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リンカーネーション  作者: 鹿十
第一章 異世界転移編
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彼岸

所々、主人公陽太君の彼女の名前が「蘭」になっていましたが正確には「緑」です。

こうゆう間違い、うっかりミスが多いもんでね……指摘してくださると助かります。

「何が食べたい」

 

 百九番号の病室。衰弱してベッドに横たわっているのは、僕の大切な彼女だ。

 疲労からか、目の下にはクマが出来ており、顔色は薄汚れているように見える。

 運動をしていないためか、手足の肉付きは日をまたぐごとに削がれていく。

 指の末端はプルプルと震えて痙攣をしていた。

 

 素人目で見ても彼女の命がそう長くはないことは明白であった。

 開いた窓から、任期を終え散り始めた桜の花が入ってきて、彼女の右腕の上に落ちる。


「……パンケーキ」散り様を見つめながら、緑はふと呟く。

「カロリーの高いものは駄目だ。臓器にダメージがいく」

「じゃあ何もいらない」 

「……それじゃあ質問の意味が無い」

 

 彼女は僕の否定を受けて、憂鬱気に視線をやや下に向けた。

 ほぼ皮と骨だけで構成されている腕の前腕部には、点滴用の針が刺さっている。

 チューブを伝い、生存に最低限必要な栄養素だけを投与される生活。

 味気のない病院食に彼女は飽き飽きしていたようだ。


「もっと味のあるもの。甘いものがいい」

「……分かった。病気が治ったら食べにいこうな」

「なら、そんなこと聞かないでよ」彼女は下唇を噛みながらそう言う。

 

 そんな彼女の様子を見て、僕も不要な質問をしたと反省をする。


「もう半年も経ったよ。そろそろ、付き合い始めて一年になるね」

 

 緑は深刻な雰囲気をはぐらかそうと、話題を変えた。

 僕は黙っていた。

 どのような声をかけるべきか分からなかったからだ。

 楽観的な目線で物事を断定し、「きっと病気も良くなるよ」と声をかけることが出来るほど、彼女の病態は安定してはいなかった。


 いや、はっきりと断言しよう。

 彼女の余命は長くないだろう。

 外の桜が散乱するように、いやむしろそれよりも早く命が散る可能性もゼロではない。

 彼女の覇気の無さや顔色の悪さが、病態の悪化を如実に示している。

 

 現代医術でも全く解明不可能な難病を患う彼女、投薬の効果も日数が経過するにつれて薄れていき、もはや医師の治療も延命措置にすらなっていない。

 

 もう、どうしようも出来ないかもしれない。

 そんな最悪な予感が僕の背中をくすぶり、神経を逆なでした。

 必死に脳内でその未来を否定し続けた。

 だが、目の前に広がった彼女の光景が、瞳に入り込んでくる度に僕の心を掻き回し、一気に不安へと駆り立てる。


「一年記念では、何をするの? 半年記念みたいにがっかりさせないでね」

「あれは悪かったと思ってる」

「私、びっくりしちゃったもん」

 

 彼女は笑いながらも、半年前の怒りを思い出し震えている。

 付き合ってから半年が経過したという記念日、僕はあろうことかその記念日を忘れ友達とスキーをしに行ってしまった。

 僕がSNSにその写真をあげている最中、家に取り残された彼女はその写真を見て……というわけである。

 その後、機嫌を損ねて三日間はまともに話をしてくれなかったことを思い出す。


「丁度明日だな。明日で……丁度一年か」

「まさか友達と遊びに行くなんてしないよね?」

「まさか! そんなことするわけないだろ」

「どうだかね。半年記念の時も、そんなセリフを一週間前に言ってたよ? でも陽太は友達と遊びに行っちゃったもんね」

「あ、ああ。うん。本当に……ごめん」

「あはは。いいって。全然気にしてないよ。全然。本当に気にしてないから。半年記念は二人でどこか遊びに行こうってあれだけ念を押す様に約束していたのに、それをほったらかされたこと。全然、私気にしてないよ。うん、全然」

「ごめんって……」


 俺は申し訳ない気持ちになり頭を掻いた。緑はかなり根に持っているようだ。

 その証拠に、口元では笑っているように見えるが、僕を見つめる視線は冷たかった。


「一年記念は絶対に忘れないよ……絶対だ、約束する」

「ん。分かった」

 

 暫しの沈黙が流れた。

 なんてことも無い沈黙の時間が僕にはとても辛い。

 手持無沙汰になった時、彼女の体に視線が移る。

 そうすると昨日よりも衰弱している姿が瞳に入る。思わず目を背けたくなる。何も見たくなくなる。目を閉じていたくなる。

 日を経るごとに脆くなる彼女の体を抱きしめて、そのままどこかへ消えて生きたくなる。

 

 こんな気持ちになるから、恋なんてしなければよかったんだ。

 いつしか失われていくと分かっているのだから、永遠の愛など誓わなくていい。

 

 そう信じていたのに。何を血迷ってしまったのか。

 もし彼女と友人以上の関係を築いていなかったら――もし彼女と出会っていなかったら――もし図書室で声をかけていなかったら――もし彼女を好きになることが無かったのならば。

 

 こんな惨めな気持ちになる必要も無かったのに。

 拳を握り締め震える僕を見て、彼女は微笑んで話し出した。


「私と図書室で出会った時を覚えてる?」 

「ああ、変な本を熱心に読んでいたな。」

「でさ、結局私は、陽太にその理由を話さなかったでしょ?」

「そういえばそうだな。変に話をはぐらかしてばかりで、結局理由を教えてくれなかった」

「……ちょっと恥ずかしかったんだ。本当の理由を話すのが」

 

 彼女は自分のおくれ毛を人差し指で巻きながら話す。彼女のこの行為は少し恥ずかしい時にする癖だ。告白をされた時も顔を赤らめながら、指で髪を巻いていた事を思い出した。


「別に今更恥ずかしがらなくていいだろ?」

「……本の名前は『緑花旋律』っていうんだ。内容はファンタジーでね、内気な少女が、勇気をもらうために世界の中心にある大きな木を目指す冒険物語」


 彼女はいきなり本の内容を語り始めた。僕は口を閉じてその話に聞き入る。


「私、父親がいないって知ってるよね? 私が六歳くらいのときお母さんと喧嘩して家を出ていっちゃったらしいんだ。急に朝起きたらお父さんがいなくなっていてさ。現実を受け入れられなかった私は、お父さんがくれた本を読んで寂しい気持ちを抑えていたの」


 彼女は手で髪の毛を巻き取る行為を止め、今度は自分の手のひらを弄り始める。

 視線を決して僕と合わせようとしない。


「その本は……実はお父さんが作ったものなの。実際はね、実在する創作物の一部を拝借して作り出した模造品。お父さんがいうには『自分が実際に体験した実話』だって言い張るんだ。馬鹿みたいな話でしょ? でもお父さんは、その本の内容を私に語るときが一番活き活きとしていた。まるで本当に実話みたいに、その内容を流暢に語ってくれたんだ。その様子が……今も鮮明に脳裏に焼き付いている」

 

 彼女は指を止めた。そして深く深呼吸をする。虚ろな目は父親の幻影を追うように病室の天井に向けられ、微妙に蠢いている。


「……高校に入学してさ、図書館にふと寄ったら、『緑化旋律』って本があって私びっくりしちゃった。その本はお父さんが書いた『緑花旋律』と一文字違いの本で、もしかしたらと思ってページを開くと、そこにはお父さんが書いた内容と同じ世界が広がっていた」

「だから、あんなに熱中して読んでいたんだ」

「そう。何度も何度も読み込んで。そして確信した。お父さんはこの本を参考にして『緑花旋律』を書いたんだなって。あはは、自分では『俺が経験した実話のオリジナルの本だ』って偉そうに自慢してたのに、やっぱりオマージュしただけじゃんって思ってさ……」


 俺は黙って彼女を見つめていた。

 段々と彼女の吐息が荒くなっていくのが分かった。

 少し長話をしただけで容態が悪化するその様は、彼女の死期が近いことを暗示している。


「でも、この本のおかげで、陽太と会えたから良かったと思ってる」

 そしてやっと目を合わせた。彼女の目は少し涙で潤っているように見える。

「……僕も、だ」照れ臭くなりながらも、返答をする。

 

 再び、暫しの沈黙が流れた。

 数秒後、沈黙をかき消すように、僕の胸ポケットに入れていたスマホがバイブした。

 母からの通知だ。彼女も気づいたのか、微笑んだ後


「今日はそろそろお別れしようか。もう夜の十時になるし」

「ああ。そうだな。ちゃんと寝て、ちゃんと医者の言う通りにしないとダメだよ」

「うん」


 これ以上この場に留まるとみっともなく泣きだしてしまうかも分からなくなり、俺は立ち上がり病室を後にしようとした。

 すると彼女は初めて能動的に口を開き、歩き出す僕を止めようとした。

 制服の袖を非力に引っ張り


「食べたいものは言っても……食べさせてもらえないからしょうがないけどさ。見たいものなら……いいよね?」確認するかのように上目遣いで言う彼女。


 その視線を向けられながら発せられた彼女の提案や意見に、僕が真っ向から否定出来たことなど一度もなかったと、今になって思う。

 いつだって、彼女には敵わない毎日だった。


「……何が見たいんだ?」

「物語の中に、あらゆる病気を治す樹液が登場するの。その樹液は、たとえ幾千年を経ても、腐らず、気化せず、それを処方された人間はどのような病からも開放され、死体は息を吹き返す。だけどその樹液は、神の手先が守護を務め、蟻の一匹も近寄れない」

「……何を」

 

 俺は口を挟む。しかし彼女は続ける。もはやそこには彼女しかいない。

 俺は、部外者だ。

 いつもそうだ。

 彼女が自分の世界に籠り、妄想を実体のある領域として現実に具現化する際は、いつも俺は部外者で、その世界には誰も侵入できない。

 

 そんな夢見がちで俗世とは隔離された不思議な魅力も、俺が彼女を好きになった理由の一つであったことを思い出した。


「その樹液は、彼岸花の形を模した造花を器に生成される。物語の世界にあるどこかの彼岸花がその樹液を孕む。彼岸花は、あの世とこの世を繋ぐ架け橋となる。故に死者の魂すらこの世に引き戻す力を持つ……だってさ。私、彼岸花が見たいな。真っ赤に咲き誇ったやつ」

「……そうか。彼岸花ね。分かった」

「うん。記念日に渡される花が、ピンク……とか、赤色のサザンカだったら少し困るからさ」

「何で……だ」

「だって……赤のサザンカの花言葉は『あなたが一番美しい』だよ? そんなものを面と向かって渡されたら、恥ずかしくて嫌になっちゃうよ」

 

 その言葉を聞いた後、俺はどうしようもできない感情に襲われ、逃避するかのように、すぐさま病室を後にした。



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