ヴィーグリーズ最終決戦⑪
今回新しく出てきた「概念序列」については、過去の話でたまにその単語が登場しているのでよかったら見返してみてください。
【レーク碑石】
【永劫の花『彼岸花』を素材に作られた式具】
【前任者は樹界大戦終結に導いた『勇者』の肩書を有すヘグニ=ウォード】
【その式具の効力は――】
手足や体の末端が子鹿のように震えても尚、立ち上がる立花陽太の弱き姿を見て。
リーヴは鼻で笑う。
「ほう、立ち上がってくるか? 『黒曜を吐く鏡』の威力は伊達ではない。精神崩壊して廃人になってもおかしくないのだが……貴様、精神だけは強いようだな」
「はあ……はあ……」
「気づいているか? 貴様、我の結界内に入っているぞ」
リーヴはボロボロの状態の陽太を見て、思わず注意をする。
もはや自分がどんな状況にあるかも理解出来ないほど、陽太の精神は擦り切れていた。
ふらふらとした放浪者のような足取り。
傷だらけの体に、虚ろな目。
とても「ヴィーグリーズの間」に立つことを許された風貌の者がする表情ではない。
その無様さが逆にリーヴの逆鱗に触れる。
「今、我が術式を発動すれば貴様は一瞬で粉微塵になり死ぬ。分かっているのか? この状況を。龍『殺し』は戦闘不能に陥り、廃人寸前の転移者モドキのみ。もはや貴様に勝ち目などないであろう? にも関わらず……なぜ立ち上がる?」
「く……そ……」
陽太は自分の拳で額を割れんばかりに叩き、壊れかけた精神を取り戻す。
「殺すのは容易いが……一つ聞きたいことがあってな。貴様、何者だ」
リーヴは軽く陽太の首をはね飛ばせる状況下で、眼の前の不可解な光景に耐えきれず聞く。
「旋律書には貴様についての記述は全く存在しなかった。いや……あったのは龍『殺し』についてのみ。それに貴様だけではない。『神食い』のフェンリルの転生体、ド・ノートルダム』の血族、『七代目邪神の娘』に……『アグネ家』の末裔……小奴らについての情報は一切、予言書に記載などない。ましてや『ウプサラの結界』を転移させ閉じ込めたはずの反逆者たちが脱走してくるなど……予想もしていなかった。これらの惨事は、全て、『立花陽太』貴様に起因する」
「何が聞きたい……?」
「今現在に繋がる全ての事象が、貴様の纏う『正の因果』に導かれてこうして結果として現れた。それだけの祝福を享受しているという事実……只者ではあるまい」
ここでリーヴはわざとらしくため息を吐いて、一呼吸間隔を置き
「…と思えば、そこにいたのはただの異世界転移者、凡庸の極みのような男よ。此岸の肉体を活用して式具を重量装備しているだけの男。今思えば、このレーク碑石の前任者……ヘグニ=ウォードも確か……ちょうど貴様のような退屈な一門兵であったな」
「相手が僕で弱くて満足……余裕ってことかよ」
「いや、貴様のような相手が此岸の世界からの最後の刺客かと思うと……流石に此岸の連中も浮かばれぬと同情をしていた所だ。ことの重大さが分かっていないな? 貴様が今ここで我に敗北すれば――此岸は消滅の運命を辿る。文字通り、これから生まれるであろう全ての生命の灯火、何千何億何兆もの子と連なる遥かなる未来。それら全てが貴様が貧弱なせいで、今日今宵今この場で潰えるのだ……フフ……」
「何がおかしい」
「原初ユミルに全てを被せ、汚れを異世界に全て追放して尚、物質界はその巡りゆく因果のせいで消滅するのだ。これほど愉快なことはあるまい、これこそが『因果応報』」
「もう……勝ったつもり……かよ」
陽太は口元から流れる血を打我の篭手で拭き、戦闘態勢を取る。
「そうか、せいせい足掻くといい。貴様の愚かな足掻きを盃にして、今宵は曲を奏でよう。異世界が正式な世界へと昇華されるための……セレモニーとなる歌を」
突然、陽太は腰に巻き付けていた「ヴィドフニルの袋」の中に手を突っ込んだ。
そして取り出されたのは――一本の槌。
〔神器起動〕
禍々しい樹素を振りまいて、発動されたそれは。
かつてその圧倒的な強さ故に「雷帝」と恐れられた戦闘神「トール」の手にしていた神器。
名を「ミョルニル」。
〔撲殺〕
陽太は詠唱をした後、神器ミョルニルをフリスビーのように振るって投げる。
回転しながら宙を飛来し、ミョルニルの槌頭がリーヴの顔面に直撃した。
「ッ……!!」
鈍い打撃音と骨の砕ける音が響く。
ミョルニルはリーヴに直撃した後、意思を持つかのように弾け返り弧の軌道を描いて、所有者である陽太の手の中に帰還した。
(あれは『雷帝』トールの……『至上』を司る神器ミョルニルッ! なぜ、立花陽太の手にッ!)
激痛の中、リーヴは陽太の手にしているミョルニルを見て思わず驚く。
すぐさま対策しようと、リーヴは結界を再び分断。
その一部を陽太の足元に移動させ合奏術式で仕留めにかかろうとするが。
「!!」
あろうことか、陽太は足元に展開されたリーヴの自己世界領域を、ミョルニルで殴打。
地面に向かってミョルニルを叩きつけると、亀裂が走り、結界ごとリーヴの自己世界領域が粉々に砕け散った。
「チッ……ミョルニルの神秘について知っているのか……」
リーヴは苛立ち、思わず舌打ちをした。
(神器の神秘について知る者はそう多くない。神器はいわば神が神たる要。それが露見してしまえば所有者にとって致命傷になるうるからだ……『雷帝』の『至上』の神器の効力を知る者は片手で数えるほども存在しない……十中八九『記録樹素』を覗かなければ知り得ない情報だ。それをなぜ、立花陽太が知っているか……我以外に『記録樹素』を覗ける人物……まさか『吟遊詩神』の仕業か? あの老人め、余計な真似を)
【『いや、いいんだ。こちらの話だ、君には関係ない。それと……そうだ……リーヴと戦うのであれば……これを持っていくと良い。見た所、君もリーヴと戦うために精一杯の武装をしているようだが、それでは心もとない。これを使え』】
【そう言って、ブラキがこちらに向けた右掌には。】
【大気中の樹素が集まり、一本の小さな――鎚が顕現。】
【見たこともない、芳醇な樹素が宿っている式具があった】
【かつての友が使用していた神器だ。此岸の肉体を持つ君ならば、神素でなくても、この神器を起動できるだろう。この神器はリーヴとの戦いできっと役立つ】
リーヴの予想通り、陽太は「ヴィーグリーズの間」に訪れる前にブラキと出会い神器「ミョルニル」の使用法及び神秘について教えられている。
「…となると、自己世界領域を分割させることは得策では無いか……概念序列は貴様の方が上にあるからな」
【概念序列】
【原初ユミルによって定められている異世界の法則】
【異世界が創設されて間もない時、ユミル及び『寄生樹』ユグドラシルは十二の神器を作り出し、自身の代行者である神種に託した。それは異世界の安定と秩序を願っての行為であった】
【だが寄生樹自体も異世界全土を隈なく掌握出来るとは限らない】
【いつかは危険因子が出現し、異世界の秩序が脅かされることは創設段階で予め危惧していた】
【現に、『神食い』のフェンリルや七代目邪神など、寄生樹自体が特大の神秘を意図的に配給していないにも関わらず、偶発的に生まれる圧倒的強者は極稀に出現してしまう。つまり神に匹敵する力を持ち、かつ自分に従うことのない猛者が生まれ落ちる可能性は十分にあった。また何れはこの異世界に現れる系譜に対抗するためにも神種が絶対的な統治者として君臨することは必須事項であった】
【そのために『寄生樹』は神種に与えた神器に『圧倒的』かつ『絶対的』な力を与える】
【しかし、その対策ゆえに弊害が生じた】
【例えば、『完遂』の神器グングニル、これは所有者の意思を完遂するために機能する神器であるが、この『完遂』の機能と、『燼滅』の神器レーヴァテインの『黒灰化』、この2つがぶつかりあった時に“一体どちらの神秘が優先されるのか?”という問題】
【これは『矛盾』という言葉の起源となった中国の古典『韓非子』の「矛と盾」の故事にも通ずる所がある】
【つまり絶対的な力と絶対的な力同士がぶつかりあった時どうなるのか?】
【異世界ではこの疑問への明確な答えが出された。その答えこそ『両者の機能停止』。つまり絶対的な術と術がぶつかりあった際、不具合が生じ両者とも機能を停止させるか、最悪の場合どちらも機能不全に陥る。これはゲームで言う所のバグのような存在であった】
【これを鑑みた『寄生樹』ユグドラシルは原初ユミルを通じて『概念序列』という法則を異世界に導入】
【これは『概念』そのものに序列を予め設けることでえ、機能不全を解消する試みである】
【即ち、絶対貫ける矛の概念、その序列を上に置くことで、矛と盾が激突した際に、矛が打ち勝つように設計させ、機能停止または機能不全を発生させなくするという強引な解消法である】
【このため、異世界に存在する森羅万象の術には『概念序列』という裏の要素が定められており、両者が衝突した場合には概念の序列が高い方が優先して実行される】
【そして『至上』の神器ミョルニルの効力こそ『概念序列の最上位』】
【つまりありとあらゆる術式と拮抗・相対した際、絶対に打ち勝てるというもの】
【ミョルニルの前では如何なる術も撲殺される。それは同列の神器であっても同じ――】
陽太はリーヴに接近。
その速度も先程に比べて明らかに早くなっている。
(なる程、剣術の居合流と同時に、風属性の術を体に纏うことで身体能力を上げている)
その種をリーヴは直ぐ様見抜く。
リーヴは勢いよく接近してくる陽太に向かって、結界を分割。
陽太から見えない軌道で、分割した小さな結界を陽太の足元へ忍ばせようとした。
案の定、陽太はそれに気づいていない。
そして
〔聖譚曲〕
合奏術式を発動。
陽太の足元にある結界から光の柱が出現。
内部の陽太はその光に焼かれ苦しむ。
だが
(ッ……以前よりも効きが悪いッ)
明らかに術の出力が落ちていた。
その理由をリーヴは一瞬で理解する。
(そうか。『至上』の神器の副次的効力……手にしている所有者自体の『概念序列』をも底上げするのかッ!!)
『至上』の神器ミョルニルを手にしている際は。
その所有者自身の概念序列も上がり、食らう術の出力も低下する。
陽太はその恩恵を受け、合奏術式での攻撃に対し防御力が確かに増していた。
そのため、今の陽太は――「聖譚曲」如きでは止まらない。
動揺するリーヴに対し、陽太は光の浄化を受けながらも、接近。
ついにリーヴの腹にミョルニルで渾身の一撃を入れる。
「ぐッあッ」
そしてそのまま、左手の平でリーヴの首根っこを掴み――。
〔『式』系統は魔素――奔雷〕
「魂」の属性に染まった雷撃をゼロ距離で放った。