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リンカーネーション  作者: 鹿十
最終章 帰還編
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冥府

 突然の空間転移術式の発動。

 見慣れぬ土地に飛ばされ四面楚歌の状況で、シグルドは落ち着いて現状を分析する。


(特定排斥種の集団……来たことのない土地だ。薄暗く気味が悪い、死臭が漂っている……そして、おそらく我が刺した者が発動した空間転移術により飛ばされたのだ、死を代償にして超遠距離の空間転移術を可能にしたのか?)


 周りには黒いローブを身にまとった呪縛種の集団が。

 予めシグルドが転移されてくることを知り、包囲陣を仕掛けていた様子だ。


「ムシカ……キコエテイナイフリヲスルノカ? 龍『殺し』ヨ。ココㇵ冥府。貴様ノ帰ルベキ場所ダ」


 呪縛種の集団のうち、一人だけが流暢とは言えないまでも意思疎通できる程度の会話が出来た。

 ただシグルドは、彼の発言を無視し分析を続ける。


(敵の戯言だ、気にしなくて良い。それよりもここが『冥府』であるとしたら……我が元いた場所からだいぶ遠くへ飛ばされたことになるな。我を人間界ミッドガルドから離して何をしでかすつもりだ?

嫌な予感がする……一刻も早く王都へ戻らなくては)


 シグルドは鞘に納めた剣を抜刀する。

 対話をする様子のないシグルドを見て、呪縛種の男は呆れ顔をし


「マア良イ……同胞ヨ、今目ノ前二、我ラノ最大目標ガイル。奴ノカルマヲ罰せヨ」


 呪縛種の男が仲間に臨戦態勢を取るように合図を送ると、数名が一斉に


「「「「契約儀式」」」」


 と叫んだ。


〔ᚠᚱᛖᛖᛣᛁᚾᚵ〕

〔ᛋᛏᚱᚢᚵᚵᛚᛖ〕

〔ᛋᛏᚪᚤ〕

〔ᛞᚤᛖᛞ〕


 そして四人一斉にルーン文字を使用した呪術を発動したかと思うと、四人ともその場に倒れ動かなくなり、シグルドに呪いが付与される。

 シグルドは体の痺れや寒気を感じると同時に、己に編纂している身体強化の術の精度出力が著しく鈍くなるのを明確に感じ取った。


(ルーン文字による呪術の発動!! フレンが大規模ダンジョンでかけてきた術ほど強力ではないが……確実にこちらに負荷をかけてくる!!)


 シグルドの剣術・闘術を利用した身体強化術は極まっており、もはや並大抵の呪術は効かない。

 しかし、今彼ら呪縛種が掛けてきた呪術は「契約儀式」の元発動された術式。

 普通の呪術とは理由が違う。


(辺境の呪縛種が『契約儀式』を結べることにも驚きだが……何より驚愕すべきはその覚悟!! おそらく『死』を代償にして呪術を発動してきたのだ!! つまり彼らは死ぬ覚悟で我と戦っている!!)


 シグルドは思わず身震いした。

 当たり前のように「死」を代償に捧げ契約儀式を結ぶ彼らの度胸や覚悟もそうだが、一番シグルドを揺るがしたのは、彼らの「命」への価値の皆無、その価値観。

 呼吸するかのように当たり前に死を捧げる、もはや生に何も価値を感じていないかのような暴挙。

 呪縛種こいつらと自分はまるで価値観が根底から異なる、まるで別生物。

 同じ異世界の知性ある生命体とは思えないあまりの薄情さに、シグルドは怒りを通り越して吐き気を催す。


 シグルドの感情など無視して、呪縛種による追撃が始まる。

 シグルドに対して次に特攻をしてきたのは二人。

 その速度から、おそらく元の種族は獣人種だろう。

 シグルドに急接近した後、体を胎児のように小さく丸め


〔ᛈᚢᚾᛁᛋᚺ ᛗᛖ〕


 ルーン呪術を発動すると、彼らの体が黒い粉塵とかして周囲に爆発悲惨した。

 その粉塵をシグルドが吸い込むと、肺に鈍い痛みが走る。


(これもまた……命を顧みない呪術の離散発動……こいつらは、命をなんだと思っているのだ!!)


 敵であるにも関わらず、命を顧みない戦法を見て、思わずシグルドの胸の内には形容しがたい怒りが込み上がってきていた。

 彼らの命を惜しんでいるのではない。

 シグルドが持つ「万人に存在する命の尊さ」その価値観を、嘲笑われているように感じたからだ。


 唯一会話が可能な呪縛種の男は、瓦礫や墓石が積み上がり出来た高所からその様子を見下ろし


「罪ヲ贖ェ、龍『殺し』ヨ。ソノ呪ワレタ血ヲ、ココデ散ラセ。同胞ノタメ二」


 意味のわからない独り言を吐く。

 それを遠くから聞いていたシグルドは


「お前にとって彼らは『同胞』なのか?」

 

 と男に対し初めて会話をした。


「アア、勿論。立派ナ同胞ダ」

「貴様らにとって『同胞』とは家族や仲間なのか? それとも使い捨ての駒を『同胞』という綺麗事で包んでいるだけか?」

「……何ヲ言ッテイルノカ? 『同胞』ㇵ『同胞』、我ラㇵ全て繋ガリ、我ラ二個ㇵ無イ。ダカラコソ命ノ価値ㇵ無イ。誰モ傷ツカナイ。誰モ元カラ存在シテスライナイ。『同胞』ㇵ『同胞』ノタメ二命ヲステテコソ、初メテソコ二、貴様ノ言ゥ価値トヤラガ生マレル」

「……誰も傷付いてなどいないだと? 今、我に少しの痛手を与えるそれだけのために、貴様の『同胞』の多くの命が散っていったのだぞ?」

「……?」


 心底理解に苦しむ、といった表情を浮かべる呪縛種の男。

 その表情を見て、シグルドは深くため息を吐き、対話することを諦め


「良い。もう話すことなどない。貴様たちには反吐が出る」

 

 そう言って剣を構えた。



 一方、人間界に残されたグリムヒルトを待ち構えていたのは、黒いローブに身を包んだ呪縛種の男、ただ一人。

 彼は不気味な足取りでグリムヒルトに近づく。

 対してグリムヒルトは、シグルドが罠にはめられ転移されたことに動揺したものの、すぐさま平常心を取り戻して、不自然に近づいてきたその男に視線を移すと、鞘から蛇腹剣を抜いた。


「それ以上近づいてくるならば、貴様が何者であろうとも切る」


 そう忠告するも、男の足は止まらない。

 泊まる気配のない様子を見て、グリムヒルトが攻撃を加えようと地面を力強く踏み込んだその数秒前に、接近してきた男から痰の絡まったような声で


〔隔離〕


 詠唱がなされる。

 瞬間、空間が急転。

 呪縛種シンドの男を中心に数mの自己世界領域が展開されるが、その出力は弱い。


暗闘だんまり


 男の詠唱が終わると、どこからともなく「べべん」という奇妙な楽器音が鳴る。

 そして自己世界領域内が真っ黒に染まり、グリムヒルトの視覚的機能の一切が感知しなくなる。


(これは系譜とやらの使う『この世ならざる力』か!! 全く周りが見えない……というよりも外界を認識する機能全てが遮断されているような感覚だ!! ただ見えないのではない、なにもない!!)


 グリムヒルトは焦って蛇腹剣をとにかく振るう。

 だが何にも当たらず、空を切るのみ。

 グリムヒルトは何も出来ず、恐る恐る暗闇を後ずさりすると


「カン」


 と、何かが自分の左足にあたった気がした。

 驚いて振り向くもそこにはなにもない。


「なっ……我は今、何とぶつかった? そもそも、ぶつかったのか?」


 再び、今度は突き出した右手が何かと当たった気がした。

 グリムヒルトはそこにめがけ蛇腹剣を振るって攻撃するも、何も当たらない。

 そうしていると、だんだんとグリムヒルトは気分が悪くなってきた。


 初めは、ただ慣れぬ暗闇の正体不明の攻撃をくらい動揺しているだけかと思ったが違う。

 明らかに体調が悪い、いや体調が悪いどころの騒ぎではない。

 気づけばグリムヒルトはその場にかがみこみ嘔吐をしていた。


「がっ……これは妖術?? じゃない……術式の構築方法が違う……これは『呪術』か!!」


 ここでようやく、グリムヒルトは暗闇の中、何者からか呪術を掛けられていたことに気づいた。


(「この世ならざる力」を持つ者は術式が扱えないと聞いた……つまり、この奇妙な領域を構築した者と、我に呪術を掛けた者は別人物!! この暗闇の中に、少なくとも我含め三人いる!!)


 グリムヒルトの推察は当たっている。

 だが対処法がない。

 音の反響や、自分の吐瀉物の匂いすらも無い、外界を認知する機能の一切合切が失われている現在では、ただ闇雲に攻撃を続けることしか出来ない。


(しかもこの空間はそもそも端があるのか?? 無限に続く場合どうする??!!)


 グリムヒルトは悩み、嘆き、何も出来ない無力感で縮こまり、死を待つかのように見えた。


 ただ、それは――一般的な剣士の場合。

 彼は「熾」の階級を与えられた、人類最高峰の剣士。


「このグリムヒルトを舐めるな。こんな下衆な絡め手で我を殺せるとでも?!」


 そしてグリムヒルトは蛇腹剣を腰の鞘に戻し、背中に背負っていた一本の剣を抜く。


「抜刀『魔剣グラム』」


 それは選ばれし者のみが使用することを許された、王家に伝わる秘宝の魔剣。



契約儀式は「ユミルの魂」と結んでいるため、「ユミルの魂」が許諾した人物や、関わりのある形(祭儀や儀式)を通してしか結ぶことが出来ません。

そこら辺の一般人や異世界の生物が契約儀式を勝手に結べはしないです。

なら、何故、辺境にいる呪縛種が契約儀式をホイホイ結べるかというと…………

呪縛種自体が、ユミルや異世界そのものと深い関係があるからです。

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