種類存在し、個人の体内に存在する『内包樹素ないほうじゅそ』と、大気中に漂う『外界樹素がいかいじゅそ』という呼称で、大きく二分されている】


【術者は基本、自身が持つ『内包樹素』と大気の『外界樹素』どちらかを用いて術式を組み発動させる。どちらから樹素を拝借するかは、その術によって異なり、人類種ヒューマニティは基本、内包樹素量が他種族に比べ極端に少ないので、彼らが開発、酷使する術は『外界樹素』をメインに用いた式であることが多い】


【スノトラは人類種ヒューマニティでありながらも、上級の魔種イフリートに匹敵する内包樹素量を備蓄している奇跡の術者。それだけでは飽き足らず、余りある知的好奇心は、彼女をさらに術式の道にのめり込ませ、彼女の潜在能力を指数関数的に伸ばす結果となった】


【異常とも形容される内包樹素量と、術式に対する含蓄の深さ、天性の素質が可能とさせたのは、術式の絶対的な前提条件の排除。つまりは「式を組まずして術を発動させる」という神業。魔術、妖術、幻術、霊術と、剣術以外の代表的な術式を網羅し、極め、彼女が行き着いた極致は――無詠唱による術の発動である】


【式となる古紙、刻印、物品、詠唱、式具などあらゆる媒介物を通すことなく、術の発動に不可欠となる式を省略し、あらゆる機構を通さずに外界樹素を目的の術に変化させる芸当が可能である術者は、広大な人間界ミッドガルドでも両手で数えられるほどの数も存在しない】


【人類が開発、発展した術式のほぼ全てを会得し、術式の形態を問わず無詠唱で術を発揮する彼女は――一ギルド隊員の立場に甘んじている現状が許されぬほどの逸材である】


 巨大な猫――この場合は、虎と表記した方が適切だろうか。

 炎の渦は命を灯された生命体のように振舞い、そしてスノトラの杖の先が微速に八の字を描いた後、その鋭い牙と爪を舐め、セイレーンの逃走した方角に疾走した。

 暗闇が猫状の炎に照らされていったかと思うと、数十メートル先でその炎が弾ける轟音と、猛烈な衝撃波がアマルネたちを襲う。


 光の一切が確認されず、漆黒に染まるダンジョンの中に、一気に日が差し込んだと勘違いしてしまうほどの光量で周囲は照らされる。

 その光源が、スノトラが作り出した猫の形状をした炎の渦により生み出されたものだとアマルネが理解するのに、数秒の時間を必要とするほどに。


 そのあまりのあっけなさは、もはやスノトラの相手をした準最上位魔獣セイレーンの存在が不憫に思えてくるほどであった。

 スノトラは不服そうな面持ちを見せた後、地面に吐瀉物を散らかしながら倒れているアマルネと、大量の血だまりの上に寝転び、もはや死を待つしかないヨゼフを杖の先で順につついた。   

するとアマルネの体からは原因不明の気だるさや吐き気が綺麗さっぱり消え失せ、ヨゼフの背中に刻まれた深い傷が塞がり、大量の出血が止まる。

 ヨゼフは意識を取り戻す。


「……何をしているのかしら。早くゲロの中から這い上がって立ち上がるのがいいわ」


「え……?」


 アマルネは頭に疑問符を浮かべた。這いつくばる自分を見下すスノトラは


「だ か ら。もうアナタの体を蝕んでいた呪術・・は私が解呪して差し上げたのよ? 元気なのだからいい加減立ち上がればいいのだわ。それとも、アナタはゲロの上に寝そべる趣味でもあるのかしら? だとしたら賢明な私でも、とても共感できない悪癖なのよ。生理的に無理なので、近寄らないでくださる?」


 フレンは鼻と口に手を被せながら言った。


 アマルネはゆったりとした動作で立ち上がる。

 体を包み込んでいた吐き気や表現し難い不快感は消えており、何不自由なく五体が動く。

 試しに両手を握り、広げる所作を繰り返した。

 麻痺していて、真っ当に動くことも不可能だった体は何事も無かったかのように完治していた。


「……驚いた」


 アマルネがスノトラに発した最初の言葉は感謝の念を伝えるものでもなく、驚愕という感情を表す一言だった。


「私も驚いたのよ。まさかここまで貧弱だとは……あ、失礼、失言だったのだわ。まさかこんなに『か弱い』なんて」

「言い直した意味がないよ、スノトラ……」アマルネは頭を掻きながら続けて

「君は、術式を使わずに……いや、無詠唱で術を酷使することが可能なのか?」

「ええ。別に隠していたわけではないのよ。でも、能のある貴女は爪を隠すものだわ」

 

スノトラは、顔をプイっと斜め横に向けたままドヤ顔をしてみせる。


「対立術式も、即興で組めるのか?」

「ええ。勿論、それが何か?」


 スノトラの口角はさらに上がり、ついに有頂天へと至る。


 アマルネは心中でスノトラに掛ける言葉を模索し続けていた。

 命の恩人である彼女に対し、まずは感謝を伝えるべきだと頭の中では理解していた……が、驚愕と恐ろしさの感情に襲われ、思わず、謝恩の気持ちを忘れてしまう。


 スノトラが術を使用する前に、大気中の外界樹素の大半が彼女に吸収された。

 あれほど大量の外界樹素を一斉吸収しても余剰が発生するほどの莫大な樹素のメモリ量。

 そして取り入れた外界樹素を内包樹素に変換する速度。

 機構となる式を通さずに内包樹素を魔素に変化させ、その後、炎として実体化させるという妙技。

 一切無駄のない樹素の効率性の高さ。

 それに加え、一度も耳にしたことがない炎系統の魔術の酷使、その威力は、最強化符号を背負うフォルテシモの炎魔術フレアを遥かに凌駕するほどの火力。


 どの点を、どの面を、どの要素を抜き出したとしても、満点を超えてもはや完成されている。

 術者としての格が違う。

 アマルネは諦め、もはやスノトラと自分を比べることすらおこがましいと思えるレベルに彼女はいた。

 そんな別格の強さを、幼き小さな体に秘めたスノトラに掛ける言葉など、今のアマルネには思いつけない。

 ただ羨望の溜息を吐いて、髪を毟って頭を掻き、己の動揺をなんとか鎮める行為に勤しむしかなかった。


「……一言ツッコミを入れていいか?」

「ええ、何とでも私を褒めればいいのよ」


 スノトラは誉め言葉と感謝の言葉を期待している。

 が、しかし、内心穏やかではないアマルネは――頭を埋め尽くす疑問を抑えきれずに


「無詠唱で、式を組まずに術を使用するなんて……正直言うと、土も水もないのに真空から生えてくる植物みたいで……ちょっと……というか、かなり気持ちが悪いよ」


 瞬間、アマルネの頬に顔を赤くしたスノトラの強烈なビンタが刻まれた。



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