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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
158/193

審判の時間①

「大月さん……パレスチナの件ではお世話になりました」

「頭なんか下げなくっていい、こっちは好き好んでやってるんだからな」


 白衣を身にまとったメガネの男が。

 通りすがる大月に対し深くお辞儀をする。

 大月は血だらけの手袋を外してゴミ箱に捨て、彼を軽くあしらうと、とある一室に入る。

 

 その部屋は。

 四方がガラスで遮断されており、その中心の個室に、子供部屋が設置してあった。

 強化ガラスの向こう側には、とある男児と、大量の知育玩具が置いてある。

 大月は、強化ガラスの向こう側にいる男児を見つめ


「あれが噂の……『座』候補の男児か」

「そうです。ユミル・アウルゲルミル。この戦争を終わらせる神の候補です」

「……『アモル機構』は本気で作戦を実行に移すつもりなのか?」

「S解兵器は実用段階に乗り出しています。上層部はもう時間がないという判断です」

「……」

「で、大月さんを呼び出した理由なんですが、時間が空いた時に彼の面倒を見て欲しいと竜崎氏が」


 チラリと、メガネの男は北側のガラス部屋にいる男を見つめる。

 その男は、白髪に三白眼の、目つきが悪い背丈の高い男だった。


「……俺だって暇じゃないんだ、竜崎の野郎、足元見てるな、まあいい」

「有難うございます」

「で、どっから入るんだ?」

「扉はこちらに」


 大月は扉を開け、内部の子供部屋に侵入する。

 中は鼻腔を擽るような甘ったるい芳香剤の匂いで満ちていた。

 大月は鼻を摘みながら、中央にいる男児――ユミルに近づくと


「ユミル……だっけな? 何が好きなんだ?」

「……」


 ユミルはきょとんとした顔で、指を指す。

 その指の指す方角には、小さな子ども用の遊びのピアノがあった。


「そうか、音楽が好きか」


 コクリとユミルは頷く。


「なら、俺が少し、教えてやる。キラキラ星くらいなら弾けるからな」



 キィと扉を開く。

 その向こう側は、ブラキの言った通り、巫女様が安置されている「ヴィーグリーズの間」に向かうための審判の回廊に繋がっていた。


 陽太は少し警戒しながらも、扉をまたぎ、審判の回廊にようやく到着する。

 

「急がないと……」


 審判の回廊は、ただの荘厳で大きな一本道の廊下だ。

 陽太はブラキとの対談で時間を食ってしまったため、一刻も早く「ヴィーグリーズの間」に到着するために審判の回廊を掛けた。

 そうして10分も経つと。

 審判の回廊の終止点である、無限階段前に到着した。

 

 その傍らには、傷を置い失神している赤髪の剣士と。

 何名かの剣士・魔術師の倒れた姿があった。

 おそらく自分の仲間が既に、門番していた者たちと戦い、蹴散らした跡であることに気づき。

 陽太は一刻も早く、先を急ごうと。

 階段の一段目を踏んだ。

 

 その瞬間。

 階段の二段目から、「木の柵」が大量に出現。

 陽太の行く先を遮る。


「!! ……大月……」

「よう、お前さん、久しいな」


 正体を推察する暇もなく。

 姿を表したのは大月桂樹。

 オーバーオールに身を包み、ポケットに手を突っ込みながら、階段の上から降りてくる。


「なんの用だ」


 陽太は聞いた。

 いつもとは大月の様子が違うような気がした。

 今の大月からは不真面目で怠惰な雰囲気はなく、妙に落ち着いていて真剣味があった。


「……系譜みたいに、異世界の外界樹素を極端に乱す存在が物質界から転移してくると、その影響で外界樹素が一定の空間に大きく偏ることがある」

「?」


 陽太は理由もわからず大月の急な話に聞き入る。


「その結果として、大気中に極端に偏った樹素が固体化して、とある異種空間を作り出すケースがあるんだ。お前さんが城郭都市グラズヘイムで体験した『大規模ダンジョン』が良い例だな、あれは須田正義が転移してきたことで生じた突発的な事故現場みたいなもんだ。それと同じで、お前さんがこれから向かおうとしている『ヴィーグリーズの間』も、『大規模ダンジョン』のように、世界樹の中枢にいるユミルの特異体質が生み出した、異種空間に過ぎない」

「だから何だってんだ?」

「だが、この『審判の回廊』は違う。ここはかつて、神聖な場とされていてな、世界樹の最奥にいるユミルと謁見できるに足る資格を持つ者を、審判するために使われていた回廊なんだ。ここでは己の人生と向き合い、自分の人生で背負った罪を、精算し、認められた者だけが、この先の『ヴィーグリーズの間』と、『座』に到達できる、文字通り最期の審判のため設けられた回廊」

「……」

「つまり、あー……お前も、審判される時が来たってわけだ」


 大月の真意が分からず、動揺する陽太。

 急に姿を表した意味も、こうやって窮地な状況で自分に敵対するような真似をしてきた意味も。

 何もかも、陽太には分からなかった。

 だから率直に聞くことにした。


「大月、わかるだろ? 時間がないんだ、審判やら何やら、やってる暇なんてない」

「駄目だ、これはやらなくてはならない儀式なんだ、特にお前や俺みたいな異世界の者はな」

「巫女様に危機が迫っているんだぞ?! 大月、お前が大切にしていた巫女様に、だ!! こんなことをしている暇があるのかッ?! そもそも、大月、お前は何をしていたんだよッ! 巫女様を守るのはお前だったんじゃないかッ?! それに、何故、リーヴを倒すことに加担してくれないんだ? 系譜であるお前が――」

「あー、うるさいな。分かってる。俺も時間がないんだ。今回でもうミステリアスな俺は卒業だ。俺が分かってること全部話す、俺の目的も、俺の正体も、だからお前も、『審判』を受けてくれ」

「ハア?」

「……あー……『吟遊詩神』の野郎と会ったんだろ? だったら異世界について、ある程度真相は分かっているとみていいな?」


 ここで完全に大月のペースに巻き込まれていることを悟り、陽太は諦めて大月との対話に集中することにした。

 

「ああ、なんだかよくわからない話を延々とされたよ。現実世界にも世界樹はあるだとか、世界樹の正体は寄生生物で宇宙生物なんだとか、この異世界がユミルって奴の『根源の異なる力』で生み出された仮想世界だなんだのってさ、正直、今でも理解が追いついていない」

「成る程……じゃあ、知らないことは『巫女』についてだけ、だな」

「巫女……?」

「取り敢えず、大事なことだけ端折って聞く。お前さん、『現実世界と異世界どちらを選ぶ』つもりだ?

今ここで答えろ。おっと気をつけろ、うっかり間違えた方を選択したら、お前の首を飛ばす、痛みを感じる暇もないぜ」

「……クソッ、本当に、意味がわかんねえよ、大月!!」


 陽太は焦りをなんとか抑える。

 早く「ヴィーグリーズの間」に向かわなければ。

 巫女の命もそうだし、何よりシグルドやガルムたちが決死の思いで戦っているはずだ。

 自分も参戦しなくては、早くしないと本当に異世界がリーヴの手に堕ちてしまう。


 そんな中。

 急に妨害をしてきた大月。

 全く真意が読めない。

 だが、ここで強引に事を進めてしまえば――。

 文字通り僕の首は飛ぶ。


 大月が今吐いた言葉には、いつもの「おちゃらけ」が感じられなかった。

 つまり、大月は本気で言っている。

 本気で僕を見定めるつもりだ、今ここで。


 場合によっては。

 返答次第では。

 敵になるかもしれない。


 どちらを選ぶか?

 もう――そんなのとうの昔に決まっている。

 僕は、そのために――文字通り命を捨ててまでここに辿り着いたんだ。

 迷いはなかった。


「――僕は『現実世界』を選ぶ。巫女を救い、リーヴの魔の手を払い、千歳緑を救い出して、帰還する!! それが僕の『理想』なんだ」

「…………そうか」


 長い沈黙が空間を貫く。

 短い数秒が、やけに長く感じた。

 そして、ついに、大月が口を開いた。


「立花陽太、“正解”だ」

「……」


 僕はなんとも言えない気持ちになった。

 取り敢えずは、今ここで大月と敵対することは無さそうな気がしたからだ。

 だが。


「意思は見定めた。次は実力だな。口だけじゃ意味がない」

「あ?」


 そこで。

 僕の前を塞いでいた木の柵が消える。

 そして上段にいる大月は、ようやくポケットから片手を出して。


「最低限、俺とのやり合いで、死なない程度には、強いことを証明してみろ」

「……」

「片手間の俺に負けるようなら、リーヴの野郎は止められない。決意だけじゃたりない、ここで実力を示せ、立花陽太」


 そう言って僕を見据える大月。

 その目には、どす黒くも、強い決意が宿っていた。




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