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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
179/193

「これって……」


 緑は急に差し出された一枚の栞を見て呆然とした。

 それは彼岸花が押し花になって作られている栞。

 緑の書く物語、その第一巻に挟まれていたものだった。


「読み終えたら、貰える約束だったかもしれないけど。これはやっぱり君のだ」

「……」


 緑は栞を両手で大切そうに掴んで、じっと見つめる。

 栞を受け取って暫くすると、緑の目が涙でいっぱいになった。


「これを返すってことはやっぱり」

「そう、僕は、緑……君に別れの言葉を言いに来たんだ」

「そっか……」


 緑は涙を手の甲で拭いた。

 それでも涙は溢れて止まらない。


「やっぱり私、死んでるんだね。それでも陽太は頑張ったんだよね、異世界で」

「うん」

「でも……」

「……君を生き返らせる方法が見つからなかったんだ。いや、もともとそんなもの、存在しないんだろう?」

「バレちゃってたか……」


 緑は涙声になりながら話を続ける。


「あれはね、陽太を異世界に渡らせるための嘘だったんだよ、ごめんね。異世界に彼岸花は存在する。だけど彼岸花は此岸や魂を媒介する力しかなくて……彼岸花に死者を復活させる力なんて無いんだ」

「……やっぱり……そうなんだな」


 いつから気づいていたといえば、最初から――異世界に転移する前からだろう。

 長年とは言わないが、緑とは深い付き合いがある。

 だからこそ、緑の嘘はなんとなく見抜けるようになっていた。

 

 その疑惑が確信に変わったのは異世界に渡って暫くして。

 いいや、より詳しく言うなら「吟遊詩神」ブラキと出会ってからだろう。

 この世の神「原初ユミル」ですら、せいぜい現実世界の人間をコピーするのが精一杯なのに、どうしてたかが彼岸花が死者を完全に復活できるというのか。


 術式は確かに魔法のような力だ。

 だがそれにも限界や制約があることは今までで嫌というほど学んだ。

 「完全な死者の復活」、それは模造品などではなく、生前の本物を蘇らせる神業。

 そんな力は、術の範疇を超えている。

 およそ、存在しないのだ、そんな奇跡が起こり得ることは。


「何でそんな嘘を……」

「ただの気まぐれだよ。そんな力があったらいいなっていう……いつもの私の願望。ただ陽太が本当に信じて、私を追って異世界に来るとは思わなかったなあ」

「……」

「……来て欲しかったのかもしれないね。もしかしたら、陽太も異世界に渡ってくれば……転生した私と出会えるかもしれない……なんて……馬鹿だよね、その時はもう私は『千年緑』では無いし、陽太のことも忘れちゃってるのに」

「でも僕はこうして追ってきたよ」

「うん、ありがとう」


 緑につられて、僕も涙が出てくる。

 だが、緑の前で涙なんて流せない、そんな弱い所を見せられない。

 だから顔を背けて誤魔化す。


「僕が異世界に来たのは、君を蘇らせるためじゃない。君に別れの言葉を言うためだったんだ。最後に『さようなら』って、『今までありがとう』って、言ってあげられず、君は死んでしまったから」

「たったそれだけのために?」

「そう、だけど必要だったんだ。そうしないと僕は、一生緑の幻影を追って生きることになってしまったから、過去を精算するために必要だったんだ。そうしないと、僕は……どうにかなってしまいそうだったから」


 そうだ。

 僕が異世界に来た理由は、ただの現実逃避でしかなかった。

 そうしなければ、僕は壊れてしまう。

 緑の死に耐えきれず、消えてしまう、無くなってしまう。

 そう、誰のためなんかじゃない。

 自分のために、自分自身を絶望から守るために、逃げるように異世界に転移してきたんだ。

  

 それで異世界での旅を経て。

 緑の死を受け入れられるくらい成長して。

 そしていつか緑と出会って、あの時は言えなかった別れの言葉を言う。

 それが僕の、この異世界での使命だったんだ。

 そして、今、僕はそれをやり遂げた。

 ここが僕の旅の終わりだったんだ。


「巫女ヴォルヴァさんは、緑であって緑じゃない。そして彼女を連れ出してまた現実世界に戻っても……君は巫女の呪縛に囚われ、また異世界に戻ってしまう。あの日、あの時、緑は死んでしまったんだ」

「そう、私はもうどこにもいない。陽太の心の中にしかいない」

「たったそれだけの事実に気づくのに、これだけの時間がかかった、遅くなってごめん」


 そう言って僕は緑を両の手で抱きしめた。

 緑の心臓の鼓動が微かに聞こえる。

 緑の体温を仄かに感じる。

 どれもこれも緑が生きている証だった、でもこれは仮初で、本当は緑はもうどこにもいない。

 その事実を認められなくて、僕は異世界に逃げてきたんだ。

 でも、もうそれも終わりだ。


 緑は大泣きして、顔を僕の胸に疼くませた。


「ありがとう、陽太。私を知ってくれて。私を追いかけてくれて。私を愛してくれて。私を覚えてくれて。陽太との日々は決して長いものではなかったけど、かけがえのない思い出になったよ」

「……僕の方こそ」


 そして二人して泣いて泣いて泣いて泣いて、泣きあった後。

 緑を抱きしめながら言った。


「もしかしたら、君の傍に立っているのは僕じゃなくても良かったのかもしれない。僕以外の人間でも僕の役割は務まったかもしれない……ここにいるのが僕である必要はなかったと思う。でも……それでも……千歳緑の、君の横に立っていたのは僕だった」

「うん」

「皆、僕のことを『正の因果の収束地点』とか難しいこと言うんだけどさ。それってこういう意味だったんだ」

「こういう意味って?」

「正の因果ってつまり、運命に恵まれたってことだろ? 僕が運命に恵まれたとしたならば、それは緑と会えたことに他ならないよ。僕が収束地点であった理由はすべて、君の横に立てたからなんだ。そして僕はそのことをいつまでも誇りに思ってる。他の誰でもない、僕だけがやれることなんだ」

「……うん」

「だから、緑。君の横に立つことを許された僕が、君を救う。君を『巫女の呪縛』から救って見せる」

「期待してる、陽太ならできるよ。だって私を追って、ここまで来たんだもんね」


 緑はそれ以上何も言わなかったし聞かなかった。

 どうやって? とか、どうして? とか。

 具体的なことは掘らず、ただ僕の発言を信じてくれたんだ。


 そして緑は僕の胸で泣いて泣いて、涙が枯れるほど泣いた後。

 すっきりしたいつもの表情に戻って、涙で腫れた目を擦ってから


「じゃあそろそろ本当のお別れだね。陽太のラグナロク、それがどんな結果になっても私、受け入れるよ」

「悪い結果にはしないさ、誓っても」

「……最後に一つ、伝えなきゃいけないことがあった」


 そして緑は何かを思い出したような表情をして、もう一度僕に近づくと


「この『彼岸花』の返還と共に、私と陽太が結んだ『契約儀式』も失効してるから。だからもう陽太は陽太で、私は私になった」

「……?」

「本の貸し借りと同時に、『大事なもの』も交換してたでしょ? 忘れたの?」

「それって……」

「おそらく私と陽太の間で、この彼岸花を通じて無意識下で『契約儀式』が成立しちゃったんだと思う。でもその『契約』も彼岸花の栞が返された今、綺麗さっぱり無くなったから、後は分かるね?」


 僕は自分の胸を押さえる。

 心当たりはあった。

 僕が緑の言いたい真意に気づいたことを確認すると、緑はニヤッと可愛らしく笑って、僕の右頬に口づけをした。


「ありがとね、陽太」

「うん、ありがとう、緑」


 他に言葉はいらない。

 別れも済んだ。

 緑は晴れやかな気持ちで、北門の向こう側へと渡った。

 瞬間、緑はこちらを振り返り、満面の笑みを浮かべたまま北門と共に消えていく。

 

 そして残されたのは。

 僕と、北門の代わりに新たに出現した扉――それは「千歳緑の病室」の扉だった。

 境界門の姿が変わったということは、やはり、「契約儀式」は失効したらしい。

 

 虚数領域内部。

 ただただ地平線が広がる虚無の空間内で、僕は準備体操をした後、自分の両頬を叩き、気を引き締めて


「よしッ、リベンジマッチといくか」


 意気込んで、「千年緑の病室」その境界門を踏み越えた。

 瞬間――

 場面は、戦いの続き――「ヴィーグリーズの間」に戻っていて。

 血だらけ、傷だらけの姿で、僕は「ヴィーグリーズの間」の床に寝転んでいた。

 喉元に突き刺さっていたナイフを抜き、傷口に治癒術式を施し最低限の治療をすると、僕は起き上がる。

 その場にはリーヴ=ジギタリスの姿はおらず、どうやら僕を殺害した後「ヴィーグリーズの間」の更に深部である原初ユミルの魂「座」の位置する空間へと向かったらしい。


「やるべきこともやった。僕の旅は完遂した。なら後に残った消化試合の方、ちゃちゃっと済ませるか……待ってろよリーヴ……!!」


 僕はそう意気込むと、リーヴの後を追った。






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