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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
156/193

不可侵領域総力戦⑯

魔剣グラムと霊剣リジルの術式効果「斬撃範囲の拡張」は、なんか難しいこと言ってますが、斬撃が飛ぶ&リーチがめちゃくちゃ長くなるんだ~と解釈してもらって大丈夫です。

イメージだと、ワールド◯リガーの「風刀」みたいな感じ。

―ラグナロク確定の時まで残り12,363:38―


「お前さ……」

「何?」

「あー……ンっていうかな……」


 放課後。

 ルブレン魔術学校にて。 

 必死に自分の靴を探す紫髪の少女――スノトラ。

 夕暮れ時。

 アウストリの光はオレンジ色に染まり届く中。

 

 銀色の毛並みを持つ、獣人ガルムと、スノトラだけがその場にいた。


「探してンの『コレ』だろ?」


 そう言って、ガルムは手にしていた革靴を差し出す。

 小さいサイズのもので、可愛らしいリボンが付いているが。

 謎のベタベタした、粘着性のある物質で薄汚れていた。


「あ、ありがとう……ございます」


 スノトラは何も気にすること無く、その革靴を受取り。

 小さくお辞儀をして初対面のガルムに礼を告げ。

 そそくさとその場を離れようとした。


「おい」


 呆れたガルムは思わず声をかけてしまう。

 スノトラは平然とした顔で振り返る。


「なんでしょうか……?」

「その靴、明らかに汚れてるだろうが」

「? ああ、そうですね」

「その汚れ……へドロスライムの粘液だな。生息地は西校舎裏だ。あそこは、普通の生徒じゃ滅多に立ち寄らねえ。薄汚ぇし、何も遊ぶモンがないからな。俺が言いたいこと、分かるか?」

「全く」


 察しの悪いスノトラに対し、ガルムは怒りを覚えながら頭を掻き


「明らかに、誰かが意図的にヘドロスライムをお前の革靴に付けて、隠しやがったンだ。これ……タチの悪いイタズラだぜ。虐められてンだよ、お前」

「え、ああ……そうですね……やっぱり私って虐められてるのだわ」


 思わずガルムはため息を吐いた。

 これだけの仕打ちを受けて、あろうことか、この紫髪の少女は、自分が被害者であることに気づいていない。

 なんというか、自分に対する興味が全くないというか。

 なんとも無頓着で、変わった人間だと思ったのだ。

 

「貸してみろ」


 ガルムは他人に親切などしない。

 獣人という珍しさから、他生徒がガルムに寄ってくることはあった。

 だが、ガルムは意図的に他人との関わりを拒絶していた。

 過去のトラウマのせいか、他人というものに対する興味関心が欠如していたのだ。

 いわば、ガルムもスノトラも「浮いている」者同士だった。

 

 だがこの時のガルムは。

 何故だろうか。

 紫髪のこの少女に対し、何かをしてやらなくちゃいけないという、庇護欲のようなものが湧いていた。

 それはガルムにとっても初めての感情だった。

 

 おそらく、その理由は――スノトラの虐められている姿が、過去の……「スコル」だった頃の自分と重なるからだろうが、その理由についてはガルム自身も自覚してはいなかった。


 ガルムは教室についていたカーテンを強引に引きちぎり。

 それをクシャクシャに丸めて、スノトラのベトベトの革靴を拭き始める。

 スノトラは、ただその様子を傍観していた。

 スノトラもスノトラで、初めてだったのだ。

 自分に対して、このような扱いを、してくる他人が。


 それも獣人が――。


「ほらよ、これでいくらか、履けるだろうが」


 そう言って、ガルムは磨いた革靴をスノトラに投げて返す。

 スノトラはそれを両手で受け止める。

 その革靴からは、なんだか、優しい匂いがした。


「チッ……お前も、嫌なら嫌って言えよ……黙ってたら、ずっと虐められたままだろうが」


 ガルムはこのような発言を吐くと、学生服のズボンのポケットに両手をつっこみ。

 猫背で歩き、その場を去ろうとした。

 

「あ、あの……!」


 そんなガルムを止めたのは今度はスノトラだった。

 スノトラも初めてのことだった。

 自分から誰かに、接しようと歩み寄ったのは。


「ンだよ」


 ガルムは振り向く。


「私……スノトラって言います。ちょっと……変わった子って……よく言われるけど……魔術が大好きで……その……」


 スノトラはもじもじと恥ずかしがりながら自分語りを始める。

 ガルムはただ黙ってその話を聞いた。


「えっと……私の……え…………っと……私の! 部屋!! 女子寮の「204番 スノトラ」って書いてある所!! だから……えっと……」

「もっと落ち着いて話せよ、誰も逃げやしねーから」

「…………だから、後で、きてください……気が向いたら……でいいから……もっと貴方と……話がしたくって……」

「……ガルム」

「え?」

「ガルム=ノストラードだ。俺ェの名前だよ。お前、料理はできるか?」

「え、ええ、少しくらいなら」

「じゃあ、うまいもン、作って待っておけ。それなら……考えてやらンでもねえ」


 そう言って、ガルムはその場から去っていった。

 その時の後ろ姿が今でも、スノトラの瞼の裏には鮮明に焼き付いている。


 ああ、きっと。

 不器用な私は、あの時は理解してなかったけど。

 今なら分かる。

 あの時から、私は――。


 ガルムね、貴方にね。

 きっと――。



「無駄なことを考えるなッ! スノトラッ! もう彼は『ガルム』ではないッ! 『エインヘリヤル』として敵となったッ!! 温情は捨てろッ! 彼をッ! 敵として葬るんだッ!!」


 シグルドの叫ぶ声。

 ぶつかり擦れて鳴る、甲高い金属音。

 戦闘の余波で生じた熱と爆炎、そして血の匂い。

 それらが、スノトラの意識を戦場へと戻した。


 現状を改めて見てみれば。

 何故だろうか、死んだはずのガルムと、シグルドが爪と刃を違えている。

 仲間だったはずの、友だったはずのガルムには、既に意識はなくて。

 もぬけの殻。

 ただリーヴに動かされている傀儡に過ぎず。

 そこには魂はない。


「クソッ……」


 あまりの驚異的な身体能力に、流石のシグルドも圧されていた。

 ただの前蹴りで、ガードするために構えていたシグルドの両腕が吹き飛ばされ。

 無防備な胸、そこに加わる、「神喰い」の術――。


鳥葬(バールスディ)


 ただ機械的に発された詠唱。

 その後、ガルムの両腕でのクロス型の爪の攻撃がシグルドの刻まれた。

 血が吹き出す。


「ッ……〔アカ〕!!」


 短文詠唱後、シグルドが握っていた霊剣リジルのガード部分に付いている宝石が赤色に染まった。

 そして――。

 負けじとシグルドは遠隔斬撃を3撃、放つ。

 が、その斬撃をガルムは驚異的な身体能力をもって楽々と回避した。

 そして反撃に回る。


〔〔鉄鎖蝉脱〕『加式』系統は闘素――狂凶暴虐アエーシュマ


 己の枷を取り外した状態での、3次元的超機動攻撃。

 流石のシグルドですらも――『グレイプニル』を引きちぎり、その潜在能力が最大限まで引き出されているガルムに、対応できない。


(ッ……クソ……これほどまでとはッ! 全く動きが読めないッ!)


 ガルムが急接近し、爪での攻撃を浴びせる。

 それに対応して霊剣を振るうが、ガルムには当たらない。

 ガルムの超次元的な肉体から発される攻撃は、シグルドですらも対応できないものに仕上がっていた。


(使うか?! “アオ”をッ! だが――)


 シグルドは自身の霊剣に視線を移す。

 霊剣のブレイド部分は6割顕現の状態だ。

 まだ完璧には顕現していない。


(使えるかッ?! まだ正確な発動条件すらも……把握していないんだッ……)


 思考し悩む隙をついて。

 ガルムの猛攻撃で確実に削られていくシグルド。

 

(あの“一閃”も……ガルム相手にはそもそも当たらないだろうッ! どうするッ?! 単純な身体能力では今の我より、ガルムの方が数段上だッ、このままでは……)


 敗北の二文字がシグルドの脳裏に過る。

 「レージング」を引きちぎり、潜在能力を最大限まで発揮している今のガルムは。

 もはや生物のカテゴリにおいて頂点に君臨しており。

 身体能力・腕力・機動速度など、単純な戦闘機能において、シグルドですらも太刀打ちできないレベルにあった。


 一方。

 スノトラはこの局面においても。

 未だ立ち止まり、焦り悩んでいた。

 四肢の末端が振るえている。

 焦りで冷や汗が垂れ流される。

 どうすべきか――。


(私はまだ、ガルムと、お別れの言葉もッ! 感謝の言葉も何も伝えてないのにッ!)


 そんな時に思い出したのは――。

 ハナミズキの花。

 

(!! ……そうか私はもう……ガルムから……)


 そして決意したスノトラの目は。

 いつもの気だるげな、ジト目には、確かな決意が宿っていた。

 

「シグルドッ! ガルムは私にまかせてッ! アナタは、リーヴ=ジギタリスを追ってッ!」


 その言葉にはっと振り向くシグルド。

 スノトラの瞳に覚悟が宿っていることを見て、安心したかのような表情をして。


「ああッ、分かったッ!!」


 シグルドは接近していたガルムの腹に蹴りを入れ距離を離し。

 霊剣リジルを納刀して、リーヴに向けて全力で走る。

 その跡を、追おうとするガルムの周囲に、ズンッと、重力攻撃が加わる。

 その攻撃を受け、ガルムは標的をスノトラに変えて、彼女の目と視線を合わせた。


「ガルム……私が相手してあげる……私が、アナタを……」


【毎日、来てやるから、お前もそろそろ顔、見せろよ】


 過去に言われたガルムからの言葉。

 自分を救ってくれた、ガルムの優しさを思い出し。

 スノトラの覚悟がより引き締まる。


 スノトラは杖の先をガルムへ向け。


「冥土に送るよ。責任をもって」


 かつての仲間への、追悼が始まろうとしていた。


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