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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
181/193

業火

 「ヴィーグリーズの間」での死闘の末に。

 リーヴは気づくと、遥か地平線が広がる真っ白な空間に裸で座っていた。

 遠くには僅かに光る光源のみがある。

 その混沌無形な周囲の様子を観察し、リーヴは全てを悟ったようにため息を吐いて


「我は負けたのか」


 と悲哀の込められた言葉を呟く。

 すると遠くに輝く光の球体――それは実体をもたない聖霊のようにも思える「何か」がリーヴに近づいて


―仕方ないよ、世界が彼を認めたのだから―


 と念波で伝える。

 リーヴはその謎の光源に対し、何も疑問を抱かずに会話を続ける。


「何が悪かったのだ」


―君はよく頑張ったよ、ただそろそろ僕らの「夢」も「理想」も潮時みたいだ―


 リーヴはその言葉を皮肉を込めて笑い飛ばし


「ふっ笑えるな。自身の罪から逃げ、異世界にこもり、神としての役割を与えられ、無惨に散りゆくとは。これでは我のオリジナルにも示しがつかない」


ー竜崎君のことかい? 彼もこの結果に満足はしてないものの、受け入れていると思うよ。君は僕らの代行者としてよくやってくれた。その上で彼に負けたのならば、それはそうなる運命だったということー


「そうか……所詮我らは、貴様ら此岸の人間の贋作に過ぎぬ。此岸の生物とは違い全てが作り物だ。我の身体に命は宿っていない。そこに感情は無い、ただ運命を受け入れるしかないな」


 諦めにも近い呟きを吐いた後、遠くから大きな声が響いた。

 その声の主は、立花陽太本人だった。


「それは違う」

「……立花陽太、何故ここへ」

「分からないけど、魂に干渉したから……それにリーヴ、お前と俺は結果的に魂を交換してたし、その影響だと思う」

「そうか、死後、我の行いを否定するために、我の境界門に訪れたというわけだな。いくらでも我の無様さや罪を批判するが良い。我が負け、貴様が勝った今、貴様が正義なのだから」

「いや、僕はリーヴ、お前を批判するために個々に訪れたわけじゃないさ」

「じゃあ何をしにここにきた」


 当たり前のことだが、死亡する前に比べて、今のリーヴの言葉には生きる気力や活力が全く感じられないことに気づく陽太。

 だが、それでも陽太は続ける。


「確かにお前のやったことは悪だったかもしれない。沢山の僕の仲間を傷つけようとした。だけど、お前もお前で、異世界を大切に思うからこんなことをしてたんだろ」

「今更何を」

「なら、僕と同じだ。自分の理想のために誰かの理想や命を切り捨ててきたのだから、だからリーヴ、僕はお前を否定できない」

「そうか、死人に対して同情をしにきたわけだな。あいにく、我は貴様からの同情など欲しくもない」

「違う、同情しにきたんじゃない。ただ、さっきのお前の言葉だけは否定したかったんだ」

「??」

「異世界の住民は贋作で偽物で、魂が宿っていないから本当の生命ではないって所だよ。それは違うと思う……」


 リーヴは陽太の必死の言論を聞き、思わず鼻で笑う。


「ははっ……下らぬ。貴様がどう思おうと魂を所有していない時点で我らは人間ではない」

「そうかな。魂を持ってるとか持ってないとか、どうでもいいことだろ。僕は異世界の人たちだって、必死に生きてて、ちゃんとした自我と意識を持ってると確信してる。僕は異世界の人間に影響を受け、彼らと話して彼らとぶつかって、彼らと会話をしてきた。そのやり取りの中に虚構や偽りなど無かったよ。だから異世界の住民も、現実世界と同じ、僕らと同じ生物なんだ」


 リーヴは陽太の話を聞き終えても、まだ絶望の表情を崩さず


「では何だ? だから何だ? 結局のところ、どちらかの世界は消えなくてはいけない運命にある。そして貴様が勝った以上、消されるのは我の世界の方だ。貴様も、先ほどは命の大切さとやらを偉そうに力説していたが、異世界と此岸どちらかを天秤にかけた場合、選ぶのは結局のところ、此岸の方であろう? であるならば、消滅するのは我らだ。結果は変わらぬ。ただの空虚な励ましに過ぎぬ、不愉快だ」

「……そうしないためにここにきたんだ」

「は?」


 陽太は突然踵を返し、リーヴではなく虚数領域内部の謎の光の方を向くと


「あんたが原初ユミルって奴か。色々、『吟遊詩神』ブラキからは聞いてる」


ーー


 ユミルと思わしき光は陽太の問いかけに対して何も反応を示さない。


「ブラキが言ってたんだ。異世界と現実世界を繋げているパイプラインは君に寄生している『寄生樹』の方だって。だから『寄生樹』の方をどうにかすれば、異世界と現実世界は完全に切り離される。だから異世界が恒常的に確立されようが、現実世界には影響を及ぼさない可能性があるって」


ーー


 ユミルは相変わらず反応しないで無言を貫くが、陽太は続ける。


「『寄生樹』はどこにいる? ユミル、君に寄生しているんだろ? 『寄生樹』に合わせてくれ」


 突然の懇願に対し、ユミルではなくリーヴが反応を示した。


「先ほどの話が真実だとしてどうする? 異世界と此岸の繋がりを絶てたとしても、この異世界が崩れゆくことは変わりはあるまい……」

「いいからいいから、早く『寄生樹』と合わせてくれ」


 リーヴの質問をはぐらかす陽太。

 その瞬間、虚数領域自体がゴゴゴと轟音を鳴らして揺れ、地面から無数の根が生えてきて、それらが一つに集約される。

 根と葉が毛玉のように集まり出てきたのはーーユミルに寄生する「世界樹」その本体。


「出やがったな」


 陽太は「世界樹」の本体を見て呟く。


〔貴方が立花陽太。ラグナロクを定めるに足る高潔な魂の持ち主よ〕


 世界樹は驚くほどの美声で陽太に語りかけた。


「ああ、アンタが『世界樹』ってヤツか。いきなりで悪いけど、消えてくれないか」


〔何故でしょうか。立花陽太、貴方は魂に選ばれ彼岸に導かれるお方。そこにいる『リーヴ=ジギタリス』などとは異なり、仮初ではなく本物の生命。そんなお方が、何故私の抹消を願うのでしょうか?〕


「いいから、邪魔なんだよお前」


 数秒間を開けた後、世界樹は語る。


〔確かに私は貴方達『此岸の住民』に樹素という力を振り巻きました。その結果、あのような大戦が生じてしまったことは気に病みます。しかし私はただ樹素という力を提供しただけ……その力を悪用し……あのような悲劇を生み出したのは……言い方は悪いですが貴方達『此岸の人間』なのですよ〕


「だから自分に罪はないってことか? 笑えるな。ブラキから聞いたよ、お前は魂を持った生物に寄生して、魂の恩恵を得ようとしてる宇宙生物なんだろ? つまりあの大戦も今の現状も、全部お前が仕組んだことだ、お前はこうなると分かって樹素を人間に与えた」


〔……〕


「そしてお前が存在する限り、必ず現実世界でも大戦が生じる」


〔だからと言って私を消すのですが? 愚かな判断だ。私を消せば、私を元に生み出された贋作たちも全て消える。この異世界は私の構成要素で成り立っている。立花陽太、貴方が触れ合ってきたお仲間たちも、全てが私の身体で暮らす微生物のようなものなのですよ。まあ一人、例外はいますが。私を殺せば異世界は消えてしまうのです〕


「だからいいことを考えたんだ僕は」


〔いいこと……?〕


「世界樹、お前を消して現実と異世界の繋がりを絶ち、その上でユミルが結合してる魂をより安定した魂に変える。そうすれば現実世界も保ったまま、異世界も消えずに済むんじゃないかって」


〔……〕


「この異世界の生物全ては樹素で構築されているとはいえ、樹素は無限の力を持つわけじゃない。動力源はユミルの魂に頼ってるはずだろ? そして一度、樹素で構築された生物や世界は、いかに世界樹、お前といえど完璧に支配できない。異世界全てを完璧に支配できるのなら、お前の代行者である神も必要ないはずだし、樹素で作り出された巨人がお前に反抗するはずもない」


〔……〕


「お前は土壌やシステムに過ぎないんだ。そのシステム上で構築されるモノ、全てを管理できるわけじゃない。つまりお前を消しても、異世界は消えない。影響はあるかもしれないが……それでも異世界は続いていくはずだ」


〔……〕


「黙ってるな。図星ってことかよ、世界樹さま」


 静寂が広がる。

 十数秒間を開け、世界樹が語りだす。


〔確かに。立花陽太。貴方の語ったことは可能性的には否定できません。私が消えた後、異世界がどうなるのか、私自身も理解しきれていない。しかし……貴方の語った理論は全て可能性。私を消してしまえば、異世界自体が崩壊する可能性も十分にある。極めて危険な一手であり、成功率は乏しい〕


「それでも、どうせ異世界が崩壊しちまうなら、やるしかないね」


〔……そうですか。ではこちらも全身全霊で脅威を排除しましょう〕


 急激に木の根が膨張し、球体から無数の鋭い枝が生えてくる。

 それは陽太に対して、世界樹自身が臨戦態勢を取った証である。

 だが、それを見て、陽太は頭を掻いて


「あー……違う。もう戦いで決着はついてんだよ。そういうのは、いいんだ」


〔??〕


 世界樹は困惑する。


「今僕が語ったことは全部、僕の独り言さ。端から『世界樹』お前なんかに、僕の決定権をどうにかする資格も力もないよ」


〔何を言って――?!〕


 世界樹は困惑するも、陽太の行動に驚く。


〔『契約儀式』原初ユミルよ、異世界の確立のためにアンタの双子魂を捧げる。その代わりに幽霊都市での『フレア』を再現せよ〕


 瞬間、陽太の右手に炎が宿る。

 それは幽霊都市で原生魔獣ゴルゴン討伐のために使用した、魂を対価にした「消えない炎」。


〔なっ〕


 契約儀式とは魂の契約。

 契約儀式により発生している術も、厳密には世界樹の核であるユミルの魂と契約を結んでいるに過ぎない。

 陽太は原初ユミルと直接、契約儀式を結ぶ。

 原初ユミルには正確な意思はなく、ただひたすらに「異世界の恒常的安定」に利益のある契約を結ぶように世界樹自身に寄生され操作されている。

 故に――原初ユミルの魂は、たった今、陽太との個人的契約の儀を受諾した。


 世界樹が陽太の真意に気づいた時には既に遅く。

 陽太は右手を世界樹に振りかざし、炎を着火させた。

 魂で発生した無限の炎は、世界樹といえど消すことは叶わず――大きく育った木や根、枝が無慈悲に燃やされていく。


〔ああ……ああああああああああああああああああああああああああ、なんて……ことを!!〕


 身を焼かれ絶叫する世界樹を、冷静かつ辛辣な目線で見つめる陽太。


「……巫女を、緑を……この世界に招き続けたのも、お前の仕業だろ? 緑に代わって仕返しだ」


 世界樹は陽太の言葉で過去の行いを思い出す。

 現実世界にいた緑を再び巫女として、異世界に呼び寄せるためにテレパシーを送り続けていた日々を。

 緑が間違っても、異世界を選ばず彼岸に渡ってしまうことを防ぐために策略した己を。


【あちらがわへ。あちらがわへ。この川を渡ってはいけないよ。君は門をくぐるべきだ】


【さあ、はやくこちらへ来なさい。あなたのことは誰よりも理解しています。あなたは定めがあるのです。輪廻を司る、大きな定め。あなたは彼岸に愛されている】


【父の言葉など忘れて、さあこちらへ、偉大なる少女よ。あなたは一生、私のものだ】


【父親など、所詮肉の塊に過ぎない。樹素も、肉体も、関係のない永久の世界へ。あなたは文字通り、輪廻を司る、汚れなき魂を有した超次元的存在、ただの肉の塊の戯言になど、耳を貸さなくてよいのです】


【さあ、こちらへ。早く、こちらへ。早く、早く、早く、早く早く早く早く早く】


「緑は毎日、幻聴に困ってたよ。お前の仕業だったんだな、世界樹イルミンスール!! いや、寄生樹ユグドラシルッ!!」


〔やめろ。その言葉を、発するんじゃない。 千歳緑は、私の……私のものだ‼〕


 焼け焦げる中、世界樹は一本の枝を伸ばし、陽太が手に持っている巫女ヴォルヴァの魂を奪おうとする――が


「違う。巫女は……緑の魂は緑だけのものだ」


 と断罪され、伸ばした枝に炎を浴びせられ、焦げて消えていく。

 これにて数十万年にも及ぶ、世界樹の陰謀は、立花陽太の手によって打ち砕かれ潰えた。

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