星と共に巡る
今日は僕のお別れ会の前日。
皆で城郭都市グラズヘイムに集まってから、その後、とある場所へと出かけた。
メンバーはいつもの4人。
フレン、スノトラ、アマルネ、そして僕。
本当はここに、シグルドとガルム、そしてヨゼフもいたはずだ。
いつの間にか、こんなに少なくなってしまったのかな。
シグルドとは「ウィーグリーズの決戦」で共闘してからというものの、めっきり出会っていない。
人類最強を通り越し、異世界最強の存在となってしまったシグルドに、もはや友達と遊ぶ暇など無いのだろう。
フレンたちだってそうだ。
フレンは次期邪神になるために、ナンナさんと一緒に世界各地を巡っている。
スノトラは転生したガルムを探すために冥府まで乗り込んだそうだ。
アマルネも、神使族が惨殺されてしまった今、次の王家へと選ばれるために日々熱心に活動している。
皆、ライフステージが変わるに伴い、会う機会が減った。
僕も僕で、「ウィーグリーズの決戦」が終わってからというものの、一人で過ごす時間が増えた。
今思い返してみれば、異世界に転移して、すぐさま大規模ダンジョンに飲み込まれ、幽霊都市でのいざこざに巻き込まれ、最後は世界樹にてリーヴと戦い勝つまで、僕には休暇らしい休暇が与えられていなかったように感じる。
毎日が足りない実力を埋めるために試行錯誤を繰り返す日々で、こうやって十分な休暇がまとまって取れたのだって、異世界に転移してから始めてのことだった。
大きな力が渦巻く運命の螺旋の中で、僕らは多くの命を失った。
ガルム、ヨゼフ……大切な仲間たちが消えていった。
得られたものも大きかったけど、失ったものも大きい。
多くの犠牲を伴い、僕の最終目的は達成できて、現実世界に帰還する方法も確立した今、僕が異世界に残る意味は無くなった。
別に、異世界で暮らすことが嫌なわけじゃない。
むしろ、このままこっちで暮らしたい気持ちの方が強い。
……。
ただ。
それは許されないことのような気がしている。
僕と同じように、夢と理想を抱き、そしてその理想を僕の手で挫かれてきた系譜たち。
そしてリーヴ=ジギタリス。
その過程で散っていったガルムやヨゼフたち。
……。
最終的に因果に打ち勝ったのは僕だった。
そして僕の、「千歳緑とちゃんとした形で別れを告げる」という理想は既に叶ってしまった。
ならば――。
僕だけがこの甘い幻想に浸り続けることは、果たして許されることなのだろうか?
長きに渡る世界大戦の末、戦争孤児だった男児「ユミル」が願い作り出した幻想郷――「異世界」。
きっと僕の役割は、その幻想郷に「終止符」を打つことだったんだって、今になって思う。
背中を押すことだったんだ。
運命を決定する権利を、僕はいつの間にか、偶然、与えられていただけだったんだ。
きっとそれは誰であっても良かった。
僕である必要性は無かった。
ただ、千歳緑……いや巫女の魂に導かれたのが、たまたま僕だっただけだったのだろう。
それでも。
役割は真っ当したつもりだ。
なら、もうこの場所にいる意味はない。
いや、いてはいけないんだ。
須田正義や、樂具同、大月に、零式、そしてリーヴ。
彼らの夢を理想を塗りつぶして、僕だけがのうのうと生きることは、何か間違っている気がした。
そう、いつか夢は覚めなければならない。
夢は、いつか覚めるからこそ夢で足り得る。
覚めることが無い夢は、それは夢とは言わない。
―。
僕が近い内に帰ってしまうことは、親しい人たちは皆知っていた。
だからこうやって、お別れ会の前日に集まり、今日は馬車に乗って、とある場所に行く。
そこは「星屑山」という場所。
人間界の東方に存在する観光名所。
その名の通り、夜空にきらめく星星で有名だという。
元はただの辺境の山だったが、1年半前、緑の魂とユミルの魂が合体したことで、術式天体であるノルズリ、スズリ、アウストリ、ヴェストリが分裂し、夜空を照らす星屑となって散らばったことで、異世界にも星空が広がった。
特にこの場所は、その散らばった星屑が綺麗に見えるとのことで、一気に観光地化が進み、こうして田舎に過ぎなかった山々には、今や多くの屋台が立って、小規模の街が出来上がっている。
「意外と他の種族もいるんだね」
夕方、黄昏時。
山頂へと続くなだらかな道は、石畳で作られており、両脇には屋台が並ぶ。
山道はガヤガヤと混み合っており、他の通行人や観光客と肩をぶつけ合いながら、僕らはなんとか、目的の時間までに辿り着けるよう、山道を登っていた。
そんな時、ふとアマルネが呟いた。
確かに、言われてみれば他の種族が多い。
獣人や小人種、時々光ってる謎の浮遊物なんかは、実は妖精だったりもする。
「近年、急速に種族間の交流が高まってきているからね」
フレンは屋台で買ったりんご飴を舐めながら、返事をする。
「ちょっと昔じゃ、一番栄えてる王都にだって、獣人を1日で一人見かけたら珍しい! って感じだったのに。今じゃ、人間界のこんな辺境にも、大量の獣人やエルフがいるからなあ。もうグラズへエイムなんか、人間より他種族の方が多く見かけるくらいだよ」
アマルネが世界の変容っぷりに、感心しながら語る。
「フフ知ってるかしら? グラズヘイムには最近、獣人用のBARやら、エルフ専用の雑貨屋が建てられているのだわ。エルフの薬品が安値で買えるの。『ウィーグリーズの決戦』前ならいちいち輸入しなきゃいけなかったから、取り寄せるためのお金が馬鹿にならなかったのに」
「へえ……知らなかったな」
「これは近い内、魔族がそこら辺を闊歩してても全く違和感がない世界がやってくるわね」
フレンが飴を舐めながら語った最後のセリフが、妙に僕の頭から離れなかった。
異世界も、神が消えたことで確実に変わりつつある。
もはや以前のような空気は存在しない。
僕が異世界をぶらぶらしていた間に、どんどんと変化と改革が生じていたようだ。
僕らは1年半の積もる身の上話をしながら山道を登っていく。
久しぶりに会ってみて、やっぱり、こいつらは変わらない。
ただ、ちょっとだけ以前よりも大人びて見えて、いつの間にか知らない部分が増えていた。
それが少しだけ嬉しくも、悲しくもあって、なんとも言えない気持ちになった。
大人になるって、きっとこういうことなんだろう。
1時間も山道を歩けば、山頂が見えてくる。
金色の空はいつの間にか夜空へと変わっており、空は夕方の終わりを告げている。
一番、星星が綺麗に見える時間帯が、夜空になってから30分後らしい。
どうやら、ギリギリ約束の時間までに間に合ったようだ。
山頂は沢山の人々で満ちていた。
皆、芝生の上に座り、うっとりと夜空を見上げている。
僕らも芝生の上に腰掛け、楽な体勢で空を見つめた。
「始めて会ったのは、大規模ダンジョンで、だったよね。あの時は大変だった」
するとアマルネが語り始めた。
「その後『も』、ずっと大変だったのよ」
スノトラが横槍を入れる。
「あっちの世界へ戻りたいかい? やっぱり」
アマルネは空を見上げながら僕に問う。
僕は少しだけ悩み、時間を置いて
「戻りたいわけじゃない。ただ……異世界にはもう、僕はいるべきじゃない気がしている」
「陽太君がこっちにいることを嫌がる人間なんていないよ、僕は陽太くんが異世界にいてくれると嬉しい」
「僕もだよ。そう言ってくれて嬉しい。だけどさ……こっちの世界が僕、好きなんだ。好きだからこそ、僕がいることでこっちの世界をもう乱したくはないんだ。僕がいると、樹素が狂う。辿る因果が不亀裂に走ってしまう。……別の世界の人間は、別の世界に適合できないんだ」
「……そうか」
「陽太が決めたことなら、仕方ないのよ。貴方の人生なのだわ。貴方が決めるべきことね」
スノトラが僕に気を使って言った。
その気遣いを快く思った、ただフレンは一切喋ることなく、ただ下を俯いている。
そんなフレンの様子が気になり、声をかけようとした瞬間
「わあ!」
周囲から歓声が湧き上がった。
気づけば、真っ黒に染まった夜空に、星星が爛々と輝いていた。
点在する星星同士は、お互いにくっつき、離れようとし、空に大きな流動の軌跡を描く。
比喩ではなく、それぞれの星が渦のように巻き合い、まるで星景撮影をしたかのような夜空が映写機を通さずして、実際に肉眼で確認できるのだ。
色とりどりの星が空をキャンパスとして彩る。
それに見とれて、思わず僕らは空に見入る。
気づけば――
辺りにはスノトラとアマルネがいない。
何分経っただろうか、いつの間にかどこかへ行ってしまったみたいだ。
残されたのは僕とフレンのみ。
フレンは相変わらず、体育座りをしながら顔を埋め上目がちで空を物色するかのように見つめていた。
今は何も語らない方が良い。
そう判断して、僕も空を見つめていると
「ねえ、本当に帰っちゃうの?」
ようやくフレンが声を出す。
「うん」
「……ありえない。アンタはずっと傍にいてくれると思ってた」
「ごめん」
「どうして? 異世界が嫌いなの? ここにはアンタを待ってる仲間たちが沢山いる。居場所だってある。ようやく平和になって、新しい時代がやってこようとしている。これからって時なのに、なんで……」
フレンは怒っている、だが口から漏れる本音の言葉からは、僕を責めるようなニュアンスは感じ取れない。
ただただ、悲しんでいるだけだった。
そんなフレンの態度がむしろ僕の心を抉る。
「僕さ、今まで自分の境遇や異世界に来た理由について話さなかった。だからフレンが知ってることって、僕が異世界の人間じゃないってことくらいだろ?」
「……うん」
「なんで話さなかったか、って言ったらそりゃ単純な話さ。ダサくてみっともない理由だったからだよ。死んでしまって振られたような元カノに、もう一度会って話がしたかった。それだけの理由だ。いつまでも過去にしがみついて……前を向くことがついぞ出来なかった……そんな弱い自分を知られるのが……イヤだったんだ」
「……」
フレンはじっと話を聞いている。
「異世界に転移してくる時に、僕がやったことって何だと思う?」
「え……」
フレンは突然問われ、少し驚き
「転移のための式を組んだんじゃないの」
「そう。だけど肝心なのはその方法さ、僕は自分の魂を対価として差し出し、式を組んだ」
「……?」
「つまり自殺したってことさ」
「なッ……」
フレンは驚き、こちらに目を向ける。
ようやくフレンと目が合う。
夜の暗闇の中でも、フレンのルビーのような赤色の瞳は夜空の星に負けじと輝いている。
「僕はね、現実に負けたんだ。……異世界に転移したいってのは、ただの言い訳。本当は、彼女が死んでしまったことに耐えきれなくて、体の良い自殺理由を作り出しただけだったんだって、今になって思う。つまりね、僕は異世界に来た時点で、現実から逃避していて……世界に絶望していたんだ。来世は極楽浄土を願って死ぬ人と同じ。僕も異世界が存在することと、そこで緑が生きてることに賭けて、自殺を選んだ。結果として、異世界は存在していたし、緑の残した書物の内容が本当だったから、こうしてここにいる、ただ異世界なんて存在しなかったら……僕は死んだままで、僕の人生はあそこで終わっていた」
「……」
「今、再確認した。異世界は美しい。こんなに綺麗な世界で、こんなにおもしろい世界。こんなにも……素晴らしい世界……沢山の協力を、沢山の力を、異世界から僕は貰った。おかげで僕は目的も達成できたし、今では辛く厳しい現実世界に、戻れる覚悟と胆力が出来上がった。なら……もう十分さ、これ以上、僕だけ美味しい思いをするのは……」
僕の頭の中に須田正義や樂具同、零式、大月、リーヴの姿が順に浮かぶ。
「理想を叶えられず散っていった奴らが、あまりに報われないだろ? それは正しいことではない気がしたんだ」
「そう……」
するとフレンは突然笑顔になり
「アタシもね、似たようなもの。ちょっと前までは、アタシにとっての世界は暗くて狭い洞穴だった。外は怖くて、敵だらけで……全てがアタシを拒絶してると思いこんでた。ただ、陽太たちがアタシを外へ連れ出してくれたから、アタシの世界は広がった。きっと陽太と出会わなかったら、アタシはあの洞穴で死ぬまで一人ぼっちだったような気がする。でも、いつかはあの洞穴にもう一度行かなくちゃならない気がしてるの。それはきっと合理的な理由からとかじゃなくて、そうしなくてはいけないこと。アタシの人生にとってしなくちゃいけない責務のようなもの。それが陽太にとっては、現実世界に戻ることなのね」
フレンはいつもと同じく喚き怒り出すかと思えば、僕の意思を読み取り、理解を示してくれた。
ただ、悲しげな表情なのは同じで、目は少し涙目になっている。
そして、最後に独り言のように、呟いた。
「陽太を救ったのが、異世界だったのだとしたら。アタシを救ってくれたのは陽太だったよ」
その言葉を彼女が語ったことの意味することを僕は感づいていた。
だけど、もう現実世界に帰ってしまう自分では、返事のしようもない。
きっと、その言葉の真意に向き合った回答をしても、フレンを傷つけてしまうだけだ。
だって、たとえ結ばれたとしても――僕は帰ってしまうのだから。
星が巡る夜。
僕はフレンと肩を寄せ合う。
緑はこんな僕を見て怒るだろうか。
きっといい気分はしないに違いない。
ただ緑との関係はもう、ちゃんとお互い話し合って清算出来たから。
こうして僕は現実世界に帰還する日を翌日にひかえた、最後の夜空を堪能した。
きっと僕は死ぬまで忘れない、今日この日見た夜空の景色を。
ただ――
この時の愚かな僕は――
異世界と現実世界に敷かれる無慈悲な「法則」が、この記憶の保持を妨害することも知らずにいた。
物語終了前の、最後の「閑話休題」回となります(次の回も含めると最後じゃないかも)
これ以後の話は、僕がこの作品で、一番書きたかった話です。
最終回まで残り十話くらいだと思います、最後まで見てください!




