不可侵領域総力戦⑪
―ラグナロク確定の時まで残り02:02―
場所は「ヴィーグリーズの間」に繋がる「審判の回廊」最奥の階段前。
空間が歪み、現れたのは「龍殺し」シグルドとアマルネの二人。
「ありがとうアマルネ。ここからは我一人で戦う」
「はい。シグルドさんが、神の元へ回っている間に、どうやら先にガルムが『ヴィーグリーズの間』へ単独で突入したようです」
「!! なんと」
「あと、陽太君が行方不明。おそらく転移の条件で弾かれたんでしょう。僕はまず陽太くんを探しに行って、他の者、フレンを回収した後、遅れて『ヴィーグリーズの間』に向かいます」
「ああ、よろしく頼む……!!」
シグルドはそこで異変に気づく。
柱の物陰で隠れていたのだが、「ヴィーグリーズの間」に繋がる階段前に「パトリアルフ」の精鋭部隊が待ち構えていなかった。
その殆どが蹴散らされ、倒されているのだ。
たった一人、短髪の赤毛の剣士だけが、剣を床に刺し、それを身体の支えにして、階段前に仁王立ちし、門番を務めていた。
「大丈夫ですか? シグルドさん」
「ああ問題ない。ここは我に任せろ。あの剣士を倒し、一足先に『ヴィーグリーズの間』に向かう」
「……分かりました。では」
フッと。
アマルネは霊術で転移し、消える。
残されたシグルドは、柱の影から姿を現す。
すると赤毛の剣士が、シグルドの姿に気付き、臨戦態勢を構えた。
「やっと来たか……『龍殺し』。何十分も待たされて飽き飽きしてたぞ」
「そちこそ、その頬の腫れ傷はどうした? 鼻からは血が流れているぞ」
「ッ……黙れ」
「どうやら、突入してきた獣人ガルムにやられたようだな」
シグルドは周りを観察する。
「パトリアルフ」の精鋭部隊が軒並み壊滅しており、剣士グリムヒルトだけが何とか戦闘できる状態にあるようだ。
(これを……ガルムが?! 精鋭部隊「パトリアルフ」その強さは剣士である我も熟知している……侮ることなかれ、その実力は本物! 条件次第では『霜の巨人族』にも打ち勝てるポテンシャルのある「パトリアルフ」をたった一人でここまで……)
ガルムの驚異的な成長を感じ、味方であるのに思わず戦慄するシグルド。
剣士グリムヒルトの眼は、しっかりとシグルドを見据えており
「考える余裕があるのか? 『龍殺し』。貴様が相対しているのは、剣術者の頂点だぞ?」
そう言って、グリムヒルトは腰に携えた二工の剣のうち、一本を抜刀する。
その剣の形状は異質だった。
【蛇腹剣】
【刃の部分が等間隔で分割され、繋がれたワイヤーによって鞭のように変形する剣】
【堅さと鋭さを持つ刀剣と、柔軟性がありリーチも自由自在な鞭の利点を兼ね備えている】
「さて『龍殺し』よ、俺がどれほどこの時を待ち望んでいたか、分かるか?」
「分からない」
「チッ……相変わらず生意気な。貴様の名前を聞くだけで髪が逆立つ。模擬試合では、両者本気の力で戦うことができなかったな。だが、今回は違う。貴様は『明確な敵』!! 主 リーヴ様に歯向かう危険因子。ようやく、貴様を本気で殺せる許可が出た」
「模擬試合では、いつも我の勝利だったではないか」
シグルドの発言を聞いて、グリムヒルトの眉がピクリと動く。
「黙れッ! あれは本気を出していなかったからだッ! 木刀での試合など、お遊びで、到底、真面目にやる気など出ん! お互い、生死を掛けた一戦こそ、真に実力が顕になる『対決』なのだッ血を流してこその、決闘!! 今日ここで、決めようじゃないかッ! どちらが上かということを。貴様の甘ったれた根性と剣士論をッ、まっさらにして叩き直してやるッ!!」
グリムヒルトが動き出すのを皮切りにして。
シグルドはその場にしゃがみ、霊剣では無い方の予備の剣を掴み。
〔略式〕
居合:神速の一閃を浴びせる。
だが、グリムヒルトは手にしていた蛇腹剣を身体に巻き付けるように構え。
〔神楽流:玉響〕
舞うような剣技で、シグルドの攻撃をいなした。
「フン、それが居合流の最速技とやらか? 大したことがないな。先程の獣人のほうがよっぽど俊敏だったぞ」
「神楽流……」
(対剣士戦において無類の強さを誇る流派……。『熾』剣士グリムヒルトは、神楽流の家元だ。我にとって極めて分が悪い戦い……時間がない、だが、剣士グリムヒルトを無視して、『ヴィーグリーズの間』に向かうことは不可能だろう)
「考える時間があるのか?――〔神楽流:旻天〕」
しなる蛇腹剣の猛攻が、シグルドを襲う。
シグルドはその攻撃を、なんとか剣でいなすも。
蛇のようにうねる、斬撃を全て見切ることは不可能。
神楽流と蛇腹剣によって。
独特な物理挙動を見せる、グリムヒルトの剣技に対応ができず。
シグルドの体表を、蛇腹剣が切り裂く。
「純粋な剣技ならばッ、「龍殺し」! 俺は貴様にも勝っているッ! 本来、俺が貰うべき勲章を、全て貴様が奪ったのだッ! 貴様がいなくてもッ俺がいたッ! 俺が貴様の地位につくべきなのだッ」
シグルドを純粋な剣の技量のみで追い詰めるグリムヒルト。
シグルドは猛攻撃をいなすことに必死だが、グリムヒルトの方はまだ余裕が残っている。
(これが……「パトリアルフ」ッ! 素晴らしい!)
シグルドは、グリムヒルトの神楽流による斬撃を受けながら。
惜しみない敵への称賛、その感情に支配されていた。
(細やかな動きに積み上げてきた鍛錬と経験の確かな絶対量を感じる!! 腕のスナップ、相手の動きの先読み、巧みな体術と剣さばき……ドーピングや不正ではない、何も特別な式具を使わずして、剣術一本で、よくぞここまでッ!)
一旦、距離を取り、シグルドは階段の上から見下ろして
「先ほどの宣言は嘘ではなかったようだな。模擬戦では手を抜いていたのだな。これほどの巧みさ……称賛に値する。単純な剣の技能ならば、我が師匠 シグムンドよりも数段上とみた。剣術士の頂点、その異名に間違いはないな」
その賞賛を聞いて、グリムヒルトの頭に血がのぼる。
「上から物を言うな、『龍殺し』ッ! その態度が癪に障るのだ」
「純粋に驚いているだけだ。これほどとは……まさに人類の限界。人が人である領域を超えずして、真っ当な方法で辿り着くことの出来る限界点だ」
「何だその言い方は。では『龍殺し』貴様はもう『人ではない』とでも?」
「……」
「出生過程を知らずとも……本能的に己の“怪物性”に気付いているようだな」
「怪物……性?」
「貴様は知らなくても良い情報だ、戦闘を続けよう、純粋な剣技のみで、消し炭にしてやるッ」
グリムヒルトは煽るように、手を動かす。
シグルドもそれに乗って、階段から降り、居合技を出すために鞘に剣を戻した。
二人とも再び対面した。
が、異変に気付いたのはグリムヒルトの方だった。
「……『龍殺し』なぜ笑っている?」
「……?! 我は今、笑っていたか?」
「生死分かれる戦闘中にニヤけるなど、舐めているのかッ!」
「いや……ははッ……確かに、何故だか笑ってしまうな」
「集中しろッ」
「分かった」
(グリムヒルト。やっぱり貴様は……切るべき相手ではない、な)
シグルドの緊張が解け、笑みがこぼれる。
なんとか砕ける表情を引き締め、グリムヒルトを見つめ直し。
暫し、物思いにふける。
深く、深く、自身のより深い部分へ、深層へと、潜るように。
シグルドの碧色の瞳が更に光を失い、黒く染まる。
シグルドの脳裏には、幽霊都市での樂具同との対決が、鮮明に浮かび上がっていた。
【シグルドが超加速し、異世界から0,01秒にも満たない間、完全に消滅した際】
【シグルドが見たのは一面真っ白な謎の空間】
【霧がかかっているように前方が見えず、ただひたすらに虚無が広がる謎の領域】
【そしてそこには、一つの門があった】
【その門は――聖霊堂の入り口に似た形状をしていた】
(“あの場所”に……もう1度……精神を研ぎ澄ませ……無駄な動作挙動を全て剥ぎ取り……速度だけを重視する……)
そして両者、完全詠唱の後、一閃を放つ。
〔『式』系統は闘素――器は『剣』 居合:神速〕
〔『式』系統は闘素――器は『剣』神楽流:月虹〕
抜いた蛇腹剣は。
虚空をついていた。
眼の前から完全に、シグルドの姿が消えていた。
(……?! 『龍殺し』が……いないッ?!)
虚数領域。
誰もが心の奥底に持つ、因果のみが辿り着ける領域。
どの世界にも属さず、ただひたすら虚無が広がる空間。
そこには――境界門が存在する。
全ての世界を繋ぐ、橋渡しである境界門は。
各自によってその外観が異なる。
己にとって最も関わり深く、最も因果律の高い場所が。
実体化し、境界門として現れる。
シグルドの「境界門」は――。
「聖霊堂」の扉。
シグルドは虚数領域内部に侵入。
物理成約の無い虚数領域で準光速まで加速。
そして――刻むは。
樂具同との戦いで至った「因果を逸脱した一閃」。
その一閃は「因果」すらも超越する。
「うッ……」
シグルドの身体が因果に変換され、時空を歪め消える。
そして再び現れた時には。
既に決着がついていた。
グリムヒルトの腹部に大きな切り傷が。
彼の背後には。
崩れた剣を手にしているシグルドがいた。
(また……たどり着けた“あの領域”にッ!)
「因果を逸脱した一閃」を見事決めることが出来たシグルド本人も思わず歓喜する。
重症を置い、焦るグリムヒルト。
思わず手にしていた蛇腹剣を床に落とし、空いた手で傷口を支え崩れる。
勝負は決まった――シグルドがそう判断したその瞬間。
敗北を悟り、下唇を噛み締めたシグルドが、決意を固めた表情で。
もう片方の鞘から、剣を引き抜いた。
その剣が発する。
邪気。
恐ろしい気配を感じ、シグルドは思わず息を止め見入る。
グリムヒルトが敗北を悟り抜刀を決意したその剣は。
人類の剣士兵団に400年前から伝わる遺物。
異世界史上、唯一“勇者”の異名を手にした。
樹界大戦の英雄「ヘグニ=ウォード」の聖剣。
魔剣「グラム」だった――。