突入部隊
アマルネは門をくぐった。
眩い閃光が視界を埋め尽くす。
体内にある樹素が活発に動き回る奇妙な感覚を味わった。
糸目を更に細めて、その光を遮るように手をかざす。
閃光が消えかけ顕在化してきたのは、巨大な洞窟。
正真正銘、それはダンジョンに他ならない。
アマルネに続き、残りの突入部隊は門をくぐりダンジョンへと足を踏み入れる。
その誰もが広大な洞窟の形相を観察し、思わず息を飲み込んだ。
隊員間に仄かな緊張感が走る。
アマルネは全員が突入し終わったのを確認し、咳をした後、指揮を取り始める。
「こんにちは、僕はアマルネ=マルカトーレという第十四区のギルドのリーダーを担っている者だ。まずは民衆の平和のために突入部隊を志願した君達の有志を称えたい。ありがとう。調査団の予想通り、大規模のダンジョンが出現している。これだけの規模となると、各自分断して探索をすることに大きな危険性を伴う。だから僕は皆の協力を呼び掛けたい。普段はそれぞれ異なるパーティに所属している僕らではあるが、中級以上の魔獣を確実に屠るためにも、相互の協力は不可欠であると思われる。皆、提案を受け入れてくれないだろうか?」
予想よりも大規模のダンジョンを目の前にして動揺を隠しきれずにいたギルド隊員たちは、アマルネという頼もしそうな人物の台頭に安心を感じたのか、彼の言葉に賛同を見せ頷く。
「……協力感謝する。では我ら十七名で協力をしていこう。まず各自の自己紹介を兼ねて、自分の役職や名前などを順に喋っていこうか。まず提案者の僕から、僕は先ほど言った通り、アマルネ=マスカトーレという名の、第十四区ギルドの式具使いだ。背中に背負っている弓に術式を施し戦う。直接的な殺傷力は無いが、サポートや援護は任せてくれ」
アマルネは自分の胸に手を当て、落ち着いたトーンで喋り出した。
彼の話が終わると、アマルネの横に並ぶ男が代わって話し始める。
「僕はヨゼフ=クローネ……アマルネと同じパーティのギルド隊員だ……霊術を使う……人付き合いは苦手だけど……よろしく」
身長が高く、猫背でクマが酷い男だった。
こげ茶色の重い前髪に、手入れのされていない無造作な髪型。
直されていない寝ぐせが目立っている。
「ヨゼフは樹素探知能力に優れているんだ。レーダーのような役割をしてくれるよ」
言葉足らずであったヨゼフをフォローするようにアマルネは追加で情報を伝えた。
彼らに続いて多くの人物が自己紹介を終える、
その度に地味な音色の拍手が鳴り響く。
が、最後に一人残された少女を見てアマルネはとある違和感に気づいた。
「あれ……? 十六名しかいないね?」
アマルネはもう一度、人数を数え直す。が、やはり自分自身を入れても十六人しかいない。一人少ない。
アマルネが悶々としていると、自己紹介を待たされている少女が声を出した。
「私のパーティの犬が一匹いないわ。おそらく、運悪く別の空間に転移しているのだわ」
十四歳ほどの幼い少女だった。
薄紫色に染まった長髪は腰の上あたりでバッサリと切り落とされている。
僅かにカールした前髪も眉毛の下で綺麗に切り揃えられていた。
赤ずきんのような、フリルとリボンのついたゴスロリ型のワンピースを着こみ、ぷいっと横を向いて、不機嫌そうに口をヘの字に曲げていた。
切り整えられた前髪の間からは、じっとりとした半開きの紫色の瞳が輝いている。
右手には持ち手の部分が歪曲した木の杖を手にしていた。
おそらく彼女は魔術師であると伺える。
が、アマルネからすると、年端もいかない少女のようにしか見えない。
「お嬢さんの仲間が、いなくなった隊員かな?」
アマルネは優しい口調で聞いた。
「お嬢さんじゃないわ。私はスノトラ。子供扱いは止めてくださる?」
「……スノトラさんのお仲間の隊員が不在だと?」
アマルネは言い直す。
「ふん。そう。番犬ガルムよ。私の犬。獣人種だから人間では無いの。でもあいつのことは心配しなくても平気だわ。それより私の自己紹介は聞いてくれないのかしら」
「ああ、すまない。スノトラさんの自己紹介がまだだったね」
「私はスノトラよ。こう見えても魔術を得意とする貴女なの。よろしくだわ」
スノトラは得意げな顔をしたまま自己紹介を終えた。前髪をサラリと左手で払ってからスマートにそう告げる。
「あ、ああよろしく……」
(こんな小さな女の子が危険なダンジョンに侵入して大丈夫なのか?)
アマルネは内心で呟いた。
しかし心配の種である当の本人のスノトラは、自分が置かれた現状に身の危険など一切感じていないような形相で、ただ淡々としている。
アマルネは気を取り直し、ガルムという隊員を除いた十六名で作戦を立て始める。
各自の役職に似合った陣形を作り、途中の補給や休息なども加味した目安を立てていく。
「では、目的通り、まずは第一階層の攻略に取り掛かる。深部に続くにつれ、出現する魔獣の強さも上がっていく。しかし第一階層といえども、油断は禁物だ。個人が焦って陣形を崩せば、全員の安否も危うくなる。長期戦になるだろうから、出来る限り魔獣と出会わないようにしよう。もしも、何か緊急事態が生じて陣形から乱れ、一人取り残された場合は配布された式具を用いてまずは僕に連絡をくれ、その後、場合によって緊急脱出機能を用いる、では攻略に取り掛かろう、皆、覚悟はいいかい?」
アマルネの発言を聞き、誰もがコクリと頷いた。
初対面で顔も合わせたことのない他ギルドの隊員同士が、アマルネを中心にして調和を保ち、部隊として確かに纏まり始めた。
「では、進もう。何、心配はしなくていい、遅れてやってくる王都の軍隊よりも早く、ここを攻略し終えてしまおう。そうすれば僕らは英雄だ。大丈夫、僕らなら出来る」
アマルネが一歩踏み出すと、突入部隊は彼の後方へと続く。
こうして、グラズヘイムに位置する三つのギルドから集まった有志ある十六名の人間たちは、ダンジョンの攻略に取り掛かり始めた。
欠伸をするスノトラを除き、誰もが恐怖を胸の内に抱えながらも、その不安を勇気へと変え、歩き始める。
――ダンジョンの制覇を目指して。
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