地上では
地上では広場に多くの庶民が集まっていた。
広場の中央に位置する草原には大穴が出現している。
それはただの穴ではなく、ワープホールように奇怪な渦を巻いている。
広場の周辺は地割れが生じており、大穴から遠ざかるにつれて、木の枝みたいに枝分かれした亀裂を走らせていた。
大量の住民が何事かと心配し、その広場に集まっている。
その夕方には城郭都市グラズヘイムの管理者、上層階流の耳にまでその情報が伝わり、上層部は正式な調査団を派遣し、やっとその正体が判明した。
突発的に生じる異空間へと繋がる門だ。
その出現原因は未知に包まれているが、おそらく大気中の樹素が何らかの理由で大きく乱れる際に誘発されうる現象だと考えられている。
別名、時空の裂け目とも言われ、その入り口を通り抜けた物体は、別の時間軸、空間座標に転移させられるようだ。
しばしば、その先はダンジョンと呼ばれる迷宮へと繋がっている。
ダンジョンが出現して一日が経過した後、街を統治する有力者たちは、「地域住民の安全のため」という名目で、三つのギルドから探索者として門を通る人材の募集をかけた。
その先にダンジョンが続いているとするならば、向こう側から中級以上の魔獣が門を跨いで、グラズヘイムに侵入してくる可能性もあるので、その防止のために、という体で。
グラズヘイムに生じた門に関する情報は次第に人間界全域に伝播し、ついに王都にまで広がった。
どうやら王都も王都で、近隣住民の安否を目的に、その門へ軍隊の一部を投入するつもりらしい。三日後には、軍兵が王都からグラズヘイムに到着し、本格的な占領を始めるそうだ。
その間の繋ぎとして、グラズヘイムのギルド隊員が扱われたということである。
第七、第九、第一四のギルドから召集した隊員をそれぞれ「門周辺の見張り番」と「実戦突入部隊」に分け、二日後を目安として後者の部隊を門に突入させる根端のようだ。
だがしかし、高い報酬を餌として提示しても、その徴集を飲み込むギルド隊員は決して多くなかった。
それもそうだ。
ギルド隊員は、足りない軍兵、人材の隙間を埋めるために生み出された寄せ集めの素人の集団に過ぎない。
今回のような大規模のダンジョンに臨むにあたっては、少しばかり実力と技量に欠けている。過半数の隊員は志願せず、無視を貫いた。
が、しかし。一部の戦闘狂や勇気溢れる人格者を除いて――
「さて、志願者の合計は三つのギルドから募り、全二十四名……と。まあ、急な募集と無理な難題という点を考慮するなら、及第点といった人数ですね」
「ア?」
巨体の上から甲冑を着込み、大剣を背負うふくよかな体型の男が、とりまとめをする女性に対して喧嘩を売るように言った。だが、その女性は無視をして
「ということで皆さん、この度は志願をお引き受け頂き誠にありがとうございます。これから君タチを2つのグループに分けます。度胸の無い玉無し野郎共は『見張り番』を。命知らずの大馬鹿スカタン野郎共は門に侵入する『実戦突入部隊』をお選びやがりください」
「「「ア?」」」
今度は先ほどよりも多くの隊員が反応を示す。
相手を尊重しない言葉を使う女性はケラケラと笑っている。
そんな彼女を止めるように間に入ったのは
「ちょっとアイロニー、もっと言葉を選んで言いなさい」
眼鏡の女性、ナンナだった。
彼女に注意されたアイロニーという受付嬢は気怠そうな様子を見せた後
「はいはい、分りました。そのどちらかを、お選びやがってください」と言い直す。
アイロニーは、そばかすとオレンジ色の髪の毛がチャームポイントの第十四区担当の受付嬢であり、ナンナとは同期に当る。
歯に衣着せぬ口調が特徴的であり、少し毒舌でひょうひょうとした性格をしている。
真面目で形式にこだわるナンナとは対照的な性格をしているため、逆に仲が良くなった。
日々業務に追われるナンナとは異なり、アイロニーは真面目に業務に取り組むことなく、いつもカウンタ―の向こう側でお喋りに明け暮れているらしい。
しかし、面と向かってものを言う彼女の性格と度胸は、屈強な荒くれ者が蔓延るギルドの受付嬢として満点な素養であり、ここぞという時に役に立つ。
「アマルネ、どうするんだ?」
高身長だが猫背で、目の下にクマがある病弱そうな男は、隣の仲間に訊ねた。アマルネと呼ばれた糸目でこれまた長身、整った顔立ちの男は質問を受け
「僕は勿論、突入部隊にするよ。リーダーや指揮系統はかかせないだろうしね。ヨゼフもついてきてくれるだろう?」
「なら俺もそうするよ。少し怖いけどな」
糸目の男、アマルネの発言を聞き入れ、病弱なヨゼフは気弱ながらも同意した。
各自の希望通りに分かれていくと、二十四名の内、七名が「見張り番」、残りの十七名が「突入部隊」として区分された。
突入部隊を選んだ隊員は、ギルドの受付嬢から大量の食糧と飲み水が入った皮のバックを渡される。準備が整い、今度はナンナが全体に向け喋り始めた。
「十七名の突入部隊。私たちはあなた方の雄姿に敬意を払います。本当に有難うございます。計画は以前の通り、伝達や補給は式具を用いて行います。ダンジョン攻略が終了した場合は精霊術を用いて帰還をするため、配布された式具は身から離さないでくださいね。またダンジョン侵入二日後に、王都から派遣された軍兵がここに到着し、同じようにダンジョンを占領する予定ですから、彼らと向こう側で遭遇した際には、相互の協力と理解をお願いします」
広場の中央。
亀裂の中心地には大穴が開いている。
蜷局のような渦を巻いており、深部は目視では確認できない。
覚悟を決めたはずの十七名の突入部隊も、その大穴を目の前にすると、足を止め、体を震わせていた。
一部の強者や狂獣を除いての話だが。
受付嬢たちは門を囲っていた縄を外す、十七名の突入者たちは、大穴の周辺に円を描くように並んだ。
あと一歩踏み出せば、彼らはダンジョンへと落ちていく距離にある。
「では、ご武運を――」
ナンナの発した一言を皮切りにして、十七名の隊員がそれぞれ大穴へと足を踏み入れる。
彼らは渦の中に飲まれ消えていく。
一人、二人、三人とその渦に飛び込んでいく。
こうして十七名の勇敢な隊員たちは門に無事侵入する。
全員突入し終えたのを確認すると、アイロニーは、組んだ両手を頭の後ろに置いた姿勢のまま
「あいつら、一体何人生きて帰ってくるっスかね~?」
と、おどけた調子でナンナに聞く。
「……この規模だと、分からない」
ナンナは神妙な顔色で答えた。手や体は小刻みに震えている。彼女の様子の変化に気づいたアイロニーは
「どうしたんっスか、ナンナ。今、突入していった奴らの中に意中の男でもいたの?」
「……」
ナンナは何も答えない。
(陽太君が三日前から家に帰ってきていない。彼が寝泊まりしている屋根裏部屋を覗いてみたけど持抜けの殻だった。唯一、式に使うための古紙やインクは綺麗さっぱり無くなっていた)
「ただ、どこかで遊んでいたり、修行しているだけ……だといいのだけど」
三日前と言えば、この門が広場に突如として生成された時期と重なっている。
それがナンナにはただの偶然だとは思えなかった。
まさか――そんな最悪の予想が彼女の脳内に浮かぶ。
ナンナは首を振って、その妄想を拒絶した。
そんなわけない。
そう信じて。
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