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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
178/194

北門

転移→別の世界へ移動する、元の肉体は保ったまま

転生→魂や核が新たな肉体に宿る、別の世界の肉体へ転生する場合もあるが、どちらにせよ別人として生まれる

転写→魂を元に核を作り出すこと

 振り返ってみると僕の旅の立脚点は、現実逃避にあったことは間違いない。

 はたから見れば、僕はただ愛する彼女に先立たれ立ち直れる強さも持てず、後を追って自死を選んだ軟弱者に過ぎない男だったように思う。

 ただ、ここではないどこかに希望を抱いて死んだことだけが、他の大勢の自殺志願者と自殺実行者との唯一であり大きな違いだ。

 

 希望と理想を抱いて自殺した人間はあとにも先にも僕だけじゃないんだろうか。

 人生を終わらせる強硬手段としての自殺――それは例えるなら強制シャットダウンならぬ、PCを水に鎮めるような暴挙。

 何もかもに意味を見いだせず、生きていくことで生じる苦痛の総量よりも一瞬の自殺による苦痛が上回ったと、そう革新した時、人は自殺を行動に移すのだろうと思う。


 現実世界から逃げ出したい気持ちは少なからずあった。

 家に帰ればどこぞの国が戦争状態にあるだの、そんなニュースばかり流れていて。

 いつか火蓋が切られれば、人の命が軽く吹き飛ぶ。

 そんな状況下で、投げやりになっていたのも事実だ。


 それに僕自身が緑の死によって、精神がおかしくなっていたのも大きな理由のように思える。

 理由など解明した所で意味はない。

 とにかく、ここではないどこかに、ここでなければどこへでも良かった。

 そして、その場所に緑がいる可能性が微塵でもあるならば――

 行かない理由は無かったんだ。

 飛び出さない理由は無かったんだ。

 冷静な頭ではいられなかったんだ。

 

 ――。

 考えは纏まらない。

 えっと、言いたいことは何だろうか。

 何か伝えたいことや、何かやり遂げたいことがあって、僕は異世界にやってきた。

 それは確かだけど。

 何を伝えたかったのか、肝心の所は、頭に霧がかかっているみたいで上手く言語化できない。


 そう。

 きっと、つまるところ。

 僕には少し休息の時間が必要で。

 その合間として、この異世界という美しい世界を旅してきたんだ。

 緑の死から立ち直るための、精神的な大切な時間。

 

 つまり僕にとっては、この異世界は休息場のような存在で。

 ここではいくらでも夢を詰め込むことが許されているような感じ。

 

 そろそろ伝えないとな。

 要するに、そう。

 僕は時間が稼ぎたかったんだ、決心するための、現実と直面するための時間が。

 そのために旅をして、そのためにここまで来た。

 そしてようやく、この言葉を伝えるための精神的な土台と資格が手に入って。

 今から大事なことを伝える。

 僕が出した答え。


――それは、別れの言葉だ。



 満開の桜。

 この空間に季節という概念が存在するかは謎だが、紛れもなく四季は春だった。

 散った桜の花が地面につもり、アスファルトが桃色で染められる。

 そんな中。

 高校の北門、撤去予定の旧校舎の裏にある校門だから、誰も滅多に利用しないような人気のない場所で。

 僕と緑は、決まって本の交換ばかりしていた。

 緑が書いた自作の小説を、僕が読み感想を送る。

 緑は文才には長けていたが、素人らしく内容はあまり褒められたものではなかったが。

 創作をしていると誰かに見せて感想を言って欲しくなるのか、他人には滅多に見せないその小説を僕にだけ見せて、感想をねだってくるのだ。


 いつしか始まったこのやり取りが、僕と緑の関係性の始まりだったように思える。

 

 100数ページに渡る文章が冊子化したものを送られ、1、2周間ほどかけて読み終わると。

 その本と一緒に貸された彼岸花の栞を、本に挟んで返す。

 その栞の交換こそが、僕と緑の繋がりそのものだった。


 緑は少し緊張しているのか、肩が上がっており、窮屈そうな身振りをしている。

 北門の前で向かい合って、僕らは話始める。


「七巻目……まだ読んでないんだ、緑の書いた物語。僕が6巻目を読んでる間に、緑が入院しちゃって、緑が学校に来れなくなってしまったから……このやり取りも自然消滅してしまったよね。最後の七巻目……ページを開くのが怖くて……緑が亡くなった後、緑のお母さんから譲り受けたけど、まだ読めていなくて、物置にしまってある。これを読んでしまうと、本当に緑との関係性が終わってしまうような気がして、怖かったんだ」

「うん」

「今からここで一緒に読もう」

「……私は自分で書いた話は恥ずかしくて読みたくないんだ」

「なら僕だけが読む。3時間ほど時間をくれないか?」

「……いいよ、何時間でも。ここは時間の制約が無い場所だから」


 僕は北門の傍に設置してある木製のベンチに腰掛け、七冊目を開いた。

 緑の書いた物語は最終盤に突入している。

 やけに時間が早い気がした、いつもは一冊読むのに数時間は有するが、たった数分ほどで読破出来てしまったような気がした。

 緑の書いた小説は世界樹を元にした王道ファンタジーで。

 最後は勇者と姫が協力して魔王を倒す、ありふれた作品で、ありふれた結末を辿って終わった。

 特筆すべきことは無かった。

 ただこれを読み終えることが、僕と緑の関係に答えを出す、唯一の方法だったんだ。


 潤いのない指先でページをゆっくりとめくる。

 ここでは長い時間が一瞬にして過ぎたような気がした。

 永遠に近い時間が凝縮されたかと思えば、刹那にも満たない時間がやけに永く感じたりして。

 本に夢中になっていると、いつの間にか緑が僕の横に座って眠り込んでいた。

 僕の右肩に頬を乗せて眠る。


 こんなことが許されていいのか、と思う。

 愛した死人との立会、それを望み叶えず死んでいった人間は何千万もいただろう。

 彼らの愛も本物だったはずだ。

 僕だけが許されていいのか、そんな夢物語を、享受していいのか。

 その権利はあるのか。

 役目も果たせず、緑との約束も果たせずに、異世界へ逃げてきた僕に、そんな権利なんか……。


 ……。

 だからせめて、今の、この時間だけは許してくれ。

 ラグナロクに至るまでの、この刹那の時間だけは、愛した故人と、千歳緑と触れ合うことを。

 どうか見逃して欲しい。

 

 僕は緑の体温を感じながら、本をめくるページを遅らす。

 これくらいのワガママは、聞いてくれてもいいだろう、神様。



 ぱたん、と本を閉じた。

 七巻目つまり最終巻を読み終えたと同時に、緑が欠伸をしながら寝ぼけた態度で起き上がる。


「読み終わった」

「ああ」

「感想は」

「……なんというか……その、所々引っかかる所はあったけど、緑が楽しんで書いていたのは伝わった。最後の物語の黒幕が、奇跡みたいな……抽象的な概念で倒されちゃうのは、ちょっとご都合主義かなって思ったけど、それまでずっと一貫して奇跡の尊さを説いてきた作品だったから、そこら辺はテーマに筋が通ってて良かったかな、うん、僕は大好きな物語だよ」

「……それだけ?」


 緑は僕の目をじっと見つめた。

 何か言葉を紡ごうとしたが、それ以上何かを言うのは止めた。

 僕が緑の作品を読んで生まれた感想は先のものであり、それ以上捻り出して語るならばそれは、虚言に当たるからだ。

 無理したお世辞なんて、緑が一番嫌うに決まっている。


「そう……そっか……うん……陽太がそう感じたならそうだね」

「はは……下手なんだ、こういうの僕」


 頭を掻いて笑った。

 緑は僕の感想を聞いて怒るかと思いきや至って冷静で、その冷静さが、幾ばくの余命を待つ者の、ある種の達観のように見えて、なんだか物寂しい気がしたのを覚えている。


「いいの、物語って言うのはしっかり完結させて、それを誰か一人でもいいから読んでもらって、感想や評価を一つでも貰うだけでいいんだから」

「……」

「これで私の夢は叶ったようなものだよ。ずっと夢見てたんだ、作家になって読者に読んでもらって、感想を貰うの。いつも書いた作品は恥ずかしくて誰にも見せずしまっちゃうから」

「そっか」

「うん……」


 緑は自分の前髪を人差し指で流して整えた後、ちょこんと小さく体育座りをして、その場で蹲るようにして語りだす。


「私はきっと、誰かに私の存在を知っていてほしかっただけなんだろうなって」

「緑の存在を?」

「うん。知ってる? 異世界での知識や記憶は全て『記録樹素レコード』に記録されるの。現実世界では魂を次の肉体に転写出来たとしても、肉体が異なるから記憶の保持はもちろん出来ない。まあ現実世界だったら、後から記憶の方はどこかに保存しておいて、そこから引き出してインストールすればいいだけなんだけど」

「……現実世界だったら?」


 緑の言い方に疑問を覚えて聞き返す。


「うん。異世界では違う。異世界では先程も言った通り万物が『記録樹素レコード』で記憶を浄化されてから次の肉体に魂や核が転生される」

「じゃあ、現実世界と同じように『記憶樹素』から過去の記憶を取り出して次の肉体に写せばいいじゃないか」

「それが無理なの」

「なんでだ?」

「……『記録樹素レコード』はこの異世界で最も『概念序列』の高い樹素。『至上』の神器ですら干渉できるかどうか分からないくらい……だから基本原初ユミルか世界樹しか『記録樹素レコード』は覗くことが出来ないの」

「……それが何だって……」


 緑が何を言いたいのか分からず問い返す。

 だが彼女の俯きがちな表情から、彼女が言いたいことはあまり+なことではないとは悟っていた。


「つまり異世界→現実世界に、現実世界→異世界に転移または転写、転生した場合、以前の世界で過ごした記憶や情報は全て、記憶の所有者から忘却され、かつ元いた世界の住民も、その者に対する情報や記憶を段々と失っていく」

「え……?」

「同じ同一世界に転生し続ける場合は別だけどね。だから私……つまり千歳緑のことも、巫女ヴォルヴァに転生し異界に渡った今、いずれは現実世界の皆が私のこと、綺麗さっぱり忘れてしまうんだ」

「そんな……はず」


 無い。

 あの日緑が死んで、異世界に転生した後も。

 僕はずっと緑のことを覚えていたはずだ。

 他の人間だってそうだ、緑の母親だって、緑のことを覚えていて、緑の葬式まで開かれたじゃないか。

 そんな、現実世界の人たちが、全員緑のことを忘れてしまったなんて、あるはずがない。


「双子魂とまで言わなくても魂の波長が合う人間は、記憶を保持できる期間が少しは長くなるらしい。でもそれも時間の問題。何れ『千年緑』という存在に関する記憶や情報は、段々と消えていく定めにある。そもそも現実から異世界に渡ることが『疑似的に死んでいる』ようなものだもの」

「いや、そんな……」

「『境界門』渡ってきたでしょ、異世界に来る前に」


 境界門。

 皆の心の奥の無意識空間――大月は「虚数領域」とか言ってたその場所に存在すると言われている、世界を繋ぐ門。


「あれを渡ることで魂がもう一つ付与されてしまうのも、不具合みたいなものなの。此岸の生物が本来、異世界に渡ることはないから、境界門を通った時、境界門は私たちのような異界往来者を『新たな生命の息吹』だと勘違いし、赤子に命を与えるように魂をもう一つ授けてくれるってこと」

「つまり……境界門は、僕らが『新たに生まれる赤ん坊』だと勘違いして、異世界へ渡る時に魂を一つ与えてくれるのか……」

「そういうこと。だから異界に渡った私達はもはや死んでもないし生きてもいない状態。魂のサイクル、そこからこぼれ落ちたことで、もう私達は『いないもの』として処理されるの、世界に」

「……」


 異世界に渡る覚悟。

 確かにそれ相応のデメリットがあると覚悟して異世界に渡った。

 だが、そんな、現実世界から僕らに関する記憶が消えるなんて。

 これも、大月が言ってた「因果律」や「事象改変」に関わるものなのだろうか。


「長い話は終わり。だから私は、一人でも多くの誰かに、私のことを覚えてほしかっただけなのかもしれない。小説を書くことも文字形態なら、もしかしたら私の情報が少しは現世に残るかもって、期待していたからハマった趣味だったのかも……」


 緑は少し思考した後、ぐっと伸びをして、すっきりしたような面持ちになって


「だから、ありがとう。私の物語の最終巻、確かに受け取ったよ」


 緑の手元に、いつの間にか最終巻が移動していた。

 そして緑は踵を返して、どこかへ歩いていく。


 緑がどこかへ行く。

 どこへ?

 そんなの決まっている。あの世にだ。

 帰ってしまう。

 もともと緑は死んでいる、あの時、もう死んでいる。

 もう覆すことはできない。

 だから、最後に。

 あの言葉を伝えようとして、手を伸ばした。


「……緑、まだだろ。まだ僕は君に返していないものがある」


 緑はその言葉を待っていたのか、ピタリと歩む足を止めてこちらを振り向いた。

 僕は学生服のワイシャツの胸のポケットから一枚の栞を取り出す。

 それは緑から貸されていた「彼岸花」の栞だった。

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