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リンカーネーション  作者: 鹿十
第二章 ダンジョン編
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獣人

 ガルムは苦難していた。

 彼には壊滅的に方向感覚が無い。

 おまけに記憶力も欠如している。

 自分が今どこにいて、どこを走ったのか、もう綺麗さっぱり忘れてしまった。

 

 ダンジョンに入ってから二時間が経過した。

 何故か自分だけ別の空間に転移され、他十六名のギルド隊員と完全に隔絶された状況に陥ったが、ガルムにとっては、それは悩みの種と成りえない。

 

 むしろラッキーだと思っていた。

 彼は組織で動くことが苦手だった。

 すなわち、協調性が皆無であった。

 誰かから指示を受け行動をしたり、時には制限を受けたりすることが大の苦手だった。

 だからこそ孤立した現在の状況は、むしろ好機ですらあると感じていた。

 

 彼を悩ませる要因は、孤立という問題よりもむしろ、ダンジョンが持つその複雑さにあった。

 迷宮とも呼ばれるほど広大なダンジョンは、定型ではなく、時間が経るにつれて内部の環境や構造が目まぐるしく変化するものもある。

 実際、ダンジョンに訪れた冒険者の死因は「迷宮化したダンジョンで遭難して餓死」という項目が全体の三割を占めている。

 

 ガルムは人間種ヒューマニティでは無く、獣人種ビースターズと呼ばれる種族に属する。

 その特徴として、人間とは異なる圧倒的な身体能力、特化した様々な生体機能を有している。 彼の体には樹素の流れを皮膚で捉える特殊な能力が備わっていた。

 ガルムは本能の赴くままダンジョン内を散策し回っていたが、彼の生来の特異機能を酷使しても、規格外の大きさを誇るこのダンジョンを順序良く進むことは不可能であった。


「だァッ! また同じ所に来ちまったよッ! クソッ、エレぇ面倒くせェ場所だッ」

 

 ガルムは四足歩行を解き、その場に大の字になって寝そべる。

 筋肉質で鍛え上げられたな体、その端々には銀色の体毛が生い茂る。

 人間の毛とは異なり、一本一本が太く、剛毛な体毛だ。

 動物のように完全に皮膚を覆い隠し、防御する役割を担っている。狼の耳に似た耳を持ち、銀髪の髪の毛は松の葉のように鋭く、両手と両足の先には鋭利な爪、そして口には鮫のそれと寸分変わらない尖った牙が見える。

 多くの魔物と死闘を繰り広げた後だからであろうか、その牙と爪は魔物の返り血で染まっていて、何故か上着は着ておらず半裸であった。


「次はどっちに行こうかなァ、クソ。さっきは西に向かった気がするなァ。じゃあ今度は北に向かってみッか」

 

 舌なめずりをしながら、ゆっくりと起き上がるガルム。

 すると、ガルムはとある魔獣と目が合う。

 その魔獣は、黒色の瞳でガルムを注視していた。桃色の腫れあがった声帯を持つ中級魔獣――モーショボーだ。

 しかも、陽太と戦ったものよりも数倍大きく、逞しい体付きをしている。


「あ? ンだよ、鳥。やンのか?」


 ガルムは所かまわず喧嘩を売る地元の不良のように威嚇して見せた。しかしモーショボーは首を傾げたまま全く動かず、不敵な笑みを浮かべている。


「今、俺ァ、たらふく魔獣を食った後で腹が一杯ェなんだ。お前を狩るつもりはねェ、今ここで引くってンなら、見逃してやるぜ、害鳥」

「ゥ? ゥウ?」

 

 モーショボーは大量の涎を垂れ流す。

 どうやら怪鳥はガルムを見逃すつもりは毛頭無いようだ。

 ここで今、彼の内臓を貪り食うことに決めたらしい。

 その豪壮な翼を大きく開き、声帯を体に収納し、ガルムに向かって突撃せんと構え出した。


「馬鹿が」


 ガルムは小さな声で呟く。

 同時に、モーショボーは敏捷性を遺憾なく発揮し、ガルムに向かって突撃をした。

 嘴の先がガルムの体表に達しようとした瞬間、怪鳥の視界からガルムの姿が消える。

 

 モーショボーは動揺した。

 ただ気づかなかった、モーショボーの動体視力では、ガルムの動きを捉え切れなかっただけであるという事実を。

 ガルムは消えたのではなく、移動しただけだ。

 後方からは、ガルムの落ち着いた声が聞こえる。


「おせェ。ウスノロにも程があるってンだよ。欠伸が出ちまうくらいノロいなァ、お前」

 

 彼は悠々とした態度で、ズボンのポケットに手を突っ込みながら、怪鳥の後ろを歩いていた。

 モーショボーの額から冷や汗が流れる。

 モーショボーは、ガルムの俊敏な動きを間近で確認し、手に負えないと判断したのか、翼を畳み、頭を垂れた。

 モーショボーの降伏の証である。

 そのシグナルの意味を、同じく獣であるガルムは本能的に察した、しかし鋭利な牙を舐めながら彼は


「降伏かァ? だが……おかしいと思わないかのかァ? 相手を殺す気で攻撃しておいて負けそうになったら頭を垂れれば許してもらえるとでも思ってンのかよ、害鳥野郎が。駄目だね。お前は自然の掟を破りやがった。無様なお前に教えてやろうかァ? 自然の掟ってヤツをよォ」

 

 モーショボーは体を震わせながら、下げた頭を上げて、ガルムの様子を確認した。

 ガルムと目を合わせ、口元を緩ませ、敵意が無いことをアピールした。

 しかし。

 瞬間、モーショボーの視界は斜めに曲がった。

 

 否、違う。

 頭が切り落とされたのだ。

 首の上から切断され、胴体と頭は生き別れになり、頭は切断面から血を噴出しながら、冷たい岩の地面に落ち、首から出血した大量の血が地面に血だまりを作った。

 

 ガルムはただ、モーショボーに向かって右手を払っただけだ。

 その右手に生える爪が、怪鳥の首を跳ねただけである。

 何も特別な力は用いていない。

 ガルムの純粋な膂力とナイフよりも高い切れ味を誇る爪が、その速攻を可能としただけだ。

 小細工や仕掛けがあるわけではない。 

 怪鳥の血が滴る爪を動かし、その血を払ってから、ガルムは


「自分より強い奴に喧嘩を売ったら、死ぬぜって話だ。どんな小動物でも熟知しているこの当たり前の自然界の法則を、お前は破りやがったァ。だから死ぬンだぜ、害鳥がよォ」

 

 中級魔獣のモーショボーとガルムの間には、抗い様の無い力の「差」が存在していた。

 



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