王都陥落⑤
「雷帝」トールが所有していた神器の副産物――力帯「メギンギョルズ」。
それはトールの血筋の者のみが所有権を与えられる特殊な神器。
剣士の頂点「熾」の階級に座する者は、王家宝物庫から一つ、特殊な式具が与えられる。
若くして「熾」の階級に至ったビヨルン=タルトウーヴは、数ある一級品の式具の中から「雷帝」を祀る十三神使族の一翼「グラジオラス家」の宝物庫より、この力帯を選び、自身の所有物とした。
第二種神器「メギンギョルズ」その効力は「力の倍加」。
術式、樹素、身体能力、編纂力、フィジカルと、所有者のあらゆる力を倍増するというシンプルな能力。
倍加率に制限はない――、ただ強化倍率を上げれば上げるほど、その反動で筋線維が千切れていくという厄介な性質を持つ。
その性質故に「雷帝」は本気で戦う際にしか、この神器を着用しない。
そんな神器を、この局面にてビヨルンは使用を決意。
力帯を装着した瞬間、皮の下でビヨルンの筋肉が膨れ上がった。
強化されたビヨルンの気配を感じ取った洒落は、一旦彼に注意を向ける――が
「!!」
気づけば、洒落は十数m上空へと舞い上がっていた。
顔面がじんじんと痛み、鼻から吹き出した血が宙を舞う。
洒落が自身の状況を理解するよりも早く、空中に飛ばされた洒落の元へ先回りしたビヨルンは、大剣を両腕で大きく振り上げて
〔飛天〕
そのまま大剣を思い切り振り下ろす。
洒落は、大剣に衝突、そのまま大剣ごとビヨルンは急降下し洒落を地面に打ち付けた。
ゴオッと、凄まじい衝撃波が地面を伝い、周囲の建造物ごと破壊。
ビヨルンと洒落が落下した位置には、半径十数mの巨大なクレーターが生じた。
「がはッ」
洒落は口から大量の血を吐き、歯を食いしばり気絶しそうな意識をなんとか取り持ち
(速度がッ尋常ではないッ!! 先程よりも何倍も!! 速度だけではない⋯⋯威力もだッ!!)
力帯で力が倍加されたビヨルンの強さに驚愕した。
ビヨルンが技の反動で動けぬ間、洒落は急いで距離を取り
(く⋯⋯『人形振り』状態ではない儂では⋯⋯奴の動きは目でも追えぬか⋯⋯自己世界内部に閉じ込めるか⋯⋯? いや⋯⋯『七枚看板』が都合よく割り振られるとは限らぬ⋯⋯)
鼻と口から垂れた血を拭いながら、冷静に分析をする。
【ユミルと双子魂の関係性にあり、かつ2つ以上の魂を有する異世界転移者『系譜』】
【その一人『洒落』本名不明――彼の『根源の異なる力』のモデルは『歌舞伎演芸』】
【自己世界領域を構築した際に、その領域内部にいる者は洒落含め七つの役にランダムで割り振られる】
【担う役ごとに、自己世界内部では行動や意志が制限され、仲間内には攻撃的行動が不可能となる】
【洒落だけが自己世界内部のみで発動可能な『人形振り』は、演劇の戦闘シーンのように洒落を自動的に
動かし、回避及び迎撃を可能とするという洒落の『根源の異なる力』の本領能力】
【ただし、自己世界展開後に、別の侵入者が現ると洒落の『根源の異なる力』は一度リセットされる】
洒落がなんとか大勢を立て直している間、遅れてミミズクとグリムヒルトがやってくる。
(チッ⋯⋯この三人の武士⋯⋯この国でも上澄みの精鋭かの⋯⋯連携に長けておる⋯⋯特にあの赤毛の男⋯⋯⋯⋯儂が一人を狙って集中攻撃しようとすると、それを読んで的確に邪魔をいれてくるのお、一人ずつ潰すのも無理か⋯⋯思ったよりも儂を手こずらせるわ⋯⋯ただ、儂の役割は『せいれいどう』とやらに彼奴らを近寄らせないこと!! 儂が暴れれば暴れるほど、小奴らは儂の対処に夢中になる⋯⋯)
洒落の役割はあくまで時間稼ぎ。
その本心に気づかず、ビヨルンらは弄ばれている、つまり自身の目的は達成している――そう思い、薄ら笑いを浮かべるが、その本心を見抜かれたかのように、グリムヒルトが語り始める。
「残念ながら、貴様らの悲願とやらは達成出来そうにないぞ」
「あ⋯⋯?」
「時間稼ぎに徹しているのは自分だけだと勘違いしていたようだな、阿呆め」
グリムヒルトがこう語ったその時、彼らから9キロ離れた地点にて、「龍殺し」が確かに王都に到着していた。
グリムヒルトの言葉を受け、ようやく気づいた洒落は露骨に焦りを顕にして
「馬鹿な!! まだ『龍殺し』とやらを分断して、1時間も経過していないというのにッ!」
「心配しなくても平気だ」
グリムヒルトは洒落の焦りようを見て鼻で笑いながら
「あいつには、王都に到着したら『系譜』より先にまず『没収された霊剣を取り戻せ』と連絡してある。貴様を殺しにここに到着するのは30分程度後になるからな⋯⋯まあ、だが⋯⋯貴様ら特定排斥種が『龍殺し』のみを過剰に恐れているのが我らの鼻につく⋯⋯安心しろ、『龍殺し』の助力などいらぬ⋯⋯残り30分で、貴様は我らの剣にて、その生命を終わらせてやろう」
そう言って、グリムヒルトは剣を構えた。
グリムヒルトの煽りを受け、洒落の眉間が怒りで動く。
「ならば、お前達蛮族に、我が国の本当の演舞を見せてやろうぞ――『隔離』」
三度――洒落の自己世界が展開される。
*
同時刻、王都の端にて、ついに目的地に到着した「龍殺し」ことシグルドは、王都から立ち上る火の手を見て、つい体が敵の元へと動くも、グリムヒルトとの連絡内容を思い出し、先走る足をなんとか冷静に抑えながら、何よりも先に「霊剣の回収」のためネリネ家の宝物庫――即ち王城に向かっていた。
凍てつく表情に反して、シグルドの内面は焦りで一杯だった。
人類にとって最も重要な地「王都ギムレー」が、特定排斥種の蛮行によって壊されていく。
自分という存在がいながら、多数の人間が犠牲になっている。
ある意味、究極的な傲慢とも呼べる、シグルドのその自己犠牲の精神が、彼を内側から蝕む。
(何のための⋯⋯何のための力なのだ?)
嫌な感情に支配される。
身の丈に合わない圧倒的な力。
己の裡から湧き上がる暴力の源泉。
その力を、どこに振るうべきなのか、人を守るために震えなければ、自分は一体何のために存在しているのか。
親もいなければ、生まれ育った土地すらも、親族も、友と呼べる間柄の人間も、愛着のある物も、自身を表す名すらも、全て偽りで、全て借り物。
シグルドには、己の存在証明となる明確なモノが無い。
己を表すモノが、彼には「龍殺し」という異名しか無い。
だから、その名に恥じぬよう、研鑽してきた、英雄になろうとした。
だから、縋り付いていたのだ。
そう、縋り付いていただけだったんだ。
それしか、自分には何も無いから。
皆のように「普通」にはなれないから、「英雄」にしかなれないから。
そこにしか価値と存在意義が無いから。
剣士としての自分以外、生き方を知らないから。
だからこそ、陥落しかけているこの王都の惨状は、シグルドの「剣士」としての自我同一性を根本から揺るがし、崩すに足る、十分な失敗であった。
王家を守るのが剣士の定め。
それすら果たせぬのなら、何が出来るというのか、この自分に、何が残されているのか。
うっかり涙が零れそうな気分だったが、悲しみで涙を流すという感情を、シグルドは知らない。
ただ行き場のない感情を噛み潰しながら、一刻も早くネリネ家の宝物庫へと向かった。
ものの数分で到着。
宝物庫を監視する兵士はおらず、宝物庫につながる地下道は閑散としており、シグルドのブーツの音だけが寂しく空間を反響して伝わる。
誰もいない。
怖いほどに人がいない。
兵を回す余力が無いのか、それとも――兵はすでに皆殺されているのか。
死体すらも無いのが逆に奇妙だった。
だが、宝物庫の大扉前に、それを背にして胡座をかいて座る、一人の物陰があった。
シグルドにとっては見知った人物であったため、遠目でもすぐ気づき、思わずシグルドは声を大きくして
「シグムンド師匠⋯⋯!!」
叫んだ。
だが、返答は来ない。
様子がおかしかった。
シグムンドの横には酒の入ったひょうたんが乱雑に置かれており、かなり飲んでいるのか、シグムンドの目の焦点は合わない。
シグルドはすぐ駆け寄ろうとしたが、近くに来てようやく愛弟子の存在に気づいたシグムンドが、少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうな顔を浮かべたことが、何故かシグルドの心をざわつかせた。
「⋯⋯近寄るな、『龍殺し』」
シグムンドは右手を伸ばし、静止のシグナルを送る。
様子が違う、シグムンドの目は、いつもの目じゃなかった。
この目は、稽古をつけてくれる時の厳しい目でもない、酔っ払って女を口説いてる時のおどけた目でもない⋯⋯それはシグルドがいつも見ている目、そして始めて向けられた目線。
そう――シグムンドの「標的対象」へ向ける視線だ。
「⋯⋯」
ピタリ、とシグルドの足と口が止まる。
シグムンドは酒のアルコールで焼かれたような声で続ける。
「こっからは俺の『シゴト』だ」
「⋯⋯まさかこの期に及んで『ネリネ家の宝物庫を監視すること』が『シゴト』だとでも⋯⋯?」
「⋯⋯」
シグムンドは返答しない。
シグルドは師匠の情けない姿を見て段々と怒りが込み上げてきた。
「今、王都は特定排斥種の襲撃を受けている!! 多くの人民が死んでいる!! にも関わらず⋯⋯師匠はここでただ酒を飲んでいたんですか?! ⋯⋯あり得ない。剣士として恥だ、もしかしたら⋯⋯王家の方々まで被害にあっていてもおかしくないというのに!! 貴様はそれでも⋯⋯王家から与えられたくだらぬ仕事に着手し続けていたというのかッ!!」
「――十三神使族の奴らは、全員殺されたよ」
「ッ――――?????!!!!!」
シグルドの脳内に電撃が走る。
無言の時間が数十秒続く、シグルドはシグムンドから発せられた情報を理解するも、それを受け入れることが出来ていない。
「⋯⋯もう一回言ってやろうか? お前が僻地に飛ばされてた間、もう殺されたよ全員残らずな。現場を見に行くか? ひでえもんだぜ、ありゃ。相当な恨みが無いと、あそこまで酷い殺し方は出来ねえ」
「⋯⋯」
無言に耐えかね、先に口を開いたのはシグムンドの方だった。
シグルドはまだその事実を認められない。
ただ、シグムンドの淡々とした口調から、彼が冗談なんかを言っている訳ではないことくらい分かっていた。
「な⋯⋯では⋯⋯⋯⋯シグムンド師匠、何故⋯⋯何故⋯⋯」
「まあ、十三神使族も、裏機関絡みで、相当表沙汰には出来ねえようなやばいこと、沢山やってたしな。排斥種の恨みを勝っても当然だった。その悪行が、『大樹の盟約』が成立していた今の今まで、ずっと見逃されていただけさ。俺アいつかこうなるかと、予想していたぜ。まさかここまで堂々と王都を襲いに来るとは、思ってなかったけどよ。まあこれこそ『因果応報』っちゅーやつだ」
シグムンドは悟ったような顔をしながら、タバコに火を付けてふかし始めた。
吐いた煙が、石作の天井目指して上昇していく。
その煙を、ただ上を向いて、見つめているシグムンドの表情には陰が混じっている。
「⋯⋯何故、師匠、いや貴様は何故、責務を果たさなかったのだ?」
ようやく言いたい言葉が口から出てくる。
シグルドはいつもの冷静さを失い取り乱していて、青い瞳は怒りで赤く染まりかけている。
「⋯⋯ンなことより、大切な『シゴト』があったからに決まってんだろ?」
「王家の方々の、命を守り通すことよりも重要な仕事がどこにあるッ!!!!! 答えろっシグムンド!!」
シグルドは怒りのまま、思い切り真横の壁を叩きつけた。
その衝撃で、壁には大きな穴が空き、石作のレンガの数個がひび割れ崩れる。
だが、対してシグムンドは終始、冷静というか、もう何もかも諦観しきって、残業で疲れ切ったサラリーマンのような態度で、応対していた。
「なあ⋯⋯シグルドよ。俺は『熾』剣士になった頃、始めて正式なちゃんとした任務をもらったんだ。俺が30後半くらいの頃だったな⋯⋯俺あ、嬉しくてよ、こんなチャランポランな奴でも、強けりゃ王家から直々に任務が貰えてよ、そりゃ舞い上がったさ⋯⋯⋯⋯ただ、内容がな、『10歳そこらのガキの面倒を見ろ』ってモンでな。俺はひどく落ち込んだな⋯⋯⋯『熾』階級にまで成って、やることがガキの子守かよってさ⋯⋯しかもそのガキは黄金龍を討伐したとかで、調子に乗ってるらしい。若くて才能があってイキってるガキ⋯⋯俺が一番嫌いな人種だった⋯⋯」
いきなり昔話を始めるシグムンド、手には二本目のタバコが握られている。
「可愛くねえガキだ。しかも俺が出来るようになるまで1年近く掛かった技術を、たった数日で習得するようなバケモンだった。こんな天才を手に追えるわけねえ、大体、俺が何を教えてやれるってんだ? 俺なんか⋯⋯孤児生まれでよ、剣を振るう以外、生きる方法がねえから、仕方なく戦ってたような人間だったのによ。剣士になるのが、唯一贅沢に生きれる道だったから、しょうがなく選択しただけのグズでな。程々に剣技を磨いて、程々に出世して、沢山女抱いて、毎日酒が飲めりゃ十分だったっつーのに、クソが⋯⋯⋯⋯なのになんでいつの間に⋯⋯俺あ、本気で⋯⋯本気で剣握ってたんだっつー話だ⋯⋯⋯⋯」
シグルドは困惑しながらも話を聞いていた。
シグムンドは昔話をしたがらない、それは彼の生まれが他の剣士と違い貧相だったからだと、シグルドは理由を知っている。
だからこそ、シグルドも師匠の昔話を聞こうとしたことはない。
それが何故、今ここで身の丈話を始めたか、シグルドは困惑しながらもその意味を理解していた。
これは、シグムンドの不器用な遺言であり、自分への別れの挨拶なのだ、と。
「まあ⋯⋯何が言いてえかってさ。俺にもわかんね~や。へへ⋯⋯ただ始めて請け負った『シゴト』だから、ちゃんと俺の中でさ、完結させてえんだよ、このシゴトをよ。いつか来るとは思ってたさ、心の準備が出来ていないだけだった。このシゴト、終わらせねえと、俺は本当の意味で『剣士』になれねえのさ」
シグムンドは、ここで鞘からレイピアを抜いた。
戦闘態勢に入った。
シグルドは未だ彼が剣を抜いた意味を理解していない。
だが、心の奥深くで通じ合っているからこそ言葉を交えずとも分かる、この後、我らは戦う運命にあることを。
「俺に与えられた最初のシゴトは〚『龍殺し』その育成と管理及び⋯⋯十三神使族への計画に反抗した際の『処分』〛だ。王家が皆殺しにされた今、もはや存在してねえも同義のシゴトだが、これは俺の立派な勤めだ。剣士として、完遂しなければならない、な」
「ああ、意義も意味も、状況も、貴様の心境も⋯⋯全て理解することは出来ぬが⋯⋯我にも守らねばならぬ命がある。それを邪魔するというのなら、⋯⋯受けて立つ。来い、シグムンド」
幽霊都市での戦闘から2回目。
ついに生死をかけた本気での師弟対決が始まる。
交錯する、二人の剣士としての意義と責務。
燃え上がる王都の暴乱の中で、その形と姿は違えど、シグルドとシグムンドは二人とも、己の剣士としての義務を全うしようと、剣を抜いた。




