ヴィーグリーズ最終決戦①
―ラグナロク確定の時まで残り01:17―
契約儀式によって「完遂」の神器を破棄し、逃走を図るリーヴを。
シグルドは血眼になって追う。
(この『ヴィーグリーズの間』、外観面積より、実際の面積が大きいッ!)
ヴィーグリーズの間は広大な面積を誇るが。
視界で空間の四方の隅を認識できる程度に収まっている。
だが、ヴィーグリーズの間で動けば動くほど、その四方の隅は遠ざかっていくことから。
見た目の面積に比べ、実際の総面積は更に広大なことが予測できた。
〔朱ッ!〕
逃げるリーヴに向かって、シグルドは霊剣で空中で3つの遠隔斬撃を放つ。
斬撃は床を伝い、リーヴの足元にまで到達し、彼の太ももを切り裂いた。
リーヴは舌打ちをした後、そこで逃げるのを止めシグルドと向き合った。
そこでようやく、両者向き合う。
シグルドはリーヴに飛びかかり剣技で斬りかかろうとする――が。
シグルドの剣さばきをリーヴは見事避けきり、顔面に向けて右足で蹴りをくらわした。
シグルドの鼻から血が流れる。
(何故だ……リーヴ=ジギタリスは今、須田正義や樂具同と同じく、系譜……ならば術式は使えないはず!! ……先程も神術といい、今現在のリーヴの身体強化術といい……受肉すればその制限も取り払われるのか?!)
「根源の異なる力」と「術式」の両立は不可。
だがリーヴ=ジギタリスはオーディンの霊体を吸収し受肉させることで、その両立を可能とさせていた。
(神素を闘素のように身体に流し込むことで、身体を強化しているのかッ?! しかもその強化倍率は闘術の何倍も上だ。それに加え……)
シグルドは洗練された動きでリーヴに攻撃を仕掛けるも。
全て回避または防御され、カウンターを食らう。
(この体術ッ! 明らかに闘術・剣術を学んだ者の動きだッ!)
「リーヴ=ジギタリス……」
「我が誰から術式を学んだと思っている? 丸腰の我にならば、勝てるとでも思ったのか?」
リーヴは「魔狂徒」ロキの姿を思い浮かべながら、シグルドを煽った。
(何故……リーヴは『根源の異なる力』を用いない? 用いずとも我に勝てると思っているのか、何かしら発動条件があるのか、または今現在は発動できない状況にあるのか……何にせよ、好都合だッ、使うならば今しかないッ――)
シグルドの覚悟に呼応するように、手にしていた霊剣リジルの刀身部分が光り。
その光は収束していき、刀身へと実体化する。
(刀身の7割顕現……力を引き出したか……霊剣リジル……一体どんな神秘が……?!)
その様子を見てリーヴは警戒した。
〔――碧ッ!!〕
シグルドが発すると。
彼の両目に奇妙な紋章が宿り。
霊剣リジルのガード部分に嵌め込まれてある球体の宝石が――赤色から青色に変化した。
「来るかッ」
シグルドが動き出す。
リーヴは先程と同じように体術のみで裁こうとするが。
「!!」
死角からの攻撃を、シグルドは完全に避ける。
その目は、もはやリーヴを見てはおらず、その先を見据えているようだった。
そして身体を捻り、シグルドは霊剣リジルをリーヴの無防備な顔面に向けふるった。
先ほどまでとは異なり。
一方的に接近戦で押されているリーヴは。
傷を負いながら、霊剣リジルのその真の効力について察した。
(成る程、予め攻撃が来るのが分かっているかのような動き――未来視か)
【『隻腕の軍神』テュールの神器『霊剣リジル』その効力『可塑性』】
【持ち主と共に成長・後天的に学習・吸収する生きた神器】
【言うならば、“ありとあらゆる式具の効力をコピー&ストック”できる神器である】
【リジル本体に埋め込まれた宝石は、ストックした術式効果によって色が変化し、コピーした式具の術を切り替える際に、決められた色に染まり直る】
【そのため宝石の色彩は式具を吸収出来るストック数を表している、色彩は全7色。つまりリジルがコピー可能な式具も最大7つまで】
剣さばきは先程とは明らかに異なっており。
リーヴの動きを、シグルドは容易に見切り、カウンターを返す。
押され、ついには左手を霊剣の刃で切断された。
「ッ……」
リーヴは距離を取る。
(『未来視』か……確か『星回り』ノルンの神器『未来』が似たような能力を持っていたな。そして先程の遠隔斬撃は……『魔剣グラム』の術式効果……はッ、見えてきたぞ、『霊剣リジル』の術式効果は『他の式具の能力の吸収・模倣』か!)
リーヴは思考を続ける。
(こうやって距離を取っている間に『魔剣グラム』の遠隔斬撃を使用してこないということは……コピーした式具の術式効果の併用は不可能と見て良いだろう。今は霊剣リジルは未来視の能力しか使えない……か。しかも遠隔斬撃も本家の『魔剣グラム』に比べ出力が低く、『星回り』ノルンの『未来』人格は数十年先の未来まで予知できていたが、あの様子だと龍「殺し」は見えて数秒先の未来と言った所か…………ふん、オリジナルに比べ、コピーした術の精度・出力は下がると見て良いだろう)
【『星回り』の神 ノルンの神器は3種『未来印』『現在印』『過去印』】
【3種の術式効果全てが独立しており、運命を司る神 ノルンはこの3人格を持つ多重人格の神人として生まれた】
【3人格はそれぞれ分割された神器を有しており、その神器・人格は目に浮かぶ紋章の差異で見分けられる】
【この『星回り』ノルンの持つ特殊な3つの眼球――および映る紋章こそ、神器であった】
【『未来印』は未来視・未来時間への干渉。『現在印』は現在点での時間停止。『過去印』は過去への逆行。これらの術式効果を持つ】
【現在、『霊剣リジル』はノルンから『未来印』と『現在印』の2つの術式効果をコピー&ストックしている】
距離を詰めるシグルド。
シグルドの眼にはリーヴの無数もの残像が分かれて映る。
(これが「碧」……未来視ッ! 相手のこれからの行動が全て残像となって映るッ! これならば――)
リーヴを接近戦で圧倒できる。
そう思っていた、が。
シグルドは左のこめかみに激痛を感じた。
気づけば――左側からリーヴが投擲した物体が、彼のこめかみを強打していたのだ。
その衝撃で、シグルドの脳が揺れ、一時的に行動不可になる。
隙を見逃さず、リーヴはシグルドの身体にタックルを決めると。
シグルドはその衝撃で後方へと吹っ飛ぶ。
「ふん……『未来視』出来るのはあくまで『自分が指定したモノ』のみと見た……つまり貴様の眼に映るのは『我』のこれからの動きのみ――ならば建造物などを利用して未来視が適応されない物体で攻撃をしかければいいだけの話だな」
簡単に未来視の術の弱点に気づかれる。
脳震盪で吐き気がするも、リーヴは立ち上がった。
(クソッ……単純な身体能力も……グリムヒルト以上だッ! 神器も『根源も異なる力』も使わず……神素だけでこの体術……)
甘かった――とシグルドは反省する。
神器に頼らずとも単純な体術面で、リーヴは研鑽を積んだシグルドを相手取れている。
(やはり……リーヴに太刀打ちするには……霊剣の効力だけでは足りない!! 霊剣の力はあくまで補助ッ! かくなる上は……)
シグルドの脳裏に浮かぶ「因果を逸脱した一閃」。
あれならば、リーヴにも通用するはずだ。
だが、それを発動するだけの隙が、リーヴには全く無い。
シグルドが悩みあぐねていたその時。
〔略式〕
水の高圧噴射が、リーヴめがけて襲う。
リーヴはこの程度の攻撃を避けるまでもなく、右手で軽くはらった。
だがその瞬間、異変を感じ取った。
「なんだ……この感覚は……」
吐き気がするような言葉にしがたい気持ち悪さ。
毒やら妖術やらが仕込まれた攻撃ではない。
もっと内側の、自分の根本的な部分が揺さぶられたかのような不快感。
リーヴはここで思い出す。
ウプサラの神殿にて、自分に歯向かってきた男の存在を。
あの時も似たような不快感を感じ取った。
「これは……魂を揺さぶられている?」
そして。
術式の発生源に視線を移すと。
そこには、決意を定めた姿の――立花陽太がいた。