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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
177/193

堤防

巫女ヴォルヴァと緑は同じ魂なだけで、外見や性格は殆ど別人です。

緑の方は落ち着いてて文化的な感じですが、ヴォルヴァの方が社交的で積極的です。

魂が同じでも、転生すれば完全に別の個体になります。

そのため転生は、死を覆す方法にはなりません、前世の個体は完全に死亡していますから。

でも全くの別人として転生しても、人によってはちょっと前世の面影は残るようです。


死後、現世の魂は肉体を離れ境界門を通り、彼岸へと導かれます。

そして時が満ちる時、再び現世の肉体に宿り、転生します。

その期間は人によってまちまちで、死んでから数秒後に即座に転生する魂もあれば、何十万年もの間、彼岸で待たされる魂もあったり、そもそも二度目の転生をしない魂もあったり……

地球とは全く別の遥か彼方のどこかの惑星に住む知的生命体に宿る魂もあります、転生先が人間とは限りません。宇宙人である場合もありますね。十分な知能を持った生命体の肉体にならば、魂は平等に宿るので。

でも、知的生命体の存在自体が、何百億年の宇宙史の中でも稀有な存在なので、そう多くは転生しません。そのため大体の魂は彼岸に籠もったままです。

また魂には時間の方向という概念もないので、未来の人間が更に過去の時代に転生したりもします。


魂は、なんとなく宇宙の更に上の位相にいる上位存在みたいなもんだと思ってください。

魂は肉体を通さなければ現世に干渉出来ませんが、宿主の猛烈な感情が原因で亀裂が入り、砕けて破片が現世に残るケースはあります。

そうやって現世に残ってしまった魂が「因果」と呼ばれまして、これらが宇宙の運命を左右させています。


 図書館から出ると、緑の手を引いて近場の河川敷に向う。

 どこから種が舞い降りてきたのか知らないが、9月中旬になると柔い土の中で眠っていた小さな命の芽が開花し、彼岸花の赤色で塗りつぶされる場所だ。

 緑と僕、どちらも帰宅経路が同じで、よく二人で放課後にこの堤防を練り歩いていたことを思い出す。

 

 日はいつの間にか水平線の向こう側に落ちかけていて、世界は黄昏色に染まろうとしていた。

 いつもは見かける、大きな柴犬と散歩しているお婆ちゃん。

 ロードバイクの車輪を必死に回し、猛スピードで滑走する会社員。

 堤防の下、川に入水して遊んでいる中学生たち。

 日常の間に、当たり前のように存在していた人々は見る影もなく、僕と緑だけしかそこに居なかった。

 

 静かなる世界。

 誰も居ない街。

 虫の鳴き声も、遠くの工場の煙突から立ち上がる雲も、草木が擦れる音も聞こえるのに、僕ら以外の生物はそこには存在していない気がした。

 

 僕らは落ちていく夕日を見つめながら、縁石に並んで座った。


「ずっと不安だったんだ」


 緑が胸の内を語りだす。


「巫女としての役割、縛られてばっかりで。先代の私は上手くやれてたみたいだけど、私はからっきりで、才能の欠片も無かった」


 目の中にゴミが飛んできて一瞬目を閉じる。

 再び目を開けた時には、いつの間にか緑の姿は歪み、巫女ヴォルヴァの姿に変化していた。


「大月が傍にいてずっと励ましてくれてたけど、それは私を思ってのことじゃないって知ってた。彼は先代の巫女、ハーラル=ヒルデダント、その幻影を私に重ねているに過ぎないってこと、知ってた。お父さんもいなくて、ただ一人で、生きてたよ、15年間」

「前世の記憶はあったのか?」

「うん、なんとなく。何か大切なものを……手放して、何か大切な思いを伝えられずに……この身体に転生したこと、今でも覚えてる。記憶は無いけど、私の魂が覚えていたんだと思う、巫女ハーラルでもあり、千歳緑でもあり、巫女ヴォルヴァでもあった、この魂が」


 巫女ヴォルヴァはそう言って、修道服の上から胸元に手をおいた。

 

「この気持ちの正体が、君にあったことで分かった気がした。君と話していく過程で、思い出したんだ。そういえば、彼岸花を貰ってなかったなって」

「だからここに連れてきたんだ」


 僕は立ち上がり、ズボンの裾を捲って、草木だらけの河川敷を降りていき、一本の彼岸花を毟った。

 泥だらけになりながら坂を上がり、緑の元まで戻って摘んできた花を渡した。


「最後に言ってた言葉、果たせなくてごめん。きっと僕はさ、勘違いしてたんだと思う。信じられなかったんだ、緑が死んじゃうなんて。そんな現実が迫っていることは分かりきっていた。けど肯定したくなかったんだ、君が消えてしまういつかを」


 巫女ヴォルヴァの姿が緑と重なり、やがて溶け合って、再び緑に戻る。

 緑は手渡された花を受取って大切そうにどこかにしまった。


「約束、一つ果たせたね」


 そして大きく伸びをして。


「次は、半年記念日だね。祝ってくれなかったの、今でも忘れてないから」


 何か苦痛や後悔から開放されたような面持ちで、爽やかに言った。



「ここ来たかったんだ」


 次に訪れたのは市外にある、有名な花のテーマパーク。

 冬になるとイルミネーションで彩られ、幻想的な雰囲気になる。

 今年の冬に行こうって約束してたけど、緑はその前に死んでしまったんだ。

 

 湖の上に等間隔ではられた石板の床を蹴って進む。

 僕が先行して、遅れてジャンプしてくる緑を次の石板の上で支える。

 湖の水面には、イルミネーションの光に照らされた花々が反射して光り輝いていた。


 僕がジャンプして、振り向いて、次に緑がジャンプしてくるのを支えて。

 それを繰り返す。

 この道が、どこまで続くのか、どこに続くのかは分かっていない。

 万年運動不足な緑は、石板をジャンプして移動していくにつれ体力を失い、息切れしてきた。


「ここらで一旦休もうか」


 疲労困憊な緑を見て、僕は提案した。

 二人して正方形の一つの石板の上に座り、果てしなく続く湖の水面を見つめていた。

 乱された息が整ってくると、緑は語りだす。


「私のお父さんはね、異世界からの転移者だったの」

「神様から聞いた」

「名はエギル=ゼフィランザス。十三神使族エギル家の現在当主。どうやら自分の娘が巫女として生まれることに耐えきれずに、赤子の私を抱えて異世界から現実世界に逃げてきた。その時に追手から逃れるため、異世界と現実世界を繋ぐ境界門を壊して」

「結構、無茶なことしたな、緑のお父さん」

「うん、決して褒められることではないけれど、お父さんは私のことが本当に可愛くてしかたなかったみたい。現実世界に転生して別の肉体を持てば、巫女の『死の螺旋』の影響も受けずにすむと思ったんだって。だけどね……」


 緑は悲しげな表情で自分の指先を僕に見せる。

 指先は黒く染まり、任期を終えた花のように散り始めていた。

 黒灰化の現象だ。


「私は現実世界こっちに来ても、巫女の呪縛からは逃げられなかったんだ」

「……」


 僕はただやりきれない虚しさを抱えて、緑のことを見つめる。


「結局、定められた旋律から逃れられないことを知って、お父さんは自暴自棄になった。多分お父さんは、全てをメチャクチャにして、旋律をなんとかして乱したかったんだと思う。それくらいしか私を救う方法が思いつかなかったんだ。だからお父さんは私によく言い聞かせた。予想も出来ないことをしろって、普段なら絶対やらないようなことを、率先してやってみろって。色々な人を救えって、それが巡り巡って、緑のためになるから。正直、意味は分からなかったよね。でもお父さんが私を思う気持ちはちゃんと伝わってきていたの。ふざけていってるんじゃないって」

「……」

「だから『系譜』って存在が、異世界に渡ったのは、原初ユミルと、私のせいだと思うの」

「どういうことだ?」

「よく分からないけど、私たちの世界は絶えず分岐していて、無数の並行世界が乱立しているらしくて。別の世界線の『私』が関わって導いてきた魂が、『系譜』らしい。巫術によって判明したことなんだけどね。系譜は、違う世界線の私が導いた魂が転移してきたもの。その魂が原初ユミルの現実世界を手放せない気持ちと合わさって、ギンヌンガガプっていう異世界の巨大な切れ目を通って、転移してきたんだ」

「……」

「お父さんが私に言い聞かせた『弱い人やおかしな人を救え』って言葉は、系譜を生み出すために言った言葉だと思うんだ。沢山の別世界で私に導かれた魂が、いつかは異世界を定められた旋律から乱してくれるから、って」

「異世界転移者は、緑が招いたことだっていうこと?」

「全部とは言わないけどね。実際、陽太、君だってその一人だよね。系譜とはちょっと違うけど、私の後を追って異世界に渡った人間」

「うん」

「それで……?」


 緑は学生服のスカートをたくし上げて、靴や靴下を脱いで足先を水の中にいれる。

 水面に波紋が出来て揺れ、その波紋は大きく広がり、他の波紋と共鳴して湖全体を仄かに揺らした。


「それでって?」

「何のために、私を追ってきたの? ヴォルヴァの身体になっても、ずっと見てたよ、陽太のこと。陽太は何回も死んだり、つらい目にあったりしたよね。それでも冒険を止めなかった理由は何? 君の目的は、君の旅の、君の物語の終着地点は一体どこにあるの? 何のためにこの物語を紡いできたの?」

「……」

「私が好きだったから? 私を忘れられなかったから?」

「その真意を教えたくて、僕はここまでやってきたんだよ」

「え?」


 緑は僕の言っている意味を理解できずに動揺する。

 緑の頬は微かに赤らんでいる。

 僕は立ち上がり、緑の手を引いた。


「行こう。最後の場所へ、僕らの『契約』の『約束』の『物語』の終着地点へ」

「どこ?」

「高校の北門さ、決まってるだろ?」


 僕は緑の手を引いて強引に、高校に戻る。

 全ての始まり、全ての物語、全ての可能性。

 その全てを束ね、ラグナロクへと導くために。




 

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