振り返って
【特定排斥種。血と罪に塗れ異世界史から抹消された禁断の種】
【その真名は『呪縛種』。彼らの居住地は世界樹から最も遠い地『冥界』】
【種族としての特徴はなく、大罪などを犯した者は『冥界』へと追放されることを余儀なくされ、そうした追放者が生き抜くために一種のコミュニティを形成し連綿と子孫を紡いだ結果『『呪縛種』と呼ばれる特殊な文化形態を持つ種族へと認定された】
【巫術や巫女も元は彼らの文化形式に密接に結びつくものであり、過去、『呪縛種』が開発した呪術による大量虐殺が生じた後に、十三神使族を中心に『呪縛種』へ報復を行い、その時に接収されたのが『巫女』と『巫術』の技術体系だった】
【『巫女』を核として己の『罪』を贖罪するために『彼岸』へと至ることが彼ら『呪縛種』の最大の目的であり、その目的を達成するために異端宗教が設立され、その幹部を頂点として『呪縛種』は中規模の組織を作り出し種族としての纏まりを維持していると言われている】
【そのため『巫女の奪還』は『呪縛種』の悲願でもあった】
【ラグナロクが確定した今、巫女の存在は消え、彼ら『呪縛種』の現在の目的は全くもって不明、水面下では不穏な動きを見せている】
*
ラグナロクから1年半。
思い返してみれば長くもあり短くもあったような、そんな時間だったような気がする。
とにかく濃い期間だった、この1年半は僕ら、そして世界を大きく変える転換点でもあったような、そんな感じもした。
もっと具体的に語りたいと思う。
ラグナロク確定後、僕らは何を思い、何をして、どう生きることに決めたのか。
まずスノトラ。
彼女はそう……ラグナロク後はかなり荒れていたというか、とにかく部屋に引きこもりっぱなしで、ドアに耳を当てるとすすり泣く声が聞こえてきた。
仕方ない、当たり前だ。
付き合いの深いガルムが「ヴィーグリーズ」での戦いで亡くなってしまったのだから。
スノトラよりも何倍も付き合いの浅い僕だって立ち直るのに3日はかかったさ。
ガルム。
ガサツでテキトーなやつだったな。
だけど妙に人懐っこい部分もあって、何度も一緒に死線をくぐり抜けてきたな。
あいつが横にいると、どんな悩みも吹き飛んじまいそうで、そんな勇気をくれる男だった。
……。
誰かが死ぬことは覚悟していたつもりだった。
壮絶な戦いになることは明らかだったから、誰か僕の知っている人が死ぬことだって十分ありえたはずだ。
でも心のどこかで信じてもいたんだ、ガルム、スノトラ、フレン、シグルド、アマルネ。
この5人だけはいつも一緒だろうって。
その中の一人が欠けてしまったんだ。
……。
やっぱり受け止められるはず、無いよな。
でもスノトラは1ヶ月も経つと、突然部屋から出てきて、今度は図書館に籠りっぱなしになった。
そして更に2ヶ月くらい経つと、「見つけた!」と笑顔で話しかけに来て
「見つけたのよ! 冥界へと行く方法を! もしかしたらガルムを戻してこれるかもしれない!」って。
みんな、顔を合わせて笑っちまった。
よかった、いつものスノトラに戻ったってな。
その後は、スノトラも揃えて皆でガルムの葬式をやった。
ガルムの葬式は王都でやったんだが、そこには獣人族のガルムの血族もいた。
異種族混同の葬式というのはかなり珍しいらしい。
ノストラードファミリーの沢山の獣人が葬式に参列していた。
どうやらガルムは地元の方でもかなり愛されていたみたいだ。
次はスノトラの話だな。
スノトラは先程話した通り、立ち直った後はどうにかして『冥界』へと渡航する計画を熱心に練っている。
『冥界』は死者の世界、生者であるスノトラが簡単には入門出来ない。
そのため色々試行錯誤と準備に追われているという。
またスノトラが作り出した重力術式の仕組みを教える講義を開いた。
異世界中から名のある術者が集結し、スノトラの講義内容を聞いたが、誰もついぞ理解出来なかったらしい。
改めて、スノトラの天才さを再認識した。
こんなスノトラなら、いつか絶対に『冥界』へと辿り着いて、ガルムの魂を持ち帰ってくるだろうな、とそんな確信めいた期待がある。
次にアマルネ。
十三神使族の汚点「ネリネ家」の唯一の子孫であった彼だが。
従来の目的どおり、「ネリネ家」を再び王家へと至らせ、異世界から呪術による被害を消すために政治活動に手を出している。
初めは街頭演説などをして、ゴミやら罵詈雑言やらを投げられ散々たる結果だったようだが、熱心な活動によって「ネリネ家」である彼をも認める市民の数は増えていき、最近では街頭演説時間になると百人程度の聴衆が集まる程度には支持率を上げているようだ。
僕が世界樹を燃やした影響で「大樹の盟約」も破棄され、十三神使族ももはやその地位の根本部分を揺るがされている今、血族による支配ではなく選挙によって次代の王家を決定する働きも増えているらしい。
何はともあれ、アマルネの熱心さと直向きさなら、多くの人間の心をつかむことは間違いないだろう。
友として、いずれは選挙で公平に選ばれた上で王家になることを望んでいる。
次にフレン。
彼女は幽霊都市の一件で『究極の浄化術式』を発現させたことで、次期邪神即ち八代目邪神として魔族を統治する正当な権利を手に入れた。
だが当の本人は八代目邪神になることは望んでいないようだったが……。
ナンナさんに感化されたことで考えを改め、今は八代目邪神になるために頑張っている。
どうやらナンナさんは「全ての種族が平等にかつ公平に議論と言葉を元に同じ卓を囲んで今後の未来を決定する場――『七帝協和』」を目指しているらしく、フレンも「今まで啀み合っていた人間と魔族が暴力無しで対話できる世界」の実現を望んでいたらしく、意気投合した二人は七帝協和実現のために、色々な大陸に渡っては、その実現のために各種族に交渉を迫っているらしい。
この2人の活躍によって、八種族皆が繋がり強力する世界が実現するかもしれない。
だが今だ人類と魔族は仲が悪いし、小人種と森霊種だって啀み合っている。
種族間の協力実現はまだ先のことになると思うが、それでも大きな一歩につながることを願っている。
最後にシグルド。
正直、あいつとはこの一年半で全く会っていない。
どうやらシグルドの方がラグナロク後の世界のいざこざに舞い込まれてかなり忙しいらしく、また度重なる戦いで剣士の数が減少したため、皆がシグルドの力を願っており、僕なんかに構う暇すら無いようだ。
そのためシグルドはガルムの葬式にも参列しなかった。
それは少し寂しかったけど、別にあいつがどこで何をしてようが、離れていようが僕らの繋がりが消えるわけじゃない。
いつかまた会えて、いつかまた飯でも食べれたら、それでいいと僕は思っている。
あー。
そういえば語り忘れていたな、僕自身の話を。
特に語ることもないんだけど、この一年半はかな~り暇だった。
巫女ヴォルヴァも大月もいなくなったし、スノトラやフレンたちは自分たちの目的遂行のために忙しかったし、遊ぶ相手がおらずぼっち状態だった。
今思えば、今までが忙しすぎたんだよ。
休む暇さえ無く、ダンジョンに迷い、戦いに巻き込まれて……なんとか自分の実力を上げることに精一杯で、「ヴィーグリーズの決戦」が終わった後、急に休暇が与えられたんだから、何をしていいか分からなくて……半ば燃え尽き状態のような感じになっていたんだ。
その後は、まあ、僕は楽しむことにした。
緑が夢のように語ったこの異世界を、快くまでに楽しむことにした。
あらゆる責務を終えて、バカンスをしてたってことだよ。
ヴィーグリーズ決戦での功績が認められ、お偉いさんから沢山の謝礼を受け取ってたからな。
その金を沢山使って、異世界を観光して回っていた。
地の遥か底にまで落っこちる巨大な瀑布。
神界へとかかる虹の橋。
巣から飛び立つ飛竜の大群。
魔物の内蔵を煮込んだゲテモノ料理。
森霊種の幻想的な森。
小人種の工場地帯。
沢山の場所に行って、多くのものを見て、この異世界を心の底から楽しんだ。
楽しんで楽しんで、時に苦しい思いをして、悲しんで、美しんで、見て、触れて、笑う。
一年ほどかけて異世界を堪能した後。
ふと、こんな思いが湧き出てきた。
「そろそろ帰ろうか」――と。
どこに?
決まってるだろ、僕の元の世界さ。
なんで?
こんなに綺麗で面白い世界なんだから、ずっとこっちがわにいようよ。
ああ、僕だって異世界にいたい。
でもそれは駄目な気がするんだ。
【ー陽太を、私の勝手な事情に巻き込んでしまったのは、私のワガママ。でも陽太には陽太の人生がある。これからは、陽太の人生を生きて、私のぶんも、生きて。それが私と陽太の、最後の『契約』だからねー】
緑の最期の言葉。
「私の分まで生きる」。
あれは現実世界で、というニュアンスが含まれている。
あの時、緑の魂は「千年緑」として振る舞っていた。
「千年緑」が生きたかった世界とは、異世界ではない、現実世界だ。
なら、僕はあの緑の言葉に嘘をつかないためにも、現実に戻らないといけない気がしたんだ。
誰に強制されたわけでもない、僕がそう勝手に解釈しているだけだ。
でも、おそらく間違っていないと思う。
十分僕は楽しんだ、十分異世界を堪能した。
ならもう、後腐れはないよな。
「戻ろう、僕の世界に」
そう、今の僕の目的は「現実世界への帰還」。
あの日、あのラグナロクの日、僕の旅の物語は既に終わったんだと思う。
なら、本を閉じて、現実世界に戻らないといけないんだ。
もう、十分、楽しませて貰ったんだから。
【本編にあまり関係ない情報】
・異世界の大きさは、だいたいオーストラリアくらい
・境界門は魂を持つ者なら誰しも持っているもの、虚数領域も同じ。
虚数領域内部に境界門があって、虚数領域の見た目は個々人の心象風景によって変わります