ヴィーグリーズ最終決戦②
術式の分野別難易度
レベル1:系統変換
レベル2:系統変換した樹素を体内に流し身体強化(基礎闘術)、基礎魔術
レベル3:付与記号の習得、保護術式・防壁術式、基礎的な応急処置の術式
レベル4:短文詠唱(術が複雑強力になるほど難易度も増す)
レベル5:治癒術式(主に幻術)、対立術(対応する術によって難易度が変動)
レベル6:原型術式の習得
レベル7:無詠唱術(式無しでの術発動)
レベル8:術式の創造
カテゴリー分け不可(術者としての腕前以前に、適正があるかどうかで決まる):属性の拡張現象、光闇術式の使用、原生術式や霊術などの固有術式
陽太はレベル4~6辺り、フレンはレベル7、スノトラが6~8くらい
総合的な術者の技量はフレンの方が上だけど、上限が無いのがスノトラってイメージ
もちろん、技術難易度だけの話でレベル帯が低い術者が弱いわけではありません
現にシグルドはレベル2、3程度ですが、基礎的な身体強化術を極めているため、レベル8相当とも余裕で戦えます。
(おかしい……)
リーヴはヴィーグリーズの間に遅れてやってきた男 立花陽太を見て思う。
先ほどからずっと感じていた違和感が、立花陽太の出現にて、疑惑から確信へと変わる。
(ブラキが記述した旋律書には、龍「殺し」しか存在しなかった……『ヴィーグリーズの間』にて我と対峙し我を塞ぐ最大の衝撃は龍「殺し」だと……だからこそ我は龍「殺し」に対し最大の警戒をはらった……にも関わらず、『ヴィーグリーズの間』にはアグネの末裔、邪神の娘、フェンリルの転生体、ネリネ家の嫡男……と多くの人間がここに到達している。その中でも『立花陽太』彼奴に関する情報は一切記述されていなかった……旋律書の筋書き通りにしているはずなのに……何故、因果の軌跡は旋律通りに奏でられないッ?!)
リーヴは計画通りにいかない現実に対し焦燥感と鬱憤を募らせていたのだ。
そしてその怒りが、立花陽太の出現にて更に膨張する。
(何者でもないしがない異世界転移者に過ぎぬ彼奴が、どうしてこの神聖な『ヴィーグリーズの間』へ? ……系譜といい、転移者といい、物質界からの刺客たちめ……貴様らのせいで、この異世界は乱れ、秩序はついぞ保たれず、ラグナロクは以前として確定していない……この異分子風情がッ!!)
リーヴの、立花陽太への――いや此岸からの転移者・転生者への恨みが加速する。
対して陽太も着用していたコート型の礼装を脱ぎ、腰に携帯した袋の中に詰めた。
礼装の下には、比較的軽装な、騎士の鎧を装備している。
その鎧に見覚えが合ったのか、リーヴは目を開いて
(……あれは『勇者の鎧』……ヘグニ=ウォードの愛用していた遺品だ)
【『勇者の鎧』。式具の一つ。着用している際、掛けられた保護術式や防壁術式などの効力が増す】
(そして正体不明な式具が他に3つ……か? 我が切り下とした右手の代わりの『義手』と先ほどしまい込んだ『ロングコートの礼装』、それに、モノを出し入れするあの『袋』……どれも特殊な式具だな?)
【礼装『キャムスト』。赤色のロングコート型の装備品。包んでいるモノへの術式効果を通しやすくする効力がある。これを着用することで、此岸の肉体を持つ立花陽太でも、アマルネの霊術で空間転移が可能となった】
【『ヴィドフニルの袋』。ヴィドフニルという雄鶏の皮で作られた袋。中が異空間となっており、計12t 以内の物体を収納可能と、そのサイズに見合わない収納面積を誇る】
(どれもこれも、そこまで危険な式具には見えない……あくまで戦闘を補佐するための道具か……小人種の入れ知恵だろうな。だが、その貧弱な装備を纏って貴様に何が出来る?)
「陽太……」
「ごめんシグルド、遅れた」
シグルドは陽太を見て、ガルムの死について言うか言わぬべきか悩んだが
「大丈夫だ。ガルムについてはもう知ってる。ガルムは今、スノトラに倒されて共にヴィーグリーズの間から抜けている、アマルネが彼らを転移して返ってくるまで僕達しかいない」
「ああそうか」
既に知っていたのか、とシグルドは心の中で思う。
ガルムの死を受けても、尚、平然としている、いや覚悟が定まっているのだ。
陽太の顔つきを見てシグルドはそう判断した。
「情報を」
「リーヴは『完遂』の神器を放棄した、今は丸腰だ。ヤツに決定打を浴びせるための隙を作ってくれ」
「了解だ」
少ない言葉で現状を理解。
陽太は視線を敵であるリーヴに移す。
「クク……舐められたものだな。此岸の人間に、それも貴様のような有象無象に、何が出来る?」
リーヴは陽太の覚悟を見て、逆鱗を撫でられるかのような気持ちを覚えた。
始まりのコングの鳴る間もなく、再び、戦闘が続行される。
陽太もシグルドも、身体に闘術を目一杯流し込み、身体を強化。
対してリーヴも、オーディンの神力が消えかける中、残り少ない神力を使い、身体に神素を流し込む。
両者、駆け出す。
リーヴの視線や警戒は端からシグルドのみに向けられていて、陽太など木にしてもいない。
〔碧:『未来印』――〕
今度もまたシグルドはストックしている術の中から、ノルンの未来視を選択。
シグルドの未来視の補助による超速の斬撃と、リーヴの極まった体術がぶつかる。
陽太の入り込む隙はない。
シグルドが押してはいたものの、リーヴはここで床を思い切り踏み込み、シグルドの足場を崩す。
そうして体勢が崩れたシグルドの腹に向かって渾身の蹴りを浴びせた。
「ッがッ……」
シグルドはリジルを抱えたまま衝撃で吹っ飛ぶ。
代わりに、陽太がリーヴの元へ突っ込むも。
余裕で攻撃は躱され
「立花陽太、やはり貴様はこの決戦に参加する資格はない」
リーヴの右拳での打撃が左胸にクリーンヒット。
強力な保護術式でガードし、かつ「勇者の鎧」によって陽太の防御力は確かに増しているものの。
それでも陽太には確かなダメージが入る。
「クソッ……」
しかし陽太は損傷を置いながら。
右手の義手の手のひらをリーヴに向けた。
義手の手の平の中央には、射出口が取り付いており。
そこから放たれるは――
〔略式〕
準強化版の光術式。
光は射出口で収束し、一本の細いレーザーとなってリーヴを襲った。
(……外界樹素で編纂された術など、我が肉体にかすり傷すら刻めぬわッ!)
リーヴは陽太と同じく、巫術によって物質界の肉体に変換されているため。
外界樹素を使用した術を全て撹乱する。
陽太は内包樹素が0であるため、必然的に外界樹素を全て使用して術を編纂するしかない。
よって、リーヴには陽太の術など通用するはずが無いのだ、がーー。
「ッがッなんだこれはッ?!」
光のレーザーを浴びた際。
リーヴの体内に途轍もない痛みが走った。
同時にその後、光の術を浴びた右手の部位が。
確かに焼け焦げ、十分なダメージを与えていた。
「何故だッ?」
リーヴは焦り、陽太を蹴ることで距離を取った。
(何故……我が肉体にも……彼奴の術が通じる?!)
物質界の肉体には外界樹素を使用した術式が全く通用しない。
その対策としては、物質界の肉体でも乱すことの出来ない内包樹素を99%の比率以上で発動するしかない。
だが、内包樹素が0である陽太には、当然、内包樹素での術の発動は不可能。
しかし、今の陽太の術は確かにリーヴにダメージを与えているという矛盾。
リーヴは距離を取ってじっくりと分析した後に気づく。
(ウプサラの祭儀での違和感といい、先刻の水術式での攻撃といい……此奴の術は、我の保有する『魂』に何かしらの干渉を行っている……そしてあの義手での攻撃は……我の肉体にまで被害を与えてきたッ!)
【『打我の篭手』。立花陽太が右腕に装着している式具の名である。この式具を通した攻撃は『此岸の物質』にのみ明確な損傷を与える。その代わりに『異世界の樹素』で構築された、ありとあらゆる物体には干渉できない】
【小人種の中でも群を抜いて堪能な鍛冶屋『イーヴァルティ』が作り出した最高傑作の一つである】
【樹界対戦勃発の3年前、異世界転移してきた 一人目の系譜『熊野和』の右手の骨を元に作られているために、このような極めて特殊な術式効果を持つ式具となった】
(この篭手での攻撃は全てッ、僕と同じ此岸の肉体であるリーヴ、お前にしか通用しないッ! その代償として、発動された攻撃・術式は、通常より十数倍の威力を誇るッ!)
陽太はリーヴに接近。
リーヴは先程までとは異なり、明らかに警戒を増している。
そして陽太に警戒を割かれている間にーー吹き飛ばされたシグルドが返ってくる。
入れ替わるように、陽太が今度は後方に非難。
リーヴはシグルドの猛攻撃に再び対応。
そして陽太も。
隙を狙い
〔略式〕
水の高圧噴射を放つ。
リーヴの左胸に着弾した水術式は。
「打我の篭手」を通したものではない。
よってリーヴ本人には全く通用しない、にも関わらず。
「うゥッ」
通常の水術式を食らったリーヴはよろける。
(やはり……立花陽太の術は魂に干渉してくるッ! これはあの義手の効果ではないッ! 彼奴の術自体がそのような性質を持っているのだッ! まさか……属性の『拡張』かッ!)
リーヴはその高い洞察力と豊富な術式への見解で。
陽太の術が持つ不思議な効果について、回答を導き出した。
*
時はウプサラの祭儀前の最終猶予。
1ヶ月の準備期間に移る。
場所は王都にある中央公園の草原。
今日も今日とて、陽太はフレンから術式の稽古を受けていた。
「駄目ッ! 魔素への変換速度があまりに遅すぎるッ、やり直し」
「ッ……これでも駄目か」
フレンは陽太に説教して
「いい? 短文詠唱を習得するためには、とにかく何回も同じ術を使い続けることが一番の近道。そうすると脳の回路が術に慣れてきて、詠唱をある程度破棄した上で術を使用出来るようになるワケ。これを極めると、スノトラみたいに無詠唱・ノーモーションで術が発動可能になるの、まあ流石にたった1ヶ月の期間で、そこまでは求めてない。だけどある程度の実力者相手だと、『短文詠唱』で術を発動するのは必要不可欠」
「そんなこと言っても、もうかれこれ何百発も打ってるのに、まだ詠唱を省いた術の発動ができないんだよ」
弱音を吐く陽太に対し。
横で手を組み見ていたのは――陽太の恩人であったナンナ。
「フレンちゃんの言う通り。君が神との戦いにも望むというなら、応用、発展技術の習得は必須。まずレベル1,短文詠唱での一般術の発動 次にレベル2,付与記号を加えた術の短文詠唱での発動、そしてレベル3、何らかの手段での治癒方法の会得……この3つが出来ないと話にならないの」
「そういうワケ。レベル3をクリアしてようやく、ヨータ、アンタはレベル4、『原型術式』の習得に取りかかれるの。短文詠唱も出来ないんじゃ、『原型術式』の習得なんて話にならないわ」
「分かったよ、やるよ、やるしかないんだからな」
陽太は再び立ち上がり、練習に励む。
そうすること6時間。
気づけば周りは真っ暗、真夜中になっており。
ナンナは別の仕事があるため既に帰宅していた。
横には大の字になって夜の芝生の上で寝ているフレンがいた。
そこへ
「や」
やってきたのはアマルネ。
どうやらアマルネは差し入れの軽食を持ってきてくれたみたいだった。
それを二人で頬張りながら、芝生の上で話す。
「アマルネは光属性の術が使えるんだろ? どうやってやるんだ?」
「あれは基本四属性から少しズレた位置にある技術なんだ、闇と光の属性は『拡張属性』に入るからね」
「拡張……ってなんだっけ?」
「術は使い込んだり、その術者のパーソナライズとかが色々影響して、後天的に属性が独自発展するケースがある。いわば自分だけの属性だね。光と闇は拡張属性の中でも一番一般的なものではあるけど、それでも使えない人が多いのはそのせいなんだ」
「属性の拡張……か」
「そうなのよね~」
後ろから声が聞こえて振り向くと。
寝ていたはずのフレンがいつの間にか起き上がっていて、仁王立ちをしていた。
「何がそうなんだよ」
「陽太、もう一回、炎術式を打ってみなさい。私に向かって」
「……またか?」
「いいからやってみて」
そう言って、陽太は普通の炎術式を打ち込む。
それを浴びたフレンは、どこ吹く風で平然としていたが、なんだか悩み込んでいた。
「……これでいいのか?」
「なんだかね、アンタの術、炎以外の系統や属性が混ざっている気がしたの、違和感かな、と思って最初は無視していたけど……稽古を経れば経るほど、その傾向が強くなってる気がする」
陽太は少しだけ嬉しそうな顔をして
「まさかその属性の拡張って現象が僕に?」
「アマルネはどう思う?」
「うん……そうだね、確実に別の属性が混ざってるよ、見たこともない……なんだろう? 陽太くん、君だけが特別な方法で、君だけが出来る方法で術式を発動した経験はないかい?」
「僕だけの方法で……か……」
陽太は考え悩み、一つの結論に辿り着いた。
「あ、そうだ。幽霊都市で、僕は魂を代償に術を発動した……」
そうポツリと言葉を漏らすと、フレンは指を鳴らして
「それよ。アタシにはタマシイってもんが未だにいまいち分からないけど、陽太やスダマサヨシ、幽霊都市のジジイには、タマシイってのがあるんでしょ? アンタはそれを燃料に術を使った……」
「つまりその影響で……」
「陽太くんの属性が拡張されて……『魂』の属性を持つようになったってわけか……」
「これ、上手く使えれば、いい手になるんじゃない?」
フレンはニヤリと笑って聞く。
陽太は頷き
「ああ、明日。早速巫女の社に行って、大月たちに聞いてみるよ」
こうして陽太は、1ヶ月の準備期間を経て、自分だけの術式を開拓するに至った。
*
【立花陽太は幽霊都市での一件を経て、術式の属性が『魂』に拡張されている】
【そのため陽太は『魂』の性質を持った術が使用可能となった】
【中でも陽太が注目したのが、『魂』の持つ『共鳴作用』】
【魂は魂同士が共鳴・お互いに影響し合う】
【『魂』同士の相性が良いほど共鳴作用は高まる】
「成る程……魂の属性へ拡張された術式……」
リーヴは陽太の「魂」への拡張された術を見て、頭の中で整理する。
(我が今所有している豪都勇と巫女ヴォルヴァの魂と、立花陽太の魂は『共鳴作用』で強く繋がり合っている状態、それに加え、何故だかは知らないが、巫女の魂と立花陽太の魂は『双子魂』の関係性にある……そのために共鳴作用が一弾と強いッ!! 倍加された『共鳴作用』を通じて巫女の魂本体に術式を的中させ続け、何れは私の身体から巫女の魂を引き出す魂胆かッ!)
陽太の術式攻撃を受け、よろけた隙で。
シグルドは
〔略式。三重奏ッ〕
霊剣で三連撃の居合:神速を放つ。
鈍く、遅くはあるが、確かなダメージを着実と受けているリーヴは
血に塗れたまま、その三白眼で陽太を見据え
「……ふん、少なくとも『ヴィーグリーズの間』に立つ資格はあるようだな」
陽太を――有象無象のモブではなく、敵として認識した。