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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
176/193

もう一度

「何が食べたい?」


 百九番号の病室。衰弱してベッドに横たわっているのは、僕の大切な彼女だ。

 疲労からか、目の下にはクマが出来ており、顔色は薄汚れているように見える。

 運動をしていないためか、手足の肉付きは日をまたぐごとに削がれていく。

 指の末端はプルプルと震えて痙攣をしていた。

 素人目で見ても彼女の命がそう長くはないことは分かっていた。

 開いた窓から散り始めた桜の花が入ってきて、彼女の右腕の上に落ちる。


 病室のはずだった。なのに、どこか現実と異なる、霞んだ空気が漂っていた。

 そういえば僕は一体、いつからここにいたのだろうか?

 なんて、おかしな感情を抱いた。


「「パンケーキ」」


 僕はそう口に出して言う。

 緑も僅かに遅れて同じことを言って、口を手で抑えて驚いた表情をしてみせる。


「なんで分かったの!」

「なんとなく……そう言うと思って」

「いつも察しが悪いのに、今日は別人みたい」


 緑はクスクスと笑った。

 病床に伏していたためか、皮だけの細い身体が、笑う事に振動した。


「……あの時はごめん。緑は何も食べられないのに、そんなのわかりきっていたことなのに、わざわざ聞き出すような真似して。それで聞き出しておいて、『病気が治ったら食べに行こう』だなんて、酷い話でさ。でも僕は……いつかは絶対病気が治るって、そういう未来が来るって信じたくて、励ましたくて、そう言ってしまったんだと思う。相変わらず、あんまり……慣れてないんだ、そういうの」

「……あの時ってどの時?」

「え……?」

「だから、あの時っていつの話? 私と陽太でそんな話した覚えなんてあるっけなあ」

「あ……え、今、僕何を言ってた?」

「なんだか一人で勝手に反省してたよ」

「マジか……何だ、勝手に口が……喋りだしたんだ、信じてくれ、嘘じゃない」

「なんか、今日の陽太、本当におかしいね? どうしちゃったの? 私が心配でおかしくなっちゃったの?」

「そうかもしれない。きっとそうだ」

「……」


 緑は顔を反らして黙り込んだ。恥ずかしがっているのだろう、と陽太は思った。


「……なんで恥ずかしがるんだよ」

「だって……いつもは否定するじゃん、こういう時」

「そうだっけ? ……長い間、傍にいなかったから、忘れていた気がする」

「毎日、一緒にいるじゃん。それ新手のボケ? もしかしてツッコんだ方が良い? あんまり面白くないなあ」


 緑は笑顔で冗談を言ったが、声はかすかに震えていた。


「……いや、ボケじゃないよ。多分、うん。緑の言った通り、気が動転してるんだ。きっと。何か……昨日は……長い夢を見ていた気がするんだ。緑が語ってくれたような、ああ、そうだ緑が書いてた本や、緑が好きなおとぎ話……なんちゃら旋律ってやつ……それと全く同じような世界を、僕が旅してた」


 突然、昨夜の夢の話をしだす僕はさぞおかしく見えただろう。

 昨夜の夢の話を突然始めた僕は、自分でもおかしく感じた。

 だが、緑はこんなおかしな話でもちゃんと聞いてくれる。

 夢や理想を茶化さない、そんな素敵な心を持ってる子なんだ。


「ああ、そう世界樹があって。大陸が別れてて、9つの種族がいて……月と太陽は4つあってシッチャカメッチャカ、僕はその世界に招かれてさ、変な洞窟を探検したり、強い魔物と戦ったりした。心強い仲間もいたな、龍を殺したイケメンの英雄、馬鹿だけど頼りになる獣人。皮肉屋だけど何だか愛らしい魔族の女の子、オタク気質で自慢したがりな紫髪の魔術師、糸目で真面目な王家の男……なんだか色々あったけど、楽しかったんだ」

「ああ、そうなの。でも変なの、陽太はそういうおとぎ話嫌いじゃん。なんでおとぎ話が嫌いな陽太が、そんな世界に行こうとしたの?」

「この世で一番大切なモノを探しに行った……それが何なのか、今は思い出せない。そして旅の結末がどうなったか……記憶に靄がかかって……分からないんだ、思い出そうとしても、駄目なんだ」

「その大切なモノって、『私』?」

「まさか……」


「まさかじゃないでしょ」


 一瞬目を閉じて開いたら。

 眼の前の患者用のベッドに、横たわっているはずの緑はいなくて。

 後ろから可憐な声が響いた。

 

「だーれだ?!」


 冷たく長い指が僕の目を後ろから覆う。

 その声は、緑よりも少し大人びていてミステリアスだった気がする。

 誰だろう、でも僕はこの声を聞いたことがあるんだ。

 

「緑……?」


 なんでそう答えたのかは分からないけど。

 その人物が確かに緑だと、感じ取った。

 そしたら視界が晴れて。

 後ろを向くとそこには、修道服を身にまとった、とある少女の姿があった。


「う~ん、半分正解かな」

「……あなたは、誰ですか?」

「私は巫女ヴォルヴァだよ、忘れちゃったの? 陽太くん」

「僕は君を知らない。だけど、君の声は……どこかで聞いた事がある気がする」

「そのうち思い出すよ、行こう?」


 そう言って、修道服姿の巫女ヴォルヴァという女の子は僕の手を引いた。

 僕はパイプ椅子から強引に立たされる。

 そのまま手を引っ張られ、病室の扉が空いた。


 扉の向こう側にはあるべき通路がなくて。

 空気が歪んだ先に、僕と緑の高校のグラウンドに繋がっていた。


 桜が散り始めている季節で。

 西日が眩しい。

 グラウンドの隅には居残り練習をしている陸上部や、呑気にくっちゃべっている女子バレー部などがいた。

 ただの何気ない、放課後の日常の連鎖の、そんな最中を一瞬切り取った光景。

 周りは静止画のように一切動かない。


「ここは…………夢? それとも……」


 動揺している僕を無理やり連れる巫女ヴォルヴァさん。


「忘れちゃった? なら思い出巡りしようか、そしたらそのうち思い出すよ! きっと!」


 その声は優しく、なのにどこか遠い。

 そう行って案内された最初の場所は高校の図書館。

 第二校舎の一番端に位置していて、夕方の光が差込、戸棚に陳列されてある本が輝いて見える。

 巫女ヴォルヴァが、そのうちの一冊を手に取り、開くと


「これが『緑化旋律』。私のの、お父さんが作り出したオリジナルの本。とはいえ、私の『巫女の予言』のほぼ焼き直し。最後の結末が少しだけ違うの、お父さんが勝手に書き直したみたい、あの人、この結末に納得いってなかったから」

「お父さんって……緑の?」

「いいや、私、ヴォルヴァの方の」


 途端。

 眼の前にいたはずの巫女ヴォルヴァの姿が消えた。

 そして今度は背後から、消えたはずの緑の姿が現れ声が響く。


「それでこっちの『緑花旋律』、『花』の方のやつは、私のお父さんが、『緑化旋律』を日本語で翻訳したもの。ただ翻訳しただけじゃないよ? 『エッダ写本』の内容も入ってるから転移の方法も記載されてるの、そのせいで度々語り手が、お父さんとスノッリ学者で入れ替わるから、読みづらいんだけどね、そこら辺は許してだって」


 僕は緑と、巫女ヴォルヴァさんの話を全く理解できなかったがそれでも聞き入った。

 何故か、言ってることは理解できなかったけど、不思議と納得出来たから。

 緑は手にしていた「緑花旋律」の本を、「緑化旋律」の隣にしまうと。

 ホコリがついた手をパンパンと払って、腰に手をおいて


「ふ~、長ったらしい説明終わり! 少しは思い出した? 次はどこ行く? 今度は陽太が決めてね」


 と笑顔で言う。

 僕はその言葉を聞いて微笑み、今度は僕が緑の手を引いて、次の目的地に向かった。

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