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リンカーネーション  作者: 鹿十
第五章 ラグナロク編
154/193

【鉄と牙】

 過去の話をするとなると、どこを起点にしてよいか悩んじまう。

 生まれた頃からしてみるか?

 あー、それだと間延びして飽きちまうだろうな。

 ああ、分かってるとは思うが、俺ァ自分のことをべらべら喋るのは苦手なンだ。

 小さい頃からな。

 でも出来るだけ、頑張るからさ。

 長くなるが聞いてくれよ。

 誰にも語ったことなんてないことだ。

 冥土の土産ってやつ。

 最期なんだ――自分語りくらい……胸の内を語ってみてもよいだろ?


 俺の転換点は、あの時からだ。俺が9歳くらいの時のこと。

 その時を起点にして話していきたいと思う。


 が生まれたのはノストラードの集落だ。

 生まれた瞬間に、周りの大人たちが歓喜してたのをよく覚えている。

 どうやら僕たちは一卵性双生児で生まれた双子のようで。

 そして「神喰い」のフェンリルとかいう伝説の獣人の生まれ変わりなんだとか。

 よくよく分からなかったンだが。

 僕らの誕生がとても喜ばれたのは悪い気はしなかった。

 双子の兄の方は「ハティ」って呼ばれて。

 僕の方は「スコル」って呼ばれるように決められた。

 どちらも瓜二つ。

 親ですらも見分けられないくらいソックリ。


 だからよく、ハティの振りしておやつを二倍貰ってたり。

 逆にハティが僕の振りをして、自分がしでかした悪戯を僕に擦り付け得るとか。

 そんな意地悪ばかりしたり、されあったりして。

 普通の双子のように生活していたんだ。


 お兄ちゃんのハティの方はやけにぶっきらぼうな性格でさ。

 力も強くて精神的にも強くて、皆のリーダーみたいな人で。

 小さい頃から、よく獣人の女の子にモテていた。

 

 対照的に僕は引っ込み思案で臆病で、人見知りするような性格だったからさ。

 お兄ちゃんをよく嫉妬して目の敵にしていたもんさ。

 何で同じ双子なのに、お兄ちゃんばかり得するんだろうって。

 ずっとイライラしてたンだ。

 見た目も、能力も、同じはずなのに何故――ってな。

 そんな時には決まって。

 お兄ちゃんが近くにやってきて、僕を馬鹿にするンだ。


「スコルは男のくせに玉無しだからな」――って。

 

 それで喧嘩になる。

 大体、お兄ちゃんのハティが勝って。

 二人ともボロボロになって集落に帰っていくと。

 親父からゲンコツを食らった。

 あの頃の傷が今でも癒えてねェんだぜ? 前、見せたろ?

 覚えてねえか、それでもいいさ。


 でも兄弟ってもンは、不思議でな。

 3日位経つと。

 いつの間にか喧嘩してた時の怒りとかすっかり消えてて。

 二人でまたいつものように遊び始めるんだ。


 喧嘩なんてしょっちゅうしていたンだけどさ。

 喧嘩をして仲直りをした後は、何故だろうか、お兄ちゃんともっと関係が深まったような気がして。

 正直、悪い気分じゃなかった。

 やっぱりなんだかんだ言って、お互いがお互いを一番理解し合っていた。

 ハティ以上に、俺のことを知ってる奴も。

 俺以上に、ハティを知ってる奴もいなかったさ。


 黄金の鎖「グレイプニル」。

 ノストラードファミリーに古くから伝わる伝説の拘束具。

 それを引きちぎれた者は――フェンリルと同格の力を得る。

 過去、「隻腕の軍神」テュールが。

 飼い犬であった「神食い」のフェンリルを拘束するために用いていた式具だ。

 

 ノストラードファミリーでは満16歳を迎えた獣人の男が。

 この「グレイプニル」に縛られ、66日間放置されるという。

 成人の儀式が存在する。

 「グレイプニル」は縛られただけで、その者の内包樹素を急速に吸い取っていく性質があって。

 ただ枷をはめているだけで、トンデモなく体力共に消耗する。

 その66日間を生き延びた後。

 限界状態で原型闘術「鉄鎖蝉脱」を発動できるか否か。

 それで集落の時期 頭が決定される古臭い因習だ。


 俺ら、ファミリーの若い男児たちは、6歳くらいになると全員集められて。

 10年後に行われる、その成人の儀を通過するための訓練をさせられる。

 無論、断る者はファミリーに必要ない者として排斥される。

 誰も断る野郎なンざいなかったさ、玉無しだと思われたくなんてねーからな。


 だが、俺らの世代は。

 俺と兄ちゃんのせいか、はたまた「神喰い」が遺した遺言のせいか。

 次期「神喰い」が生まれるンじゃないかって。

 ファミリー中の人間から期待されてた。

 

 俺か兄ちゃん、主に兄ちゃんの方が。

 10年後「グレイプニル」を引きちぎってくれるンじゃないか、って。

 そんなやつ、「フェンリル」以外、400年間、一人も現れなかったのに。


 その頃は、ノストラードファミリーもさ。

 別の獣人の巨大ファミリーと半ば戦闘状態にあって。

 俺らの世代は戦える男児が少なかった。

 だから、次の世代の獣大陸を巡る覇権争いで、敵ファミリーに負ける可能性が十分にあって。

 そんな時に。

 ノストラードファミリーから、「グレイプニル」を引きちぎった「神喰い」の継承者が出てくれば。

 ファミリー間抗争を極めて優位に進められるっつー理屈。

 藁にも縋る思いで、俺達に大きな期待をしやがって。

 

 その頃の俺は。

 兄スコルへの嫉妬や劣等感とか。

 次期「神喰い」候補としてかかる重圧とか。

 父親のゲリの野郎が、クソほど手の出る暴力男だったから、不出来な俺はよく殴られたりしてて。

 色々、限界がきちまってさ。

 まあ、グレちまったンだ。

 成人の儀式に向けた肉体研鑽とか、一切放りだして。

 よく誰もいないような植林の群生地にいって。

 一人、何をすることもなく、沈むノルズリの光を見つめていた。


「おィ、こンな所に、いやがったのか」


 げ、と思った。

 声の方角に振り返ると、案の定、兄の「ハティ」がいやがった。

 俺の匂いをかいで辿ってきたンだとか。


「今日は、スズリが“稀月”なのか」

「違うよ、兄さん。あれはノルズリだ」

「あーそうなンか」


 あぐらで横に座ってくる兄。

 彼の姿をじっと見つめた。

 同じ顔、同じ背丈、同じ毛質、同じ能力、同じ環境。

 なのに、俺と……「僕」と「ハティ」は何が違う?

 なんで兄さんは、僕よりも――。

 いつも、そんな劣等感に襲われて、耐えきれなかったんだ。


 闇夜の中でノルズリの光だけが輝く。

 森林の生い茂った崖の上で。

 2人、横にならんでその光を見つめていた。


「なあ、スコル。知ってるか? 俺たち双子は……いずれ日輪の『ソール』と稀月の『マー二』に追いつかなくちゃならないって」


 僕は渋々答える。

 

「知ってるよ。いつもお得意の『神喰い』の遺した迷信だろ? 双子の子は片方は『ソール』に、もう片方は『マー二』へと回帰する、って。もう聞き飽きたよ、その話は」

「ははッ」


 僕の憂鬱な気持ちを軽く笑い飛ばすスコル。


「嫌いか? スコル、お前は『神喰い』のフェンリルが」

「嫌い……というか、ウンザリだね。ファミリーの連中は揃いも揃って、僕達を『神喰い』の生まれ変わりだと期待して……それで期待に答えられなかったら……失望されて……重荷なんだよ」

「あン?……まあ分からなくはないな」


 意外だった。

 ハティなら「またクヨクヨしてやがる」って笑い飛ばすかと思ったのに。

 あろうことか、兄さんはこの時、僕の弱気な意見に珍しく同意したんだ。


「……兄さんも、そう思うことあるんだ」

「あ? まあ、たまにだな。いつもは『皆、俺に注目してくれて気持ちィ~』って思ってるぜ」

「はあ…………」


 深い溜め息を吐いた。

 お気楽なのはいつものことだ。

 長い沈黙の後、僕の方から質問を投げかける。

 

「……なんでなんだろうね。僕と兄さん、見た目も何もかも、同じなのに、なんで僕だけ、こんなに何も……出来ないんだろう」

「まあスコルは弱気で逃げ腰で意気地なしだからな」

「いつも訓練では、兄さんの方が成績が上さ」

「そりゃ俺様は天才だからな」

「……こんなことなら、僕は『神喰い』の後継者として双子で生まれたくなんて無かった。いつも兄さんと比べられるくらいなら……」


 僕の吐露した発言を聞いて、スコルの眉間に皺が寄った。

 

「俺はそうは思わねえけどな」

「なんで? 兄さんも、嫌だろう? こんな不出来な弟が、身内にいること」

「……俺ァ、生まれつき左足と左手、右足に闘素を流し込むのが下手だ」


 いきなり、兄は自分語りをし始めた。

 兄がこうして自分のことを淡々と話し始めるのは、僕が知る限りでは初めてのことだった。


「体内に流す……感覚が上手く掴めなくてな。だから俺ァ戦闘で右手しかほぼ使わねェ。これは生まれつきのモンで、後天的に根性でどうにかすることも出来やしねぇー、だから右手だけ極めた」

「……」

「でもよォ、『神喰い』の使ってた術は、右手だけじゃ不完全なンだ。全身を使って初めて、『神喰い』の極地に到れる……対して、スコル、お前は、身体全体の内包樹素の扱い方が上手い。俺よりパワーやスピード、タフネスは負けてるが……技術的な面じゃ、お前に劣ってる」

「……」

「思うによォ、『神喰い』の後継者が『俺』か『スコル』か、なンて、案外、どうでもいい話なのかもなァ、俺たちは、2人で、『神喰い』を越してやるンだ」

「2人で? でも僕は、いつも兄さんのお荷物だ」

「……だァ、なんつうか……言葉にしづれえな……ちょっと気色悪いが、一心同体ってやつか? どっちかがフェンリルなんじゃなくてよォ、2人揃って神を喰う……俺はそンな気がしてんだ」

「2人揃って……」

「取り敢えずよ、10年後の成人の儀、どっちが『グレイプニル』を引きちぎっても、そんなの、どうだっていいことなんじゃねえかなって」

「綺麗事だよ」


 だけど。

 なんだか、心が晴れた気がした。

 兄さんにこんな言葉を掛けられたことなんて、今まで無かったから。

 心の底に溜まっていたものが、溶け出して、消えた気がしたんだ。

 少しは肩の荷が降りたような、僕と兄さんが二人で一つのような。

 本当の意味で繋がってるような、そんな気分を味わえたんだ。

 

「取り敢えず、ここは、立ち入っちゃいけねえ、禁止区域だろ? 空想界に近いンだ、いつアブねー野郎が侵入してくるかわかンねー、早く帰るぞ」

「ああ……!!!!」


 急速に。

 気配も感じなかった。

 当たり一面の草木が『黄金』化している。

 

「これは……」


 僕が呆然と立ち尽くしていると。

 冷や汗をかき、慌てた兄が。


「ッ……逃げろッ……あれは……『黄金龍』だッ!!」


 夜空を切り裂くような羽ばたき音が響く。


「あぶねェッ!!」


――――。


 その後のことはよく覚えていない。

 なんだか、僕はぼーっとしていて。


 兄の必死そうな顔と。

 兄の最期の言葉だけをよく覚えていた。


――お前が、継ぐんだ。お前がッ。俺をッ――


 数時間後。

 起きたら僕は洞穴の中に寝ていて。 

 かすれた目を擦りながら洞穴を出ると、もう朝だった。

 周囲の環境は完全に黄金化していて。

 朝日の光を反射して金色に輝く。

 その中に。

 綺麗に“黄金化”して生命の歩みを止めた――兄 ハティの姿があった。


 何がなんだか分からなくなって。

 そのまま集落へ帰ると。

 集落も集落で、一部が黄金化しており。

 昨日話していた獣人の十数名が、黄金の彫刻になって固まっていた。


 どうやら通常、空想界から出ない黄金龍が、昨夜だけは獣大陸へと渡り。

 その影響で黄金化の被害を受けてしまったらしい。


 僕が帰ると。

 多くの人間は僕の姿を見て、集まってきて、母親が泣きながら僕を抱きしめた。


「おかえりッ! スコルッ! ハティは見つかったのッ?!」

「スコル……?」


 ああそうか。

 皆、僕を「ハティ」だと勘違いしてるんだ。

 こういうことはザラにあって。

 大体この後、僕は「違うよ、僕はスコルだよ」って返す。

 だからいつも通りそうした。


「違うよ、僕はスコルだよ」


 瞬間――。

 皆の目が絶望の色に染まった。

 母親ですらも、「そう」だった。

 その時、気づいたんだ。

 ああ、失敗したなって。

 そして最悪の言葉を、とある獣人がボソっと呟いた。


「戻ってきたのが『スコル』方じゃな……」


 ああ。

 そうか。

 その時僕は全てを理解した。

 皆、ハティしか見ていない。

 僕が帰ってきたって、ハティが帰ってこないんじゃ。

 皆、嬉しくも楽しくもない。

 僕じゃ駄目なんだって。

 僕の全ての生きる理由と権利が否定されたような気がして。


 生きる意味なんて無くなった気がして。

 嫌になって。

 自殺したくなった時。

 ハティの、死に際の言葉が、反芻したんだ。


――お前が、継ぐんだ。お前がッ。俺をッ――


 継ぐ。

 継ぐって?

 ああ、継ぐって。そういう意味なんだなって。


 理解した時には。

 もう身体が動いて、口に出していた。

 兄のことは9年間、ずーっと一緒にいたから。

 その所作も、その癖も、その傾向も、その性格も、その言動も。

 全て理解していたから。

 あとは“真似る”だけだったよ。


「なァンてな、嘘だよ、俺ァ『ハティ』だ」


 その頃からだった。

 僕が、代わって「兄 ハティ」の真似をし始めたのは。



「罪人に罰を与えよ」


 集落内の裁判所のような場所で。

 手を縄で縛られた獣人が一人いた。

 彼の身体は鞭を打たれて充血した跡が目立ち。

 片目も、腫れ上がって塞がっていた。


 そんな彼を監視するように、数名の獣人が、囲っている。

 獣人たちの一部は真ん中の彼に石を投げた。

 身体に当たり、鈍い音が響く。


「罪人 スコル=ノストラードは、9年前、黄金龍襲来事件の前夜、双子の兄であるハティ=ノストラードを意図的に殺害し、成人の儀が終わるまでその事実を隠蔽し、自身がハティであると騙し通していた。全て己が兄 ハティ=ノストラードに代わって『ガルム』として認められるために、だ。そのため、獣大陸からの追放の罰を科すッ!!」


 石を投げられ。

 スコルはボロボロになりながら、集落を追放される。

 その時、ハティの父親であり、集落の現長であるゲリは、両腕を組み目をふしながら。

 すれ違い様に、小さな声で、スコルに告げた。


「スコル、お前では、神の喉元を牙で噛むことはできない」


 その言葉が、今でもハティの身体の奥底に眠っていて、時々彼を縛り付ける。

 

 そうして僕は。

 兄殺しの罪を着せられ、16歳になった時。

 ノストラードファミリーを追放された。

  

 その時の僕は。

 長年、ハティの真似をして生きてきたせいか。

 根暗で消極的な性格も変わっていて。

 無意識でも、スコルの真似が辞められなかった。

 集落を追放された今、ハティの真似なんかする必要ないのに。

 癖として、刻み込まれてしまっていた。


「ァー……どうするか……取り敢えず、魔界にでも言ってみっかッ……」


 一人残された俺は。

 高い山の上から魔界を見つめ。呟く。

 そうして紆余曲折経て、俺は、人間界へと辿り着いた。

 名前を「ハティ」でも「スコル」でもなく「ガルム」に改名して。

 新しい人生でやり直すために。

 人間界を呑気に見て回ってると、南西の都市で、声をかけられた。

 生の獣人は珍しかったみたいで。

 原型闘術を研究して剣術とやらに応用するために。

 ルブレン魔術学校とかいう場所への特別入学を認められた。

 俺ァ、衣食住が提供されるっつーから。

 そこで半年ほど暮らすことにした。


 そこで。

 紫髪で前髪がぱっつんの、気弱そうな人間の雌に出会った。

 なんだか虐められてたみたいで。

 その姿が、集落にいた頃の、「スコル」だった頃の僕に似てたからだと思う。

 話しかけちまったんだ。

 

 まあ、それが。

 俺の、人生だ。

 別に面白くもなンとも無かったろ?

 だから自分語りはしたくねえーンだ。

 過去の、弱かった、「スコル」だった頃の俺を思い出しちまうからな。


 結局俺は。

 自身に生まれながらに巻き付かれていた呪縛の鉄鎖に打ち勝てず。

 その牙も磨くことすら出来なかった。

 ただの獣人の落ちこぼれ――。


 俺はどこまでいっても「馬鹿で貧弱なスコル」で。

 兄さんには、……ハティには……追いつけなかったんだ。

 





なんか色々間違ってて。

ガルムの方が「スコル」で、その兄が「ハティ」でした。

時々、逆になっている所はミスです。

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