ヴィーグリーズ最終決戦⑬
リーヴの「根源の異なる力」は全ての術式を使用可能と書きましたが、神術や神器に宿った術などは使用不可能です。それ以外の術は、存在を知っているなら全てピアノで弾くだけで行使可能です。
知らない術を使用したい時はリーヴは「記録樹素」を覗き探すことで補完しています。
【ヘグニ=ウォードは樹界大戦及び「魔術革命」に多大なる影響を与えた「勇者」の肩書を有す偉人】
【レーク碑石と魔剣グラムを携え、アリストロメリア家の愚王、アグネ=ド・ノートルダム、七代目邪神の受肉体、最初の系譜「熊野和」の計5名で不可侵領域にまで辿り着いたパーティのリーダーである】
【人類界から神界にかけての旅の道中では「霜の巨人」族や七代目邪神、獣人フェンリル、小人種、など多種多様な種族と交流を結び、最終的には「魔狂徒」ロキや「隻腕の軍神」テュールといった神種とも協力し、「混沌派」という一大勢力を築き上げ、樹界大戦では「秩序派」と決死の大戦を起こした】
【つまり400年前の大事件の全ての発端となった人物である】
【何故、ヘグニ=ウォードは史上最大の戦争 樹界大戦を引き起こすに至ったのか――その理由は極めてシンプルなものだった】
【それは第一の系譜「熊野和」の存在だった】
【彼女が系譜であると神種に伝わってしまったことで、神種は彼女の存在を抹殺しようと動き出した。ヘグニ=ウォード側は、「熊野和」を差し出せという要求を突っぱね、「秩序派」と対立してでも仲間である「熊野和」を守ることを決意したのだ】
【これが異世界を二分した樹界大戦の真相である】
*
意味が理解できない突然の問いを浴びせられ、黙り込む陽太。
リーヴは自分の頭を整理するためか、それとも衝撃で動揺しているのか独り言を呟き続ける。
「異世界に存在する万物は『現実世界』の模倣品だ……原初ユミルは現実世界から因果律の高い魂や自分が気に入った人物の魂の情報をコピーし、核を作りそこから生命を生み出しているに過ぎない……となると、異世界に存在する全ての生命体には、その元となったオリジナルの魂がいるはず……そして立花陽太、貴様が『ヘグニ=ウォード』のオリジナルだとすれば……」
リーヴは黙り込み思考を続ける。
(元からおかしいと思っていた。何故、立花陽太というただの一般人がこれだけの正の因果を纏っているのか……巫女オルヴァと双子魂であるという理由だけではとても説明がつかない。その理由が、此奴が『勇者』ヘグニ=ウォードのオリジナルだからだとすれば、納得がいく!)
そしてリーヴは一人、笑いだす。
「ククク……成る程、400年前の樹界大戦で旋律に大いなる影響を及ぼした人物……獣人フェンリル、七代目邪神、アリストロメリア家の愚王、アグネ=ド・ノートルダム、巫女ハーラル=ヒルデダント、ネリネ家、その因果を継いだ次世代の者たちが全て、このラグナロク確定の瞬間に再び我の脅威となっている理由!! それは貴様が原因なのかッ! 貴様だッ、ヘグニ=ウォード、貴様の因果に導かれ、今この場に、旋律書には記載がなかった数々の謀反者が集っているわけか!!」
リーヴは心なしか興奮しているように見えた。
陽太は訳が分からないものの、リーヴが語る時間を活用し己の肉体の回復を進める。
「だとすれば、貴様をここで完全に殺すことが。400年前の樹界大戦で生じた今日まで続く神々の失態を晴らすことに繋がるわけだ! 新たな神となった我と、旧時代の勇者のオリジナルの貴様が、この神聖なる地『ヴィーグリーズの間』に立ち相まみえていることは必然であったわけだ」
リーヴの興奮は、何者でもない貧弱な眼の前の男「立花陽太」が、この神聖な地に立っていることへの嫌悪感を晴らしたからであった。
ここでリーヴは初めて陽太を「自分に相対する敵」として、認めたわけである。
かえって陽太は。
独り言を聞き流しながら眼の前のリーヴを倒すことに全力を注ぐため思考を纏める。
(正体不明の謎の石板の式具。あれを起動してから、リーヴは巫女の輪廻転生の巫術を使用してきた。その後、リーヴを一度殺したにも関わらず「根源の異なる力」は死後にも発動したことから……あの石板が巫女の巫術を補佐しているに違いない)
【レーク碑石。手のひらサイズの石板型の特殊式具】
【その効力『記載した術式の永続化』】
【効力の恩恵を受けるのは現在所有者のみであり、新たな所有者となるには前任の所有者が死亡した状態でレーク碑石にルーン文字で名を連ねる必要がある】
【元は先代巫女ハーラル=ヒルデダントが所有していた式具だった】
【『勇者』ヘグニ=ウォードが旅に出る前に巫女ハーラルから借り受け、これを利用することで勇者一行は魔術革命へと至ったとされている】
【現所有者リーヴ=ジギタリスは『根源の異なる力』で呪縛の輪廻術『回旋曲』を再現、その術を『レーク碑石』に記録することで、かつてのヘグニと同じように『回旋曲』の術を永続化させている】
【『根源の異なる力』は使用者が死亡してしまえば、その能力が解除される。そのため死亡をトリガーに発動する『回旋曲』はリーヴが『根源の異なる力』で使用しても意味がない】
【その欠陥を『レーク碑石』を使うことで埋め合わせ、結果として現在のリーヴはかつての『勇者』ヘグニと同様に死後無限復活が可能な人物と成った】
両者、無言のうちに再び戦闘を開始した。
陽太は神器「ミョルニル」を使用しながら、可能ならばリーヴの展開した自己世界領域を破壊しつつ、「魂」属性の術を浴びせる機会を伺う。
対してリーヴは、陽太の「魂」属性の攻撃を最大限注意しつつ、結界術を匠に用い、陽太を自己世界領域内部に招き入れ、合奏術式で攻撃をする。
外界樹素を乱す強固な物質界の肉体。
1ヶ月の研鑽期間で飛躍的に精度が上昇した保護術式や身体強化術による防御。
それに加え、着用している「勇者の鎧」によって保護&防壁術は更に強固に。
また、神器「ミョルニル」所有時における副次的効果「所有者の概念序列の上昇」。
そして土属性の魔術を応用した治癒術式の成立。
これらによって陽太の防御力と回復力は尋常ならざる進化を遂げている。
もはや鉄壁――単純な肉体強度だけならば覚醒時のシグルドと比べても遜色ない。
だが、とはいえ長時間の術式使用と度重なる致命傷により。
確実に陽太は追い詰められていた。
一対一の戦いは数分間続き、その一瞬が陽太にとってはとてつもなく永く感じられた。
そして何分間の攻防の末に――ついに限界が訪れる。
陽太は突然、吐血し地面に片膝をつけた。
身体は痙攣し、傷口は治癒したはずなのに猛烈に痛み、頭痛と目眩に襲われる。
リーヴによる攻撃ではない。
それは疲労と負傷による、陽太の、戦闘限界を示す合図であった。
リーヴは独りでに苦しむ陽太を前にして、じっと見下す。
「主に式具の重量装備の弊害だな。ここまでよくも耐えたものだ、しかし、ここが才なき者の限界か」
【式具の大量装備】
【式具とは、予め術が宿った式そのものである。そのため使用者は基本的に式具に樹素を通すだけで簡単に術を行使できる】
【だが、式具使用中は『術式発動状態』と何ら変わらない。術は編纂能力が求められるが故、別々の術を同時併用しようとすればするほど編纂難易度が上がり、かつ術の精度も落ちる】
【また式具も、神器ほど強固な繋がりではないが所有者との間に僅かながら『忠誠』の関係があり、式具を多数装備すると、各々の式具が相性が悪い場合反発しあうデメリットがあった】
【それ故に異世界の住民は戦闘武器などの式具を多数同時に使用することはしない】
【だが立花陽太のように物質界の肉体を持つ者は、異世界に通ずる制約の干渉を受けづらい。そのため他の者とは違い、立花陽太は『ヴーグリーズの間』及び『不可侵領域』突入前にイーヴァルティから借りた多数の式具を装備して参った】
「鎧、袋、魔剣、義手に加え『雷帝』トールの神器を装備しながら……己でも術を使用する……これほど術が相殺しあえば、いかに此岸の肉体を持つといえど限界だな」
「……黙れ」
陽太は強い口調で言い放った。
だが、虚勢を張った態度とは裏腹に身体は正直に限界を告げる。
鼻からは大量の血が垂れ出す。
術を編纂し続けたことによる脳回路の限界だ。
「先ほどまでは無礼であったな。貴様はよくやった。『勇者』ヘグニと同じく……持たざる者が、知恵と努力とその身ひとつでよくぞここまで……そこまでして此岸を守りたいと願うその覚悟、敵ながら称賛に値する、理解できるぞ、その心。誰であっても故郷は愛おしく思えるものだ、我とて同じ」
リーヴは両の手を叩き合わせ乾いた拍手を送る。
拍手の音が耳の中で鼓膜して、やけに響いたように陽太は感じた。
「黙れ……僕を勝手に……分かった気になるなッ。僕は……此岸がどうとか、異世界の危機がどうとか、そんな大層な理由で……ここまでやってきたんじゃないッ」
陽太はもはや勝てる見込みはなくても、それでもリーヴへの敵意を抱き続ける。
「僕は……巫女を……緑を、緑に伝えたいことがあって、ここまでやってきたんだッ。お前と同じじゃないッ! 誰かのためとか、意義があるからとか、役割を担わされたとか、そんな生半可な気持ちでッ! ここに立ってないッ! リーヴ=ジギタリス、お前とは違う。僕は……お前とは違う」
「どう違う?」
「僕は自分の理想に従ってここまできたんだッ! 他の者の理想を潰してでも、自分の命を投げ捨ててでも、やらなきゃいけないことがあったんだッ! 果たすべき使命があったんだッ! それは誰かに言われたからとか、誰かに命令されたからじゃないッ! 僕がそうすべきだと思ったからだッ!! それが……僕とお前の違いだ……リーヴ……お前は結局、ユミルの代弁者だ、寄生樹の代行者だッ! そこに理想はない。あるのは……責任と重圧だけ……僕の旅は……短くて辛く……後世に伝わるような……そんな有り難くて希望に満ちた話ではなかった。誰もが途中で読み終えずに、放棄してしまうような、稚拙なものだったかもしれない。他の人に読んでと伝えても、読んでもくれやしない退屈なものなのかもしれない。けれど、僕は僕の意思でここまで旅を進めた。そして自分の理想で、ここに立っている。どんなに下手でも、どんなに情けなくても、どんなに面白味もなくても、これは僕の物語なんだ。そして緑が願った物語だったんだ。大したことない人間かもしれないけど、旅が終わるまでは、理想が叶うまでは、ラグナロクまでは、これは僕の物語であり、僕が主人公なんだよ」
「……」
「お前でも、寄生樹でも、ましてやユミルでもない。巫女がどうとか、どうでもいいッ! 異世界が滅ぼうが、現実世界が消えようがしったこっちゃないッ! 僕は緑にあって約束を果たす。そのためだけにここにいる。リーヴ=ジギタリス、お前は何故、ここにいる?」
「何故だと……それは……新たな異世界の礎として……」
「その新世界とやらは、本当に、お前の理想だったのか?」
「……理想ではないが。争いと殺戮に塗れ、潰えた汚らしい現実世界よりかは、よっぽどマシだろう?」
「どうだろうな。僕の世界とこっちの異世界、どっちがマシかなんて、現実世界に生きてないお前には、語る権利なんてないだろ?」
陽太の返答を聞き、リーヴは黙り込んだ。
言い返せなかったからではない。
反論が思いつかなかったからではない。
図星をつかれたからでもない。
ただ、陽太の言葉を否定するのは「間違い」だと直感的に感じたため、だ。
【お? 模造品が嫉妬か?そういうお前は 原初ユミルのひっつき虫のくせにな】
【だからもう、僕は、自分の命に、価値なんて感じていないよ。殺すなら殺せば良い、リーヴ=ジギタリス。だが、覚えておけ、僕を殺し、新たな神の座に昇格することは、僕の苦しみを背負うことと同義だ。今度は君が、僕の苦しみを背負っていくんだ。そうして、偽りの神を演じて、物語を進行させていく番さ】
【ユミルの肉体に強引に魂を保存された、青年R。彼の正体こそ、リーヴ=ジギタリスだ。リーヴは樹素を元に、その青年Rをモデルに作られた模造品なのだ】
【身に余る責務を負わされ、人類のために犠牲になった人物、その人物を元に構築されたのがリーヴ。彼はいわば、ユミルと青年Rの悲痛の叫びそのもの。そんな彼らを救ってほしい】
【世界を――巫女を――そして竜崎の野郎を――救ってやってくれ】
瞬間。
リーヴの脳内に「記録樹素」に残された、何者かの言葉の数々が入り込んできた。
リーヴは咄嗟に額を叩き、その記憶を忘れようとする。
「この体験したことのない記憶は……ユミルの仕業か……今更……何を……我に……」
―竜崎。竜崎。―
続いて、リーヴの脳内に直接、ユミルの声と思わしき、男児の可愛らしい声が語りかけてくる。
―今まで、言わなかったけどね。僕がね、この世界を作ったのは。現実世界が嫌になったから、ではないよ―
「やめろ」
リーヴは威勢の高ぶりを抑え、言い出す。
その顔は悲観に満ちている。
「やめろやめろ、やめろ」
何かを否定している。
何かに恐怖している。
陽太には少なくとも、そう見えた。
―そして君を作り出したのも、僕の意思を代行してほしいからじゃない―
「どうして、ならば……どうして……やめろやめろ」
一人つぶやき続ける。
―ラグナロクは近い。どうするかは、君が決めるといい。僕は君を信頼している―
「責任を押し付けるな……我に……責任を……また……またか……まただ……」
酷く動揺するリーヴ。
ついには頭を抱え大声で騒ぎ出す。
「もう……沢山なんだ…………思い出させないでくれ……やっと……やっと忘れてしまえた所だったんだ。我は……いや私は……そんな……そんなッ! 誰かが……誰かが決めないといけなかったんだッ……私は悪くないんだッ!」
―一緒にやり直そうって、決めたじゃないか。大丈夫、僕が傍にいるよ―
もはや先ほどまでの貫録のある様子は、どこ吹く風。
今のリーヴは、落着きと冷静さを失った愚かな子どものようにしか見えなかった。
まるで宿題をせず、遊び呆けていて、それを母親に指摘され、駄々をこねるような、子ども。
錯乱した後、息を切らし、落着き。
窶れた顔で、眼の前の立花陽太を見つめる。
「駄目だ。許されない。許されないのだ。現実世界は消えゆくべきなのだ。それが私の『罪』を払拭する……唯一の手段なのだッ! 異世界の恒常を乱す、貴様は邪魔だ、立花陽太ッ!!」
リーヴは結界の99%を陽太に貼り付け。
そして怒りの感情のまま唱える。
〔鎮魂歌ッ!〕
それは陽太が異世界に転移するために、魂を捧げ使用した合奏術式。
魂を葬送するためだけの術。
瞬間――。
リーヴの手の平に、ただのナイフが出現。
それは、立花陽太が自死するために使用したナイフそのものであった。
ナイフを両の手でつかみ、リーヴは渾身の力をもって、陽太の喉元を貫いた。
ひくひくと身体が動き、左右の手で陽太は喉元に刺さったナイフを抜こうともがくも、絶命。
「ヴィーグリーズの間」には、血塗られたナイフと、リーヴだけが残され。
立花陽太はここで息絶える――。