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リンカーネーション  作者: 鹿十
第二章 ダンジョン編
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出会い

 陽太はダンジョンに飲み込まれてから、実に約一か月の時を過ごそうとしていた。

 ダンジョン内部と外部の時間の流れには相違がある。

 外界ではたった二,三日しか経過していなかったとしても、ダンジョン内部にいる陽太は一か月もの膨大な時を過ごしている。


 戦闘もド素人で、サバイバル能力も欠如している彼が、魔獣犇めくダンジョンという魔迷宮内で一か月間生存できたことは、奇跡と形容しても差しつかない。

 その理由を陽太自身も分かっていなかった。

 ダンジョンで暮らすにつれ、確かに彼の魔術の威力や精度は格段に上昇を続けていたが、それが直接の要因ではないことは、陽太自身が一番、体感的に理解していた。

 

 彼が生き残れた一番の理由は、一重に「身の隠し方の上手さ」にあると陽太は自分自身で認識していた。

 何故か理由は分からないが、モーショボーと対決した時のように、自分から進んで魔獣の前に姿を表してみたり、魔獣を刺激するような行動を意図的にとらない限り、どれだけ魔獣に接近したとしても、彼は魔獣に存在を探知されることが終ぞ無かったのである。

 悪く言うならば影が限りなく薄い。

 

 彼はガルムとは異なり、魔獣と相対して討伐し、強引にダンジョンを詮索していく方法はとらず、ただただ中級以上の魔獣から姿を隠し、逃走し、場合によっては低級魔獣を殺してその肉を貪り食うことで生き長らえていた。

 

 しかし、一か月の間ずっと緊迫した状況下に置かれているため熟睡も出来ず、心身ともに限界が近づいていた。

 目元を隠すまで前髪は伸び、着用物は泥や返り血により不潔に染まる。

 不眠と栄養不足のためか眼はギラギラと輝き、手足や頬の肉も削がれげっそりとしていた。

 それでも彼は、一生懸命生きようとしていた。


(どれくらい歩いただろう? どこまで行けば僕はここから出られる?)

 

 虚ろな眼を右往左往に動かしながら、ゾンビのように歩き回る陽太。

 式として用いるための古紙はもう二十枚も残っていない。

 インクは尽きてしまったので、低級魔獣の血で代用している。

 そのため術式の発動率はインクを用いていた場合と比べて格段に落ちてしまっていた。

 精神面も荒んでいき、身体ももう限界だった。

 

 そんな時、水の流れる音を耳にした。

 陽太は、小さな希望を胸に抱きながらその音の元へと向かうと、音源となる場所には地下水が湧き出ている小さなため池があった。

 陽太は何も考えずに、その池へと近づき、四つん這いの体勢になって池に顔を突っ込んだ。

 海水ではない、飲める、と判断。きちんと口にできる飲料水を喉に流したのも二日ぶりだ。

 

 乾いた喉に水が染み、心の内から活力が湧き出てくる気がした。

 が、喉を潤した後になって、その湖に彼以外の生物がいたことに気づいた。

 池には、魔獣の口から放たれた気泡であると思われる泡が水面に浮かび、銀色の体毛を持つ獣のような何かが、池の中で歪んで見えた。

 おそらく魔獣だ。

 しかも見たこともない種の。

 

 陽太は池から飛び上がるようにして離れ、古紙を鞄から取り臨戦態勢を取った。

 モーショボーでもガーゴイルでもグリフォンでもない。

 もっと異質な気配を持った何かが池の中に潜っている。

 遠目で観察した感じ、この池には珍しく魔獣が住み着いていないと思ったのだが。

 馬鹿な判断だと思った。

 遠巻きで確認して、魔獣らしい脅威生物がいなかったとしても、今みたいに水中に潜伏している可能性だってあるのに。と、安易に近づいた自分を責める陽太。

 池の水面から湧く気泡は次第に数を増していき、ついに銀色の体表を持った何らかの魔獣が姿を表そうとする。


(攻撃を加えるとするならば、水面に出た直後の隙を狙うしかない)

 

 陽太は覚悟を決め、式を構え、詠唱を始める。

〔式。系統は魔素――メゾフォルテ・シル――

 

 陽太が詠唱を終える前に、その生命体は水面から顔を出す。

 そしてあり得ない速度で陽太の背後に周り、鋭利な爪を彼の喉に沿わせた。

 額から汗が滲み出る。

 陽太は、ここまでか――と死を覚悟して目を閉じる。

 するとその魔獣は、彼に向かってあろうことか会話をし始めた。


「テメエ……人が水浴びしてンところに、魔術をぶちこンでくンのは配慮がねェってもんだろ」

 

 後ろを振り向くとそこには、銀色の体毛に覆われた獣人が立っていた。

 体毛は水分を含み、水を滴らせている。強靭な筋骨をしており、鍛え上げられた筋肉はもはや形式美とすら言える。

 只者ではない。

 しかし、会話が通じる。

 彼が魔獣であるのか人であるのか獣であるのかも不明であったが、陽太は両手を上げて白旗を上げてみせ、コミュニケーションを取ろうと励んだ。


「すいませんでした。魔獣かと思ってしまって、つい」

「一応聞いておくがァ……お前、何者だァ?」獣人は依然として陽太への敵意を解かない。

「第九区ギルド所属の立花陽太という、しがない魔術使いです」

「? ……お前、もしかして突入部隊のモンか? 仲間か?」


(突入部隊? 何だ、それ? しかし……仲間だと思ってくれるのなら……利用するしかない)


「そうです」陽太は口から出まかせを言った。そして彼の出方を伺う、と

「そうかそうかァ! よし、ようやく仲間に合えたぜェ! 俺ァガルムよろしくなァ! いやァ~数日も人と会ってなかったからよォ~俺、このまま迷って餓死しちまうと思ってたンだけどよォ~お仲間の一人と出会えて安心したぜェ~!」

 

 彼は僕の疑心暗鬼など意にも介さず、フレンドリーに肩を組んで喋りかけてきた。

 予想とは裏腹に、友好的な接し方をしてきたガルムという男にあっけにとられ、陽太はただ苦笑することしか出来ない。


「バナヨータ、テメエも俺と同じでギルド隊員の奴らと離れた口だろ? いや~良かったぜェ。俺ァ方向感覚がてんでねェーから、今どこに自分がいるのかも分かっていなかったンだッ。これからよろしくなァ、キヨータ」

「バナヨータではなく、陽太です」

「ヨータ? おっけェ、ヨータな。よろしく、ヨータ。敬語は使わなくていいぜ。堅苦しい関係は面倒で嫌いなんだよ」

「はあ……はははは」

 

 張りつめていた陽太の気持ちが、ガルムとの遭遇により緩まり、自然と不気味な笑みが口から飛び出る。やっと仲間が見つかったことで、陽太の心の中に確かな安堵が広がる。

 不安や孤独がかき消され浄化していく感覚に陥る。


「どうしたお前ェ。気でもとち狂ったンかァ? とりあえず、これでも食えよ」

 

 ガルムが僕に向けて差し出してきたのは、芋虫のように動く魔獣。白色の体表を持ち、ウネウネと彼の手の中で動き回っていた。


「おえ、なんだそれ」

「よく分かンねェけど、そこら辺にいた虫の魔獣だ。意外とイケるぜ、中の汁が苦いけどよォ」

 

 流石の陽太でも、グロテスクな外見をしたその昆虫を食すことに躊躇いを感じた。

 しかし、腹の音は鳴る。

 彼の空腹は絶頂期を迎えようとしている。

 目の前の芋虫型の魔獣ですら美味しそうに見えてしまうほどに。


 数秒の迷いを見せたが、結局陽太はガルムの手からそれを奪い取り、口の中に放り入れた。

 ウネウネと舌の上で動き続けるその魔獣を決死の思いで噛み砕く、プチっという嫌な音が鳴ると共に、芋虫の中から苦い汁が飛び出した。

 思わず口から吐きそうになるほどに不味い。

 が、空腹は抑えきれない。

 鼻を指でつまみながら、魔獣をなんとか飲み込んだ。


「お、おえ……ゲロみたいな味がする……でもありがと、ガルム。悪いな、お前も持っている食料は残り僅かだろうに、俺に分け与えてくれてよ」

 と言いつつ、口元から洩れる芋虫の体液を右手の甲で拭きながら、ガルムの方を見つめた。

「ガハハ。そうだろ」

 しかし、ガルムは、香ばしい匂いのする獣の骨付き肉を一人豪快に齧り、味わっていた。

「……」

「俺ァは優しいンだよ。人は見かけによらないっつーンだろ?」

「そんな良いもん持ってんならッ! 芋虫なんか食わせんなッ!」

 

 ダンジョンに入ってから、一番活気のある声で、ガルムに向かってツッコミを入れた。

 こうして、陽太は彼と共に行動をするようになる。


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