ヴィーグリーズ最終決戦⑤
ーあの「座」のガキ、全く喋らんな気味が悪いー
ーどうやら戦争孤児だった時代、敵兵からの拷問で「舌」を抜かれちまったようでー
ーはい、色々な玩具や知育道具、本や映像を与えたのですが、何一つ関心を示さずー
ー木の柵で囲まれた範囲内なら、どこへ行ってもいいよ、と許可を出しても、外が怖いのか研究室から全く出ようとしませんー
ー伝記、歴史はあまり好きではないようで。特に機械系、それも戦闘兵器などに強い拒否感を示していますー
ー偏食傾向にあり、精神的にもナイーブで、過剰なストレスを受けると爪で肌をかきむしる癖を持っていて、止めさせようにも絶対に止めないみたいでー
ー対人への強い嫌悪感が見られます、これも虐待や拷問の影響かとー
ーS解機関のコア部分の制作に成功したとの噂が、はいー
ーああ、ですがフィクションの物語は好むみたいです。特に北欧神話の物語が好きみたいでー
ーふん、顔色と目つきの悪いガキだ。誰のおかげで貴様のような孤児があの焦土から生き残れたと思っているー
ーなら、俺が少し、教えてやる。キラキラ星くらいなら弾けるからなー
*
「なんだ……」
隔離、という詠唱を皮切りに。
外界樹素が急速にリーヴに収束する。
そして顕現する第三世界。
リーヴ=ジギタリスの「根源の異なる力」。
リーヴの身体を中心に、三日月型の板が出現。
そしてリーヴの身体自身も光り輝き、優雅な黒一色のタキシード姿に変身した。
「あれは……鍵盤?」
リーヴがそっと優しく赤子に触れるように、歪な形で第三領域内部に出現した鍵盤に手を添え
〔殃禍〕
音を奏でると――。
瞬間、リーヴを起点にして全方位に、鎌鼬が発生。
もちろん、陽太とリーヴは避けられず両者、風の刃で身体を切り裂かれ体表に傷を負った。
「「ッ!!」」
リーヴは演奏する手を止めず鍵盤を弾くと
〔幻想曲 〕
美しい小節が奏でられた後、リーヴの身体の傷は瞬く間に治癒され復元。
その様子を見ていた陽太とシグルドは、喉に溜まった唾を飲み込み。
シグルドが思わず口を開く
「合奏術式……」
【合奏術式】
【術式の最終極地】
【人体を『式』として捧げることで原初ユミルの魂と契約を結び、対価として術の恩恵を得る、古代での術の発動方法である『契約儀式』の元発動する術】
【『魔術革命』が成し遂げられる以前、人類は『契約儀式』以外の形で術を発動出来なかった】
【そのために供物となる人間を選び、それを代償にして術を発動する】
【更には術の発動のために、演舞や宴などを取り入れ、かつ数十人単位での人間が相互に協力し合うことで儀式としての完成度を底上げし、三日三晩掛けて発動することもあった】
【そうして生まれたのが『合奏術式』。今もその形式は残って入るものの、『魔術革命』が成された現在、この方法を用いて術を発動させる者はごく一部に限定される】
【『巫術』や『呪術』などは『合奏術式』の一つであり、『巫術』は巫女の魂を捧げた上で発動、『呪術』はルーン文字体系と場合によっては負の因果律を使用して発動される】
「演奏を続けよう。定められた旋律から乱れぬよう調和する音を奏でるのだ」
リーヴは自己世界領域に出現した多数の鍵盤を弾き、演奏を行うと
〔夢想曲〕
詠唱する。
瞬間――。
「あ……あれ……」
陽太は全く別の場所にポツリと立っていた。
数多の式具で武装していない姿、学校の制服を着用していて季節は春。
それは陽太の母校での、なんてことない日常を切り取りしたもの。
「陽太」
甘い言葉を掛けられ振り向くと。
そこには最愛の千歳緑の姿があった。
場所は校門の前。
千歳緑は綺麗な長髪を揺らしながら僕に近づき、一冊の本を差し出す。
「はい、これ、私が書いたやつ、2巻目ね」
「もう書き終わったのか?」
「うん5巻目まで書き終えてるよ」
「書きすぎだよ……」
「それより……約束だよ?」
緑は少し頬を赤らめ照れて言う。
「全部読んだら、感想文を書いてくれるって、交換だからね?」
「感想文を書いて、僕は何がもらえるんだ?」
「う~んとね、分かんないけど、そうだ。その『彼岸花』の押し花の栞とかどう?」
「いらないなあ……」
「いいから、早く読み終えること! これは約束だからね! もはや『契約』だから!」
「はいはい、分かったよ」
緑と過ごしたなんてことのない日常の欠片。
それが脳内で再生されている。
僕の気分は戦闘状態から戻り、落ち着いて和やかな気分になっていた。
瞬間――。
〔極冠〕
凄まじい出力での氷結術が、無防備な陽太とシグルドを襲う。
その衝撃で二人共、現実世界へ戻された。
二人共、完全に氷結され動けない。
凍てつく低温が陽太とシグルドの体を蝕む。
身動きが取れない中
〔殃禍〕
固められた二人を風の刃が襲う。
氷は衝撃で砕け、陽太とシグルドは風の刃での切り傷を負った。
(今のは……幻覚? 妖術か?! ……いや違うそれよりも何段階も高度な術だった。完全な仮想空間を脳内で作り出されていた……)
シグルドは分析を続ける。
(成る程……リーヴ=ジギタリスの『根源の異なる力』は高度な術をノーリスク&無詠唱で発動できるものなのか……おそらくあの鍵盤で演奏するだけで、合奏術式を再現できるのかッ、今まで与えた外的ダメージも全て合奏術式で治癒されてしまった……)
追い詰められ傷だらけだったリーヴの体は「幻想曲」の効果によって完全に再生されている。
緊迫した戦いの最中、リーヴだけはやけに落ち着いており、気品のある所作で鍵盤を撫でる。
(もっと優しく……奏でるのだ……美しい音色を……調和の取れた旋律に従った世界を……我の望む世界に……立花陽太、貴様のような外れ音は、必要ないのだッ!)
募る、此岸からの悪魔――立花陽太への怒り。
しかしリーヴは胸の奥へその怒りをぐっと抑え、鍵盤に振れる。
「では、演奏を続けるとするか。我が奏でるこの音楽を、次世代の完全なる異世界へ向けた、祝福としよう」
「根源の異なる力」を開放したリーヴvs陽太、シグルドの。
世界の命運を決定するこの最終決戦も佳境を迎えようとしていた。