不可侵領域総力戦⑯
魔剣グラムと霊剣リジルの術式効果「斬撃範囲の拡張」は、なんか難しいこと言ってますが、斬撃が飛ぶ&リーチがめちゃくちゃ長くなるんだ~と解釈してもらって大丈夫です。
イメージだと、ワールド◯リガーの「風刀」みたいな感じ。
―ラグナロク確定の時まで残り12,363:38―
「お前さ……」
「何?」
「あー……ンっていうかな……」
放課後。
ルブレン魔術学校にて。
必死に自分の靴を探す紫髪の少女――スノトラ。
夕暮れ時。
アウストリの光はオレンジ色に染まり届く中。
銀色の毛並みを持つ、獣人ガルムと、スノトラだけがその場にいた。
「探してンの『コレ』だろ?」
そう言って、ガルムは手にしていた革靴を差し出す。
小さいサイズのもので、可愛らしいリボンが付いているが。
謎のベタベタした、粘着性のある物質で薄汚れていた。
「あ、ありがとう……ございます」
スノトラは何も気にすること無く、その革靴を受取り。
小さくお辞儀をして初対面のガルムに礼を告げ。
そそくさとその場を離れようとした。
「おい」
呆れたガルムは思わず声をかけてしまう。
スノトラは平然とした顔で振り返る。
「なんでしょうか……?」
「その靴、明らかに汚れてるだろうが」
「? ああ、そうですね」
「その汚れ……へドロスライムの粘液だな。生息地は西校舎裏だ。あそこは、普通の生徒じゃ滅多に立ち寄らねえ。薄汚ぇし、何も遊ぶモンがないからな。俺が言いたいこと、分かるか?」
「全く」
察しの悪いスノトラに対し、ガルムは怒りを覚えながら頭を掻き
「明らかに、誰かが意図的にヘドロスライムをお前の革靴に付けて、隠しやがったンだ。これ……タチの悪いイタズラだぜ。虐められてンだよ、お前」
「え、ああ……そうですね……やっぱり私って虐められてるのだわ」
思わずガルムはため息を吐いた。
これだけの仕打ちを受けて、あろうことか、この紫髪の少女は、自分が被害者であることに気づいていない。
なんというか、自分に対する興味が全くないというか。
なんとも無頓着で、変わった人間だと思ったのだ。
「貸してみろ」
ガルムは他人に親切などしない。
獣人という珍しさから、他生徒がガルムに寄ってくることはあった。
だが、ガルムは意図的に他人との関わりを拒絶していた。
過去のトラウマのせいか、他人というものに対する興味関心が欠如していたのだ。
いわば、ガルムもスノトラも「浮いている」者同士だった。
だがこの時のガルムは。
何故だろうか。
紫髪のこの少女に対し、何かをしてやらなくちゃいけないという、庇護欲のようなものが湧いていた。
それはガルムにとっても初めての感情だった。
おそらく、その理由は――スノトラの虐められている姿が、過去の……「スコル」だった頃の自分と重なるからだろうが、その理由についてはガルム自身も自覚してはいなかった。
ガルムは教室についていたカーテンを強引に引きちぎり。
それをクシャクシャに丸めて、スノトラのベトベトの革靴を拭き始める。
スノトラは、ただその様子を傍観していた。
スノトラもスノトラで、初めてだったのだ。
自分に対して、このような扱いを、してくる他人が。
それも獣人が――。
「ほらよ、これでいくらか、履けるだろうが」
そう言って、ガルムは磨いた革靴をスノトラに投げて返す。
スノトラはそれを両手で受け止める。
その革靴からは、なんだか、優しい匂いがした。
「チッ……お前も、嫌なら嫌って言えよ……黙ってたら、ずっと虐められたままだろうが」
ガルムはこのような発言を吐くと、学生服のズボンのポケットに両手をつっこみ。
猫背で歩き、その場を去ろうとした。
「あ、あの……!」
そんなガルムを止めたのは今度はスノトラだった。
スノトラも初めてのことだった。
自分から誰かに、接しようと歩み寄ったのは。
「ンだよ」
ガルムは振り向く。
「私……スノトラって言います。ちょっと……変わった子って……よく言われるけど……魔術が大好きで……その……」
スノトラはもじもじと恥ずかしがりながら自分語りを始める。
ガルムはただ黙ってその話を聞いた。
「えっと……私の……え…………っと……私の! 部屋!! 女子寮の「204番 スノトラ」って書いてある所!! だから……えっと……」
「もっと落ち着いて話せよ、誰も逃げやしねーから」
「…………だから、後で、きてください……気が向いたら……でいいから……もっと貴方と……話がしたくって……」
「……ガルム」
「え?」
「ガルム=ノストラードだ。俺ェの名前だよ。お前、料理はできるか?」
「え、ええ、少しくらいなら」
「じゃあ、うまいもン、作って待っておけ。それなら……考えてやらンでもねえ」
そう言って、ガルムはその場から去っていった。
その時の後ろ姿が今でも、スノトラの瞼の裏には鮮明に焼き付いている。
ああ、きっと。
不器用な私は、あの時は理解してなかったけど。
今なら分かる。
あの時から、私は――。
ガルムね、貴方にね。
きっと――。
*
「無駄なことを考えるなッ! スノトラッ! もう彼は『ガルム』ではないッ! 『エインヘリヤル』として敵となったッ!! 温情は捨てろッ! 彼をッ! 敵として葬るんだッ!!」
シグルドの叫ぶ声。
ぶつかり擦れて鳴る、甲高い金属音。
戦闘の余波で生じた熱と爆炎、そして血の匂い。
それらが、スノトラの意識を戦場へと戻した。
現状を改めて見てみれば。
何故だろうか、死んだはずのガルムと、シグルドが爪と刃を違えている。
仲間だったはずの、友だったはずのガルムには、既に意識はなくて。
もぬけの殻。
ただリーヴに動かされている傀儡に過ぎず。
そこには魂はない。
「クソッ……」
あまりの驚異的な身体能力に、流石のシグルドも圧されていた。
ただの前蹴りで、ガードするために構えていたシグルドの両腕が吹き飛ばされ。
無防備な胸、そこに加わる、「神喰い」の術――。
〔鳥葬〕
ただ機械的に発された詠唱。
その後、ガルムの両腕でのクロス型の爪の攻撃がシグルドの刻まれた。
血が吹き出す。
「ッ……〔朱〕!!」
短文詠唱後、シグルドが握っていた霊剣リジルのガード部分に付いている宝石が赤色に染まった。
そして――。
負けじとシグルドは遠隔斬撃を3撃、放つ。
が、その斬撃をガルムは驚異的な身体能力をもって楽々と回避した。
そして反撃に回る。
〔〔鉄鎖蝉脱〕『加式』系統は闘素――狂凶暴虐〕
己の枷を取り外した状態での、3次元的超機動攻撃。
流石のシグルドですらも――『グレイプニル』を引きちぎり、その潜在能力が最大限まで引き出されているガルムに、対応できない。
(ッ……クソ……これほどまでとはッ! 全く動きが読めないッ!)
ガルムが急接近し、爪での攻撃を浴びせる。
それに対応して霊剣を振るうが、ガルムには当たらない。
ガルムの超次元的な肉体から発される攻撃は、シグルドですらも対応できないものに仕上がっていた。
(使うか?! “碧”をッ! だが――)
シグルドは自身の霊剣に視線を移す。
霊剣のブレイド部分は6割顕現の状態だ。
まだ完璧には顕現していない。
(使えるかッ?! まだ正確な発動条件すらも……把握していないんだッ……)
思考し悩む隙をついて。
ガルムの猛攻撃で確実に削られていくシグルド。
(あの“一閃”も……ガルム相手にはそもそも当たらないだろうッ! どうするッ?! 単純な身体能力では今の我より、ガルムの方が数段上だッ、このままでは……)
敗北の二文字がシグルドの脳裏に過る。
「レージング」を引きちぎり、潜在能力を最大限まで発揮している今のガルムは。
もはや生物のカテゴリにおいて頂点に君臨しており。
身体能力・腕力・機動速度など、単純な戦闘機能において、シグルドですらも太刀打ちできないレベルにあった。
一方。
スノトラはこの局面においても。
未だ立ち止まり、焦り悩んでいた。
四肢の末端が振るえている。
焦りで冷や汗が垂れ流される。
どうすべきか――。
(私はまだ、ガルムと、お別れの言葉もッ! 感謝の言葉も何も伝えてないのにッ!)
そんな時に思い出したのは――。
ハナミズキの花。
(!! ……そうか私はもう……ガルムから……)
そして決意したスノトラの目は。
いつもの気だるげな、ジト目には、確かな決意が宿っていた。
「シグルドッ! ガルムは私にまかせてッ! アナタは、リーヴ=ジギタリスを追ってッ!」
その言葉にはっと振り向くシグルド。
スノトラの瞳に覚悟が宿っていることを見て、安心したかのような表情をして。
「ああッ、分かったッ!!」
シグルドは接近していたガルムの腹に蹴りを入れ距離を離し。
霊剣リジルを納刀して、リーヴに向けて全力で走る。
その跡を、追おうとするガルムの周囲に、ズンッと、重力攻撃が加わる。
その攻撃を受け、ガルムは標的をスノトラに変えて、彼女の目と視線を合わせた。
「ガルム……私が相手してあげる……私が、アナタを……」
【毎日、来てやるから、お前もそろそろ顔、見せろよ】
過去に言われたガルムからの言葉。
自分を救ってくれた、ガルムの優しさを思い出し。
スノトラの覚悟がより引き締まる。
スノトラは杖の先をガルムへ向け。
「冥土に送るよ。責任をもって」
かつての仲間への、追悼が始まろうとしていた。