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リンカーネーション  作者: 鹿十
最終章 帰還編
198/203

▓「殺し」

 死が灰となって王都を舞い、命が火の粉となって空を漂う。

 もはや聖霊堂の儀式完結まで残り時間は数時間も満たず。

 陥落しかけている王都「ギムレー」そこはかつて、幽霊都市ブレイザブリクに代わって新しき王の座を示すに足るふさわしい聖域。

 だが今のギムレーには、その面影は無い。


 空気は泣いている、空を舞う火の粉は踊り子のように集まり離れ、やがては輝きを失い消えていく。

 そんな絶望的な魔境で――ただ2つの残像が、互いに時折交差しながら超速で動く。

 人間の動体視力では捉えられぬ彼らの超可動する身体は、光の線となりて、網膜に焼き付く。

 

 突如として開始された第二の師弟対決。

 今回は、前回とは違い、師「シグムンド」弟子「シグルド」どちらかの死をもってこの対決は決着する。

 互いに譲れぬ剣士としての意地、複雑に絡み合った感情、親しき者に振るう刃の感触。

 どれも、彼ら当人のみしか、正確に深く知ることは出来ない。

 どちらも形は違えど、剣士としての矜持は、誇り高く胸の内にしまい込んである。

 どちらが正しいか、その答えは各々の解釈による。

 ただ、勝者と敗北者のみが、決定する。

 勝負を制すのは、磨き上げた剣技か、それとも圧倒的な才か、それとも――


 

 数分間切りあった後、彼らの動きは同時にピタリと止まる。

 燃える貴族の家の屋根、その上で両者、間隔を開けて睨み合った。

 辺りからは木が炎に焼けるパチパチとした弾ける音が鳴り響く。


「⋯⋯なあシグルド、お前自分の本当の二つ名ケニングを知りたくはねえか?」


 先に口を開いたのはシグムンドであった。


「⋯⋯我は『龍殺し』それ以上であってそれ以下でも無い」


 ばっさりと切り捨てるシグルド。

 ただ、シグムンドはクククと、口元で小さく笑ってみせ


「そりゃ“表向きの”異名だろ?」

「?!」

 

 動揺するシグルド、だがシグムンドは首を回しながら話を続ける。


「知りたくねえか? お前を表す、本当の異名を」

「どういう意味だ」


 いきなり提示された不可解な事実の意味を問うシグルド。


「俺はお前を知っている。お前が知らないお前まで。親もいなければ生まれた故郷すら不明、だが尋常じゃない力をもっていて、ついに人類最強にまで登り詰めた男「龍殺し」……少し話が出来過ぎだと思わねえか? お前は自分自身の存在に違和感を抱いたことは無かったのか? 今まで生きていて、自分という人間が分からなくなったことは無かったのか?」

「……」


 シグルドの脳裏には自己分析の元、生まれた数々の苦悩が過ぎる。

 自分は何者なのか、何故これだけの力を秘めているのか、その疑問に悩まなかった夜はない。

 だが、その根本的な自我同一性の欠如を、シグルドはひたすら剣を振るうことで埋めてきた――いやそこから目を背けていた。


「俺に勝てたら教えてやる。だから……俺を殺しに剣を振るえ」

「……端からそのつもりだ」


 再び剣が交わる。

 音速を超えた剣戟、常人の目には火花と光の形跡しか映らないほどの超速での戦闘。

 王都で立花陽太を殺害するために、剣を交えた頃から、数年は経過している。

 あの時は、最終的に師匠であるシグムンドが勝利したが――。


 今は――。

 結果は見るも明らか。

 シグムンドは息を切らしながら必死に攻撃をいなしてばかりであり、対してシグルドは一切消耗を見せていない。

 初戦から今回の戦いで空いた期間は、わずか2年と半年ほど。

 ただそれだけの時間だったが、天才「龍殺し」にとっては師を卓越する実力を得るに足る十分な期間であった。


 ――。


 剣を交え続け、15分が経過した。

 ここで二人は互いに距離を取り、一直線の公道上で睨み合う。

 シグムンドの体には無数の切り傷が刻まれているものの、かたやシグルドが負ったのは右頬の切り傷のみ。

 「ウィーグリーズの決戦」を経て、無数の修行と実践を積んだ今のシグルドでは、シグムンドですら相手にならない。


 シグムンドはすでに息切れしており、体力の限界も近く、疲労で筋肉は痙攣しレイピアを握る手も震え始めていた。

 シグムンドは、自身の状態を鑑みて、覚悟を固めた顔つきを宿すと


「最後は、いつもの……ハア……一本勝負で行こう。いつもやってたな、修行の最後には……お前、俺に一本でも取れたことあったか?」

「……はは…………」


 シグルドは乾いた笑いをする。

 シグムンドとの直接稽古の最後に、いつも行っていた居合「神速」での刹那の見切り。

 互いにその技だけを完全詠唱の元発動し、切り合う。

 幼きシグルドが勝てた覚えはない、優に千回は敗北している。


 シグルドは今までの稽古を思い出し、鞘に剣を収めた後、大勢を低く維持した。

 そして


〔〔『式』系統は闘素。器は『剣』――居合:神速〕〕


 お互いに「神速」の術式を起動。

 シグルドの体は粒子にまで分解され虚数領域を経過し、準光速にまで加速。

 物理的制約のない虚数領域内で加速し、限界速度を超え、放つ――奥義「世界を逸脱した一閃」。

  

 その発動条件は居合「神速」の完全詠唱での発動。

 もはや異世界の法則すらも逸脱し、神よりも上位の領域にまで片足を突っ込んだシグルドのこの奥義を、躱せる者は異界には存在せず――それはシグムンドとて例外ではない。


 瞬間。

 シグムンドの右腹に一刀両断された傷が走った。

 血飛沫が舞い、シグムンドは倒れる。

 大量の出血、傷口から溢れた血が石タイルの地面へと流れた。


 シグルドは手にしてた剣を落とす。

 落とした剣はシグルドの「世界を逸脱した一閃」に耐えられ無かったのか粉微塵になって消滅した。

 ただ、シグルドは感極まることもなく、手負いのシグムンドを見つめる。


「がっ……クソっ……ズリいなあ……おい……そんな技、俺は教えてねえー…………グフッ……」


 シグムンドが喋るたびに、傷口からの出血量は増える。

 もはやこれだけの重症を完治できる魔術師は王都には存在しない。

 つまり、この瞬間にすでに、シグムンドの死は確定していた。

 ただ、シグムンドは定められた死という結末を悲観することもなく、少しばかり嬉しそうに遺言を語り続ける。


「天才のガキを……弟子に持つのは……だから嫌だっつったんだ……俺は…………クソ……性に合ってねえ……ガッ……てめえの世話なんざ……テキトーに……やってりゃいいものを……何故俺は……本気になっちまったんだろうか? …………ハハ……」

「師匠」


 ここでシグルドは口を開ける。


「僕に剣を教えてくださり、真にありがとうございました。その御恩をこんな形で返すことになってしまった。切腹ですら許されぬほどの至極残酷な所業です。詫びきれません」

「いいんだよ……決まってたこと……からな……」


 シグルドはシグムンドの前で地べたに頭をこすりつけるように土下座をしてみせた。

 その姿を見て、シグムンドは少し笑みを浮かべる。


「ほら……はやく行け……霊剣はネリネ家の宝物庫にきちんとしまってある。……テメエは、こんなことしてる時間……ねえだろ……第一……死に際の顔を……弟子に見せられねえ……」

「師匠、ありがとう」


 そう言って、シグルドは下唇をかみしめ、怒りと悲しみを必死に抑えながらその場を後にしようとした。

 その瞬間、命がつきかける中で、シグムンドはボソリと、独り言を漏らした。


「シグルド、おめえは怪物だ。だが、何も人道に背いた大罪人とは思ってねえ……お前はちゃんと『人』だぜ。安心しろよ……でも……グッ……ガア……そのことを理解した上で言っておく……」


 シグルドは後ろ姿のまま、話を聞き入る。


「お前の真の二つ名ケニングは『龍殺し』じゃねえ……王家はお前を恐れるあまり、赤子のお前にこう異名をつけた…………お前の罪深い出生を……忌み嫌い、そして、赤子のお前はいつしかこう呼ばれるようになっていた――『()殺し』のシグルド、と」

「どういう意味……だ」

「シグルド、最後の課題だ。自分が人間であることを、証明しろ。じゃなきゃ、お前がこっち側に来ることは許さねえからな」


 シグルドが言葉の真偽を問いただそうと、踵を返したその時にはすでに、シグムンドは息絶えていた。


「……」


 シグルドは一人残された静寂の中、溢れ出んばかりの全ての悲痛な叫びを押し殺し、霊剣を回収し、王都中心街へと向かった。


 自身に害をなすその敵が消え、人々に安寧がもたらされるその時まで、彼は個人的感情で嘆く暇すら与えられない。

 まだ殲滅すべき敵は残っている。

 そう自分に言い聞かせて――。



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